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嗅ぐ女  作者: 七月 夏喜
第4話 生ける屍(前編)
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その2



「もう一度、言って下さい」


 駐在所の警察官山木は、面倒な顔付きで目の前にいる後期高齢者の男に尋ねる。


「だから、さっきからちゃんと言ってる」


 スチールの椅子に足を組んで座っている男は苛立ちながら答えた。山木は頭をボールペンの後ろで掻く。


「あのですね」


「信じないんだな。都会から来た若い奴は、大体みんなそんなもんだ。年寄りを小馬鹿にしとる」


 男は批判、興奮して立ち上がった。若い警察官は慌てて制止させる。


「まあ、まあ、落ち着いて。すぐに事件だと言うのは、いくらなんでも早いですよ」


「なんだ、嘘だと思うのか」


 仁王立ちの男は鼻息が荒く腰に手を掛ける。


「呆けた訳じゃない。確認してもらいたいだけだ。こりゃ、絶対事件だ」


「はあ……」


 半分諦めたように返事する山木は、暫く考え込んだあと答えた。


「わかりました。しかしいきなり事件ということには出来ませんから、私が確認して判断します。必要ならば、県警本部と連絡を取ります。いいですか」


「わかった、それでいい」


 山木は備品の懐中電灯を持って、立ち上がった。二人は暗くなった夜道を歩いていく。山間のこの村に来て半年、平凡すぎる日の夕刻に起きたことだった。


 この男の話はこうだ。午後五時頃自分の畑奥の裏山から烏がうるさく鳴くので、散らしに入った。丁度林の中頃ぐらいのところに、烏が数十羽群れているところを発見。威嚇しながらその場所に行ってみると、烏に突つかれた後が地面に無数にあった。よく見るとその少し盛り上がった土の一角に、肉片があったというのだ。またそれ以外にも人骨も見えていたと言い、死体が埋まっていると断定したのだった。


「しかし……」


 山木はその内容に疑いを向けずにはいられない。客観的にみても烏が肉片を突くのは、日常何処にでもある。喧騒とした都会の片隅では生ゴミに群がっている動物たちの光景も珍しくない。また見えていた骨と言っても、何のものかも分からない。ひょっとして食べ残ったフライドチキンの脚部かも知れないのだ。いや、むしろそっちの方が納得も合点もいく。男には悪いが、つまらない話と取っておくのが正解だ。


「仮に肉片が転がっていたとしても、それは野犬や猪などの動物の物ですよ」


 事件になる程の、つまり、人間なんぞが埋まっているはずなどあり得ないのだ。更に言わせて貰えれば、最近ここ一帯や近隣地区に事件などの報告はないし、県警本部から捜査に関する情報提供や要請もない。もちろん行方不明者も出ていない現状だ。


「動物が自分で土に埋まるか?」


 極端な解釈に、山本は帽子を直すふりをして苦笑する。


「いや、飼い主が埋めたのですよ。たまたまあなたの裏林に。最近不審なことや、人を見たことありますか」


「ないよ」


 言っては何だがここは田舎だ。トラクターと軽トラの接触事故は確かにあった。だが人間が絡むような事件などと言う世界からは、完全に別離した空間にしか見えない。


 男の後を追って、山林に向かった。


「そこから、上がるぞ」


 道無き道を二人は登っていく。草木を掻き分け、か細い懐中電灯が照らしている。


「こんな暗いのなら、もう少し強力なライトを持ってくれば良かった」


 悔やむ山木を向えた林の中は、意外にも暗闇が八方に広がっている。足元を照らすだけでは追いつかない状態だった。


「何も見えませんね」


 彼は足を湿った土にとられながら、男に尋ねる。都会から来た若い山木の革靴は、土の上を自由に歩くような格好ではなかった。


「もう、すぐそこだ」


 男は貧弱な照度のライトで周囲をひと回しする。木々の揺れる音だけが聞こえ、暗闇だけが眼前に広がるばかりだ。


「何処だったか、わかります?」


「うむ……」


 どうやら男は迷ったらしい。


「それにしても、こんなところまでペットを埋めには来ないな」


 独りごちして山木は空を見上げた。月の明かりさえ、消えてしまいそうなのだ。今晩はこれまでになく異常なほど暗い。


「明日、出直しましょう。こんなにも暗いんじゃ、ライトもあてに出来ません」


「お巡りさん、あんたこの土地の伝説を知ってるか」


「伝説? いえ、知りませんが」


 ぶっきら棒に答える。山木はそれよりもライトを気にしていた。


「知らずに来たのかね。こんな辺鄙なところへ」


 移動は希望を出してもほぼ通るはずもなく、そもそも好き好んでこんな田舎へ来る事もない。


「この土地が、どうかしたんですか?」


 暗い周辺はライトは役に立たず、男の顔が判別出来なくなっている。懐中電灯を拳で叩いた。接触が悪いことはないはずだ。


「こう見えても古くからこの山林一帯周辺は、死者を生き返らせることの出来る、神聖な土地だったという伝承だよ」


「またまた、驚かそうとしてませんか」


 山木は笑ったが相手の顔が見えなかった。


「その昔、未来にその者を生き返らせるために、わざとこの山に『死に人』の骨を埋めたという伝記が残っておるくらいじゃ」


「はあ……。それは都市伝説ですか」


「都市伝説? 嘘か本当かは、わしにはわからんよ。ただ、その謂れのある土地にあんな烏どもが集って来るなんてことは、これまでなかった。何かが起こったんだ。何かが」


「や、やめてくださいよ」


 男の存在位置までわからなくなってきた。


「ちょっと、真っ暗で何も見えないんですけど、帰れるんですか」


 返答がなく、辺りは静かだ。


「ちょっと」


 それでも声は冷ややかに落ちていく。闇にかき消されているというか。


「じょ、冗談やめましょうよ」


 更なる静寂が辺り一帯に漂っていた。


「ちょっと!」


 見えないライトを振り回して、辺りを無作為に探る。何処にも人の姿に当たらない。


 思わず山木は走り出した。革靴の先端から足元が草木に取られ、前のめりになって転がりそうになる。恐怖が男の心を掻き立てた。自然と心臓の鼓動が高くなり、息が荒くなる。


「そ、そんな、馬鹿な!」



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