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魔法使い、未来へ行く

 ここは薄暗い洞窟の中。普通の人間では辿り着くことができない、天まで届くのではないかと思えるほど高くそびえたつ山の頂上に、人の手で作られたと思わしき洞窟が口を開けていた。


 その山の名はオリュンポス山。かつて神と崇められた者が住んでいた場所。山の山頂は雲の上にあり、雪で覆われていた。

 地上から見える山の壮麗な姿は、人々に神が住んでいる山であると感じさせるほどの雰囲気がある。


 洞窟の中には魔力を動力とする照明器具が一つ天井から吊るされ、ぼんやり燐光のごとく輝いている。

 湿った空気が漂う岩窟内に二人、人族と亜人族の男性がいた。


『おい、ガウス……お前本当に行くのか……未来へ』


 亜人の男性は悲痛な表情を浮かべ、ガウスという人族の男性へ問いかける。ガウスは真っ黒なローブに、魔法使いが使う杖を片手に持ち、佇んでいる。


「クドラク、すまないけどもう決めたんだ。俺は未来へ行く! もう一度彼女に会うために……俺にはやらなくちゃいけないことがあるんだ……わかってくれ」


 ガウスは亜人の男性、クドラクに向かって答えた。なにかを決心した男の顔がそこにはあった。


『そうか……決心したならもう止めないでおこう。だが世界最強の魔法使いであり、王宮に使える宮廷魔法師のお前がいなくなったら、王国は混乱間違いなしだな。はあぁ……我が王のガッカリする顔が思い浮かぶよ。お前のお陰で魔族の進行を止めることができ、これからって時に』

「……まあね。魔界とこの世界を繋ぐ空間は封印し、魔族の脅威がなくなった今、この世界の発展はすごいことになるだろうな。しかしそのために俺は彼女を失ったんだ……。まあ、もし何かあっても俺の弟子達もいるから大丈夫でしょ。……不安な面も多々あるけどね」


 ガウスとクドラクは弟子の顔を思い浮かべ、互いに微妙な表情を浮かべる。

 ガウスの弟子は魔法使いとしては大変優秀だ。しかし、性格に難があり、全幅の信頼を置くというところまでは至っていなかった。


『まあ、それならいいが。あいつらもお前がいなくなったと知ったら悲しむだろうな……。特にリムちゃんなんてお前に惚れてるしな』

「リムが? それはないでしょ。俺たちはただの師匠と弟子の関係だし……」


 リムはガウスの十三番目の弟子。齢十七歳の少女である。この子も例に漏れず、性格に少し難がある。彼女はバトルジャンキーであった。ガウスは事あるごとに訓練という名の真剣勝負を行なっていたため、まさか自分が異性として見られているとは全く考えていなかった。


『そういう事にしておいてやろう。しかしあのバトルジャンキーの相手は今後誰がするんだ。……俺は絶対にしないぞ。ちなみにどれくらい未来へ行くんだ?』

「一千年後の未来だよ。一千年後、彼女の魂は再びこの地で生を受ける」

『一千年後か……遠いな。しかしその情報は確かなのか?』


 突拍子もない情報だったので、間違っている情報の可能性もある。だからこそ、クドラクは心配になり、このような質問をしたのだ。


「この世界の神を脅して手に入れた情報だから、まず間違いない」

『興味本位で聞くが、神にどんな脅しをかけたんだ?』


 クドラクは『ゴクッ』と唾を飲む。クドラクがそう尋ねてみると、ガウスは悪い表情を浮かべ、不敵に笑みをこぼす。


「聞きたい? ククククク。まあ隠すほどのことじゃないか。ただ……教えてくれなかったら、この星を壊すほど暴れるかもしれないよ、って言っただけだよ」


 ガウスは微笑しながら、とんでもないことを口にする。

 ガウスは悪いことをした悪ガキのような顔つきになっている。


『……はぁー。お前ってそういうところあるよな。ハハハハハ。まぁいいか。しかし一千年後だと、もう私は生きていないかもな』

「いくらクドラクが亜人族の中で長寿の吸血鬼ヴァンパイヤでも、さすがに一千年後は生きてはいないかー」


 様々な亜人が住むこの世界でも吸血鬼ヴァンパイヤはトップクラスで長寿の種族である。一説には若い人間の血を飲むことで、身体の老いを遅らせているのではないかと言われている。


『そうだな。可能性が無いわけじゃないが。一応私の子供達にはお前の話をしておく。未来で何か困ったことがあったらヴァンパイヤ族を頼れ。お前の力になってくれるはずだ』

「わかった。そうするよ。いつもすまないね」

『そんなこと、お安い御用だ。しかしそこまで鍛えた肉体を捨てるのは実にもったいない。身体を捨てる前に少し食べさせてくれないか? いや少しかじるだけでもいいんだ。魔法で年を取らないようにお前はしているからな。人族として最高峰の鍛えられた身体を持つお前を、昔から見る度に一口でいいから食べたいと思っていたんだ』


 クドラクはよだれを垂らしながら、ガウスに向け熱弁する。

 ヴァンパイヤは人族の血を吸うだけでなく、身体を食べることもあった。しかし食べなければ死ぬというわけではなく、また一回に食べる量も少なかったので、それで人族が死ぬケースは非常に稀だ。


 鍛えられた身体であるほど美味であるため、彼らにとってガウスの身体は、それこそよだれが出てしまうほど超絶美味の最高級食材に見えるのだ。


「おいおい、やめてくれよ。親友に身体を食べられるとか御免だよ」

『ハハハハハハ。すまんすまん。冗談だよ、冗談』

「いや、冗談に聞こえないんだけど。まず口のよだれを拭いてくれ」


 ガウスはジト目でクドラクを見ている。

 クドラクは口周りのよだれを拭きながら話を続ける。


『しかしやはりそこまで鍛えた肉体を捨てるのはもったいない。なんとか肉体も一緒に未来に行けないのか? 肉体がなくなってしまったら、せっかくここまで強くなったのにまた一から鍛え直しじゃないか』

「前にも説明したけど、未来に行くため俺は魂魄になる必要があるんだ。魂魄でしか時空を超えて移動することができないからね。しかし無防備な魂魄のまま時空を移動すると時間の波に押しつぶされてしまう。それを防ぐために肉体をエネルギー体にして、強固な防御壁にするんだ」

『ふーん』


 これで何回目の説明になるかわからないが、何回聞いてもクドラクにはうまく理解できないみたいだった。

 ガウスは呆れつつも、そのことは表情に出さず、クドラクに説明をする。


「鍛えた肉体は無くなってしまうけど、幸いなことに今まで鍛え上げた魔力はなくならない。魔力は魂の強さだからね。すなわち、俺の魂が無くならない限り、俺の魔力は無くならないということだ」

『うーむ。難しいが、とりあえず最強のまま未来に行けるってことだな』

「ハハハ。簡単に言えばそういうことだね」

『そうかそうか。それなら安心だな。……ガウス、お前が無事未来で彼女を見つけられることを祈っているよ』

「ありがとう、クドラク。しかしすぐには見つけられないだろうけど。彼女の魂の波長は覚えているから、近くに行けばすぐにわかる。だけどこの広い世界。何年、いや何十年かかるかわからない。それでも俺は絶対に彼女を見つける。そして……今度こそ彼女を救ってあげるんだ!」


 ガウスは真剣な表情で語る。静かな洞窟の中、ガウスの決意の言葉が洞窟の中を木霊する。


『はははははっ! あのハーレム野郎がここまで一人の女性に固執するようになるとはな。長生きするもんだな』

「ふっ。人は変わるもんだよ。数多くいた妻も全員他界したしね。未来でまたハーレムでも作ろうかな」

『そうだな。人は変わり、未来も今とは変わっているだろう。だが私とお前の友情は変わらない。そうだろ?』

「もちろんだ。俺とお前の友情は変わらない!」


 二人はがっしりと手を握り合う。二人は見つめ合い、軽く微笑んだ後、お互いに少し距離をとった。


「それじゃあ、そろそろ行くよ。後のことは頼んだよ」

『任せておけ。王達にはなんとか言っておく。お前も気をつけるんだぞ。あと……女はほどほどにな』

「あぁ……心の隅に留めておくよ。本当に今までありがとう、永遠の友よ。……じゃあな」


 ガウスはそう言うと、一つ深呼吸を行い魔力を溜め始める。

 一分も経たないうちに膨大な魔力が手に集まる。それは人族では届かないと思われた、遥か高みにガウスがいることを物語っていた。


「世界の理を破り、果てなき時代へ、我が御魂を導きたまえ! 時空系統魔法、【時間軸の放浪者(タイム・トラベラー)】」


 そう言うとガウスはまばゆい光に包まれ、最後には姿を消した。


 今この場にいるのはクドラク、ただ一人となった。


『じゃあな……未来でも頑張れよ』


 一筋の涙がクドラクの頬をつたった。



―――



 上空にまばゆい光が発生し、辺りを激しく照らしている。

 光は徐々に収束し、最終的に直径三十センチほどの光の玉となった。

 もちろんこの光の玉はガウスの魂魄。ここは先ほどまでいた時代よりも一千年時が進んだ時代。下には広大な密林が広がっている。少し離れた場所にいくつか街が見えた。


(おぉーーー! ここが一千年後の未来か。見た限りだとそこまで大きな変化はなさそう……いや、変わってる! ところどころに見たことがない背の高い建造物があるぞ! しかも森には道ができて、なにやら箱のような物が凄まじい速度で走っているじゃないか! な、なんなんだ、あれは!!)


 ガウスは自分がいた時代にはなかったものを目にし、驚愕と困惑を感じていた。


(なんなんだ、この世界は……俺がいた時代と全く違う。まぁ、それは一千年も経ったためだと思うが……そもそも魔力をほとんど感じることができない。どうなっているんだ? ……いや、考えるのは後にしよう。今はまず身体を得る必要がある。魂魄のまま長い時間いると、天に召されてしまうからな。では俺にふさわしい肉体を探し出すとしようかな)


 ガウスはそんなことを考えながら、次の行動に移す。

 ガウスの魂魄はより一層輝きを増し始める。これはガウスの魂魄と波長の合う容れ物、すなわち肉体を見つけるために、自ら魂魄の波長を電波のように飛ばしているのだ。


 波長の合う肉体があれば、反射されガウスに戻ってくる。

 そこからその肉体の場所を特定するのだ。


 波長を飛ばしてから一時間ほど経った頃。


(……あった! ここから北に三十キロほど離れた場所にある! こんな近くに俺の魂魄に合った身体があるとは幸先がいいな。おっしゃぁー! 今行くから待ってろよー!)


 ガウスの魂魄は凄まじいスピードで北に直進する。



―――



 ガウスの魂魄はある街を眼下に見据えながら、空中をふわふわと漂っていた。

 陽は傾き、暗みがかってきた時刻。


(ここが俺の身体がある街か。綺麗だな。しかしこんなに街灯をつけて大丈夫なのか? これでは街の魔力はすぐに尽きてしまうんじゃないか。それとも時代が進むことによって、俺より優れた魔法使いが現れたのか? まぁ、それならそれでいいけどさ。俺は彼女に会えればそれでいいんだから。……俺より優れているかはいずれ戦って判断しよう)


 ガウスは負けず嫌いだった。

 若い頃から一番にならなくては気が済まない性格だった。そのため幼い頃から努力を惜しまず、魔法学校では首席で卒業し、王国では王の次に位が高い宮廷魔法師にまで登りつめた。

 たゆまぬ努力と非凡な魔法の才能により、彼は他者を圧倒する魔法使いになったのだ。


(さぁて、早速俺の身体を迎いに行きますか。場所は……あそこだな。街の中心から離れた荒んだ区域にあるボロボロの家。あそこから波長が反射している。しかし……あんな家に住んでいる奴の身体……大丈夫なのか? とりあえず行ってみるか)

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