第13話 「夢から来た、アイツ」
「お前ら!」
「こんな奴、やっちまうぞ!」
目の前には、いつの間に集まったのか分からないほど大勢の男たちが並んでいて、全員が私を敵でも見るような鋭い目つきで睨みつけながら、今にも襲い掛かってきそうな勢いで拳を握り締めている。
(……夢だな、これは)
妙に冷静な自分がいた。
いや、冷静というより、状況を理解することを最初から諦めていると言ったほうが正しいかもしれない。
だって、私はついさっきまで布団の中にいたはずなのだ。
確か、「今日は疲れたから、もう寝よう」と思いながら目を閉じたところまでは覚えているし、眠りに落ちてから何時間も経ったような感覚もない、それなのに目を開ければ知らない場所に立っていて、目の前には私を取り囲む謎の男たちがいる。
(こんな急展開、現実で起きてたまるものですか)
夢というものは、どうしてこうも説明を放棄するのだろう。
「おい、女!」
「覚悟しろ!」
「逃げ場はねぇぞ!」
男たちが口々に叫び始めるが、私はというと、彼らの威勢の良い声よりも、もっと別の音が気になっていた。
「クワ――、クワ――」
「…………」
聞き間違いではない。確かに聞こえた。しかも、聞き覚えがありすぎる。
(……まさか)
嫌な予感を覚えながら、ゆっくりと視線を下へ向ける。
すると、男たちの足元から白い物体がひょこりと姿を現し、何事もなかったかのように首を左右へ揺らしながら、私のほうへ近づいてきた。
「クワクワ」
「……アヒル?」
そこにいたのは、紛れもなく、いつものアヒルだった。
なぜいる。どうして夢の中までいる。
というか、私の夢なのだから、せめて出演者くらい選ばせてほしい。
「クワ――!」
「……やかましいわね」
思わず呆れた声を漏らすと、アヒルは何かを訴えるように私を見上げ、それから突然、くるりと男たちへ向き直った。
「クワ!」
「……え?」
次の瞬間、アヒルが地面を蹴った。
いや、正確には蹴ったように見えた。
白い羽毛の塊が視界から消えたと思った直後、男の一人が空高く吹き飛び、地面へ叩きつけられる。
「ぐわああああっ!」
「…………」
何が起きたのか理解できない。いや、理解したくない。
「な、なんだこのアヒルは!?」
「速すぎるぞ!」
「クワクワクワ!」
アヒルは完全に調子に乗っていた。
男たちの間を縦横無尽に駆け回り、右へ左へと跳ね回りながら、まるで長年鍛え上げた戦士のような動きで次々と男たちを吹き飛ばしていく。
「ちょっと待ちなさい!」
「クワ!」
「あなた、私の夢の中でしょう!?」
「クワ!」
「だったら私の言うことを聞きなさい!」
「クワクワ!」
「絶対に分かってないでしょう!」
アヒルは振り返りもしない。
むしろ、私の声援だとでも勘違いしたのか、さらに速度を上げて男たちを蹴散らしていく。
「うわあああ!」
「助けてくれぇ!」
「アヒルに負けるな!」
「クワァァァ!」
最後の一人が吹き飛んだところで、辺りに静寂が訪れた。
私は荒れ果てた地面と、そこら中に転がる男たちを見渡したあと、ゆっくりとアヒルへ視線を戻す。
「…………」
「クワ」
「…………」
「クワクワ」
「……あなた、夢の中だと妙に強くない?」
「クワ!」
なぜか誇らしげに胸を張るアヒル。
その姿を見ているうちに、何とも言えない疲労感が込み上げてきた。
(夢を見るだけでも疲れるのに、夢の中でまでアヒルの面倒を見るなんて……)
そう思ったとき、突然、景色が大きく歪んだ。
空も、大地も、倒れている男たちも、そして目の前のアヒルさえも、まるで水面に映った景色のようにぐにゃりと揺れ始める。
「えっ……?」
「クワ?」
アヒルが不安そうにこちらを見る。
「ちょっと、待って……」
世界が白く染まる。
意識が遠のいていく。
そして――。
「ピピピピピピピピピピ!」
「…………」
「ピピピピピピピピピピ!」
「…………うるさい」
私は布団の中で眉を寄せながら、ゆっくりと目を開けた。
見慣れた天井。見慣れた部屋。枕元で鳴り続けるスマートフォン。
どうやら、朝らしい。
「…………」
しばらく天井を見つめたあと、私は深いため息を吐いた。
「……夢か」
妙にリアルだった。
男たちに囲まれたことも、アヒルが突然現れたことも、そして最後に大暴れしていたことも、すべて夢だったらしい。
「変な夢だったなぁ……」
そう呟きながら上半身を起こし、寝ぼけた頭を掻いた、そのときだった。
「クワ――」
「…………」
部屋の隅から、聞き覚えのありすぎる声が聞こえた。
私はゆっくりと首を動かす。
見間違いであってほしい。
夢の続きであってほしい。
そんな淡い期待を抱きながら視線を向けると、そこには――。
一羽の白いアヒルが、こちらをじっと見つめながら座っていた。
「…………」
「クワ」
「…………」
「クワクワ」
「…………いや、待って」
私は布団を握り締めたまま、必死に状況を整理する。
夢だった。確かに夢だった。なら、なぜこいつがいる。
「……あなた、夢から出てきたの?」
「クワ」
「そんなわけないでしょう!」
「クワ!」
「そこだけ元気に返事するな!」
朝の静かな部屋に、私の叫び声だけが響き渡った。
そしてアヒルは、そんな私の反応を楽しむかのように首を傾げると、何事もなかったようにもう一度だけ鳴いた。
「クワ――」
「……今日は、もう一回寝ようかな」
現実から逃げるために布団へ潜り込んだ私は、この選択がさらに悪夢を呼び込むことになるとは、知る由も——。
「おはようございます! 美奈さん!」
その声とともに、白衣を着た見覚えのある禿げた爺さんが、いつの間にか部屋の中へ現れた。
もういいや。もう、言わずにはいられん。
「この不法侵入者どもが! 私の部屋から出ていけ!」
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