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嗅ぐ女  作者: 七月 夏喜
第9話 破滅の彼方
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その7


『これで、最後だ。とどめを、さしてやる』



 活き踊ったように鬼は大笑いをする。獣は口から血を吐き出し、四つん這いで躰を起こし続けた。肩で大きく息を吸い込みながら呟く。


「……何故、おまえは、塵を消そうとしない」



『まだ、減らず口が叩けるか』



「何故……。いつまで、時間を費やしてる」


 振り挙げている鬼の両手の指から放射される圧力が少し弱まった。


「身体が動けないのは、現実の肉体も捕らえられているはず」


 崩れた体のバランスを取れず、血にまみれたまま立ち上がっている。鬼の九つの眼球のひとつに僅かな焦りを見た。



『やはり、誠であったか』



 再び獣は鋭い眼で鬼を見据える。鬼は構えたまま、動かない。



『我は知っておるぞ。うぬが何故、異形の血を引いておるのか』



 獣は震えながら構え直した。幾度となく、出てくる『異形』という言葉。


「……異形の血」


 それのために諸星は狂ってしまった。その許せない言葉が今も惑わしている。



『教えてやる。うぬヘ注いだ血は、我の血だ』



 獣はその言葉を理解出来なかった。九つの目は細く笑う。



『濃い血は、争えん』



 そして両手に溜めた衝撃波を放った。獣に直撃して小さい体を紙切れの様に空中に浮かせる。それは力無くして再びガラスの宇宙を破壊して底に転がった。


 これまでの経緯を考え、突き詰めれば納得できる自己に反論する。


「嘘……」



『嘘なぞ、我が言ってどうする』



 鬼は底に伏したままの、野獣から既に『吹雪 楓』に戻った女に近づく。もう一度髪を掴んで持ち上げて目の前に据え置いた。


「……嘘、嘘、嘘」


 鬼は女の頚部を鷲掴みにする。激しく動揺する耳元で鬼は更に囁く。



『我の命受けし異形の子よ。うぬは最初から、選ばれておったのだ』



「違う、違う……。絶対、違う」



『うぬには、この世を支配する義務があるのだ』



 鬼は手を放した。


「何故、そんなことを要求する」



『創造』



「創造……」


 楓は震える唇を噛んで、戦慄く瞳を鬼に向ける。



『破壊の限りを出来る我も、何かを求め、それを創ることは出来ぬ。宇宙全ての運命を見送っていくことが、我の糧だ』



 鬼は楓の方を向いたまま、動きを止めている。



『だが、うぬは違う。うぬには創ることが出来る、育むことが出来る、選択することが出来る』



 何かの答えを待っているかのように、その忌々しい九つの金色の眼で見据えていた。



『あの体は弱かったが、半異形のうぬは強い。その体は子を宿すに値する。我の血を全て注ぎ込んだ時、完全な個体が生まれるであろう。忠実な我が分身を創るのだ』



 楓は唾を吐いた。


「それが……、それが、私を消さない、……理由」



『この運命の渦を絶やすことなく』



「私はおまえのものではない」



『またその赤い血か。交わりに抵抗するか。あの時の女、うぬの母と同じだ』



 楓は両手で頭を抱えた。全身の赤い棘がその身を守るように躯体と四肢を取り巻いていく。



『うぬの母も狂いおった。そして、うぬもまた同じだ。ならばもう一度その一滴まで血を吸い取り、全て我の血に変えてやるのみ』



 鬼から出た無数の灰色の棘はドリルのように赤色を砕き、中に隠れている者を引きずり出した。灰色の棘は楓の両手を掴み広げる。攻撃を受けて破れた服から、素肌が露わになっていった。鬼の体から、五本の太い金色の棘が伸びてくる。それは楓の体に何かを求めるように這いずり回った。金色の棘はある一点に集結していく。



『うぬは半分は異形のもの、所詮人間界では生きられぬ性分だ。このまま現世で朽ち果てることはない』



 鬼は勝ち誇ったように口元を吊り上げ、笑い飛ばす。楓の躰は精神と肉体世界においても鬼の前に曝され支配されていた。鬼の動きはそのまま現世に通じている。



『我のもとに、来るがよい』



 金色の棘は楓の肢体を弄ぶ。棘はやがて女の体内に入り込んできた。四肢は激しく抵抗して奮う。


 瞳は灰色の鈍い色で次第に染まっていった。




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