その6
抱えているネフロが咳込んで息を吹き返した。
「か、楓、さ、ん……」
そのまま顔を上げると、抜けるような青空に楓の横顔がある。そして眼下に女子高校生を型どった遺跡のようなものが崩れて、隙間から赤い液体が吹き出していた。
「血? なんてことに……」
ネフロは絶句する。
巨大な女子高校生のひび割れた体から吹き出している血液は、次第にこの空間を埋め尽くそうとしていた。
「楓さん、あれを」
少しだけ回復したネフロが指さした。
「あの黒いイヤリング、こちらに方ばかりに光っているんです」
丁度、耳の部分に鈍く光る物がぶら下がっている。揺れているが、どこか不自然だ。
「自分以外の意識下に、私たち能力者二人を幽閉するには相当の力が必要です」
「つまり……」
出来事のスピードについていけない。楓には現実と精神世界との往来で、頭の中が整理できない。ここが何処なのか、それすら認識に危うい時がある。
「ここの力を封じ込めて意識を解放させなければ、諸星とて人を操ることなど出来ません」
「あの蜂男のマンションにいた大蜂の腹の中にも、黒い玉があった」
「恐らくそれで、あの男も操られていたのでしょう」
宙を舞う二人は、鈍く光るイヤリングに近づいた。光玉の中は黒くて異様な物体が泳いでいる。
「醜悪な臭気が塊になって、ここに充満している」
堪らず楓は鼻を押さえた。
「これは多分、外界の諸星とアクセスを取り持つ、あの男の仕掛けた下僕です」
玉の中に赤色の目玉が浮遊しながら、二人を威嚇している。
「これを壊せば、あの娘の精神も元に戻るの」
「それは、わかりません。今まで生かすことなど考えていませんでしたから」
男は渋い顔をした。
「私のせいで彼女が傷ついた。何とかして助けたい、お願いネフロ」
懇願する楓の顔にネフロは硬直する。ポケットから、泥混じりのハンカチを取り出す。
「しかし確証はありません」
静かにそれを鼻にあてた。
「……いい匂い」
楓は沈黙のまま、それを見ている。
「諸星さん、あなたのお人形に目覚めて貰いますよ」
ネフロが人差し指を構えると、玉の中で物体は逃げまどうように何度も回転した。やがて赤い目玉は止まって、二人を見据える。
「ふん、汚らわしい!」
ネフロの放った衝撃波は空間を渦巻き状に回転させて、イヤリングの玉に覆い被さった。空間は玉を飲み込もうとする。玉が割れた瞬間、中から赤い目玉とゲル状の物体が飛び出した。それはネフロに襲いかからんとする。彼は楓を突き飛ばし離れさせた。そしてもう一度、構える。
「むっ!?」
黒い目玉は四方八方に触手を広げた。男は素早く、幾つか指を弾く。触手が飛び散るが新たなものがネフロを襲った。瞬く間に細い姿が飲み込まれる。
「ネフロ!」
物体の中でネフロが闘っていた。アメーバの破裂が所々に現れる。
「そんな、ネフロ」
楓は背後に気配を感じた。振り返って、驚く。巨大な女子高校生が起きあがっていたのだ。身体中のひび割れたところから、赤い液体が滝のように流れ落ちている。その巨大な上腕が何かを求めていた。
『ナ……ナ、ゼ……、モ、ロ、ボ、シ、サ、ン……』
楓の中に突き刺さるように頭に響いてくる。
『シ、ン、ジ、テ、イタ……、ア、ナ、タヲ』
頭が割れるほどの感情が一気に流れ込んできた。女子生徒のこれまでの苦悩の日々や後悔が走馬燈のように楓の脳内に伝わっていく。そして諸星に出会い、彼女の誕生日のプレゼントに、男が画策したあのイヤリングが渡されのだ。
それは意図的か、楓が電車の中でネフロと初めて出逢った日と同じだった。




