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35話 プラネタリウムの天気予報




「はい、ご苦労様です」

ドキドキの婚姻届はいともあっさりとこの一言で受理された。


「なんか、気が抜けた」

「だな」

届を出す方は一生に一回のつもりだから、感慨深くもあり当然力が入る。

しかし受け取る方は、日に何回も受け取る一枚の紙にそれ程感慨深い思い入れは無い。

ましてや市役所のカウンター越しで、受け取る相手は髪の毛がバーコードになっており、年季の入った元はオレンジ色だっただろう指サックを嵌めたまま、ずり落ちて来たメガネを鼻に乗せ、上目使いにこちらを一瞥して受け取ったのだった。


「何処に行くの?」

「直ぐに分かるよ」

今日は二人で出かけて来ており、周が運転をしているのだが、家とは別の方向へと車を走らせている。

婚姻届が意外と簡単に終わってしまった事に気が抜けて、窓の外の風景をぼーっとしながら眺めていた。

目に映る風景は郊外へと向かっている事が分かり、その先にちらちらと見える銀色の建物の先端に目が奪われる。言葉も無く隣の周を見ると「分かったな」と言いたげな表情で口もとが笑っている。

「え?え?」

と言いながらも目の前に近づいて来る銀色の大きな丸い建物は、忘れもしないあの天文台であった。あの時見逃した天体探検は今でも悔しい思いが有り、月に一度はチェックをしているが、年内に北山さんが来る予定は無かった。それでも一度新しい天文台でゆっくりと展示室を見たりしたいとも思っていたので、近い内には訪れたいと思っていたのだ。

「行きたいと思ってたのを知ってたの?」

「ああ、何時も天文台をネットで見ていただろ」

この先ずーっとこの人には隠し事が出来そうに無いし、隠す事も必要としない、ってか隠し事をしたら多分・・・。脳裏に浮かんだのは熊と蛇の比較対象図だったので、考えるのは止めて置く事にした。


久しぶりに来た天文台は平日の午後過ぎと言う中途半端な時間の為か、来客者は私達二人だけだった。

展示室をゆっくりと見て回り、私の知っている事について補足を加えながら一つ一つの惑星を見たり、宇宙についてのパネルを見たりと楽しんだ。

意外な事に周は余り天体に付いては詳しく無く、ましてや星座等は皆無に等しかった。

本人曰く。「知識が無くても夜空を見上げれば其処にあるし、知識が無くても星空は誰にも平等に光り輝いているから」それだけでいいのだそうだ。

それでも私の話に興味が湧いたのか、知らないで只夜空を眺めるより、多少なり知って見る夜空は楽しそうだと言ってくれた。

「奥様は随分と詳しいですね」

後ろからそう声を掛けられ振り向くと、其処には一人の男性が嬉しそうに微笑みながら立って居た。

周も笑顔で近づきその男性と握手をしている。

「・・・北山さん?」

「初めまして。九条秋弦さん」

私に向き直り、差し出された手に、条件反射で自分の手を差し出す。

「あ・・・あの・初めまして・・えっ?」


目の前で周と楽しそうに話しているのは、天体探検で知られる北山貴博先生だった。

周が私の誕生日の為にとお願いし、わざわざ仙台まで来て下さったのである。

物凄く嬉しいのだけど、物凄く申し訳無くも思うのは、一般ピープルの性である。

それでも何年も前から密かに見たいと思って居た天体探検が見られるのかと思うと、必然テンションが上がってしまっているのも否めない事実である。



音も無く、誰の言葉もなく始まった天体観測に、私は独り宇宙へ放り出された錯覚に陥った。

目の前に広がるのは宇宙のパノラマ。

天の川銀河、アンドロメダ銀河、ソンブレロ銀河・・・・・

遠くに見えるのは観測可能な限界ぎりぎりの所に存在するブラックホールの赤いクエーサー

宇宙を見下ろすなんて、自分が神にでもなったようなおこがましい気持ちに、心臓がぎゅっと萎縮する

宇宙の成り立ちが解説も聞こえないほど、目の前で繰り広げられる様は恐ろしい程リアルだった

耳に心地よい音楽と共に銀河の中へと入り込んで行く自分は、さながらスペースシャトルの乗組員だ

目の前に次々と現れるのは、展示室で見た惑星

真っ青な海王星は氷の惑星

少し青緑がかった天王星には薄い環

皆が知っている土星の周りの塵には何故か軽自動車が混ざっている

太陽の次に大きな木星はオレンジ色の雲に覆われており、その雲が作り出す様々な模様が美しい。木星の磁場によって起こる極のオーロラは美しい弧を描いていた

赤い火星では至る所で砂嵐が起こり地表はごつごつしている。しかし、火星の夕焼けは青く美しく神秘的だ

しかし、次に現れた私達の地球は得も言われぬ美しさを持っていた。暗い大空に浮かぶ青と白のコントラストが絶妙に美しく、地球の向こう側から顔を出す太陽はさながらダイヤモンドの様な輝きを放っている

地球とほぼ同じ大きさでほぼ円に近い金星は肉眼でも見える事から昔からなじみ深く「明けの明星」「宵の明星」として知られている

太陽に一番近い水星は老人の惑星とも言われ、天体の衝突の力が反対側まで伝わって表面に皺の様な模様が出来たと言われている


太陽は地球上の生き物の生命力の源、月は気持ちを穏やかにさせてくれる癒しの源、人は昔から空を見上げては感謝をし、涙を流していたのかもしれない。


宇宙から見れば銀河は小さく地球はそれよりも小さい。

その小さな地球の中で生きている生命はもっとずっと小さいけれど、喜び悲しみ時には怒りそれでも楽しみながら精一杯生きている。

それは自分が一人であり、その周りには沢山の人がいて、その沢山の人の周りにも沢山の人がいて、関わりを持って生きているから。

地球だってそう。

周りの惑星と関わっているから今の地球があり、惑星もあるのだと思う。

全ては関わり方次第なのだろう。


「秋弦さん。僕がプラネタリウムをどうして作ったのか、知ってますか?」

「・・・星空が好きだったから、と前に聞いたことがあります」

「そうですね。星、より星空が好きなんですよ。僕は北海道で生まれて育ちました。北海道では一年の半分は星空がみられません。それは天候のせいです。雪や雨、あと雲も良く出ます。だから、見たい時にあの満天の星空が見れたらいいなと思って作ったんです」

「あ、分かります。私も札幌で生まれ育って満天の星空を見てるから」

「秋弦さんは札幌ですか。私は富良野なんです」

「!・・・北山さん、私、忘れられない星空があるんです。多分、知ってると思いますが、美瑛町の真冬の星空で、六花(雪の結晶)がキラキラと輝いたのを見た時は涙が出ました」

「めったに見れる光景では無いですよ。僕も一度しか見ていないです。あれを見たくて作り始めたと言っても良い位です」

「そんなに綺麗なのか?」

「うん。あなたにも見せてあげたい」

と、その時、宇宙のパノラマだった世界が、一転してあの懐かしい北海道の夜空を映し出した。懐かしさに言葉も出ず、幼い頃に父と母と行ったあの時を思い出していた。車の中で母と一緒にくるまった毛布の感触と匂いが思い出される。

胸の奥がツンとした時、目の前にキラキラとあの六花が舞い降りてきた。

(ママ・・・)

(・・・秋弦、おめでとう・・・)

「!ママっ!」


目の前の星空に母の面影がふわりと覗く。

それは嬉しそうに微笑む大好きな母の顔で、病院のベッドで私の頭を最後まで撫でていた時の笑顔だった。

(ママ、ありがとう)

隣で周が少しだけ冷たくなった私の手を優しく包んでくれる。

「ママがね、おめでとうって・・・」

「そうか」

「うん」

「こんなに綺麗な星空を、実際に体験してみたいな」

「うん」

「一緒に行こうな」

「うん!」


この星空は実際の天体探検では見られない、個人的に作った映像なのだと北山さんが教えてくれた。

「北山さん、今日はありがとうございました」

「秋弦さんにお会い出来て嬉しいですよ。また会いましょうね」

「はい!必ず!」


北山さんと別れ、出口へと向かう途中、インフォメーションコーナーで明日の天気予報が流れている。

「明日のお天気は曇り 降水確率は70% 最高気温19度 最低気温10度・・・」

「変なの」

「ん?何が」

「プラネタリウムの天気予報は毎日晴れに決まってるじゃん」

くすっと笑った周が私の手を握り、力をきゅっと入れてそのまま自分のコートの中へと誘った。


夕食は【ラ・ラピス】で食事をし、私達を見た藤堂さんのお兄さんは少しだけ残念そうな顔をしていた。


食事の時にワインを飲んだ周は、藤堂さんのお兄さんに車のカギを預けてタクシーを呼んだ。

「御影さんじゃ無いんだ」

「もう一軒だけ付き合ってくれ」

「んーいいよ」

正直言えば、帰って布団に入りたい。

プラネタリウムで興奮したり、夕食時にワインを飲んだりで、瞼が重かった。

周もそれは分かっているのだろう。

タクシーの中で少し眠っていろと、肩を貸してくれる。


タクシーが止まった振動で目を覚ますと、そこは久しぶりに見る灰色のビルの前だった。

「・・・久しぶりだぁ」

「・・・そうだな」

それに、二人で一緒に行くのは初めてだと気が付いた。

「あー・・・ドキドキしてきた」

周に手を掴まれてそのまま恋人繋ぎをされ、あたふたする私を横目に歩き出す。

階段を上った先の黒い扉の脇には、変わらず赤い薔薇の花が出迎えてくれている。

しかし、今日は二本の薔薇の花があり、そのうちの一本は四角い花の形を成していた。外側の花びらが正方形を作る様に四方に位置し、それぞれの花びらが外巻にくるりと巻かれている為四角に見えるのだ。

もう一本の花が蕾を残したまま花先だけが開きかかっている為、四角い方の花が際立って目に入る。

「スクエアーローズ、だね」

「綺麗だな」

二人でその薔薇を見ながら、少しだけ立ち止まった。


ギィ と言う鈍い音と共に開いた扉の向こうには、顔見知りの人他達の笑顔が並ぶ。

「誕生日おめでとう!」

「結婚おめでとう!」

吃驚する私の隣で周がありがとうと言いながら、常連さんと言葉を交わしている。

最初からそのつもりでここへ来たのだと知ると、とても嬉しくて周に抱き着き「ありがとう」と笑顔を向けた。







ここまで読んで頂きありがとう御座います。

プラネタリウムは此れにて完結となりました。


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