16.sideシリル
(まだ1週間なのに、ティアの淹れるお茶にすっかり慣れてしまいましたね)
シリル自ら淹れた紅茶とは呼べないドロドロの液体を見て溜息をつく。
(ローランはティアの元から離れないし…。出来るだけ家事は魔法に頼らずにいたいので頑張ってみましたが…飲めたものではないでしょうね)
諦めてドロドロの液体が入ったカップを脇に避けた。
そして近くにある魔石を取り出し、カップの上に翳すと次の瞬間にはカップには湯気を立てた紅茶が現れる。
魔石を使って紅茶を淹れる事は容易いが、シリルはローランの淹れた渋味のある紅茶だろうが、限度を超えない限り、人が手ずから淹れたものを好んで飲んでいる。
この1週間、加減していたとはいえローランから見れば想像を絶する修行に見えただろう。
昨日まではティアが膝を着いた時点で終了していたが、今日は違った。
ローランが焦って召喚したのも理解は出来る。
(とはいえ、師匠がまるで悪役みたいじゃないですか)
不機嫌の理由は修行を妨害された事ではなく、悪役に見られたのが気に入らなかった為である。
賢者と呼ばれる世界最強の大魔法使いであり、その淡麗な風態に見合わず剣技の達人であるシリルは紅茶を一口飲んで眉を顰めた。
(やはりティアの紅茶が一番ですね)
ひとり納得し、窓から差し込む夕陽を眺めた後、そっと目を閉じ反芻する。
『わたくしには後には引けぬ理由があるのです』
夕陽に反射して宝石のように輝く黄金色の髪が第一印象。
そして強い意志を宿すシリルと良く似た紫の瞳。
『貴女は目を背け生きる道もあります。きっとその方が貴女にとって平穏な道でしょう』
『賢者シリル様。わたくしは…全てを知って尚、目を背けて生きる事は出来ません』
その姿はかつてシリルが最も愛した女性に良く似ていた。
「師匠…」
目を開き、声をした方向を見るとローランが立っていた。
泣いたのか、泣きそうなのか、瞳だけでなく眼球まで赤みを帯びている。
(ああ、貴方は聡い子でしたね)
ティアが弟子になった訳を理解したのだろう。
もしかしたらティア自身が伝えたのかもしれない。
「師匠」
ローランがもう一度名を呼ぶ。
シリルは腰掛けていたソファーから起き上がると、体をローランに向けた。いつもの柔和な笑みは消え、ともすればローランが最も恐れる不機嫌な状態のようにも見えるが、その双眸に怒りはなく静かにローランを見つめ言葉を待っている。
「俺に…いや私に…私に彼女を護れるだけの力を…!力を得る為の助力を!!賢者シリル様に願いたい!!!」
ローランが弟子になったのは2年前。
自身が内包する膨大な魔力が抱えきれなくなった事を理由にかつての弟子であったローザが無理矢理連れてきたのが弟子になるキッカケだった。
そこに本人の意志は無く、魔力の暴発を防ぐ為に弟子入りを許可したシリル自身もローランの態度次第で中断しようと考えていた。
しかし予想に反してローランは決して楽とは言えない修行を懸命にこなし、今では内包する魔力を自らの意志で操る事が出来るようになった。
それでもローランが自分の意志を持ってシリルの助力を乞う事は無かった。
ローランが初めて願うそれは…。
(貴方もほんの少しだけ男らしくなりましたね)
シリルは胸の内で微笑むと「ローラン・ヴェド・クルドヴルム」と良く通る声で名を呼ぶ。
「貴方がその力を願う先に待つ未来は、貴方が望む未来では無いかも知れない。それでも貴方はその力を望みますか?」
「どのような未来であってもっ!それで彼女を護れるならそれが私が望む未来だ!後悔などあるものか!!」
迷い無く答えるローランに、シリルの双眸は慈愛に溢れた柔らかいものとなる。
「分かりました。賢者シリルの名にかけ、貴方に彼女の剣となり盾となる力を得る為の助力をいたしましょう」




