表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
嗅ぐ女  作者: 七月 夏喜
第6話 終末への序章
38/63

その4


 その事が起こる、二ヶ月前ー。


 秋が終わりを向かえていた山林の中に男はいた。過去あの時、全ての終わりを告げたⅩ村だ。この地を再び踏みしめることは、二度とないはずだった。

 今朝のニュースで知るまでは。


『昨晩未明、Ⅹ村で原因不明の大爆発。人体および車両、周辺地域の焼失。行方不明者多数』



 そして予知能力者『森川 茜』の言葉を思い出す。


「諸星は『死に人』と接触し、そして今後いずれかの日に対峙する」



 だが、そんなはずはない……。今考えている事とそれを繋げたくない。



『吹雪 楓』と『桂 桜子』。


 二人のどちらともこの世に存在していけないはずだった。だが心の隅の未練がましい感情は、足を何時しかここに向けていた。この地の『サイ・エネルギー』ならば、奇跡のようなことが起こるのかも知れぬと、淡く。

 『楓』を発見した時は憎悪の感情が昂った。『桜子』は身を投げて、死を以て野獣の暴動を止めたのだ。それが生きていたなんて。収まらぬ気持ちは抹殺する事しか無かった。軽々しくもそう考えてしまった、全くの未熟な感情。


「……なのに」


 楓は全くの過去を無くしていた。そして今度は女自らが死を選択した。どうしようもない。引き金を引けなかった以上、もう楓に罪は無い。罪は己自身なのだ。そして女は諸星の狂った意思から、今は守るべき人間になっていた。

 諸星は『死に人』を見つけたのだろうか。ここで蘇るものなど決まっている。結局自分の愚かな行為が年を経て、再び災いを起こしてしまうのか。



 男は耐え難い葛藤に陥っていた。



 幾つもの木々の間を通り抜け、見覚えのあるその場所に到達する。柔らかな日差しが枝の間からこぼれていた。男は立ち止まり、ゆっくりと足元の掘り返されたような新しい土を見つめる。その場で座り込み、何かしらの痕跡を探そうとした。


「そこで何してるんですか」


 背後から声がする。振り返ると若い警察官が立っていた。シバサキは素知らぬ顔で、立ち去ろうとする。警察官は慌てて声もう一度掛けた。


「ちょ、ちょっと! 待って下さい。あなた、ここで何をしていたんですか。この場所のこと知っているんですか」


 警察官は小走りに向かってくる。男は仕方無く足を止めた。


「知っているんですか」


「別に何も知らない。林を散策していたら、迷ってここに出ただけだ」


 少々面倒な顔をして無愛想な返事をする。


 ここから数キロ離れた場所で爆発騒ぎが起きているとは言え、この場所を警察官が巡回していることは予想外だった。このまま時間を無駄に費やしている余裕はない。不審者と疑われないようにするだけだった。


「あなた、ここの村の人じゃないですよね」


 警察官は尋ねたが、男は答えなかった。


「現在、爆発炎上事件があってから、この付近まで立ち入り禁止です」


「すまない、知らなかった」


 シバサキは抑揚のない言葉で木訥に言う。


「この場所……」


 周囲を見渡し、疑惑の表情をした警察官は再度訊き返す。


「本当に偶然ですか。迷ったのは」


「もちろんだ」


 素っ気ない返答をする男を見据えたまま、警察官はもう一度この場所を確認した。体を震わせた後、落ち着きのない声を出す。


「変な話なんですけど、私はここで見たんです」


 眉間に皺を寄せたまま、明らかに怯えた表情を浮かべる。


「何を」


「幽霊です」


 シバサキはわざと苦笑した。


「笑わないで下さい。リアルな幽霊なんですよ。足もちゃんと地面に付いている」


 警察官は震えながら指さす。その方向には少し窪んだ、それでいて明らかに新しい土の色がそこにあった。


「あの場所から、人間のようなものが這い出していたんです。信じられません」




 本当になのか。




 思案するシバサキは押し黙る。


「その後に、変な郷土歴史研究家が現れて」


「郷土歴史研究家?」


「そうなんです。えーと……、そう、諸星と言ってたっけ」


 男は初めて警察官の顔を直視した。




 やはり諸星はここに来ている。




「おかしな人でした。研究者ってあんなもんですかね。ひょっとして、あなたもですか」


 頭を軽く振るが、何か確信めいた事柄に納得しているように警察官には見えた。



 茜が予知した通り、全てが繋っていく。



「その後、あの人の泊まっている旅館に行ったら、死人のような女の人がいたんです」




 『死に人』ー。




 思わずシバサキは、呟きそうになる。


「でも綺麗な人でした。首に掛かる緑色の光る石がとても印象的で」




『緑光勾玉』。そんな、バカな。




 息をのむ男は絶句しながら拳を堅くする。警察官は少し戸惑いながら発言した。


「あの……。自分は警察官であり、その……、変なことを言うのは、人格を疑われてしまうので、恐縮なのですか……」


「だったら、話さなくて結構」


 そのままシバサキは立ち去ろうとする。


「い、いや、待って下さい!」


 男は振り向いてため息を付く。


「言わせてもらうが、俺に話しをしても何も知らないし、何も答えるものはない」


「いえ、あなたは知っているはずです。でなければ、ピンポイントにこの場所なんて判るはずがない」


 半ば職務を忘れている警察官は男の眼前に詰め寄る。


「自分はとにかくここで、蘇らんとするものと遭遇しました。そして次の時には生きて姿を現した。知っているんでしょう。その正体」


 肩を震わせて男は大笑いした。


「全く、警官らしからぬ発言だな」


「あの女は何のために、蘇ったんですか!」


 警察官は叫ぶ。


「同じ事を尋ねたんです」


 鬱蒼としている木々の間から、シバサキは漏れてくる太陽に目を細めた。


「立ち止まったまま考えていました。自分の存在について」


 その時の行動を反芻する警察官は必死に男に訴える。




 『桜子』の存在など……、あの時すでに終わっている。




 シバサキは唇を噛んだ。そしてわざと口元を歪ませて笑う。


「死体が蘇る。ばかばかしい。そんな話なんか間違っても上司にしない方がいいぞ。変人扱いだ」


「わかりましたよ。捜査中の森での爆発事件。マスコミは知りませんが、僕はその女と諸星という研究者が関係していると思います」


 警察官は期待はずれの問答に少々腹を立て、男を凝視した。


「あなた、今度見かけたら参考人で来てもらいますよ」


「そうか、頑張るんだな」


 そう言葉を残してシバサキはその場を後にする。背後の警察官と、掘り返された土を気にしながら……。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ