かえりみち男女
「みおりんはおうちどこー?」
「・・・近く」
みおりん、を訂正することをすっかりあきらめてしまった様子の藤崎は、藤田の陽気な声に一言返した。
藤田は右と左にぷっつり別れた道の真ん中で、藤崎に「右or左」と歌うように問いかける。
藤崎はこれまた少し間をおいてから、すごく疲れた様子で左を指さした。
藤田は「わーお」と外国人もびっくりな声をあげて、「私右なのよね」とこれまた高らかに歌いあげた。
「そうかじゃあここでバイバイだな気をつけて帰れよ」
灰田は息も飲む暇のないほど早口にいうと、俺の肩をがっと掴み二人に背を向ける。
「まった―――!!」
逃亡を企てた灰田のバックを藤田がぐっと握り締める。灰田はぐっと苦しげな声をあげながら、犬みたいにそこにつなぎとめられる。
「はくじょーもの」
藤崎のジト目に、灰田は「お前知らなかったのか」と鼻で笑う。
お前よびが嫌いではない藤崎はちょっと照れながらも、灰田のバックを自分の腕にグルグル巻きだす。
そして自分の満足がいくほど巻き上げてから、こちらに向かって軽く右手をあげて「じゃあまた明日ね」といってリードを掴んだままさっていく。
灰田がぎゃんぎゃん鳴いたが、どこふく風といった様子な藤田はルンルンとスキップを踏みながら薄闇に消えていく。
俺と藤崎は藤田の鮮やかな手並みを唖然と見送ってから、眼を合わす。
「・・・いったわね」
藤崎の疲れた声に俺は「ああ」と返す。
藤崎は深いため息をつくと、俺に背をむける。
「じゃあ帰るわ」
「あっっと」
歩き出そうと右足を出した藤崎に俺は何も考えずに声をかける。立ち止まった藤崎がこちらを振り向く。まだなにか用でもといいたげな藤崎に、俺はごくりと喉をならしながら落ち着け落ち着けと呪文のようなひとり言を繰り返しながら、自然に自然とカチカチな唇をひらく。
「おくってくよ・・・」
「近いからいいわ」
「・・・・」
「・・・・・」
そっこう断られた。
がっくりと両肩をおろし、悲嘆にくれる俺はよほどひどい顔をしていたらしく、目の前の藤崎が困惑した表情でこちらを見上げてくる。
「・・・だって、迷惑じゃないの?」
バイト帰りでつかれてるだろうし、小さくこちらを気にする様子をみせる藤崎に俺はブンブンと首を横に振る。そしてその時に目にはいった壁に張られたチラシを指さす。
「だって、危ないから」
俺の指示した先には「痴漢に注意」という古ぼけたポスターが一枚。
俺の言葉に藤崎はふっと困ったように肩をすくめると「じゃあ、お願いします・・・」と、男って大変ねともらしながら俺が歩き出すのをその場に止まって待ってくれる。
一緒に帰る了承を得た俺は、手を差し出すわけでもなくただ街灯の下にたっている藤崎にフラフラと近づいていくと、そのまま隣に立つ。
俺が隣にたつのをじっとしたまま待っていた藤崎は、俺をちらりと見上げて確認してからそっと細い足を前へ前へと繰り出し始める。
歩幅の小さな藤崎に合わせ、つまづきそうになる自分の足元を叱咤しながら俺は藤崎の横を歩く。
藤崎が短い、近いと何度もいった通り藤崎の家は確かに近かったが、でもそれでも俺は十分幸せだった。
だって君が隣にいるから。