その4
その事が起こる、二ヶ月前ー。
秋が終わりを向かえていた山林の中に男はいた。過去あの時、全ての終わりを告げたⅩ村だ。この地を再び踏みしめることは、二度とないはずだった。
今朝のニュースで知るまでは。
『昨晩未明、Ⅹ村で原因不明の大爆発。人体および車両、周辺地域の焼失。行方不明者多数』
そして予知能力者『森川 茜』の言葉を思い出す。
「諸星は『死に人』と接触し、そして今後いずれかの日に対峙する」
だが、そんなはずはない……。今考えている事とそれを繋げたくない。
『吹雪 楓』と『桂 桜子』。
二人のどちらともこの世に存在していけないはずだった。だが心の隅の未練がましい感情は、足を何時しかここに向けていた。この地の『サイ・エネルギー』ならば、奇跡のようなことが起こるのかも知れぬと、淡く。
『楓』を発見した時は憎悪の感情が昂った。『桜子』は身を投げて、死を以て野獣の暴動を止めたのだ。それが生きていたなんて。収まらぬ気持ちは抹殺する事しか無かった。軽々しくもそう考えてしまった、全くの未熟な感情。
「……なのに」
楓は全くの過去を無くしていた。そして今度は女自らが死を選択した。どうしようもない。引き金を引けなかった以上、もう楓に罪は無い。罪は己自身なのだ。そして女は諸星の狂った意思から、今は守るべき人間になっていた。
諸星は『死に人』を見つけたのだろうか。ここで蘇るものなど決まっている。結局自分の愚かな行為が年を経て、再び災いを起こしてしまうのか。
男は耐え難い葛藤に陥っていた。
幾つもの木々の間を通り抜け、見覚えのあるその場所に到達する。柔らかな日差しが枝の間からこぼれていた。男は立ち止まり、ゆっくりと足元の掘り返されたような新しい土を見つめる。その場で座り込み、何かしらの痕跡を探そうとした。
「そこで何してるんですか」
背後から声がする。振り返ると若い警察官が立っていた。シバサキは素知らぬ顔で、立ち去ろうとする。警察官は慌てて声もう一度掛けた。
「ちょ、ちょっと! 待って下さい。あなた、ここで何をしていたんですか。この場所のこと知っているんですか」
警察官は小走りに向かってくる。男は仕方無く足を止めた。
「知っているんですか」
「別に何も知らない。林を散策していたら、迷ってここに出ただけだ」
少々面倒な顔をして無愛想な返事をする。
ここから数キロ離れた場所で爆発騒ぎが起きているとは言え、この場所を警察官が巡回していることは予想外だった。このまま時間を無駄に費やしている余裕はない。不審者と疑われないようにするだけだった。
「あなた、ここの村の人じゃないですよね」
警察官は尋ねたが、男は答えなかった。
「現在、爆発炎上事件があってから、この付近まで立ち入り禁止です」
「すまない、知らなかった」
シバサキは抑揚のない言葉で木訥に言う。
「この場所……」
周囲を見渡し、疑惑の表情をした警察官は再度訊き返す。
「本当に偶然ですか。迷ったのは」
「もちろんだ」
素っ気ない返答をする男を見据えたまま、警察官はもう一度この場所を確認した。体を震わせた後、落ち着きのない声を出す。
「変な話なんですけど、私はここで見たんです」
眉間に皺を寄せたまま、明らかに怯えた表情を浮かべる。
「何を」
「幽霊です」
シバサキはわざと苦笑した。
「笑わないで下さい。リアルな幽霊なんですよ。足もちゃんと地面に付いている」
警察官は震えながら指さす。その方向には少し窪んだ、それでいて明らかに新しい土の色がそこにあった。
「あの場所から、人間のようなものが這い出していたんです。信じられません」
本当になのか。
思案するシバサキは押し黙る。
「その後に、変な郷土歴史研究家が現れて」
「郷土歴史研究家?」
「そうなんです。えーと……、そう、諸星と言ってたっけ」
男は初めて警察官の顔を直視した。
やはり諸星はここに来ている。
「おかしな人でした。研究者ってあんなもんですかね。ひょっとして、あなたもですか」
頭を軽く振るが、何か確信めいた事柄に納得しているように警察官には見えた。
茜が予知した通り、全てが繋っていく。
「その後、あの人の泊まっている旅館に行ったら、死人のような女の人がいたんです」
『死に人』ー。
思わずシバサキは、呟きそうになる。
「でも綺麗な人でした。首に掛かる緑色の光る石がとても印象的で」
『緑光勾玉』。そんな、バカな。
息をのむ男は絶句しながら拳を堅くする。警察官は少し戸惑いながら発言した。
「あの……。自分は警察官であり、その……、変なことを言うのは、人格を疑われてしまうので、恐縮なのですか……」
「だったら、話さなくて結構」
そのままシバサキは立ち去ろうとする。
「い、いや、待って下さい!」
男は振り向いてため息を付く。
「言わせてもらうが、俺に話しをしても何も知らないし、何も答えるものはない」
「いえ、あなたは知っているはずです。でなければ、ピンポイントにこの場所なんて判るはずがない」
半ば職務を忘れている警察官は男の眼前に詰め寄る。
「自分はとにかくここで、蘇らんとするものと遭遇しました。そして次の時には生きて姿を現した。知っているんでしょう。その正体」
肩を震わせて男は大笑いした。
「全く、警官らしからぬ発言だな」
「あの女は何のために、蘇ったんですか!」
警察官は叫ぶ。
「同じ事を尋ねたんです」
鬱蒼としている木々の間から、シバサキは漏れてくる太陽に目を細めた。
「立ち止まったまま考えていました。自分の存在について」
その時の行動を反芻する警察官は必死に男に訴える。
『桜子』の存在など……、あの時すでに終わっている。
シバサキは唇を噛んだ。そしてわざと口元を歪ませて笑う。
「死体が蘇る。ばかばかしい。そんな話なんか間違っても上司にしない方がいいぞ。変人扱いだ」
「わかりましたよ。捜査中の森での爆発事件。マスコミは知りませんが、僕はその女と諸星という研究者が関係していると思います」
警察官は期待はずれの問答に少々腹を立て、男を凝視した。
「あなた、今度見かけたら参考人で来てもらいますよ」
「そうか、頑張るんだな」
そう言葉を残してシバサキはその場を後にする。背後の警察官と、掘り返された土を気にしながら……。




