EP16. 【交わる二つの力】
「一体なにが言いたいんだい?…ボクがエンジーを恨んでいる?キミじゃあるまいし、一体ボクがどうして?」
動揺する心を抑えながら、ワンドの先を床に突き立て、ファウスはビーゼルに聞いた。
「お前……、テンのこと好きなんだろ?」
ビーゼルはニヤッと笑い、親指をテンに向けた。
「……はっ⁉」
いきなり話題に出されたテンは、驚いて声を発した。
隣にいるティオラとネルも、驚いて彼女を見ている。
「…冗談きついなぁ…。どうしてボクが……?」
一瞬、眉をぴくッと反応させたが、ファウスは冷静を装って聞き返した。
「だってお前、俺に言ったじゃねーか。自分のことをエンジーだと思えって、自分もそうするからってよぉ。…お前も、俺と同じ思いを持った同士ってことだろ?…お前がオズに気があるとは思えねーし…、だとしたら、トラブルエンジンのことが好きだったテンのことになんのかって思っただけだぜ」
「………」
ファウスは、何も言い返さずに黙った。
「…なぁるほど…!」
ビーゼルにしては鋭いと、ネルは頷いた。
「あんまりひん曲がった考えばかりだと、マジでやべーヤツだからな。もうちょっと素直になって気持ちを表してもいいと思うぜ?…お前、戦いが起こることで、みんなの様子を面白がるふりして、本当は興味引きてーんじゃねーのか?……本当は、黒陽も白月も関係なく、守護者たち全員が、だーい好きだったりしてな‼」
ビーゼルはファウスを茶化すように言った。
「……やだぁ……」
ティオラは露骨に嫌そうな表情を出して呟いた。
テンは、呆れた表情でため息をついた。
「………っ」
黙って聞いていたファウスは、ワンドを持つ手を震わせた。
「なんだよ?怒ってんのか?…頭使えって言ったのはお前だぜ?」
「~~~っ⁉」
ビーゼルはファウスへの挑発をやめなかった。
校長室では、ココルルを部屋に招いた校長「メンジャークリン」が、ソファに彼女を座らせ、話をしていた。
「体調はどうかね?…仲間だと思っていた生徒が、あの火事を起こしたと知って、さぞショックを受けただろう…」
校長は、机の方へと移動しながら、ココルルを気遣うように言った。
「……私なら大丈夫です…。お気遣いいただきありがとうございます」
知らなかったとはいえ、チャペルを燃やす程の火事を起こしたエンジーに対し、複雑な心境ではいたが、ココルルはそれを表には出さず、声のする校長の方を向いて礼を述べた。
「……あの、私にお話とは…?」
ココルルが聞くと、彼女の目が見えないことをいいことに、校長は我慢できなくなった笑みをずっと不気味に浮かべていた。
校長は机の一番上の引き出しから、ある一枚の紙を取り出して、それを持ってココルルの方へと歩み寄って来た。
「…実はね。キミに、新しく出来るチャペルの責任者になってもらいたいんだ」
「っ⁉」
ココルルは驚いた。
ココルルの向かいのソファへ座った校長は、構わず、持って来た紙を机に置いて説明を始め出した。
「来年の今頃を完成予定に、チャペルを建て直して新しくするのは、もう既にキミも知っているはずだね?」
校長は前かがみになり、口の前で指を組んで言った。
「そ、それはもちろん…。ですけれど…っ!私が責任者とは、一体どういうことですか?…私は、ただの一生徒です!それに、来年は高等部へと進学するつもりなのですが…」
ココルルは少し動揺して、校長に説明を求めた。
「…ほぉ。ここの高等部へと進学してくれるのか。それは大いに結構だよ。…ワタシはね、ココルル。それと両立して、中等部の新しいチャペルをキミに任せたいと思っているんだよ」
校長は「ニッ」と笑って言った。
「……?」
ココルルは未だに校長の言っている意味が分からず、疑問を抱いた表情をしている。
「新しいチャペルはキミが…、ココルル、キミこそが任されて意味がある。……生徒一人一人の心に誰よりも深く寄り添い、キミ自身が自ら彼らの励みとなる存在となる…!チャペルがキミを求めているのだよ!ワタシの理想とする新しいチャペルには、キミが必要なんだ!…キミの働きを知っているここの生徒なら、誰一人、反対する者などいないだろう!」
校長は興奮気味に声を大きくし、ココルルを説得した。
「ま、待ってくださいっ!…それは、つまり……」
だんだん察してきたココルルに、校長は頷いて返した。
「そう!キミにチャペルの祭司として、努めてもらいたいのだよ!」
ココルルは驚いて、慌てて立ち上がった。
「む、無理ですっ!できませんっ‼…私には恐れ多いことですっ‼」
彼女が拒むことを最初から予想していた校長は、彼女の気持ちを落ち着けるために、立ち上がって、彼女の肩に手を置き、静かにソファに座らせた
「……私に…、ワンダーソン祭司のような力はありません……」
ココルルはうつむいて言った。
言葉にはしなかったが、盲目の自分に、皆の心を動かせるほどの力はないと、自信を無くしているようだった。
ソファに座り直した校長は、フッと笑った。
「ワタシは彼の志に染まったこの学園を、キミに変えて欲しいと思っているんだよ」
「っ⁉」
校長の意外な言葉に、ココルルは顔を上げた。
「彼が目指した学園は、四つの部門に分けたことで、結局は争いの元となってしまった。枠にハマってしまったその伝統は、ワタシの力でも変えることは出来なかったのだよ…」
もっともらしく、残念そうに言う校長の言葉に、純粋なココルルはすっかり騙されてしまい、校長の気持ちを察するように、悲しい表情でうつむいた。
二年前に起きた火事の元凶は、校長の目論見だということを、ココルルのことを気づかった守護者たちが、彼女には話していなかったからだ。
「……でも、私には、とても……」
チャペルの祭司となることは、学園の行政を変えることに加担するのだと、彼女は重々(じゅうじゅう)分かっていた。
自信がなさそうにうつむくココルルに、校長は押しの一手で、出し惜しみをしていた条件を彼女に話した。
「チャペルの祭司となれば、ワタシの側近となるも同然。生徒達はおろか職員も、キミに対して敬意を払うだろう。……もちろん。この学園で大きな顔をしている、クロスアルド家とオルマンダ家の一族にもね」
「……っ⁉」
校長の言葉に、ココルルは驚いて言葉を失った。
敬意を払っていたがはずの両家に対して、校長は、まるで恨んでいるかのような口ぶりである。
校長の表情は分からないが、猜疑心を抱き始めたココルルは、震えながら校長に返した。
「……な、なんてことを……っ!両家が支えてくれているおかげで、この学園は成り立っているのではないのですか……っ⁉」
「もちろんそうだよ。……だからこそなんだ。キミにこんなことをお願いしているのは」
校長はソファから立ち上がり、窓の方へと歩いた。
「……彼らの闘争心も、次世代になるにつれ、期待できないものになるだろう……。自身の企業に重点を置き、黒陽と白月の派閥争いが無くなったこの学園に、もはや目もくれなくなる日がくる………」
校長は険しい表情で、窓の外を見つめて言った。
「そ、そんなことありません!校長先生は、両家が負けじと意地を張って、ここへ多額の寄付をしていると思っているのですか?」
「たかが金持ちの能無しが考える娯楽なんて、そんなものなのだよっ‼」
「っ⁉」
窓の外を見ながら声を荒げる校長に、ココルルはビクッと驚いた。
「……だからね…、ココルル……」
校長はくるりと身体を返し、ニッコリと笑ってココルルに言った。
「………っ」
ココルルは身体を震えさせ、校長に恐怖を抱いていた。
「キミの優しい心で、この学園を一緒に守って行こうじゃないか」
校長の声が、だんだんと近くなってくる…。
恐怖心を一層強くさせたココルルは、ソファの背もたれを手で探るようにして、校長から離れた。
「………い……、……いや………っ……」
校長は、嫌がるココルルの主張を無視し、無言のまま彼女の腕を掴んだ。
「っ⁉……っや……っ‼は、離してっ……‼」
必死に抵抗するも虚しく、彼女は腕を強く引っ張られた。
「さぁ!この書面にサインをしてくれればいいんだ!キミが祭司となれば、キミの思う通りの学園になる!…皆がキミの志に忠誠を誓い、学園にも平和が訪れるんだ‼」
校長は、もう片方の手で机に置いた書面を掴み、それをココルルの前に差し出して、彼女にサインを強制させた。
掴まれている腕の痛みと恐怖で、ココルルは涙を流して叫んだ。
「いやっ……!いやぁぁぁぁぁぁっ‼」
「っ⁉」
チャペルにいたライアンアは、身体に異変を感じた。
「もう遅いし、そろそろ戻るか」
オズが言うと、マクーストは頷いて返した。
「そうだね。明日は授業があるし、早く戻らないと。…あ、そういえば、宿題やった?オズ」
「えっ⁉そんなの出てたっけ⁉」
オズは、慌ててマクーストに聞いた。
「出てたよ。ほら、数学の…」
「すっかり忘れてたぜ……。早く戻ってやんねーとっ!」
オズは慌てて部屋に戻ろうとした。
オズがすっかり元気になったことに、安心して彼女を見つめていたエンジーは、ライアンと共に戻ろうと振り返った。
「…?」
だが、ライアンは、両腕を抱くように震えてうつむいていた。
「ラ、ライアンっ⁉どうしたんだっ⁉」
驚いたエンジーは、とっさにライアンに駆け寄った。
「?」
エンジーの言葉に、オズとマクーストもそちらへ顔を向けた。
「……だ、……だめ……だ……っ……お願い……っ……」
震えているライアンは、誰かに言い聞かすように、言葉を呟いている。
「どうしたんだ⁉」
ライアンの異変に気付き、駆け寄って来たオズが聞いた。
「わからない。…急に震え出して……」
エンジーが首を振ってオズに返した。
「………っ」
マクーストも心配そうにライアンを見ている。
「…ライアン?…どうした?調子が悪いのか…」
オズが、ライアンの肩に手を置こうとした瞬間だった。
「触るなっ‼」
うつむいたライアンが叫んだ。
「っ⁉」
三人は驚き、オズはとっさに手を引っ込めた。
「…っだ、…駄目だよ……っ……ぼ、…僕に……近づかない……で……っ!」
ライアンは、何かを必死に閉じ込めるように、冷や汗をかきながら、苦しそうにみんなに言った。
「……?」
オズとエンジーは目を合わせ、何が起こっているのか分からずにライアンに目を戻した。
その瞬間、ライアンの震えはピタッと止まり、うつむいた顔をゆっくり上げた。
「っっ⁉」
その表情を見た三人は驚いた。
ライアンの両目は真っ赤に光り、険しく一点を見つめている。
「…ラ、ライアン……っ⁉」
邪悪さを感じさせるその瞳に、エンジーは彼に何が起こっているのか分からず困惑していた。
「な、なんだ…?…呪いが発動したってのか……?」
今まで普通に話していたのに、急にライアンが豹変し、オズも訳が分からず一歩たじろいだ。
「………っ」
困惑で言葉が出ないマクーストは、不安な表情でライアンを見ている。
「……愚か者めが……。わたしの忠告を拒絶するつもりなのか……!」
ライアンは言った。
「……え…?」
オズとエンジーは聞き返し、マクーストも疑問を抱いた表情をライアンに向けた。
すると、ライアンの身体は、真上へとスーッと上っていった。
「っ⁉」
三人は驚いて、頭上へと上がって行くライアンに目を向けた。
ライアンの身体は、ステンドグラスに模られたワンダーソン祭司と重なる位置で止まった。
「……多くの犠牲者を出し…自らの過ちにも気がつかない愚かな人間よ…。……人々の上に立つ資格など、もはや皆無であろう……」
ライアンは、一点を見つめて言った。
「…ど、どうしたんだ?ライアン!…何を言っているんだ⁉」
エンジーは、上空にいるライアンに向かって言った。
「……力のないお前たちには、もはや悪に操られるしか道はない……。それも、愚かなことだ……」
ライアンは、まるで犠牲者を見るような憐みの目で、エンジー、そしてオス、マクーストに目をやった。
「っ⁉」
エンジーはハッとした。
「な…っ!ど、どういう意味だっ⁉」
さげすまれたオズは、頭に血を上らせてライアンに言い返した。
だが、すかさずエンジーに腕を掴まれ、止められた。
「待て、オズ…。あれはライアンじゃない……」
「えっ⁉」
「…あれは、ワンダーソン祭司だ…」
「な、なにぃっ⁉」
オズとマクーストは、驚いてライアンに目を向けた。
「ライアン自身が言っていたじゃないか。彼には、祭司の声が聞こえるって。…ライアンは自ら犠牲となって祭司の呪いを受けた。……だけど、そこまでしても、何も変わらない学園にしびれを切らした祭司が、ライアンの身体を借りて、僕たちに語りけてるんじゃないか?」
「……っ⁉」
「…ま、まさか…、そんな……っ⁉」
エンジーの言葉に信じられない様子で、オズとマクーストは、ライアンを見上げていた。
「………っ」
オズは、複雑な表情をして、祭司に険しい目を向けた。
「……ワ、ワンダーソン祭司…。…ま、待ってくれないか?」
怒る祭司と話そうとする度胸のあるオズに、エンジーとマクーストは驚いて目を向けた。
「………」
祭司に身体を乗っ取られたライアンの赤い目は、オズに向けられた。
「……あなたの忠告は理解しています…。それで、オレ達、守護者全員が校長に訴えようとしていたんです!……だから、その機会を与えてもらえませんか?……ライアンを…、返してもらえないでしょうか……?」
「もう遅い……。何度その機会を与えたことか……。この者も、自身で解決すると言い張りながら、この有様だ…。……見守って来たが、お主たちも結局は悪に操られるがままだ……」
祭司の赤い目は、カッと見開いた。
「……っ」
三人はたじろいだ。
「私は許されたのだ!だから今、こうして意思を持ち、この者を通して、お主たちと話をしている!……私の志を邪険にする悪を成敗し排除することが、今ようやく許されたのだっ‼」
ライアンの身体に乗り移った祭司は、満足そうに盛大に笑った。
「……排除………?」
オズは冷や汗をかいて呟いた。
「ま、待ってください、祭司!…どうして?…どうして今なんですかっ⁉ライアンは自分の力で呪いをコントロールし、僕たちで学園の行政を正そうとしていたところなのにっ‼」
エンジーが前に出て訴えた。
「……もう遅いと言ったであろう?……また、犠牲者が現れる…。邪悪な野心が、今、それを生み出そうとしているからだ……っ」
「……なんだって……⁉」
校長がまた何かを企んでいる。オズとエンジーは察し、互いに顔を見合わせた。
「…私の力となってくれるな?……ジルファよ……」
上空にいる祭司は、マクーストに手を差し伸べた。
「…え?……っ⁉」
祭司に語り掛けられたマクーストが、ビクッと驚いた途端だった。
身体の内側から、何かが呼び起こされるような感覚に襲われ、マクーストは、両ひざをガクンッと床に付けて震え出した。
「マっ、マクーストっ⁉」
オズは驚いてマクーストに駆け寄った。
「………た、……助け…て……っ……オズ……っ‼」
マクーストは目を見開き、襲い来る大きな力に耐えるように両腕をぎゅっと抱いた。
「………っ‼」
だが、その抵抗も虚しく、ライアンと同様にマクーストも赤い目を光らせ、口からは鋭い牙を生やした。
「……っ⁉」
豹変したマクーストを見ると、オズはたじろいだが、マクーストはキッとオズを睨み、鋭い牙を彼女に向けて襲いかかった。
「……っっ⁉」
あまりの勢いに、オズは、とっさに目を閉じた。
「オズっ‼」
エンジーがすかさずオズを抱きかかえ、マクーストの攻撃をかわした。
床に倒れ込んだ二人は、こちらをずっと睨むマクーストを警戒した。
「……我らの敵は、その者たちではない。……では、参ろう。ジルファ……」
祭司は、獣と化したマクーストに手で合図し、上空をスーッと飛びながら、チャペルの扉の方へ向かった。
ジルファが乗り移ったマクーストは、四つん這いで、祭司の後を追うように走った。
「ま、待てっ‼」
オズは立ち上がり、祭司を呼び止めた。
祭司は、ピタッと動きを止めた。
「…どうしてだ……?…どうして信用してくれねーんだ…?オレ達でこの学園を変えるって言ってるのに……っ!ライアンや、マクーストだって…っ!呪いを受けて…、あなたにこんなに尽くしてまで、あなたの意思に答えようとしているのに……っ!どうしてなんだよっ‼」
オズは祭司に叫んで訴えた。
エンジーもオズと同様に、祭司をじっと見つめ、目で訴えている。
「……どうしても…、お前たちで成し遂げたいと言うのか…?……なら、機会を与えてやる…。……私がこの学園に残した「力」を授けよう……。…才のある者しか扱えない力を……。それを操れることが出来れば、私は怒りを静め、お前たちにこの学園の未来を託そう………」
祭司はゆっくりと二人の方へ身体を向けた。
「……才のある者しか扱えない……」
「……力……?」
オズとエンジーは眉を顰め、互いに顔を見合わせた。
「……誰にも邪魔はさせぬ!」
すると、祭司は勢いよく、掌ををチャペルの前方へとかざした。
波動が放たれたように風が起こり、オズとエンジーは身をかがめた。
途端にチャペルの前方が闇に飲まれるように、徐々に黒く染まり出した。
「っ⁉な、なんだっ⁉」
体制を戻し、それを見たオズは、慌てて言った。
「石化してる…!」
エンジーは、どんどん黒く飲み込まれるチャペルの様子を見ながら、冷や汗をかいて言った。
「…この学園が闇に飲み込まれる前に、救い出してみせるのだ…。お前たちに才があるのならば……」
「……っ⁉」
オズとエンジーは、振り返って祭司に目をやった。
だが、祭司は扉を波動の力で開け、ジルファと共に、既に校舎へと向かっていた。
「なんだよっ!どういう意味だよ、残した力って⁉…なんなんだよ!このへんてこな学園はっ⁉」
オズは、訳が分からず頭を抱えて喚いた。
すると、エンジーに腕を掴まれ、走ってチャペルの外へと向かった。
「わっ⁉な、なんだよ急にっ⁉」
「早くここから出ないと、僕たちも飲み込まれるぞっ!」
慌てるオズに、エンジーは振り返って言った。
「…え…っ⁉」
オズが振り返ると、石化したチャペルの浸食が、もうすぐそこまで迫っていた。
オズはぎょっとして、エンジーに手をひかれながら、チャペルの外まで走った。
チャペルの外に出た二人は、膝に手をついて呼吸を整えながら、冷静さを取り戻そうとした。
「なんだこれ?…一体…、どうなってんだよ?…っ…ライアンもマクーストも……っ一体、どこ行っちまったんだ?」
肩で息をしながら、オズはエンジーに聞いた。
「っ⁉」
エンジーは、呼吸を整えながらチャペルを見ると、驚いた顔をした。
「…オズ…、見ろ……」
「…え?…っ⁉」
エンジーが指さしたチャペルへと目をやると、オズは驚いた。
ワンダーソン祭司の波動によって石化したチャペルは、真っ黒な姿へと変貌していた。
「…ど、どうなってんだ?……」
オズはチャペルに近づき、扉へと手をかざそうとした。
「やめろっ‼」
「っ⁉」
すると、エンジーがオズの手を掴み、すかさず止めた。
「むやみに触るな!……触れると、僕らもこうなるかもしれないんだぞ!」
漆黒のチャペルを見上げて、険しい顔で言うエンジーに、オズはゾッとしてチャペルから離れた。
「チャペルだけがこうなったってことか?…ここは、なんともないみてーだけど…」
オズは、今いる庭園を見渡して言った。確かに、庭園は無事なようで、植えられた木や花々は綺麗な色を保ったままだ。
「…そうみたいだな…。……っ⁉」
エンジーがハッと何かに気が付くと同時に、オズも何かに気が付き、互いに目を合わせた。
「志を拒絶する者…。校長のところへ、祭司は向かったんだっ‼」
「校舎が…校舎にいる奴らがあぶねぇっ‼」
途端に二人は走り出し、急いで校舎へと向かった。
「もうそろそろ言いたいことは終わったかな?…なら、ボクから仕掛けさせてもらおうかな」
食堂では、未だファウスとビーゼルが、ワンドとソードを持って、棒術の試合を続けていた。
ビーゼルは、余裕な表情を向けてファウスに言った。
「ああ、いいぜ!…君の大好きなテンをふってしまって悪かったなぁ、ファウス!」
ビーゼルは、まるでエンジーが話しているかのように、彼の真似をしながらソードを構えた。
「………」
赤い顔で、呆れたように落胆するテンの隣で、ティオラは、苦笑いをしながら彼女を見ていた。
そろそろ勝負が決まると、ネルは、胸にあてた両手にぎゅっと力を入れた。
(……頑張って……!ビーゼルっ‼)
ビーゼルに挑発されたファウスは、ワンドを掴む手を震えさせ、この上ない険しい表情でビーゼルを睨んでいた。
「……っ⁉…キミは……、どこまでこのボクを侮辱するつもりなんだっ‼…ボクは……っ……ボクは……誰のことにも興味がない……っ。…ボクは……誰も好きなんかじゃないんだーーーーっっ‼」
感情を爆発させたファウスは、がむしゃらにビーゼルの元へと走った。
「っ⁉」
すると、ファウスの足がピタッと止まった。
「……?」
構えていたビーゼルは、眉を顰めて、不可思議な状態で足を止めているファウスに目をやった。
「…どうした?…お前。なんだよ、その変なポーズ…。来るなら来いよ!」
ビーゼルやネルたち、食堂にいる者は、不思議そうにファウスに目をやっている。
「……う……動…かない……」
「……へ?」
ビーゼルは、首を傾げてファウスに近寄った。
「………あ………足が…っ………動かないんだよ……っ‼」
「……っ⁉」
ファウスの言葉に、ビーゼルが彼の足元を見ると、驚いて目を見開いた。
ファウスは走り出した状態のまま、下半身がどんどん黒く変色していっている。
「なっ⁉なんだっ⁉どうなってんだよっ⁉」
見たこともない症状を目の当たりにして、ビーゼルは混乱した。
気が付くと、食堂の壁や床が、どんどん黒く染まり始めている。
「きゃあああああっ‼」
すると、ティオラとテン、ネルがいる方向から悲鳴が聞こえ、ビーゼルは、慌ててそちらに目を向けた。
「なっ⁉…うそ…っ!ちょ……っ!…あ、足が……動かない……っ‼」
「一体…っどうなってるんだっ⁉これは……っ⁉」
「……やだやだやだやだっ‼ビーゼルっ‼助けてーーっ‼」
三人の足も、ファウスと同様に黒く変色し始めていた。
ビーゼルは、慌ててそちらへと走り出そうとした。
「っ⁉」
だが、足が思うように動かない。嫌な予感を過らせたビーゼルは、恐る恐る自分の足元へ目をやった。
「………っ⁉」
ビーゼルが目にしたのは、皆と同様に、まるで侵略されるかのように黒く染まり始めた足だった。
(なんだ……っ⁉どーなってやがんだっ⁉)
ビーゼルは訳が分からず、ただ、不安と恐怖で、目をキョロキョロと泳がせた。
「か、母さんっ‼僕ら、一体どうなっちゃうんだっ⁉…身体が、どんどん固まっていくよっ‼」
カウシュは、隣で同じ様子になっている母親に、パニックになって聞いた。
「……なにもかも…、手遅れなのかもしれないわ……。怒りを…、止められなかった………」
カウシュとは反対に、もがきあがこうとはせず、冷静に目を閉じて、ノスティモは言った。
「……怒り……?」
ビーゼルはノスティモの言葉に反応し、まだ上半身自由が利く皆も、その言葉にそちらへ目を向けた。
「お前らっ‼大丈夫かっ⁉」
すると、食堂の入り口から、オズとエンジーが慌てた様子で入って来た。
「オズっ‼」
「エンジーっ‼」
白月はオズを、黒陽はエンジーの名を呼んだ。
「大丈夫もなにも、このありさまだ…」
ビーゼルは、足に人差し指を向けて、落胆したように言った。
「っ⁉」
オズとエンジーは驚き、「遅かったか…」といった表情をした。
「一体どういうことなの⁉これ…!私たち、なんでこんなことになってるの⁉」
ティオラが不安な表情を隠し切れず、必死にオズに聞いた。
黒い石化が侵食し、辺りがだんだん暗くなり始め、身体の自由が利かない皆の不安な気持ちは募る一方だった。
皆の不安な表情を一斉に浴び、オズとエンジーは痛ましさを抱きながら説明した。
「……祭司の…怒りが爆発した結果だ……」
「……っ⁉」
先ほどのノスティモが言っていた言葉とリンクし、皆はハッとした。
「校長が…、懲りずに、また自分の欲望のために、犠牲者を出そうとしているみたいなんだ…」
エンジーが事情を話すと、テンが聞いた。
「な、なぜ…、そんなことが……?」
「…今、ライアンに、祭司の魂が乗り移っている…。その祭司が、ジルファが乗り移ったマクーストと一緒に、校長の元へと向かったんだ……」
「っ⁉」
まったくもって予期していなかった信じられない事実に、皆は驚くばかりだった。
「なんなのよそれっ⁉」
「わ、私たちは、どーなるっていうのっ⁉」
ティオラは感情を露わにし、ネルは半べそをかいてオズ達に助けを求めた。
「校長の排除を考えている今の祭司には、正直、どう立ち向かえばいいか分かんねーんだ……」
オズの言葉に、皆は驚き、同時に青ざめた。
「は、排除って……っ⁉私たちも消されちゃうのっ⁉」
不安を募らせたティオラは、かろうじて自由が利く腕をがむしゃらに動かして聞いた。
「今、祭司を止められるのは、祭司が学園に残した力だ!オレ達は、それが何かを探しに行くっ!…それまで、辛抱していてくれっ!」
皆に不安を仰いでしまい、オズは、まだ希望がないわけじゃないと慌てて説明した。
「残した力ってなんなんだよっ⁉」
余裕のないビーゼルは、オズとエンジーにせめるように聞いた。
「……そ、それは……」
答えに全く心当たりのない二人は、罰が悪そうに言葉を詰まらせた。
「カランッ」と音がなり、皆はそちらに目を向けた。
「……駄目…だ……。…ボク……、もう手に…力が入らない……」
上半身に浸食始まり、固まりかけたファウスが、かろうじて声を発した。
「ファウスっ‼」
エンジーは慌ててファウスの方へと駆け寄った。
皆は、ファウスのようになるのは時間の問題だと、不安な表情で彼に目を向けていた。
「駄目だ!エンジーっ‼それ以上は…っ!」
オズは必死にエンジーを止めた。
「……っ」
エンジーは足を止め、悲痛な思いでファウスを見つめた。
彼の足元には、手から落ちたワンドが転がっていた。
「っ⁉」
エンジーはハッとした。
ファウスの足元の床は、既に黒い石化が進んでいたが、ワンドに異常は見当たらない…。
エンジーは、急いでワンドを拾い上げた。
「オズっ!これだっ‼」
オズの元に駆け寄り、エンジーは拾ったワンドをオズに渡した。
「……これって…、黒陽のシンボルのワンド……?」
オズが聞くと、エンジーは頷いた。
「ファウスが持っていたワンドは、石化を免れていた!…これが祭司の残した力だとすれば…!」
「…っ⁉」
エンジーの言葉に、その場の全員はハッとした。
「そうか!…なら、もう一つ、あるはずだ……っ!」
オズは、ビーゼルに目を向けた。
オズに目を向けられたビーゼルは、ハッとして、右手に持ったソードに目を向けた。
「……たの…む……エンジー……っ……ボクらの……代わりに…っ……祭司……を………っ」
かろうじて声が出せる様子のファウスは、エンジーに思いを託した。
「…ファウス……っ!」
エンジーは、胸が締め付けられる思いで、ファウスを見ていた。
他のみんなは、ファウスを直視できずに、目を伏せて耐えた。
「………っ」
ファウスの思いを察し、ビーゼルは、エンジーにキッと目を向けた。
「……このソードが必要なんだろ?…トラブルエンジン……」
鋭い目で見るビーゼルに、エンジーは頷いた。
「ああ…。君たちを…、そしてこの学園を救うためだ。…渡してもらえるか…?」
エンジーがビーゼルに歩み寄った。
「………」
ビーゼルは、黙ってエンジーを睨んでいる。
エンジーもビーゼルに視線を向けながら、黙って歩み寄った。
すると突然、ビーゼルはソードを振りかざし、エンジーの鼻先にソードの刃先を向けた。
「っ⁉」
エンジーは驚き、冷や汗をかいて、ソードの刃先に目を向けた。
「ビーゼルっ⁉」
オズを含め、皆も驚いた表情で、二人を見ている。
身体の自由が利かなくなってきたビーゼルは、辛そうに話し出した。
「……こんなこと…、死んでも……言いたくなかったけどよ…。……オズのこと……お前に…任せたぜ……っ!」
「………っ⁉」
エンジーはハッとして、ビーゼルに目を向けた。
「……な…っ⁉何言ってんだよっ⁉こんな時にっ‼」
オズは赤くなってビーゼルに怒鳴った。
「うるせぇっ!…こんな時……だからだっ……!…放っておいたら……お前…、……一生コイツに…気持ち伝わらねーぞっ!」
「……っ」
オズは、何も言い返せず黙った。
「………」
辛そうにするビーゼルを見つめ、彼の気持ちを察したエンジーは、彼を安心させようと笑顔を見せて言った。
「…分かった!……任せておけ!オズのことは、必ず石化から守ってみせる!」
エンジーの言葉に、ビーゼルとオズはきょとんとした。
「……だから……、そういう意味じゃないのよ………」
ティオラは呆れたように目を閉じて言った。
横にいるテンとネルも、ガクッと呆れた表情で見ている。
すると、ビーゼルは大きな声で笑い出し、エンジーに強い眼差しを向けた。
「……お前はそういうヤツだ!……頼むぜ、エンジー!……早いとこ…、オレの手からソードを取ってくれ…。……もう……力が……入らねぇ……」
「……っ⁉」
ビーゼルに言われ、エンジーは慌ててソードを彼の手から抜き取った。
「ビーゼルっ‼」
オズがビーゼルに駆け寄り、彼を心配した。
「……オズ……、お前なら……きっと…俺たちを……元に戻せる……」
「……ああ……っ!必ずっ……っ…」
オズはそれ以上ビーゼルを見ることが出来ず、後ろを向いて涙を堪えた。
「エンジー……。信じてる……から……な……」
ビーゼルは、清々(すがすが)しい表情でエンジーを見て言った。
エンジーは力強く頷いた。
「…………」
「…………」
「…………」
それ以上、誰も話すことはなく、食堂は静まり返った。
ビーゼル、ファウス、ティオラ、テン、ネル、そしてカウシュとノスティモは、オズとエンジーを見守るような姿で、黒い石へと化した……。
「……行こう、オズ」
みんなの姿から目を背け、震えるオズの肩に、エンジーは手を添えた。
オズが顔を上げ、エンジーを見ると、彼の表情は強張り、手を震わせていた。
自分と同じくらいにエンジーも不安を抱いている…。オズはそう察し、自分もしっかりしなければと目を閉じると、エンジーに頷いて返した。
「ああ!行こうぜっ‼」
オズは力強くエンジーに言うと、二人は、黒く染まっていく食堂から走って出て行った。
二人は校長室へと続く階段を駆け上がった。
オズはワイド、エンジーはソードを持ち、追い込んでくる石化から逃げるように、上へ上へと必死に駆け上がった。
「げっ⁉どんどん上がってきやがるぜっ⁉」
ふとオズが振り返り、駆け上がって来た階段の方をみると、石化の変色が今までよりも速さを増して、すぐそこまで来ていた。
「追いつかれたら終わりだ!とにかく上を目指すんだっ!」
エンジーはオズに言うと、二人は無我夢中で階段を駆け上がった。
「っ⁉」
すると、オズが何かに気がつき、走りながらエンジーに言った。
「そ、そういや、食堂にココルルがいなかったな。…まさか、まだ部屋に…っ⁉」
「……っ⁉」
エンジーもハッとして、オズに目を向けた。
「だとしたら、ココルルを助け出した方がいいんじゃねーか⁉」
「………」
オズが話してる間、エンジーは考えていた。
「…もしかして…、犠牲者って、ココルルのことなんじゃないか?」
「えっ⁉」
オズは驚いてエンジーの方へ顔を向けた。
「祭司は言っていた。校長が次の野望を企んでいるって…。…まさか、ココルルを犠牲にして、何かしようとしているんじゃ…」
エンジーの話を聞き、オズは頷いた。
「…ありうるな!……クソッ!ココルルを狙うなんてっ‼彼女は既に火事の犠牲になってるっていうのにっ…!」
「祭司が怒るのも、無理はない……っ!」
エンジーは険しい表情で言った。
「なら、オレ達は、校長室を目指すしかねぇってことだなっ‼」
「そういうことだっ‼」
エンジーはオズに頷き、二人は一番てっぺんの校長室を目指し、階段を駆け上った。
下からは黒い石化の侵食が迫って来ている。
二人はそれを見ないように、息を切らして一心に上を目指して走った。
「もうすぐだっ‼ここを曲がれば…っ‼」
オズは、最上階の廊下へ続く階段の踊り場へと足を踏み入れた。
「…ああ…っ……。………っっ⁉」
オズより少し遅れて、エンジーがそこへと到達しようとした時だった。
「………っ……っ」
エンジーは、目を泳がせた。
「…?どうしたっ⁉エンジーっ!早くこいよっ‼」
急に立ち止まるエンジーに、オズは手を大きく仰いで催促した。
エンジーはうつむいて、呟くようにオズに言った。
「…………すまない…。……オズ………」
「…………え……?」
オズは、そんな彼の様子に不安を抱き、一歩そちらへ近いた。
それだけは考えたくなかったが、オズは、もしやと思い、恐る恐るエンジーの足元に目をやった。
「………っっ⁉」
エンジーの足元は、黒く変色し、侵食が始まっていた。
「……………っっ」
オズはショックのあまり、言葉を失った。
「………だ、だめだ……。………足が……いうことを聞かない………」
エンジーは、震えながらオズに言った。
「……う……嘘だろ……?……二人で……。せっかくここまで来たってのに……っっ」
オズは、不安を抑えきれず、エンジーの元へ駆け寄ろうとした。
「だめだっっ‼オズっっ‼」
エンジーは勢いよく顔をあげ、大きな声を上げた。
「っっ⁉」
オズは驚いて足を止めた。
「なんのためにここまで来たんだ‼……君まで石になったら、この学園は誰が守るんだっ⁉」
エンジーは、いつまでもオズをここに留めておくわけにいかず、自分に構わず先へ進むことを望んだ。
だが、オズは首を横に振り、その場から離れようとしなかった。
「……オズ…っ、頼む…。…僕に構わす…行ってくれ….っ……頼むから……!」
エンジーは、必死にオズに訴えた。
それでもオズは首をブンブン横に振って、エンジーの言葉を拒否した。
「いやだっ‼」
「っ⁉」
不安そうに自分のことを見つめるオズに、エンジーは、一人になった彼女の心細い気持ちを痛感した。
オズは、ワンドを持つ手を震えさせた。
「……なんでだよっ⁉……なんでみんな石になんか……っ!……なんでみんなオレを置いて行くんだっ‼」
弱音を吐き始めたオズに、エンジーは心を鬼にして、キッと険しい目を向けた。
「……何言ってるんだよ…、オズ……。君は…、そんな弱音を吐くヤツじゃないだろ……?」
エンジーの言葉に、オズは力強く反論した。
「そんなヤツだよオレはっ!…オレは弱えーよっ‼………ここまで来たのも……、お前と一緒だったから……っ!……だから来れたのに……っ……なんでオレを一人にするんだよっ⁉……この先、オレ一人でなんて、どうしていーのか分かんねーよっ‼」
不安に陥り、パニックになっているオズに、エンジーは、まだ動く上半身を乗り出して言い聞かせた。
「そう思い込んでるだけだっ!…君は強い…!……この学園にだって、一人で来たじゃないかっ!……王や守護者たちの信頼を得て本当の仲間になった…。…白月と黒陽の対立にずっと意を唱え続け、そして、火事の真相も明らかにし、謎の救世主がライアンであることも解き明かした。…あのダグラス会長にだって、自分の意思を貫き通したんだ……!…僕は、そんな君をずっと見て来た…。……だから言える!君は決して弱い人間なんかじゃない‼」
「……っ⁉」
オズはハッと目を見開き、エンジーを見た。
「……エンジー……っ」
エンジーの石化は腰のあたりまで進み、オズはまともに見ることが出来ずに目を背けた。
「……僕の気持ちを受け取ってくれよ、オズ!」
エンジーは、右手に持っていたソードに目を向け、柄の方がオズの方へと向くようにそれを投げた。
「っ⁉」
オズは、ソードの柄の部分を掴み、「パシッ」とそれを受け取った。
「………っ」
オズは、右手にソード、そして左手にワンドを持ち、不安そうな表情でエンジーを見つめた。
「…君がここへ来たのは、きっと偶然なんかじゃない!…君は僕の……いや、僕たちの救世主なんだ。……君の気持ちに、ワンドとソードがきっと応えてくれるはずだ…!…オズになら、きっと出来る……!」
エンジーは、希望を託した瞳でオズを見つめた。
「……っ……っ」
オズは、必死に涙を堪え、エンジーを見つめた。
エンジーの石化はどんどん進み、肩まで黒く染まっていた。
「……っ」
オズはそれ以上目を向けていられず、エンジーから顔を反らした。
「オズっ‼」
そんなオズに、エンジーは最後の言葉を残した。
「君らしくを…大事に…。オズが…、僕に教えて……くれたんだろう?……きっと…大丈夫…!」
「………っ」
言葉が出ないオズが、エンジーの言葉に応えるために大きく頷くと、エンジーはオズに笑顔を向けた。
エンジーの石化は進み、そのまま動かなくなった…。
オズは石と化したエンジーに目を向けず、身体を返して走り出した。
「……っ…っ……っ…」
とめどなく溢れる涙を流しながら、オズは必死に階段を駆け上がった。
「…な、なんだ…っ⁉︎…ラ、ライアン…っ、…一体どうしたというんだ⁉︎……マクースト…っ、キミまで……っ⁉」
校長は驚いて慄きながら言った。
祭司の魂が乗り移ったライアンと愛犬ジルファが乗り移ったマクーストが無作法に突然部屋へと入ってきたことに、驚かずにはいられなかったようだ。増してやいつもの冷静なライアン、穏やかなマクーストとは似ても似つかない程に、二人の形相は変貌し、赤く光る目は鋭く校長へと向けられていた。
その邪悪さを抱かせる黒みを帯びた深紅の目は、校長の不安を仰ぎ、ゾッとさせた。
「………?」
校長に腕を力強く掴まれているココルルは、突然のことに訳がわからず、不安そうに目をキョロキョロさせていた。
「……邪悪な心の塊よ……。お前のような者が、この学園を我が手に染められるなどと、浅はかな考えは即刻捨てるのだ……」
ライアンを通じ、祭司の魂が訴えた。
その隣では、マクーストが「グルルッ」と警戒しながら校長を睨んでいる。
(……ライアン……?マクースト……?)
聞こえるのはライアンの声だが、話し方と声に妙に違和感を抱いたココルルは、不安な表情で眉を顰めた。
「ライアンっ⁉︎何故そのような口の利き方を…っ⁉……このワタシを一体誰だと思っているんだねっ⁉︎」
校長は不気味な程に変貌を遂げたライアンに、自身の威厳を再認識させようと怒鳴った。
「………っ」
ココルルは顔を上げ、うわずった声を上げる校長に不安気な表情を見せた。
「………救いもない……」
ライアンは、身体を上空へと浮かべた。
「…っ⁉……な……っ」
校長は細い目を見開き、仰天した様子でライアンを見上げた。
校長は、ココルルの腕を掴む手を震わせた。
「っ⁉」
それは、ココルルの不安を一層に仰ぎ、ココルルは身体を強張らせ、キョロキョロと辺りを見回した。
「…お、お前は…、一体何者なんだ…っ⁉︎王座に選ばれた途端、ワタシのところに来て、祭司の言葉を聞けだの、志を守れだの……。そのような囚われた概念のせいで、馬鹿げた呪いにかかるんだ!抗議に来たのなら無駄だ!…お前達が呪いにかかったのは、ワタシのせいではない‼」
校長は恐怖心を抱きながらも、宙に浮くライアンに怒鳴った。
「…………」
ライアンに取り憑いた祭司は、黙って校長を睨んだ。
すると、ジルファが乗り移ったマクーストが校長の方へと走り出し、牙を向けて襲いかかった。
「っ⁉」
「きゃあっ!」
校長は、ココルルの腕をひっぱり、すかさず彼女を盾にした。
「ジルファっ‼︎」
祭司はジルファを止めた。
ジルファは身体を返し、祭司の元へと戻ってくると、また「グルルルッ」と校長を警戒して睨んだ。
「…か弱き少女を犠牲にし、まだ同じ過ちを繰り返すというのか……っ⁉︎……救いをこいても、もう手遅れだ……。我らの怒りの制裁を受けるがいいっ‼︎」
ライアンに乗り移った祭司は、赤い目をカッと見開いた。
「……な、なな何のことだ…?…ライアン…、お前は一体何を言っている…?…ワタシはただ、ココルルを新しい祭司として、新しいチャペルへ迎え入れたいと考えているだけだ……っ‼︎ワタシのこの考えに、反対する者などいないはずだろう?」
校長は、呪いに取り憑かれたせいで、ライアンは理性を失っているのだと思っていた。
「私の創り上げた学園を……っ!子供達の健やかな成長を皆で願って建てた学園を…っ、これ以上お前のような邪悪な者の好きにはさすまいぞっ‼︎」
祭司が乗り移ったライアンの表情は怒りに満ち、その極限となった力は、ライアンの小さな身体では押さえきれなくなって、祭司の魂はとうとうライアンの身体から飛び出した。
「っ⁉︎」
半透明となって、宙に浮く祭司の姿を目の当たりにした校長は、驚きのあまり言葉を失った。
祭司の魂が抜けたライアンの身体は、「ドサッ」と床に落ちた。
祭司はジルファに目を向けた。
「ジルファっ‼︎私に力を授けよ‼︎」
そう力強くジルファに言うと、マクーストに乗り移ったジルファは、目を閉じ、そのままマクーストの身体から抜かれるように、魂だけが宙を舞った。
マクーストの身体は、そのまま床へと倒れ込んだ。
宙を舞うジルファの魂は、祭司の手に操られ、その魂を自らの身体に取り込んだ。
「…なっ、なんだ……っ⁉︎今度は…一体何をする気なんだ….⁉︎」
今までの言葉はライアンではなく、全てワンダーソン祭司が言っていたのだと理解した校長は、ココルルを盾にしたまま怯えて言った。
「…っ」
何が起こっているのかわからないココルルは、校長に腕を強く掴まれ、痛みに加えて不安を募らせた。
ジルファの魂を自らに取り込んだ祭司は、一瞬、苦しそうに身体をうずくまらせると、がたいの良い身体をもっと大きく倍増させ始めた。
「……っ…….っっ…」
祭司がゆっくりと顔をあげると、まるで獣のような形相と化していた。
口からは鋭い牙をはやし、今にも噛みつきそうに校長を睨んでいる。
「………っ……」
校長は恐怖と驚きのあまり、何も言葉が出ず、ただ息を呑んだ。
「バタンッ」
勢いよく校長室の扉が開いた。
泣きじゃくり、目や鼻を赤くさせたオズが、険しい表情で部屋へと入ってきた。
オズは部屋へ入るなり、上空に浮いた半透明の祭司の姿を見上げて驚いた。
彼の姿は、ステンドグラスに模られていた、穏やかな容姿とは似ても似つかないほど、威厳を露わにし、険しい形相で牙を向いている。
さらに驚いたのは、ライアンとマクーストが、祭司の下でぐったりと倒れていることだった。
「…オズっ⁉︎…たっ、助けてくれっ‼︎ワンダーソン祭司の霊がワタシに訳のわからないことを……っ!」
校長は、オズを見るなり助けを求めた。
オズが校長の方に目を向けると、その目には、ココルルを盾に、自分を守ろうとしている姿が映った。
「っ⁉︎」
どこまでも醜く腹黒い思考の校長に、オズは苛立って校長を睨んだが、祭司の方に目を戻し、怒りに身を任せ、我を忘れている彼の動きを警戒した。
祭司が下手に校長に攻撃を仕掛けると、ココルルに被害が及ぶ可能性がある。
オズは祭司の方へと歩み寄って、見上げて話しかけた。
「……マクーストの…。いや、ジルファの力を自分のものにしたんですね…?…そんなにも、あなたは校長を恨んでいた…」
オズは悲しい目を祭司に向けた。
「………」
祭司はオズに赤く光る目を向けた。
「….ワンドとソード……。お主は…二つの力を見つけ出したようだな…」
祭司の言葉にオズは頷いた。
「はい…みんなが…。オレの大事な人達のおかげで、見つけ出すことが出来ました。ここまで、辿り着くことも出来た……。…だから、もうやめて下さい!…もう、誰一人として犠牲者を出さないで下さい‼︎……あなたが…、それを一番望んでいたんじゃないんですか⁉︎」
オズは、右手に持ったソードを横に切るように振り、祭司に訴えた。
「私の残した力を見つけ、ここへ辿り着くことなど、誰しもが出来ること…。私を止めることが出来るのは…、その力を操ることのできる、才のある者だ……」
「………っ」
オズは、悔しそうな表情で、右手に持ったソードに目を向けた。
祭司は校長の方に顔を戻すと、目を細めた。
「……私は悪の心を持った者を、そのままにしてはおけぬ…。もう我慢がならぬ……!あの愚か者は、あの娘を利用して、またも犠牲者を出すつもりなのだ……っ!」
「っ⁉︎」
オズは校長の方に顔を向けた。
「……校長…。一体何を……?」
「………っ」
オズは校長を見ながら聞いたが、校長は口をつぐみ、意地でも話そうとしなかった。
「…オズっ‼︎聞いてっ‼︎…校長先生は、私に、新しいチャペルの祭司になって欲しいって言ったのよっ⁉︎」
すると、ココルルが、オズに必死に訴えた。
「なんだって⁉︎」
オズは驚いた。
「クロスアルド家とオルマンダ家の争いには、彼らよりも権力を持った人物が必要だからっ!…校長先生は私を有利な立場に置くことで、両家の競争心を仰ごうとしているのよっ‼︎」
「っ⁉︎」
「黙れっ‼︎」
オズが驚いて聞いていると、ココルルにこれ以上しゃべらせまいと、校長が彼女の口を塞いだ。
「………そんな…。…それじゃあ、二年前と何も変わらねーじゃねーか……。ナタリーの代わりが、ココルルになるだけだ……。…それだと、また犠牲者が出る……」
オズは、校長の企みがきっかけで、犠牲になった人々の顔を頭に浮かべた。
いつまでも心に罪悪感を抱き続けてきたエンジー。
計画が狂い、親友に大怪我を負わせてしまったケイシー。
愛する人を想うばかり、自らの過ちで全身に火傷を負ったシリウス。
その夜、チャペルに居合わせ、火事にあって盲目となってしまったココルル。
ココルルを盲目にさせたのは自分だと、罪の意識を感じ、自らに呪いが下ることを決意したライアン。
呪いが下りながらも、強い心を持ち続けたマクースト。
そして、実際に出会ったことはないが、校長の差し金であるナタリーに心身共に傷つけられたフラン。
「……何度…っ、何度同じことをすれば気が済むんだ….。……そんなに寄付が……っ…金が大事なのかっ⁉︎…そんなことまでして、この学園の名誉を守りたいのか…っ⁉︎」
「寄ってたかって、ワタシに向かって何という口の利き方をするんだっ⁉︎ワタシはこの学園の校長だっ‼︎誰にも口出しはさせんっ‼︎……今のチャペルが取り壊され、新しいものが建てば……、祭司!お前も皆から忘れ去られる存在となるんだからなぁっ‼︎」
「ハッハッハッ」とやけになって大きな声で笑いながら、校長は祭司を指差して喚いた。
「どういう意味だ…?」
オズが聞いた。
「すでに初等部と高等部のチャペルはワタシの望む新しい姿へと変わった。…祭司、あの胸糞悪いキサマのステンドグラスは、撤去したんだ!……残るは中等部のものだけだ…。……あの火事を理由にとっとと排除するべきだったんだけどな……」
校長が途中まで話すと、横たわるライアンにチラッと目を向けた。
「そいつがそれだけはやめろと言ってきたんだ。…オルマンダの息子を味方につけたのかは知らんが、オルマンダ家の者も…そして対抗心を燃やしてなのか、クロスアルド家の者も反対してきやがった…」
「.….っ」
窮地に陥り、とうとう本性を曝け出した校長に、オズはキッと鋭い目を向けた。
「ライアンが事前にお前に忠告していたのに…っ‼︎…お前にわかるのかっ⁉︎…呪いを受けてまで、祭司の忠告を気づかせようとしていたのに…っ!…呪いの犠牲となったライアンの気持ちが…っ、マクーストの気持ちがっ…お前に……っ‼……ライアンは、盲目となったココルルのことをずっと想い続け…、ずっと罪の意識に囚われていたんだぞっ⁉」
「っ⁉︎」
校長に怒りをぶつけるオズの声に、ココルルはハッとして、ライアンが抱く自分への気持ちを初めて知った。
「……お前は、そんな思いを踏み躙り、性懲りもせず、ココルルを出しに、また犠牲者を増やそうとしている……。そんな野望を抱いた支配者に、誰が着いて行くって言うんだっ⁉︎」
興奮するオズは、ワンドとソードを持つ両手に、ぎゅっと力を入れた。
そんな彼女に、祭司は目を向けると、校長の方へと視線を戻した。
「……邪魔立てする者もいない今…、もうお前のような邪心の塊が存在することなど許されん…。私が全ての責任を負い、お前を排除することにしよう….」
オズと同様に鋭い目を向けた祭司は、ゆっくりと校長に向けて手をかざした。
すると、途端に校長の元へと波動を飛ばした。
「ドンっ」
阻止する間もなく、放たれた波動による攻撃は、ココルルの手を掴んでいた校長の手に当たり、その拍子
にココルルは床へと倒れた。
「……ッ」
そこまで大きな波動の力ではなかったため、校長はココルルに見向きもせず、攻撃された手を引っ込めて痛そうにさすった。
「ココルルっ⁉」
オズがココルルを心配し、駆け寄ろうとしたその瞬間だった。
祭司は、隙を見せた校長の元へと、まるで突風が吹くかのように勢いよく向かった。
校長の首を右手で鷲掴むと、上空へと身体を持ち上げた。
「がっ…⁉…っ……ぐぅぅ……っ」
校長は驚くと同時に、苦しそうに祭司の手を両手で掴みながら、両足をばたつかせた。
「っ⁉」
オズは驚いたが、とっさに足が動かず、その光景を、ただ見ていることしか出来なかった。
祭司は冷酷な目で校長をさげすむように見ると、口を開いて言った。
「…苦しいか…?皆の味わった苦しみを、今存分に味わうがいい……っ‼」
「…さ…、祭…司とも…っ…あろう者が……っ…人の命を…っ奪うと……言うのか…っ⁉……どちらが悪か……っ……これでは…、分かったものじゃ…ない…っ‼」
校長は、圧倒的に不利な立場にも関わらず、まだ自身の罪を認めようとはしなかった。
「………っ」
祭司は赤い目を細め、今度は左手まで加えて、校長の首を締めあげた。
「ぐ…っ⁉ぐわぁぁぁっ⁉」
校長はもがき苦しんだ。
「…っ⁉さ、祭司っ‼…もうやめてくれっ‼……あなたが校長を消したりしたら、あなた自身も校長と同じ罪を背負うことになるんだっ‼…子供たちのことを常に想ってきたその志を持つあなたが…、そんなことしたら駄目だっ‼あなたまで、悪に心を染めたら…、それこそ、この学園は闇と化してしまうんだぞっ⁉」
オズは、苦しんで悲痛な声を上げる校長を姿を、これ以上見ていることが出来ず、祭司に訴えた。
だが、祭司にはオズの声など聞こえてはおらず、校長を亡き者にしようと、少しずつ手の力を加えていった。
「…皆の気持ちを、真ルファから授かった力である牙を、校長に向けた。
「…っ⁉……オ…、オズ…っ!……頼む……っ!助けて…くれ……っ‼」
死の窮地にまで陥った校長は、震える手をオズに向け、助けを求めた。
「……っ」
オズは、恐怖と困惑が入り混じった表情で、どうすることも出来ず、後ずさりながら校長の姿を見ていた。
「…どこまで往生際が悪いのだ…。……さぁ、己の犯した罪に苦しむがいいっ‼」
祭司は、さらに手に力を加えた。
「…ぐ…っ⁉ぐぅぅぅぅ……っ……」
校長は血走った目を見開いたが、そのまま力を失うように、だらんっと手を下に向けた。
「っっ⁉」
気を失った校長の首をまだ絞め続け、制裁を与えようとする祭司に、オズは気が付くと走り出していた。
「やめろぉぉぉぉぉっ‼」
オズは、右手に持ったソードを振り上げ、祭司と校長の間を裂くように、刃を振りかざした。
その時、ソードが銀色に光り出した。
同時に刃からは、青い風が勢いを成して現れ、校長の首を掴んでいた祭司の両腕を切り落とした。
「………っ⁉」
「っ⁉」
祭司は驚いた表情で、赤い目を見開いた。
止めるだけのつもりが、まさか、ソードに祭司の腕が切れるほどの力が備わっていたことに驚き、オズは、ソードに目を向けながら立ちすくんでいた。
ソードからは銀色の光は消えていた。
校長の身体は、ドサッと床に倒れ込んだ。
校長を含め、ライアン、マクースト、そしてココルルが気を失い、校長室の床に倒れている状態だった。
(……なんだ…?今の力……)
オズは、偶然のように起こったソードの力に、信じられない様子だった。
祭司は、ソードを見つめるオズを見ながら、彼女から距離を取るように上空へと浮かび上がった。
「……お主が…、ソードの力を持つ「才」のある者だったのか……」
「……え?」
オズは、祭司のいる上空を見上げた。
なくなったはずである祭司の腕は、風を纏いながら再生された。
「っ⁉」
オズは驚き、とっさにソードを構えた。その様子に、祭司はほくそ笑んだ。
「……無駄だ…。お主一人がソードの力を操ったところで何になるというのだ……?。お主が私の意思を封じたところで一体どうなるというのだ?…あの邪悪な人間がここでのさばる限り、この学園に平穏は訪れぬのだぞ……?」
「……だとしても、あなたのやり方は間違っている…っ!…こんなことになって、校長は充分に分かったはずだ…。悪を働くと、いつか自身に報いがくることを……。……なのに、あなたは、校長にその改心の機会を与えようともせず……挙句に亡き者にしようとしているっ‼…そんなの……っ、そんなのは、あなたの身勝手な決断だっ‼」
オズは険しい表情で訴えた。
「………」
祭司は黙ったまま、下にいるオズに目を向けている。
「……ライアンや、マクーストを犠牲にして…、それを校長に見せしめるために、呪いを下すなんてやり方…、間違ってる……!」
オズは、倒れているライアンとマクーストに目を向けて、悲しそうに言った。
「……私が力を得ることを許されてはいなかったからだ…。このようなやり方で、気付かせるしか方法はなかった……。……あの者と私は、心に通じる何かがあったのだ……」
祭司は、ライアンに目を向けた。
「心に通じる…何か……?」
オズは、疑問の表情を祭司に向けた。
「……愛しい者の存在だ……。……私は、その女性を想うたびに、「色欲の罪」に苦難した……。……その苦しみを味わうことによって、彼を通じて私の意思をヤツに知らしめたかったのだ……っ‼いつまでも思い通りになると思うなと……」
「なら、どうして校長自身を呪わねーんだっ⁉ライアンは、何も関係ねーのにっ‼」
「悪に手を下すことは、その時の私には許されなかった…。彼が私に力をくれたのだ…。心の通じる者であった彼が…」
「……そんなのって……」
オズは、目を閉じて、祭司から顔を反らした。
― 喜んで犠牲になる ー
彼の言葉…、ココルルから受け継いだライアンの言葉を思い出し、オズは切ない表情で目を開いた。
「……なら、今度はオレの番だ…!…祭司、オレはあなたをここでくい止めるっ‼」
「何度言わせるのだ。…ソードの力しか操れぬお主に、何が出来るというのだ?」
「そんなの、やってみねーと分からねーだろっ‼」
オズは、右手のソードを振り上げ、祭司に向かって勢いよく振りかざした。
ソードは銀色に光り、青色の風を起こして祭司へと向かって行った。
「シュピンッ」と祭司の左腕は切り落とされたが、落ちた腕は消え、瞬時に左腕は再生した。
「……っ⁉」
オズは驚いたが、諦めずに、再度ソードを構えた。
「無駄な気を何度も起こすな…。どうやら、お主の短所のようだな……」
「な、なにぃ…っ⁉」
祭司に挑発めいた発言をされ、まんまとオズは頭に血を上らせた。
(…クソっ…、両手で構えりゃ、もっと力が出んのか……⁉)
オズは、チラッと左手に持ったワンドに目をやった。
すると、祭司が話し出した。
「……お主がここにやってこなければ、…そもそもこのような争いなど……、呪いなど起こってはいなかったのだ……」
「……っ⁉」
オズは、ハッと驚いて顔を上げた。祭司の目は、オズに鋭く向けられていた。
「…ど、どういう意味だ…それは…?」
オズは、怒りと困惑を込めた表情で、祭司に聞いた。
「……クロスアルドの目論見にまんまとかかり、何も知らずに来たことが全てもの元凶だというのだ…。お前さえいなければ、続いていた両家の対立もそこで途絶え、あの悪人も妙な考えを起こすことはなかった………」
「………っ⁉」
オズは、言葉を失った。元凶が自分だと言われ、オズは、恐る恐る周りに目をやった。
そこには、力失くして虚しくも倒れている、ライアン、マクースト、ココルル、校長の姿があった。
みんなをこんな風にしてしまったのは、全て自分のせいなのか……?食堂で石化したビーゼル、ファウス、ティオラ、テン、ネル、そしてカウシュ、ノスティモも…。全てを託し、最後まで自分を信じてくれたエンジーも……。
オズは、自分がこのクアトロ・コート学園に来たことで、みんなを不幸にしたことに気付かされると、絶望して身体から力が抜けていった。
手の力も緩み、右手に持ったソード、そして左手に持ったワンドが手から離れそうになった瞬間だった。
今まで何の反応も示さなかったワンドから、溢れんばかりの金色の光が放たれた。
「っっ⁉」
オズは、ハッとして、眩しそうに左手のワンドに目をやった。
祭司も驚いた表情で、それを見つめた。
「…まさか……っ⁉……ワンドの力までも操るというのか……っ⁉…お主一人が……、ソードとワンド……二つの力を……っ⁉」
目を見開いて言う祭司の言葉を聞き、オズは左手のワンドを持ち上げ、じっとそれを見つめた。
― 君がここへ来たのは、きっと偶然なんかじゃない! ―
その時、ふとエンジーの言葉が聞こえて来た。
「……っ⁉」
オズは、とっさに辺りをキョロキョロ見回したが、どこにも彼の姿はなかった。
(……まさか……、ワンドから……?)
オズは、再度ワンドに目を戻し、光るワンドの声を聞いた。
― 君は僕たちの救世主なんだ。……君の気持ちに、ワンドとソードがきっと応えてくれるはずだ…! ―
「……っ⁉」
自分の中の希望の声を、ワンドが伝えてくれていることに、オズが気が付いた瞬間だった。
ワンドの先端の装飾部分から、「ボゥッ」と朱色の炎が灯された。
「……っっ⁉」
オズは、その希望に満ちた温かい光に、目を奪われた。
「…なんだとっ⁉ワンドがお主に応えるなど……、ソードと共に二つの力を操ることなど……ありえないことだ……っ‼」
驚くばかりの祭司は、オズから距離をとるようにたじろいだ。
オズは、その温かい炎を見ると、目を閉じた。
「……そうだよな……自分らしく……。オレらしくを大事にだ……。エンジー……」
オズは、パッと目を開けると、祭司を睨んだ。
「………っ」
祭司は、その力強い目に息を呑んだ。
「祭司…。長年この学園を見守り続け、あなたの中に芽生えてしまった邪悪な心を、オレが浄化してみせるっ‼」
オズは力強く言うと、ワンドを振りかざし、空中に大きな炎の渦を作り出した。
「……な、なにを……っ⁉」
力を失う恐怖から、赤く光る目が弱まり、祭司はその炎を見つめる事しか出来なくなっていた。
「くらえっ‼ワンドとソードの力をっ‼……エンジーと…オレの力だっっ‼」
そう叫ぶと、オズはソードを大きく擦りかざし、青い突風を炎に向けて起こした。
青い風の力で、朱色の炎を大きく燃え盛り、祭司の巨体をもろとも飲み込んだ。
「ぐ…う…っ…うああああああああああっ‼」
身体に炎を纏い、祭司は炎の中でもがき苦しんだ。
オズは、その様子を、悲痛な表情で見つめていた。
「……頼む……っ!悪の心だけを…消し去ってくれ……っ‼」
オズは祈るように呟いた。
炎の中の祭司の身体は、だんだん小さくなっていき、炎が弱まるとその姿は見えなくなっていた。
炎は消え、祭司の姿もなくなった…。
ワンドとソードの反応もなくなり、電気の消えた校長室は、暗くシンッと静まり返っていた。
「………」
オズは、不安な様子で辺りを見回した。倒れている四人は、起きる気配がなかった。
「……駄目…だったのか……?」
自分の判断が間違っていたのかと、オズはだんだん不安になり、視線を下に向けた。
すると、キラッと光る何かが上空から舞い降り、オズはハッと顔を上げた。
金色に光る粒が、どこからか舞い降りている…。
「……?」
不思議な現象に、オズは驚きながらも、ソードを持った右の掌で、その金色の粒を受けた。
それが溶けるように消えて行くのを見つめていると、校長室の明かりが灯り始め、オズはハッとした。
「……あ……れ……?」
マクーストが目を覚まし、身体を起こして辺りを見回した。
「マクーストっ‼」
オズは、嬉しそうな表情で彼の元へ駆け寄った。
「オズっ‼僕、どうしてこんなところに…?…あれ…?なに?この綺麗な光……?」
マクーストは、オズの姿に安心すると、上空から降る金色の粒に目をやった。
「わからねぇ…。…けど……」
オズが話していると、後ろでココルルが目を覚ました。
「……わ…たし…、一体……」
オズはハッとして、そちらに駆け寄ると、手を貸しながら彼女の身体を起こした。
「ココルル、もう大丈夫だからな」
オズの声を聞き、ココルルは安心した表情を返した。
「…オズ……、あなたが救ってくれたのね…。みんなを…、この学園を……」
「…そんな……」
照れ笑いをして返すオズに、ココルルはニコッと笑った。
「オズっ‼」
扉を開けて入って来た相手に、ココルルをソファ座らせていたオズは、ハッとして振り返った。
そこには、息を切らして走って来た様子のエンジーが立っていた。
「……エンジー……っ‼」
オズがエンジーに身体を向けると、二人は互いに駆け寄った。
「石化、解けたんだな⁉」
「ああ!オズのおかげだ!…君に全て任せてしまって…すまなかった……」
「ほんとだぜ!…もうちょっとのとこで石化なんかしやがって!」
オズは照れを隠すように、冗談交じりにエンジーに怒って言った。
だが、エンジーは穏やかな顔を向け、オズに返した。
「……ありがとう…。オズ……」
オズは顔を赤くして、目を反らしながら言った。
「……別に礼なんて…。…オレ一人じゃなかったから……」
「……え?」
「いや、なんでもねーよっ!」
すると、石化が解けたビーゼルやファウス、ティオラ達も校長室へと入って来た。
「オズっ!お前、やったなっ‼」
ビーゼルは、オズの元へ駆け寄ってくるなり、彼女の肩を叩き、髪がくしゃくしゃになるほどに頭を撫でた。
「やっやめろよっ、ビーゼルっ‼」
オズは、エンジーの前で恥ずかしがりながら、ビーゼルに言った。
「結局はキミたちに救われたんだね…。…あ…ありがとう……」
ファウスは、オズとエンジーの元へ歩み寄ると、珍しく礼を述べた。
「…別に僕は何も…」
エンジーが否定しようとするのを、オズは遮った。
「お前も少しは素直になったみてーだな!」
オズの言葉に、ファウスはかぁッと赤くなってそっぽを向いた。
「ほんと、助かったわ‼ありがとう‼」
マクーストを介抱しながら、ティオラも礼を述べた。
「わたしからも礼を言うぞ。…だが、どうやって校長を止めたんだ?」
テンは、倒れている校長を見ながら聞いた。
「そんな事より、オズ、こっち来てよ‼」
すると、扉付近にいたネルが、カウシュとノスティモと共に、オズを自分たちの方へ来るよう催促した。
「なんだよ?ネル」
オズは「?」を浮かべて、エンジーと共にそちらへ向かった。
「カウシュさん、ノスティモさんも無事だったんですね」
オズが二人に安心した様子で言った。
「うん。この通りだ!」
「どうもありがとう、オズ」
礼を言う二人に笑顔で返すと、オズは部屋の外へと出た。
「っ⁉」
オズは目を見開いた。
部屋の外にまで、金色の粒が舞っている。校舎中の明かりがつき、まるで息を吹き返したような煌びやかな光景に、オズは感激して辺りを見回した。
「スゲェ…。綺麗だな……」
「オズ!こっちもだ!」
廊下の窓の外に目を向けたエンジーが、オズを呼んだ。
オズが、そちらに駆け寄って庭園を見ると、そこも同じく金色の粒が舞いおり、幻想的な光景を生み出していた。
もちろん、チャペルにも明かりが灯っていた。
オズはそれを眺め、安心した様子で言った。
「…綺麗だな……」
「……ああ…」
エンジーも頷いて返した。
「…全く、見せつけてくれるぜ…」
ビーゼルは、見守るように二人のことを見ていた。
「やいてるの?」
ネルが悪戯に聞くと、「そんなんじゃねぇッ」と身体を返した。
「ライアンっ!ねぇ、しっかりしてよ、ライアンっ‼」
すると、校長室の中から、マクーストの慌てる声が聞こえて来た。
オズとエンジーは、目を合わせ、すぐに部屋へと戻った。
いつまでも目を覚まさないライアンに、マクーストがずっと揺さぶって声をかけていた。
「どうしたんだよっ⁉」
オズが駆け寄り、近くにいたティオラに聞いた。
「ライアンが、目を覚まさないのよ…。さっきから、マクーストがいくら呼びかけても……」
ティオラは心配そうにライアンを見ながら言った。
それを聞いたエンジーは、ライアンに駆け寄った。
「…ライアン!頼む!起きてくれよっ‼」
目を閉じてぐったりしているライアンに、エンジーは話しかけるが、全く反応は見られなかった。
「………」
みんなが心配そうに見守る中、ココルルがソファから立ち上がり、部屋の家具を手探りでたどりながら、ライアンの元へとやって来た。
「…ココルル…っ」
オズは、慌てて手を貸そうとすると、彼女は首を横に振った。
そばに来たココルルに、マクーストは場所を譲った。
「……ライアン…。あなたが私の救世主だったのね……。こんなに近くにいたなんて……。今まで気が付かずに、ごめんなさい……」
ココルルは、手探りでライアンの頬へと手を当てた。
「……ありがとう……」
優しく呟くように言うと、ココルルはライアンに顔を近づけ、そっと口づけをした。
「っ⁉」
その場の全員は驚いて、された本人でもないのに、一気に顔を赤くさせた。
ココルルは唇を離し、しばらくライアンの様子をうかがっていた。
「………」
みんなは気まずそうにソワソワしている。
「………っ」
すると、ライアンはゆっくりと目を開けた。
「ライアンっ‼」
気が付いたライアンを見て、エンジーは、安心したように声を上げた。
「…え…?……僕……。…っ⁉」
すると、すぐそばにココルルがいることに気が付き、ライアンは慌てて身体会を起こした。
「ココルルっ⁉」
ライアンが目を覚ましたことに、ココルルは嬉しそうに笑顔を向けていた。
「良かったわ…、ライアン…」
ライアンは、みんなが自分を見守るように立っていることに気が付き、慌てて聞いた。
「え…っ⁉ぼ、僕、一体何があったの…⁉…エ、エンジーっ」
ライアンは、エンジーに助けを求めるように聞いた。
「全て終わったんだ。オズが、この学園を救ってくれた。…君と、マクーストの呪いも」
エンジーが言うと、ライアンはハッとしてオズの方へ顔を向けた。
「…本当⁉オズ……」
ライアンは立ち上がった。マクーストも同様に、オズの方へと顔を向けた。
「そ、そんな…大したことじゃねーよ!」
オズは照れながら返した。
「ありがとう!オズ!…本当に……」
ライアンは頭を下げてオズに礼を述べた。
「僕からも…、呪いから救ってくれて、ありがとう、オズ!」
マクーストも笑顔でオズに礼を言った。
「もう!いいって言ってんだろっ!」
オズは赤くなって、顔を背けて言った。
すると、ちょうど0時の鐘が、チャペルから聞こえて来た。
それに反響するように、校舎の二つの鐘、「黒陽の鐘」と「白月の鐘」の音も響きだした。
いつもは、この時間には鐘の音がならないため、みんなは不思議そうに顔を見合わせた。
「……許しを得たんだ……祭司の……」
オズは、鐘の音を聞きながら、嬉しそうにそう呟いた。
「あ、そういや、オズ。安心しろよ。お前がぶっ壊した食堂、元に戻ってるからよ!」
ビーゼルが思い出したように言うと、オズは驚いてそちらに顔を向けた。
「きっとこの学園を救ってくれたオズへの、祭司からのお礼なのかもね!」
カウシュが嬉しそうに言うと、オズはエンジーに目を向けた。
エンジーは笑顔で頷いて返すと、オズは、安心して笑顔を見せた。
「良かったわ!これで安心して、来週の創立祭の準備にかかれるわね!」
ノスティモが言うと、オズは「?」を浮かべた。
「創立祭?」
すると、エンジーがオズの元に歩み寄って説明した。
「冬の休暇に入る前に創立祭があるんだ。ここの伝統行事だよ。…二年前のことで、去年は無かったんだけど……」
言い辛そうにするエンジーを察し、テンが後を説明した。
「二代目の聖菩樹となる木を、今年植えるんだ。今回の創立祭は、植える前の木をグラウンドに設置し、皆で祝う形式にする予定なんだ。そこなら、パーティーを開く食堂からでも見えるからな!」
「いいじゃねーか!それ!」
オズはワクワクしながら言った。
「…なら、…オズ…それまで…ここに…?」
エンジーは、少し躊躇した様子で聞いた。
「ああ!もちろんいるぜ!…ビーゼル、お前もいるだろ?」
「そんな楽しそうな集いに参加しねぇ理由がねーだろ?」
ビーゼルは親指を立てて、オズに返した。隣にいたネルは、安心した様子でビーゼルを見ていた。
楽しそうに創立祭の話をするオズを、エンジーは、ホッとした様子で見ていた。
「あ!じゃあ、これも元に戻しとかねーとな!」
オズが何かを思い出し、そちらに足を向けた。
床に置いたワンドとソードを拾い上げ、元の場所まで戻ってくると、ワンドをエンジーに差し出した。
「ほら!こっちはエンジーが運んでくれよ!」
「…え?……あ、ああ…」
エンジーは、オズからワンドを受け取った。
オズは、エンジーに満面の笑みを向けた。
エピローグへつづく。
すみません。前回に、次は最終回と書いておきながら、エピローグに続きます。
なかなか終わらず申し訳ありません。
次回で本当に最終回です。
エピローグ「見えないもの」、よろしくお願いいたします!!




