EP15.【勲章に込めた想い】
オズに付き添い、彼女の自室の前までやって来たおじいさんは、一緒に付き添って来たマーソンに顔を向けて言った。
「…すまないが、この子と少し話をさせてくれないか?」
マーソンはハッとおじいさんの顔を見ると、その気持ちを察して頷いた。
「…わかりました。では、ここでお待ちしています」
「……悪いな…」
おじいさんは申し訳なさそうにマーソンに返すと、扉を開けて、オズと共に部屋の中へと入って行った。
「………」
バタンッと扉が閉まり、マーソンは、中の二人を見守るように、切ない表情で扉を見つめた。
未だ啜り泣いているオズを、おじいさんはソファに座らせた。
「怪我をしているな…。救急箱はあるか?」
オズの左手から血が出ていることに気が付き、おじいさんは優しくオズに聞いた。
「……いい。…オレが自分でやる……」
そう言うと、オズはソファから立ち上がろうとした。
「そう言うな。どこにあるんだ?」
オズの心を傷つけた罪悪感もあり、おじいさんは、オズの手当をする意思を変えなかった。
「………」
オズはうつむいたまま、戸棚の方を黙って指さした。
おじいさんはそちらへ歩くと、棚から救急箱を出して持って来た。
「見せてみろ」
おじいさんが手を差し出し、オズは黙って怪我をした左手を見せた。
「…そんなに深くはないな」
傷を見て言うと、おじいさんは手当のために消毒し始めた。
「……っ」
消毒液が傷口に入り、オズはビクッと痛がった。
「……少し痛いが、我慢するんだぞ」
「………」
手当をするおじいさんの様子を、オズはじっと見つめた。
おじいさんはそれに気が付き、オズの方に目をやった。だが、オズは視線を反らせた。
おじいさんは寂し気な表情をした。
オズが自分に対して、猜疑心を抱くのは無理もない…。
おじいさんはそう思い、全て正直に話す決意をした。
「………黙っていて…本当にすまなかった…。隠し通すのは難しいことだとは思っていたんだ…。やはり、ワシの力だけでは…、いや、ワシとマーソンの力だけでは、無理だった…。お前の出生の真実は、ダグラスが話そうと思えば、もう誰にも止めることは出来ない…。お前が秘密を知ってしまったのは、ワシの不注意からだったが、お前がそれを知るのは、時間の問題だった……」
「………」
オズは黙って思い返していた。
ー お前が自身の出生の事実を知れば、拒むことは出来んのだからな ー
ダグラスの言っていたこと…。あれはそういう意味だったのかと、オズは目を閉じて思った。
「この際、ワシはお前に隠し事はしたくはない。…だから、ワシの知っている全てをお前に話す」
「……っ⁉」
オズは目を開き、顔を上げておじいさんを見た。
おじいさんの表情は険しく、まっすぐにオズを見つめている。
「……お前にとって事の真相は、ひどく辛いものだ…。耐えられるか…?」
おじいさんは、心配そうにオズに聞いた。
だが、オズはゆっくり頷いた。おじいさんは覚悟を決め、オズに「よし」と頷いて返した。
「……事の始まりは、二十五年前に遡る。…ワシは長年連れ添った女房に先立たれ、あの田舎町で一人、陶器作りに励み、それを町に売りに行く生活を繰り返していた。…孤独ではあったが、女房と一緒にやってきた陶器作りを続けることが、ワシの一番の幸せだった。……そんなある日の夜、一人の若者が、ワシの家を訪ねて来たんだ。…その若者は、少しの間、泊めてくれないかと頼んできた。……それが、あのマーソンなんだよ」
「…えっ!」
オズは、驚いて声を発した。おじいさんは続けた。
「クロスアルド家に養子に入る前のマーソンは、あちこちと旅をしていたんだ。彼はその時、クロスアルドの家の所有する子会社に努めていて、鉄鋼や石材を扱う仕事をしていた。もともと彼自身は、そういった建築材に興味があったようで、会社に頼み込んで、各地の自然材質を調べる旅をしていたんだ」
オズの手に包帯を巻きながら、おじいさんは話した。オズは黙って聞いていた。
「あの田舎には、町のシンボルともなっている大きな鉱山がある、お前も、よく知っているだろう?」
おじいさんに聞かれ、オズは頷きハッとした。
「まさか、それを求めて…?」
おじいさんは「さすが」といった顔で頷いた。
「そうだ。マーソンは、町のあの鉱山の材質を調べるため、遠いところから遥々やって来たんだ。…ワシの所に来た時のマーソンは、身なりはおろか、空腹と疲労で、今にも倒れそうになっていた。ワシはそんな彼を放ってはおけず数週間、面倒をみたんだ。体力を回復させたマーソンは、あの鉱山の材質を調査したいと頼んできた。彼の熱心さに、ワシも折れて、町長に話はしたが、調査の結果次第では、山を売り、削り取られる可能性があった。あの鉱山は町のシンボルだ…。削ることには反対だった。ワシにも、あの山には若いころから思い入れがある。もちろん、村の者全員にもな…。その気持ちは、マーソンにも痛い程伝わったようで、彼は、あの鉱山の調査を諦めた。…だが、彼も命がけであんな田舎まで来たんだ。村の皆の思いとして、彼に鉱山の一欠けらを渡したんだ。……それだけでも、マーソンは大喜びだった。…まるで、純粋な少年のようにな……」
その時のことを思い出し、おじいさんの表情は柔らかくなった。
マーソンの人間性が伝わり、オズもクスッと微笑んだ。
「マーソンは村が気に入り、数か月ワシの家に滞在していたんだが、会社の命で帰らなければならなくなったんだ…。名残惜しいが、ワシはマーソンに別れを告げた。…マーソンも、ワシに感謝の気持ちを示し、村から去って行った…。……ワシらがもう会うことはない……。互いにそう思っていたんだが……」
おじいさんの表情がだんだん暗くなっていった。
オズは、そんなおじいさんの表情に、不安を抱いた。
「…マーソンと再会したのは、その十年後だった…。十五年前の十月二十日の夜…。未だにはっきりと覚えている…。マーソンは、突然ワシの所に訪ねて来たんだ。……一人の赤ん坊を抱えてな……」
おじいさんは、オズにじっと目を向けた。
「……っ」
オズは察し、おじいさんの眼差しを見つめ返した。
「マーソンが抱えていた赤ん坊…、つまりお前だ…。どこからか逃げてきたように息を切らすマーソンは、お前を隠すように抱いて言ったんだ。「この子を預かって欲しい。今は理由を言うことは出来ないが、必ず近いうちに話す」とだけ言い残し、赤ん坊のお前をワシに託して、走って行ってしまったんだ……。もちろん、ワシは困惑した。赤ん坊が、マーソンの子なのかも分からなかった…。それに、マーソンの身なりが、以前とは全く違い、高価なスーツを身に纏い、髪型も出会った時のボサボサな状態ではなく、綺麗にまとまっていたんだ」
「………」
オズは、話をするおじいさんを、じっと見つめていた。
「マーソンの言った通り、彼から後に電話があった。…ワシと別れた後、彼は、仕事の実績を伸ばし、その純粋に建築素材に興味を抱く姿を、会長の一人娘である「ヒリス嬢」に見初められ、クロスアルドの家の養子として迎え入れてもらったのだと、彼が出世した経緯をワシに話したんだ。マーソンの出世は、純粋にワシも嬉しかった。…だが、問題は預かった赤ん坊だ。ワシはそのことについて聞くと、マーソンの声色が変わった……」
「……っ」
オズは、次の言葉を聞く覚悟を決めた。
おじいさんは、オズの顔をまともに見られないのか、目を伏せて話し出した。
「…お前は、クロスアルドの家の会長であるダグラスと、屋敷に使える侍女との子だと言うんだ…。……その頃、正妻であった「オリビア・クロスアルド」は、心の病で床に伏せていた。毎日のように医師が屋敷に出入りし、オリビア夫人の様子をうかがいに来ていたようだった。……マーソンが言うには、ダグラス会長は、それを不快に思っていたらしい。……なんせ、医師は自分よりも若く、数々の医学者が推薦するほどの才のある者だったようだ。…会長は嫉妬したのだろう…。屋敷に閉じ込め、自分の言いなりとなっていた妻が病んでしまい、その妻の心を癒し、増してや奪おうとしていると思い込んでしまったのだからな……」
おじいさんは、苦汁をなめるように、眉間に皺を寄せて話した。十五のオズに聞かせるような話ではないと、分かっていながらも、彼女に全て話すと約束し、嫌でも話さなければならなかったからだ。
「………」
オズは目を伏せて黙っていた。
「あの会長の性格だ。妻に裏切られたと思い、我負けじと意地になって、先も考えずに屋敷の侍女に手を出したんだ…。その侍女は、屋敷では一番の新米で、クロスアルド家のために尽力しようと、誠心誠意仕事に励んでいた未来のあるまだ十七歳の元気な若者だった……」
「………っ⁉」
オズは顔を上げた。
「……それが……オレの母親か……?」
オズは恐る恐る聞いた。おじいさんは、躊躇しながら頷いた。
おじいさんは、言い辛そうに話した。
「…二人の間に……愛は存在しなかった…。だが、彼女は屋敷の侍女だ。主人を拒むことは、仕事を放棄するも同然のこと…。彼女には、屋敷を追い出されたら、行く当てもなかったらしい…。ダグラス会長の行動は、それも見越してのことなのかは、ワシにもマーソンにも分からないことだが……」
「……結局……、愛人でもなんでもねーじゃねーか……。…オレは……、嫉妬心から生まれた、ただの邪悪な塊……。…っ…ただ意味もなく、嫁に見せつけるために生まれて来た、邪魔なだけの存在じゃねーかよ…っ!」
徐々に明かされていく自身の出生の事実に、オズは感情を抑えきれず、震えて涙を流し始めた。
オズの気持ちを痛感し、おじいさんは涙を堪え、詰まる喉を開いて言った。。
「……こんなことをお前に話したくはなかった。マーソンとも固く誓ったんだ。お前には、絶対に事実は話さず、ワシの孫として育てると……」
「………オレの母親は…、どうなったんだ?……会長の正妻も……」
オズは涙を拭い、少し落ち着きを取り戻して聞いた。
「…侍女は…、自身が利用された事実を知り、周りからの批判にも耐え切れず、行く当ても無いまま屋敷から出て行ったそうだ…。……消息は、ワシにも知らされていない……」
「………っ」
オズは、ぎゅっと目をつむって下を向いた。おじいさんは、言い辛そうに話を続けた。
「ダグラス会長の正妻「オリビア」は……、お前を預かった数か月後に亡くなったと、マーソンから聞いた……」
「っ⁉」
オズは、ハッと顔を上げた。
「……精神の病が原因でか……?」
オズの問いに、おじいさんは視線を下げて頷いた。
「…オレの存在が……追い打ちをかけたんだ……っ」
再び目に涙を溜め、自分をせめるオズに、おじいさんは身を乗り出して否定した。
「それは違う!彼女は、余命がすでに告げられていたんだ…。少しでも長く…生きた方だと言っていた…」
「……っ……っ……」
衝撃の事実が次々と明かされ、受けきれないオズは、両手で顔を覆って泣いた。
「……オズ……」
いたたまれなくなったおじいさんは、ソファから立ち上がり、オズの隣へと移動して、彼女の肩を優しく抱いた。
「……黙っていて、本当にすまなかった……」
オズのこんなにも弱弱しい姿を初めて見るおじいさんは、罪悪感でいっぱいになり、涙を流して謝った。
「……悪くねぇ……っ。…じーちゃんは、悪くねぇよ……っ。こんな醜い存在のオレを育ててくれて……、愛してくれて……、オレには、感謝の気持ちしかねぇんだ……っ」
オズは、首をブンブンと横に振って、泣きながらおじいさんに言った。
「……オズ…」
おじいさんは、オズを優しく抱きしめた。
「…お前は決して醜い存在などではない。そんなことは、今後一切考えるな。……彼も言っていただろう?」
「…?」
おじいさんからゆっくり身体を離し、オズは疑問の表情を返した。
「オルマンダ家の彼だ。…エンジーといったか?」
「………」
オズはうつむいた。
「誰にどう思われようが、自分らしく生きる…。ワシも、お前には常にその心を抱いて、強く生きて欲しいと願っている。…オズ…、お前はみんなの「希望」なんだ。ワシも…、そして彼も…、ここの生徒達も、お前がその気持ちを大事にしているからこそ、着いて来てくれているのではないのか?一人一人を大切に思う気持ちがあるからこそ、皆は自身の心を改心したのではないのか?」
おじいさんのオズを見つめる表情は、穏やかなものだった。
「……じーちゃん……」
オズは、頬に涙を一筋流し、おじいさんを見つめた。
「今までと変わらずにいてくれるな?…オズ」
おじいさんは微笑んでオズに聞いた。
「………うん…」
オズは、頬に伝う涙を拭い、頷いて返した。
部屋の外に待たせているマーソンの元へ向かおうと、おじいさんはソファから立ち上がった。
「……なぁ、じーちゃん…」
すると、うつむいたままのオズが話しかけ、おじいさんは「?」を浮かべてオズに視線を向けた。
「…最初、オレに話した時は、クロスアルドの家の遠い親戚が、家に尋ねて来たって言ったよな?」
「……ああ。…そうだったな…」
オズが学園に入る前、ある程度クロスアルドの家との関係をオズに知らせ、彼女の納得を得なければならなかった。おじいさんは、その時についた嘘のことを思い出した。
「主人と揉めて追い出されたって…。それって、オルマンダ家で起こった親族争いの内容を借りて、オレに嘘を話したんだな?」
オズは顔を上げて聞いた。おじいさんは、察しの良いオズに顔負けだといった表情で、目を閉じて頷いた。
「…ああ…。そうだ……」
おじいさんはオズの方に歩み寄りって、肩に手を置いて言った。
「……お前は、本当に賢くいい子に育ってくれた。………マーソンを待たせている。…落ち着いたお前の顔を見せて、安心させてやってくれ」
「………うん」
オズは、おじいさんを見上げて頷いた。
部屋の外の廊下では、不安な表情でウロウロと辺りを歩いているマーソンが、二人を待っていた。
「ガチャ」っと扉が開き、マーソンはハッとして、扉の方に歩み寄った。
扉からは、おじいさんに肩を支えられながら、うつむいているオズが出て来た。
「オズ!…ごめんね…。驚かせてしまって……。怪我、大丈夫かい?」
マーソンはオズに駆け寄り、目を腫らしているオズを見ると、申し訳なさそうに謝った。
オズはチラッとマーソンに目を向けた。
「……平気です…。…じーちゃんから全部聞きました…」
「っ⁉」
マーソンは驚き、おじいさんに顔を向けた。おじいさんは頷いた。
「……そう…か…。…君とおじいさんには、なんとお詫びしていいものか……」
申し訳なさそうに視線を下げるマーソンに、オズは返した。
「…そんなのいりません。……あなたには、むしろ感謝しています」
「えっ⁉」
オズの意外な言葉に、マーソンは驚いて顔を上げた。おじいさんも同様にオズに目を向けた。
「あの田舎の村に来てくれて…、じーちゃんと出会ってくれたこと…。生まれてすぐのオレを、じーちゃんに預けてくれたこと…、感謝しています。……そうじゃなかったら、オレは今頃、クロスアルドの家で、さげすまれながら窮屈な生活を送っていたと思います…。じーちゃんみたいに、清らかな心も、きっと知らないままで過ごしていた……」
「……オズ…」
二人は切ない表情でオズを見つめた。
「本当にありがとうございます」
オズは、マーソンにお辞儀をした。マーソンは慌ててオズに頭を上げさせた。
「や、やめてくれっ!礼を言うのは私の方なんだ!…君にとっては受け入れがたい事実なのに…、私たちの身勝手な行為を理解してくれて……ありがとう……」
今度は、マーソンが深く頭を下げた。
オズは、そんなマーソンを見つめると、口を開いた。
「………一つ、聞いてもいいですか?」
「…?なにかな?」
マーソンは頭を上げ、少し不安そうにオズに聞いた。
「……オレの……母親の……名前はなんていうんですか…?」
オズは、視線を反らせて聞いた。
マーソンはおじいさんと目を合わせると、オズに目を戻して答えた。
「……ロッゾ…。…ロッゾ・ルティエイル……」
マーソンは優しい目をしてオズに言った。
「…ロッゾ……」
オズは、心にしまい込むように、胸に手をあてて呟いた。
「“オズ”という名は、彼女が名付けたんだよ。…彼女、生まれてすぐの君と引き離されて、ほとんど顔を見ることも出来なかった…。君の性別もわからないままで……。人を思いやることができる強い心を持って欲しいと願って、「オズ」という名を付けたんだ」
マーソンの言葉に、オズとおじいさんは驚いて顔を上げた。
「…そう…ですか……」
オズは、初めて自分の名前の由来を知った。母親には、赤ん坊であった自分の性別すらも知る権利がなかった…。オズは、自分に男性名が付いている理由がようやくわかり、納得した表情を見せた。
愛が無く生まれてきたと知り、失望していたオズにとって、母親に名を付けられたことは、たった一つの救いを得た気がして少しだけ心を和らげた。
「…私たちは、これから校長室に戻るけど…、オズ、君はここに残っているといい。…クロスアルド家には行かないという意思は、私たちが会長に話しておくから…」
マーソンはそう言うと、おじいさんと目を合わせて校長室へ向かおうとした。
「いえ!オレも行きます‼」
オズの言葉に、おじいさんとマーソンは驚いて振り返った。
「オレ…、自分で断りに行く!」
「オズ、無理をするな…」
おじいさんは、ついてこようとするオスに言い聞かせた。マーソンも頷いて心配そうにオズに目をやっている。
「オレ一人じゃ、あの会長には太刀打ちできねーけど…。じーちゃんとマーソンさんもいるなら、オレ、自分の意思を伝える事が出来ると思う!…オレ、あんな最低なヤツ、正直父親だなんて思ってねーし…。この際、はっきりとクロスアルドの家から縁を切りてーんだ!」
オズの主張に、どうしたものかと、二人は目を合わせた。
「…ワシはともかく…、マーソンは養子の身であるから、あまりお前の方を持つことは出来んぞ?」
おじいさんはマーソンの立場を心配してオズに言った。マーソンは申し訳なさそうに視線を下げている。
「…二人には迷惑かけねーから!オレは、自分の意思をヤツに伝えるだけだから…っ!」
「…けど…なぁ…」
頑固なダグラスの子であるオズも、やはり似ていて頑固なところがある。そんな二人がまともに話し合いなど出来るのであろうか…。おじいさんとマーソンはそれを心配したが、オズの熱心な表情に折れた二人は承諾した。
「……分かった…。だが、くれぐれも興奮して会長の気を逆なでしてはいかんぞ?…お前の悪い癖だからな」
しぶしぶ言うおじいさんに、オズは顔を明るくさせた。
「ああ!ありがとう!じーちゃん!」
校長室では、校長が食堂からの電話をとっていた。
「……しばらくそこは使えなくなるな…。ワタシもすぐに下に降りる。生徒達にはあまり近寄らせないようにしてくれたまえ。………何っ⁉ワンドとソードが……っ⁉………わかった…。なるべく早く対処を考える……」
電話を切ると、校長は深刻な表情で、ダグラスとヒリスのいる応接間へ足を向けた。
「お電話、一体なんでしたの?」
電話での話しの内容を聞いていたヒリスは、校長に詳しく聞いた。
校長は言い辛そうに眉間に皺を寄せた。
「……オズが…、出生の秘密を知ったようで……、食堂で大暴れをしたとのことです……」
「まぁっ⁉なんてこと……っ‼」
ヒリスはあからさまに驚いて声を発した。目を閉じていたダグラスは、鋭い眼光を開いた。
「それくらいのことで感情を露わにするなんて…っ!あの子自身、覚悟は出来ていたはずなのに。…さすがに、お父様程の冷静さと賢さは、備わってはいないのかしら。……いやだわぁ…、わたくし、あの子と姉妹だと思われるのは……。ねぇ、お父様?考え直して下さらない?」
ヒリスは上目遣いで、父親であるダグラスに頼み込んだ。
「ならん!…それでは、お前の息子シリウスが、あの状態で後を継ぐというのか?」
可愛い愛娘の頼みでも、今のダグラスには通用しなかった。
「…そ、それは……」
ヒリスは言い返すことが出来ず、しぶしぶ黙った。
「………」
二人のやり取りを聞きながら、食堂でも出来事もあり、校長は深刻な表情で、黙って何かを考えていた。
食堂では、荒れ果てた状態の椅子とテーブルを、皆が出来る範囲で片付けていた。
「……オズのあんな顔…、私、初めて見たわ……」
「いくらなんでも、これはひどいな…。守護者ともあろうものが…、これでは他の生徒に示しがつかないぞ…」
作業をしながら、ティオラとテンが言った。
「示しなんてつかなくていいんじゃないの?」
「…え?」
後ろで壊れずに済んだ椅子に座り、足を組んで言うネルに、二人は顔を向けた。
「オズはクロスアルドの家に入るなんて、これっぽっちも考えてないんだもん。だから、これだけ暴れられたんじゃないの?」
傍に落ちている窓枠の破片を拾い上げ、それを見ながらネルは言った。
「……そう簡単にいくかしら……?…だって、オズはダグラス会長の実の娘なんでしょう?」
ティオラはオズの意思が尊重されるのか、不安そうな表情で言った。
「………」
三人の会話を、少し距離を取った所でエンジーが聞いていた。
「……っ⁉」
すると、ハッとして、食堂の柱時計に目をやった。
「どうした?トラブルエンジン?」
隣にいたビーゼルが聞くと、エンジーは慌てた様子でビーゼルに言った。
「すまない!チャペルにライアンとマクーストを待たせてるんだ!…後のこと頼む!」
ビーゼルにそう言うと、エンジーはそのまま走って食堂から出て行った。
「…せわしねー奴だな…」
ビーゼルが言うと、そのすぐ後ろにいたファウスが呟いた。
「…まったく。無責任なヤツだねぇ…」
チャペルで待っていたライアンとマクーストは、十四時を知らせる鐘が鳴り響いたことに気が付き、顔を見合わせた。
「……オズ達、来ないね…。どうする?ライアン」
マクーストは、困ったようにライアンに聞いた。
「……うん…」
ライアンは参列席の一番前の通路側の席に座り、ずっとうつむいていた。
オズに呼び出されたライアンには分かっていた。勘の鋭い彼女には、きっと、呪いの起源の「ある感情」の謎が解けたのであろう…。ライアンはそう確信し、覚悟を決めて、今日、この場に来ていたのだった。
「………」
今日のライアンはずっと元気が無い…。マクーストは、それ以上何も言わず、ライアンから少し距離を置いた位置に座り、黙ってオズとエンジーを待った。
すると、「バタン」っとチャペルの扉が開いた。
二人はハッとして扉の方へ顔を向けた。
扉からはエンジーが入って来た。マクーストは立ち上がり、エンジーの方へと歩み寄った。
「エンジー!待ってたんだよ!……あれ?…オズは…?」
マクーストは、一人で来たエンジーを不思議に思って聞いた。
「………それが……」
エンジーは言い辛そうに、マクーストから視線を反らせた。
その様子を見たライアンも、妙に思って立ち上がった。
マクーストとライアンは、神妙な面持ちをするエンジーに不安を抱いた。
「コンコン」と、扉をノックする音が聞こえた。
校長はハッとして、身体を返して聞いた。
「誰だね?」
「マーソンでございます。…モルス・カークとオズを連れて参りました。
扉の外からの声に、全員はハッとした。
「どうぞ、入りたまえ」
校長は立ち上がって返事をした。
扉が開くと、マーソンに続き、おじいさんとオズが姿を現した。
「……オズ……」
校長は、赤く目を腫らしているオズを見つめた。オズは三人を前にうつむいていた。
「自分の出生の理由を知って、暴れたんですって?本当にどこまで躾がなっていない子なの?…考えもなしに、田舎の方に頼むから、こういうことになるんですのよ?屋敷に入れば、一からの厳しい躾が必要だわ。…あなたは、わたくしの妹になるのだから、しっかりと自覚してもらわないと」
ヒリスは、入って来るなり、旦那であるマーソン、そして、おじいさんとオズを非難した。
「………」
三人は黙っている。オズは、姉だと認めたくないヒリスを、黙って睨んでいた。
すると、そんなヒリスを差し置いて、ダグラスが前へと出て来た。
「っ⁉」
オズはビクッとして身体を強張らせた。マーソンとおじいさんは、オズを守るように彼女の前へ立った。
「これでわかったであろう?お前にワシの所へ来ることを拒む権利はないんだ。屋敷で生活することが、もともとのお前のあるべき姿なのだからな」
「か、会長…っ」
ダグラスの言葉に、マーソンが言い返そうとした時だった。
「勝手なこと言うんじゃねぇっ!」
オズがダグラスに怒鳴った。
「っ⁉」
皆は驚き、マーソンとおじいさんは、カッとなるオズを宥めるように止めた。
「ま、また…っ!お父様になんて口の利き方をするの…っ⁉」
ヒリスが口を挟もうとするのを、ダグラスが手で止めた。
「言いたいことがあるなら聞こう。…だが、それが通用するという愚かな考えはするな。結果が変わることはない。それでもワシに申すことがあるのなら、言ってみるがいい!」
「……っ‼」
オズは、憎しみしか抱かない目で、目の前のダグラスを睨んだ。
「どうした?早く言ってみろっ‼」
ダグラスはオズを煽るように怒鳴った。
「……やめてください、お爺様」
突然、部屋の扉の方から声がした。
ダグラスの怒鳴り声で、扉が開いたことに誰も気が付かなかったようだった。
「…っ⁉」
その人物を見たダグラスは、驚いて目を見開いた。後ろのヒリスも、衝撃で口を塞いだ。
マーソンとおじいさん、そしてオズは振り返った。
「っ⁉」
三人も驚いた表情をその人物に向けた。
「……シ…シリウス……っ」
マーソンは驚きのあまり、言葉を失っていたが、かろうじて出る言葉を吐いた。
校長室へと姿を現したのは、メイドに車いすをひかれ、全身包帯を巻いた状態のシリウスだった。
顔は、右半分が焼けただれて包帯を巻いていたが、左半分にはそれほど損傷を負っておらず、包帯も巻かれてはいなかった。
シリウスの左目は、じっとダグラスに向けられた。
「…お爺様がオレに失望している気持ちは、重々理解しています。…オレが、オルマンダ家のケイシーと結託して、チャペルでの火事を引き起こし、挙句、このようなありさまになってしまったんですから……」
「………」
ダグラスはシリウスから目を背けた。
「シリウスっ!あなた、無断で屋敷を出て来て…っ!こんなところまで来て、誰かに見られでもしたらどうするのっ⁉それこそ、お父様に迷惑をかけることになるのよっ⁉」
ヒリスはシリウスの元に駆け寄り、彼を叱った。
「………」
だが、シリウスの目はヒリスに向くこともなく、ただじっとダグラスを見ていた。
「あなたねっ⁉シリウスをこんなところまで連れて来てっ!一体どういうつもりなのっ⁉」
何も答えないシリウスに、ヒリスは、今度は一緒に来たメイドをせめた。
「わ、私は…っ。坊ちゃまがどうしてもと言われるので…、それで……っ」
メイドは慌てて答えた。
「オレが無理やりに頼んだんだ!母さん、少し黙っててくれないか?今は、お爺様と話をしてるんだ!」
シリウスはヒリスを鋭い目で睨んで言った。
「な、なんてことを言うの…。わたくしはあなたのお母様なのよ…?それなのに……っ」
ショックを受けるヒリスにマーソンが歩み寄り、彼女の肩を抱えて応接間まで移動すると、彼女をソファへと座らせた。
「あなた…っ!シリウスが、わたくしに……っ」
「今は、シリウスの気持ちを尊重する時だ。…大丈夫…」
泣いてすがるヒリスに、マーソンは優しく言った。
「………」
オズには、シリウスと対面するのが初めてだった。オズは、ずっとシリウスの姿を見つめていた。
シリウスは、ダグラスに訴えた。
「お爺様、聞いて下さい!…彼女は…、オズはクロスアルドの家に入ることを拒んでいます。これ以上、あなたの横暴なやり方で人を傷つけることはやめてくださいっ!」
「…っ⁉なんだと…っ⁉」
ダグラスは、カッと目を見開き、シリウスを睨んだ。シリウスはめげずに話した。
「オズが屋敷に来たところで、あなたは、また自分の思う通りの人間にするために、彼女を掟で縛り付けるに決まってる!そんなことをしたら、彼女はきっと本来の彼女ではなくなってしまう!……お婆様のように……っ!」
「…っ⁉」
シリウスの言葉に、ダグラスは、返す言葉が出ずに黙った。
「お婆様は、あなたのせいで精神を病ませました…。あなたに認めてもらうために、あなたの言いなりになって…、家のために自分を捨てて……っ!お婆様が毎日、どんな思いをしていたのか、あなたには分かりますかっ⁉」
シリウスは、自分で車椅子を前に動かし、ダグラスに怒鳴って訴えた。
だが、ダグラスは当然 怯むことなく、それ以上の威厳を見せて怒鳴った。
「知ったようなことを…っ‼お前に何がわかるっ⁉アイツが死んだ時は、お前はまだ二歳の赤ん坊だったんだぞっ⁉」
ダグラスの言葉に、シリウスはカッと目を見開き、身を乗り出した。
「オレは…っ!オレは、お婆様と同じ病で苦しんだ女性の傍で、ずっと彼女を支えて来たんだっ‼」
「っ⁉」
オズはハッとして、興奮して息を切らすシリウスを見つめた。
二年間の白月のクイーン「フラン」のことを言っているのだと、オズにはすぐに分かった。
ナタリーに嫌がらせを受け続けたフランは、挙句に精神を病まし、クイーンの座を降ろされ、学園に通えなくなるほどにまで追い込まれてしまった。
当時、クイーンを守る役目であるエースを担っていたシリウスは、彼女の傍で、必死に彼女を守ることに精を尽くしていたのだが、虚しくもそれを果たすことが出来なかった。
オズは、シリウスが自分のお婆さんとフランとを重ね合わせていたことに、初めて気が付いた。
「……優しい心を利用して、思い通りにさせて何が楽しい?…心がボロボロに崩壊していく彼女に、何もしてやれなかったオレの気持ちが、お爺様に分かるのか…?………絶対に分からないだろうな…。いや、分かるなんて言わせない…っ!」
シリウスの左目は、まるで邪悪なものを見るように、ひどく険しかった。
「貴様っ…!誰に向かって言っている…っ⁉」
ダグラスは、しびれを切らしたように一歩前へとシリウスに近づいた。
「オレが言いたいことは一つだ!彼女を巻き込むな!…頼むから、これ以上犠牲者を増やさないでくれよっ‼」
シリウスは、オズを庇うようにダグラスに訴えた。
「クロスアルド家の跡継ぎは、オレがなる!父さんの後は、オレが継いでみせるからっ‼」
それを聞いたダグラスは、途端に笑い出した。
「笑わせるなっ!そんな容姿をしたお前なんぞに誰がついて来ると言うんだっ⁉今のお前は、人の上に立つ人間の姿とはほど遠いんだぞ‼」
全身に火傷を負ったシリウスの姿に、ダグラスは馬鹿にしたように言葉を吐いた。
それを聞いていたヒリスは、隣にいるマーソンに泣きついた。マーソンは、息子のあまりにもひどい言われように、ダグラスを軽蔑の目で見つめていた。
(……この悪魔め……っ‼)
怒りが頂点に達していたオズは、これが自分の父親なのだという情けなさもあり、拳を震わせていた。
「オレがこんな姿になったのは、自分の責任です…。二年前の火事は、オレが起こしたものですから……」
「っ⁉」
全員、シリウスの言葉に驚いた。
「バカを言うなっ!オルマンダの息子と共謀したのだと、お前は自ら言っていたではないかっ⁉」
ダグラスは撤回しろと言わんばかりに、シリウスに怒鳴った。
だが、シリウスは首を横に振り、静かに真実を述べた。
「…ケイシーが、オレを庇ってくれたんです…。計画はケイシーが考えました。けど、彼はさすがに実行までは考えていなかった……。ケイシーは最終の手段としてそれを提案してきただけだった…。でも、オレには、もうナタリーを許すことは出来なかった…。フランを陥れたナタリーが…どうしてもっ……!彼女は、そこまでされてもおかしくはない人間だったからっ!オレには、ナタリーがフランと同等…、いや、それ以上の苦しみを味わえばいいと思った…。……だから、ケイシーがやらなくても、オレ一人ででも聖菩樹に火をつけて、ナタリーを脅そうとしたんだ…!…その意思を伝えたら、ケイシーは、自分も協力すると言ってくれて……。弟のエンジーまで巻き込んでしまった……。二人に心の傷を負わせたのは…、すべて、オレのせいなんだ………」
「………っ」
二年前の火事は、クロスアルド家とオルマンダ家の両家の息子同士が主犯だと思っていたが、どうやら違っていた。
クロスアルド家に責任があることが分かり、ダグラスは何も言えずに黙った。
ヒリスは、マーソンの胸にすがって、声を上げて泣いている。
マーソンは、何も言えず、ただヒリスの肩を抱いてうつむいていた。
「この姿になったのは、当然の報いです…。だからといって、オレがクロスアルドの家を継ぐ意思は変わっていません。この姿を馬鹿にするやつはすればいい。そんなやつは、人としての心が無いんですから…。このオレの容姿と、考えを理解してくれる人がついて来てくれれば、それで構いません。…人を陥れようとすると、当然の結果が帰って来る…。それを充分経験したうえで、オレは、威厳だけを見せつけ、人の心を理解しないようなお爺様とは違うやり方で、クロスアルドの家を継いでいきたいと思っています」
シリウスは、真っすぐにダグラスを見つめ、力強く訴えた。
「………」
ダグラスは、シリウスの左目をじっと見つめた。
「お前は…、どこまでクロスアルドの家を……ワシを侮辱するつもりなんだ……」
ダグラスは、落胆したように言った。
どうやら、火事の原因がクロスアルド家の自身の孫にあったことに、ライバルであるオルマンダ家に負い目を感じ、又、学園に多大な損害を負わせたことに、ひどく心が貶められているようだった。
「…これも、報いということか……」
ダグラスは呟いた。
「…え?」
シリウスが聞くと、ダグラスは顔を上げ、シリウスに言った。
「…そこまでいうのなら、やってみろ。……お前の意思がどれだけのものなのか。…報いを受けた者でしか分からない人間の強さを、存分に発揮してみるがいい」
「……じゃあ……?」
シリウスとオズを含め、みんなは顔をダグラスに向けた。
「クロスアルドの家は、いずれお前に任せるとしよう。……オズ…。お前は自由に生きろ」
「………っ‼」
オズは目を見開いて、おじいさんに顔を向けた。
「…オレは…、田舎でじーちゃんと暮らしてもいいってことか…?」
オズはダグラスに聞いた。
「好きに生きろと言った。…話は終わりだ。ワシは帰らせてもらう」
ダグラスは杖をつきながら、オズとシリウスの間を通り過ぎ、校長室から出て行った。
メソメソと泣くヒリスの肩を抱きながら、マーソンは、穏やかな表情でオズとおじいさんに目をやった。
「…良かった…。本当に……」
「…マーソン…、ありがとう……」
マーソンとおじいさんは、目を合わせて微笑んだ。
「ありがとうございます…」
オズもマーソンに礼を言うと、マーソンは微笑みをオズに向けた。
「…さ、シリウス、行こう…」
マーソンは息子のシリウスに声をかけた。
「……うん」
シリウスが頷き、メイドが車椅子を押し始めた。
オズとおじいさん、そして校長を残し、クロスアルド家の者たちは、校長室から去って行った。
「………っ」
オズは、何かを思い立ち、走って校長室から出て行った。
「オズっ⁉」
おじいさんは、慌ててオズの後を追った。
「バタン」っと扉が閉まり、一人残された校長は、険しい表情で一人何かを考えていた。
オズは、走って呼び止めた。
「シリウスっ‼」
シリウスと共にいたマーソンとヒリスも立ち止まり、振り返った。
メイドは車いすをオズの方に向けた。
「……?」
シリウスは、オズに顔を向けた。
「…あ、あの…。…ありがとう…。おかげで、クロスアルドの屋敷に行かずにすんだ…」
オズはシリウスに歩み寄り、礼を述べた。
「もともと、君の来るところじゃない。言っただろう?きっと、君は窮屈するはずだ」
シリウスは、ニコッと笑って言った。まるで以前からオズの事を知っていたかのような口ぶりに、オズは疑問に思って聞いた。
「どうして…?オレが、屋敷に入ることを拒んでるって知ってたんだ…?それに……」
なぜこんなにも良いタイミングでシリウスが現れたのか、オズには謎だった。
シリウスは、クスッと笑って返した。
「ケイシーが教えてくれたんだ。君には、クロスアルド家に来る意思は無いって。…オレは、君の出生の事実を知っていたから、なんとかして止めないといけないって思った。…それに、オレにはクロスアルドの家を継ぐ覚悟を、幼いころから決めていたから、君が罪の意識を持つことはない」
シリウスが言うと、オズは微笑んで、少し羨ましそうに言った。
「…仲が良いんだな…、ケイシーと……」
オズが言うと、シリウスは嬉しそうに答えた。
「幼いころからね。こうなった今でも、時々電話をしているんだ。…あ、親の前で、まずかったかな…」
シリウスは、「しまった」と言った顔で、ヒリスとマーソンに目をやった。
泣いているヒリスは、それどころではないようで、マーソンは聞かなかったことにして、微笑んで二人に返した。
「でも、オレ達以上に、仲がいいんだろう?君たちは」
「…え?」
シリウスの質問の意味が分からず、オズは首を傾げた。
「エンジーとだよ。ケイシーから聞いてるぞ?」
「っ⁉」
悪戯に聞くシリウスに、オズはボッと顔を赤くさせた。そんなオズに、シリウスは笑いながら言った。
「ハハハハっ!本当にオズは分かりやすいな!ケイシーの言った通りだ!」
「~~~っ⁉」
オズは顔を赤くさせたまま、何も言い返せずにいた。
シリウスは視線を下げ、オズに言った。
「……エンジーに謝っておいてくれないか…?…オレの先走った過ちのせいで、彼の心に恐怖を植え付けてしまったこと……。彼の心を追いつめ、ずっと罪悪感を抱かせてしまったことを……」
シリウスは、悲しい表情でオズに目を向けた。
「……シリウス……」
オズは、その気持ちを察すると、深く頷いて返した。
「わかった。伝えておく」
「ありがとう…。…それに、君にも謝らないといけないな」
「え?」
オズは「?」を浮かべた。
「オレの代わりに、この学園に無理やりよこしてしまったことだ。…本当に申し訳なかった…。嫌な思いも、たくさんしただろう……」
シリウスはオズに対し、申し訳なさそうに謝った。そんなシリウスに、オズは笑顔で返した。
「ま、最初はな!こんな、へんてこな学校に入れやがってって、恨んだ気持ちもあったぜ?…けど、今では、お前に感謝してるくらいだ。…田舎にいるだけじゃ出来ない経験もあったし…。それに、いろんな奴と出会えた。お前ともな…!」
シリウスは、オズの笑顔を見つめると、手を差し出した。
「……オズ…!ありがとう…!」
オズは差し出された手に自分の手を添え、握手を交わしながら言った。
「これからいろいろあると思うけど、お前らしく頑張れよ!」
「オズもな!」
「ああ!」
お互い手を離し、シリウスは、メイドに車椅子をひかれて去って行った。
マーソンは、オズとその後ろにいるおじいさんに一礼をし、ヒリスと共に去って行った。
「………」
オズは、その様子をしばらく眺めていた。
「…田舎に帰るか…。オス」
おじいさんが後ろから声をかけた。
「っ⁉」
オズは、ハッとしておじいさんの方へ振り返った。
「い、今、何時だっ⁉じーちゃんっ!」
突然オズに聞かれ、おじいさんは慌てて腕時計に目をやった。
「え…?今は、四時四十分だが…?」
オズは、エンジーと約束した時間をとうに過ぎていることに気が付いた。
「す、すまねぇ、じーちゃんっ!オレ、約束があんだっ!先に、帰っててくれねーか⁉」
オズは、慌ただしく走り出して、おじいさんに言った。
「お、おいっ!オズっ⁉………全く、仕方がないヤツだな…」
元気を取り戻したオズに安心した表情を向け、おじいさんは呟いた。
オズは、全速力でチャペルへ向かった。
(もう帰っちまったかな…?…クソっ、もっと速く走れねーのかよこの足はっ‼)
オズは、息を切らしながら自身の足をせめた。
「バタン」っと勢いよくチャペルの扉を開け、肩で息をしながらオズが入って来た。
「オズっ⁉」
扉の近くの椅子に座っていたマクーストが、オズを見て立ち上がった。
「っ⁉」
ステンドグラスの下にいたエンジーとライアンも、驚いてそちらに顔を向けた。
「っす、すまねぇ……っ…遅くなった……っ……」
「オズ、大丈夫だったの?怪我したって聞いたけど…」
マクーストが、オズに歩み寄って心配そうに聞いた。
「あ、ああ…。大丈夫だ……っ…」
乱れる呼吸を整えながら、オズはマクーストに返すと、前方にいるエンジーに目をやった。
「………っ」
エンジーは心配そうな表情で、オズを見つめている。
「………っ」
「………」
エンジーは自然とオズの方に足を向けた。それに引き寄せられるように、オスはエンジーの方へと歩いた。
チャペルのちょうど真ん中で、二人は向かい合った。
「…本当に大丈夫なのか…?」
エンジーが聞くと、オズは笑って、包帯を巻いている掌を見せた。
「ああ。平気だ!これくらいの怪我なんともねーよ!」
「………」
オズの怪我のこともだが、エンジーは、彼女が心に負った深い傷のことを心配していた。
エンジーはオズを黙って見つめた。彼の心境を察すると、オズから話し出した。
「お前には迷惑かけたな。カッコ悪いとこも見られたちまったし……。…けどオレ、クロスアルドの家には行かなくていいことになったぜ!」
「えっ⁉」
その場にいる三人は、驚いて声を発した。後ろにいたマクーストは、二人の方に歩み寄ってきた。
「あのダグラス会長が、それを許したのか?」
エンジーは信じられない様子でオズに聞いた。
「ああ。……シリウスが、説得してくれたんだ…」
「シリウスがっ⁉」
エンジーは驚いて聞いた。オズは頷いた。
「オレのために、わざわざここまで来てくれたんだ。あの身体で…。オレの代わりに、クロスアルドの家を継ぐって、会長の前で言ってくれたんだ…。あの頑固ジジィとは別のやり方でやってみせるって」
「………っ」
エンジーは終始驚いていた。
「凄いな!勇気のある人なんだ!」
マクーストは目を輝かせ、尊敬した様子で言った。オズは頷いて返すと、再びエンジーに目を向けた。
「ああ。…エンジー。シリウスがお前に謝ってたぜ」
「…え…?」
「自分の犯した過ちのせいで、怖い思いをさせて、ずっと辛い思いを抱かせ続けてすまなかったってよ」
「………っ⁉」
エンジーは目を見開いた。
「自分のおばあさんと、二年前のクイーン「フラン」を重ねてたみたいだな」
オズが言うと、エンジーは視線を落とした。
「……シリウスだけのせいじゃないのに……」
悲しい表情をして呟くエンジーに、オズは微笑んで返した。
「みんなが互いを思い合ってしたことだ。……誰も、悪くねーってオレは思うぜ」
オズは、エンジーの肩に「ポンッ」と手を置くと、前方にいるライアンの方に歩み寄った。
「………」
オズがこちらに来ることが分かり、ライアンは覚悟を決めたように表情に力を入れた。
「な?ライアンだって、そう思うだろ?」
ステンドグラスの下にいるライアンの前まで来ると、オズは清々しい表情で聞いた。
オズにはもう何もかも分かっている…。そう察したライアンは、少し怯えたように目をピクッと反応させたが、すぐに毅然とした態度に戻した。
「聖菩樹に火を着け、チャペルを燃やした奴らは、誰一人として悪くない。みんな、この学園を守ろうと、……愛する者を守ろうとしただけなんだ。……悪いのはただ一人…。邪悪な野望を抑えきれず、手段を選ばずにこの学園を大きくすることだけを考えている校長だ!」
「…っ⁉」
エンジーとマクーストは、ハッとしてオズとライアンの方へと歩み寄った。
「………」
ライアンは表情を変えず、ただじっとオズを見つめている。
「なぁ、ライアン?…お前が一番そう思ってるんじゃないのか?」
オズが歩み寄って聞くと、ライアンは黙って視線を下げた。
「校長を一番憎んでいるのは、お前じゃないのか?…お前の崇拝する祭司「ワンダーソン・メンデン」の志を汚し、……そして……」
オズは力強い眼差しをライアンに向けた。
「お前の最も大事な人……。ココルルの心を傷つけたんだからな」
「っ⁉」
オズの言葉を聞き、エンジーとマクーストは驚いた。
「………っ」
ライアンはうつむいたまま、眉間に皺をよせた。
「どういうことだ、オズ⁉…まさか、ライアンの好きな人って……」
エンジーは、オズの方へ駆け寄って聞いた。オズはライアンに目を向けたまま頷いた。
「ああ。ライアンが心に想う相手はココルルだ」
「っ⁉」
エンジーは、驚いてライアンに目を向けた。ライアンはずっとうつむいている。
「じゃあ、ライアンがココルルさんのことを想うと、呪いの力が現れたってこと…?」
今度はマクーストがオズに聞いた。オズはライアンを見つめたまま言った。
「そうなんだろ?ライアン。…女生徒から告白を受けるたびに、お前の心の中にいるココルルが姿を現した。よっぽど、お前のココルルを想う気持ちが強かったんだろうな」
「で、でも待ってよ!僕が最初に呪いの力に襲われた時は、ライアンは告白を受けていなかったよ?…ただ、チャペルで副校長先生から勲章を受け取っていただけだ…」
マクーストは思い返して、オズに異を唱えた。オズは頷いた。
「そうだな…。けど、その勲章に秘められた願いが、ココルルに対するものだとしたら?」
「っ⁉」
マクーストは驚き、ライアンの左胸に付けられた勲章を見つめた。エンジーも、ずっと驚いたままライアンを見つめている。
「…ライアン……」
エンジーは呟いた。今までずっと一緒にいたライアンが、ココルルにそんな感情を抱いていたことなど感じさせないくらい、彼女には普通に接していた。
それなのに、オズには何故それが分かったのか、エンジーは疑問に思った。
「…オズ。ライアンの意中の相手がココルルだって、どうして分かったんだ?」
オズは、エンジーの方を向いて笑顔で返した。
「ライアンが自ら教えてくれたようなもんだ」
「え?」
エンジーとマクーストは疑問を抱いた表情でオズに顔を向けた。
「…っ⁉」
ライアンはハッと顔を上げて、オズに目をやった。
「……僕…、きみに何か言ったかな…?」
勘の良いオズの前では、人一倍バレないように気をつけていたつもりだったが、自分が何か分かりやすい言動をとってしまってきたことに気付き、ライアンはオズに聞いた。
オズはライアンの方に顔を戻すと、ニコッと笑って言った。
「誰かが犠牲になることで救われる人がいるのなら、僕自身が喜んで犠牲になる」
「……⁉」
ライアンは目を見開いた。
「…?」
エンジーは疑問の表情のまま、ライアンとオズを交互に見た。
「…それって、どういうこと?」
マクーストがオズに聞いた。
「尊敬する人の言葉だって、ライアンが教えてくれたんだ」
オズはマクーストに答えると、ライアンに目を戻した。
「………っ」
ライアンはうつむいて黙った。
「その言葉から、どうしてココルルのことが好きだって分かるんだ?」
未だよく理解出来ないエンジーがオズに聞いた。
「犠牲……。この言葉から連想される人物を考えてみたんだ。ライアンの周りで犠牲になった者…。この学園で起こった大きな事件と言えば、二年前の火事だ。その火事で犠牲になった人物といえば……」
「っ⁉」
エンジーとマクーストは、謎が繋がったようにハッとした。
オズは静かにライアンの方へ近づいた。
「………」
ライアンは諦めたように、うつむいたまま目を閉じた。
「ココルルの救世主は、お前なんだろ?ライアン」
オズの言葉に、またもエンジーとマクーストは驚いた。
「っ⁉」
「ラ、ライアンがっ⁉」
夕暮れの日の光が窓から入り、校舎の廊下をオレンジ色に染めていた。
校長「メンジャークリン」は、後ろに手を組んで、その廊下を一人歩いていた。
目的地である、一人の生徒の部屋の前に来ると、校長は右手を上げてノックした。
「…はい?どちら様?」
中からココルルの声が聞こえた。
校長は、怪しげに口元をほころばせて答えた。
「ワタシだよ。ココルル」
机の椅子に座り、本の点字に指を当てていたココルルは、急いで立ち上がり、扉の方へと向かった。
「校長先生…。どうかしましたか?」
校長が直々(じきじき)に部屋にやってきたことに驚き、ココルルは慌てて扉を開けて聞いた。
「……ココルル。キミに話があるんだよ…。込み入った話だから、ワタシの部屋に来てもらえないかな?」
「……?」
ココルルには、校長と込み入った話をするような心当たりがなく、「?」を浮かべたが、何の疑いも抱かず、校長の指示に従った。
「はい。わかりました」
「…さ、行こうか……」
部屋を出て、扉を閉めたココルルの背中に手を当てた校長は、そのまま彼女を校長室へと誘導した。
同時刻。
食堂では、なかなか姿を現さない校長を、ノスティモとカウシュが困った表情をしながら待っていた。
「…なかなか来ないわね、校長先生…。明日から一体どうすればいいのかしら?」
「窓も割れてしまったしね…。この季節、これじゃあ寒くて食事を楽しむどころの場所じゃないな」
ワンドとソード飾ってあった窓が粉々に割れてしまい、カウシュはそこを見上げて、困ったように頭をかいた。
二人の会話を傍で聞いていたビーゼルは、割れた窓ガラスの破片を拾い上げて言った。
「……それほど、出生の秘密を知ったアイツがショックを受けたってことだ……」
「……っ」
ノスティモとカウシュは、ビーゼルに顔を向けた。
「いきなり、あの頑固ジジィの娘だって知ったんだぜ?しかも、その愛人との子だとくりゃ、ショックどころか。俺なら学校中…いや、町中破壊してぇくらいに暴れるぜ…」
ビーゼルはキッと怖い表情で二人に言った。
「…そ、それは…、僕らにだって、オズの気持ちは分からなくもないさ……」
ビーゼルに睨まれ、ビクッとたじろいだカウシュは、うつむいて返した。
「………」
ビーゼルは、手に持ったガラスの破片を見つめた。
ガラスには自分の顔が映っていたが、ビーゼルには、別の光景が映し出していた。
「……アイツ…、暴れる狂うオズを止めやがった……。この俺の言葉ですら届かなかったってのに……。オズにとって、そんなにアイツは……っ」
手を緩ませ、破片を床に落としたビーゼルは、ぎゅっと目を閉じた。
すると、目の前に何かを差し出される気配を感じ、ビーゼルは目を開けた。
「っ⁉」
ビーゼルはそれを見て驚いた。
銀色に輝く「ソード」の刃が目の前に映った。
「…なっ⁉」
ビーゼルが一歩引くと、そのソードを持った人物が彼に言った。
「怒りが込み上げているんだろう?その熱が冷めないうちに、ボクと一勝負といこうじゃないか」
ビーゼルは声の主に目をやった。
そこには、ソードを持ったファウスが、ニヤリと不気味な笑みを浮かべて立っていた。
「はっ⁉お、お前、何ってんだっ⁉」
ビーゼルは、突然、意味不明なことを言い出すファウスに怒鳴った。
「互いの王の勲章を賭けて、ナイト同士の決着をつけようって言ってるんだよ」
ファウスは片方の手に持ったワンドを、ビーゼルにチラつかせて言った。
「っ⁉」
驚くビーゼルに、周りで聞いていたノスティモとカウシュはもちろん、ティオラとテン、そしてネルも、その場へとやって来た。
「あ、あなたねぇ!こんな時にまで……っ!」
「もういい加減にしろっ!まだそんなことを言っているのかっ‼」
いつまでも勲章争奪に執着し、しつこいファウスに、ティオラとテンが怒ってやめさせようとした。
「………」
二人の後ろにいるネルは、若干心配そうにビーゼルを見ている。
「だからさぁ、何度も言っているのはこっちなんだけどねぇ。…勲章の争奪はこの学園のもともとの掟みたいなものなんだよ?」
バカにしたように言うファウスに、怒りを抑えられないテンは怒鳴った。
「それは、意味もなく黒陽と白月を戦わせようとする校長の身勝手な考えで、わたし達は、ただ校長に操られていただけなのだと分かったことじゃないかっ!お前は、何故そこまでして校長の思う壺にはまろうとするんだっ⁉」
「僕は、黒陽と白月が争うことが悪いことだとは思わないけどね。たとえそこに何の意味がなかったとしてもさ。…校長の野望なんて、ボクには関係のないことだし、正直なところ、ボクがこの学園に入った理由は、そんなバカげた争いを直に味わうことが出来るからなんだけどね」
ファウスは右手にソード、左手にワンドを持ち、不気味な笑みを絶やさずに述べた。
「………っ⁉」
異様なオーラを放つファウスに、テンは何も言えずにたじろいだ。
「…ちょっと……、なんなのこの人……。…気持ち悪い……」
ティオラは露骨に嫌な表情をして、テンの後ろに隠れた。
ネルも同様に、怪訝な顔をしてファウスを見ている。
そんなみんなの表情を見回し、ファウスは面白がるように気分を高ぶらせた。
「そうそう、その顔だよ!人の反応って本当に面白いよね!分かりやすくてさ!……無駄に争いが起きれば、人は嫌でも閉じ込めていた感情を出さなきゃいけなくなるんだよね。……ボクは、そんなキミたちを見ているのがたまらなく面白いよ!」
ヒャヒャヒャヒャと奇妙な笑い声を上げるファウスに、その場の全員はゾッとした顔を見せた。
「ボクがせっかくいい案を出して、ライアンの勲章を取りあげるいい機会を作ってあげようとしているのにさ。それに反対するなんて。…まったく、愚かな人たちを相手にするのも大変だよ」
目の前で嫌味を言う不気味なファウスに、ビーゼルはしびれを切らして口を開いた。
「お前…、マジでやべぇヤツだったんだな…。お前こそ、呪われてんじゃねーの?」
眉を顰め、怪訝に言うビーゼルを、ファウスはただ楽しそうに見つめるだけだった。
ビーゼルは何を言っても無駄だと諦めたようにため息をついた。
「……ま、いいぜ!その剣よこせよ。お前の望み通りに戦ってやるからよ」
「ビーゼルっ⁉」
みんなは驚いてビーゼルを止めようとした。
だが、ビーゼルはそれを拒むように言った。
「棒術の試合だと思えばいいんだろ?お前がワンド、…で、俺がソードで戦うってことでいいのか?」
「もちろんいいとも!」
ファウスは目を見開いて大きく頷いた。
「けどよ…。それだとお前が不利にならねーか?いくらこの剣がレプリカだとはいえ、振りかざすと、そっちのワンドより威力があると思うぜ?」
ビーゼルは、一応ファウスを気遣って聞いた。
「キミは知らないかもしれないけど、こっちのワンドだって、かなり丈夫に作られているんだよ。…それに、ボクを舐めないでくれるかな?多少の不公平さはあっても、ボクがキミに負けるなんてことはないよ」
ファウスは自信満々に言うと、ソードをビーゼルに差し出した。
受け取ったビーゼルは、フッと笑って返した。
「言ってくれるじゃねーか!…なら、本気でいかせてもらうぜ!」
「もちろんさ!…その怒りを、ボクにぶつけるようにね!ボクも、そうさせてもらうよ!」
そう言うと、ワンドを右手に持ち替えたファウスは、いきなりそれを振りかざし、ビーゼルに攻撃を与えようとした。
「おっとっ!」
ビーゼルはすかさずソードで受け、それを振り切った。それと同時に、ファウスから少し距離を取った。
「そんな軟弱な攻撃が、この俺に通用すると思ってんのか?笑わせんなよ!」
「今のはただの御挨拶だよ!なに本気にしてるのさ!ほら、キミからかかって来なよ!怒ってるんだろう?エンジーに。怒りをヤツにぶつけたいんだろう?どうしてオズは自分じゃなく、アイツなんかを選んだんだってさ…。さぁ!ボクをエンジーだと思ってかかって来なよ!」
「…テメェ…、さっきから、わけわかんねーことを……っ!」
心を見透かすように挑発するファウスに、ビーゼルはカッと頭に血を上らせた。
「……っ⁉」
その瞬間、ビーゼルはファウスの暗示にかかるように、目の前の彼とエンジーの姿が重なるように見えだした。ビーゼルは、胸の内から込み上げる怒りを抑えられなくなり、エンジーの姿を鋭く睨んだ。
「…か、母さんっ、今度こそ、どうしよう…っ⁉」
お構いなしに戦闘を始める二人を見て、カウシュがノスティモに助けを求めた。
「これが、必要な争いなら、わたし達は見届けるしかないのかしらね…。これで、なにか変わるのならいいのだけど……」
食堂がどんどん破壊されていくのを、見ていることしかできないノスティモは、これも何かの運命なのだと思い呆然と呟いた。
「もう、嘘でしょっ⁉こんなとこで戦いだすなんてっ‼」
テンにしがみつきながら、ティオラが言った。
ネルは、ビーゼルをじっと見つめ、逃げずに、争いの行方を見守ろうとしていた。
「………っ」
エンジーに姿を重ねたファウスを睨むビーゼルは、ソードを持つ両手にぎゅっと力を入れ、走り出した。
「このやろぉぉぉぉぉぉっ‼」
ビーゼルは、まるで興奮する闘牛のように、ファウスめがけて突進した。
ファウスは、そんな彼に「フッ」とほくそ笑んだ。
一方、チャペルでは、目を伏せたライアンに、オズはじっと目を向けていた。
「ライアンが…ココルルの救世主……?」
驚きを隠せないエンジーは、ライアンを見つめて言った。
マクーストは言葉を失って黙っていた。
だが、不可解な点がいくつかあることに気が付き、エンジーはハッとしてオズに聞いた。
「で、でも、待てよ!ココルルが最後に見た救世主には、左手に火傷があったんだ!……けど、ライアンにはそんなもの無いんだぞ?みんなの前で制服を脱いでまで、それを証明したじゃないか!」
「オレも、ずっとそのことが引っかかって、ライアンが救世主だという確信が持てなかったんだ。……でも、お前の証言が、それを撤回したんだぜ?」
「…へ?」
心当たりのないエンジーは、頭に「?」を浮かべてオズを見た。
オズはみんなのいる場所から離れ、ある場所へと向かおうと、ゆっくり歩き始めた。
「……?」
エンジーとマクーストは、オズの行動を疑問に思いながら目で追った。
「……火事で消失したのは、こっちのオルマンダ家から寄付された鏡だったな?」
オズは、金色の縁が装飾された姿見の鏡の前まで来ると、振り返って二人に聞いた。
エンジーとマクーストは、頷いて返した。
「……あ、ああ……。……っ⁉ま、まさか……っ!」
エンジーはハッとして、オズに目をやった。オズは頷いた。
「ど、どういうこと?」
未だ理解が出来ないマクーストは、オズとエンジーを交互に見て聞いた。
「エンジーが言ってただろ?…ココルルにとって、この鏡は思い入れのある代物なんだ。…それは、彼女の目が見えなくなる寸前に目にした物だったから…。…つまり、彼女の見た救世主の姿は、この鏡に映し出された姿だったってわけだ」
「っ⁉…ってことは……」
理解したマクーストは、驚いてライアンに目をやった。
「ココルル自身も、パニックのあまり忘れてしまってたんだろうな…。自分が目にした救世主の姿が、鏡越しだったってことに…。だから、左手に火傷の跡があると思い込んでしまったんだ……」
オズはそう言いながら、ライアンの所まで戻って来た。ライアンは、静かに顔を上げ、オズを見つめた。
「お前の右腕に…、マクーストに噛まれた跡と、ココルルを助けた時に負った火傷の跡があるな?ライアン……」
ライアンの目は険しくなった。
「じゃ、じゃあ、僕が噛んだ右腕には、もともと火傷の跡があったってこと……?」
マクーストは半分パニックになってオズに聞いた。オズは頷いた。
「そういうことだ。……証拠を…、見せてくれないか?ライアン」
オズはライアンを強く見つめて言った。
「………」
ライアンはじっとオズを見つめると、その後ろで不安そうにこちらを見つめているエンジーに目をやった。
「…ライアン……」
未だ信じられないという表情をしているエンジーを見て、ライアンは意を決したように、黙ってジャケットを脱ぎ始めた。
「っ⁉」
エンジーとマクーストは驚いて、制服を脱ぐライアンに目をやっていた。
オズは、ライアンの様子を黙って見ている。
シャツのボタンの途中までを外し、ライアンは、包帯の巻かれた右の二の腕を袖から出して皆に見せた。
「……包帯を……取ってくれ…」
オズはライアンに言った。
「………」
ライアンは黙って頷いた。包帯に指をかざし、ライアンはスルスルと二の腕から包帯をほどいていった。
「っ⁉」
包帯が取れた腕を見た三人はハッとした。
マクーストに噛みつかれた歯形は、かさぶたとなって残ってはいたが、それより先に負ったであろう火傷の跡が、そこにはあった。
オズは「やっぱりな」といった表情でライアンに話し出した。
「…ずっと包帯を巻いているのが、正直不思議だったんだ」
「…え?」
オズに言われ、ライアンは顔を上げた。
「みんなに右腕の包帯を見せた時の話だ。あの時、マクーストに噛まれてからだいぶ時期が経っていたってのに、お前は包帯を外さずにいた。…包帯なんて煩わしいもん、早く取りたいのが普通だろ?……オレだって、こんなもの、今すぐにでも取りてーもん」
オズは、怪我した自身の左の掌に巻いた包帯を見ると、ライアンに笑顔を向けて言った。
「………」
オズは続けた。
「現に、お前はまだ包帯を巻いている…。噛まれた傷には、もうそんなも必要ねーのによ」
オズの言葉に、ライアンはフッと笑顔を見せた。
「……さすがだね…。他所から来たきみに、こんなにも早く見つかるなんて…。…いや…、だからこそなのかな…。みんなの盲点がきみには見える…。あの校長の暗示にかかっていないきみだからこそ、見えるものがあるんだね……」
ライアンは制服を着ながら、微笑んでオズに言った。
「……こんなことなら、あの日、きみを呼び出して話しなんてしなきゃよかった……。まさかあの言葉で、墓穴を掘ることになるなんて……」
後悔しながら視線を落として言うライアンに、オズは、キッと怖い顔をして聞いた。
「なんでだよ?…そこまでして、火傷がバレたくなかったのか…?救世主だとみんなに知られるのが、そんなに悪いことなのか?」
「僕が恐れているのは、みんなにバレる事じゃない。……僕の気持ちがココルルに知れること……。ただそれだけなんだ……」
オズに首を振って返すと、ライアンは身体を返して、ステンドグラスを見上げた。
「どうして彼女に気持ちを隠すんだ?…どうして恐れるんだ?…ライアンなら……」
エンジーがライアンに歩み寄ってそう聞くと、ライアンは勢いよく振り返って叫んだ。
「僕が彼女を火事に遭わせたからだっ‼僕のせいで……っ…僕のせいで彼女の目が見えなくなってしまったから……っ‼」
「っ⁉」
エンジーはもちろん、オズとマクーストも、まるで別人のように険しい表情で取り乱し、声を荒げるライアンに驚いた。
「………っ」
火事を起こした張本人であるエンジーは、それ以上何も言えずに黙った。
エンジーは、その時直感していた。
自分たちの起こした火事のせいで、ライアンの最愛の女性であるココルルに深い傷を負わせてしまった。ライアンからすれば、自分は憎んでも憎み切れない相手…。だからこそ、今のライアンは、こんなにも感情をむき出しにして、怒りを露わにしている。
エンジーは悲痛な表情でうつむき、ぎゅっと目をつむった。
そんなエンジーの前にオズが出ると、ライアンに聞いた。
「…ココルルに手紙を出し、あの夜チャペルに呼び出したのは、ライアン…、お前だったということか?」
オズの問いに、ライアンは頷いた。
「……あの夜…。彼女を呼び出して……、ずっと言えなかった気持ちを伝えようとした…。でも、それが間違いだったんだ……っ!……僕なんかが、彼女を想うことなんて許されることじゃないのに……っ…僕が、そんな愚かな気持ちを抱いてしまったから…っ…彼女は火事の犠牲になってしまった……っ……」
「……っ⁉」
二つの出来事が偶然に重なったことで起きた悲劇を、全て自分のせいだと思い込むライアンに、オズとマクーストは哀れんだ顔で彼を見つめた。
「………っ」
エンジーは身体を震わせ、耐えるようにぎゅっと拳を握っている。
「そんなわけねーだろ⁉なんでそんな卑屈な考え方するんだよ⁉お前は勇気を出してココルルに告白しようとしただけじゃねーかっ‼」
オズの言葉に、ライアンはすかさず返した。
「それがいけないことだったんだっ‼彼女は、黒陽の女神と言われるほど、純粋で心が透き通るほど清らかな女性なんだ!誰か一人のものになるなんて浅はかな考えを持ってしまった僕に、天罰が喰らったんだよっ‼…僕に直接罰が下るのならまだいい!…けど、ココルルが犠牲になることは…、僕にはとても耐えられないんだ……っ!……僕が救世主だって名乗り出るなんて、到底出来ることじゃない……」
ライアンはステンドグラスの下で、膝を崩して項垂れた。
「………っ」
衰弱するライアンを直視できなくなったエンジーは、辛い表情をしたまま目を伏せた。
オズとマクーストは、項垂れるライアンを、哀れんだ表情で黙って見つめた。
ソードの刃を向け、勢いよく向かってくるビーゼルの攻撃を、ファウスは、ワンドを盾にして華麗にかわした。
「……っ…クソっ‼」
攻撃を避けられたビーゼルは、悔しそうにファウスを睨んだ。
「ハハハハハっ!怒ってるねぇ!いい感じだよ!…棒術は力任せにやればいいってもんじゃないこと、ボクが教えてあげるよ!」
ビーゼルに言うと、ファウスはシュタッと走り出した。
(…来るっ‼)
ビーゼルがそう思い、ソードで真っ向から立ち向かおうとした。
「甘いよ」
ニヤッと笑ったファウスが言うと、すかさずビーゼルの斜め下に回り込み、ワンドで彼の脇腹を殴った。
「……ぐぅっっ……っ⁉」
周りには軽い攻撃に見えるが、喰らったビーゼルはかなりのダメージだったようで、その場に片膝をついた。
「ビ、ビーゼルっ⁉」
ネルはとっさに声を上げた。テンとティオラ、そしてノスティモとカウシュも心配そうにビーゼルを見ている。
痛みに耐えるビーゼルの後ろで、ファウスは涼しい顔でワンドを回しながら言った。
「だから言ったじゃないか。力任せではダメだって。キミの田舎じゃ、そんなことしか教えてくれないのかい?…大事なのは頭。頭脳だよ!相手の先の行動まで読んでいないと勝てるわけないさ」
「この野郎……っ‼」
余裕をかまして言うファウスを睨みながら、ビーゼルは立ち上がった。
「それでいいんだよ。オズを横取りしたエンジーが憎いだろう?ボクの言葉は全て彼が言っているものだと思えばいい!…そうしてこそ意味がある!…ボクもそうするからさ!」
(…なんだコイツ…?さっきからエンジーエンジーって…。この戦いにアイツはカンケーねーだろうが…っ‼)
ファウスが執拗にエンジーに執着することに、ビーゼルは疑問に思って眉を顰めた。
「じゃ、またボクから仕掛けさせてもらおうかな!…幼馴染で大好きなオズを横取りしちゃってごめんね、ビーゼル!」
ファウスはニヤリと笑いながら、シュタッと走り出した。
「っ⁉」
またも読めない攻撃が来ると察したビーゼルは、攻撃が来る前のワンドをソードで抑え、すかさず身をひるがえして避けた。
「へぇ、ちょっとは学習能力があるみたいだね!」
ファウスはすかさず別方向から攻撃を加えた。ビーゼルはすぐに身体を返し、攻撃をソードで受けた。
「お前、ずっとしゃべってるのはあれか?相手に攻撃パターンが見破られないようにするためのカモフラージュなのか?…それとも、お前の心を誤魔化すためか?」
「っ⁉」
ソードで攻撃を受けながら言うビーゼルの言葉に、ファウスはぴくッと反応した。
「お前、一体誰と戦ってるんだ?」
ビーゼルの質問に、ファウスはハッとした。その反応に確信したビーゼルはフッと笑った。
「…俺は、お前が恨んでいるトラブルエンジン……。エンジーじゃないんだぜ?」
「……っ⁉」
その瞬間、ワンドを持ったファウスの手が緩み、ビーゼルはソードでワンドを払いのけた。
「………くっ」
ファウスは、ビーゼルから距離を取った。
「どうした?動揺してるのか?…お前が勲章争奪にかこつけて、俺に試合を申し込んできた意味がようやくわかったぜ!」
ビーゼルはソードを肩に背負い、自信満々な表情でファウスに言った。
「な…、キミは…何を言っているんだい?」
ファウスは動揺を隠すようにビーゼルに聞いた。
ビーゼルは、そんな気持ちを見透かしたように笑って言った。
「お前が俺と同じ境遇だってことだ!…俺たちは、互いを恨む相手に見立てて戦っている…しかも、その相手は俺もお前も同じ……エンジー・オルマンダのようだな!」
「………っ⁉」
ファウスは目を見開いた。
「…?ど、どういうこと…?」
「二人は、互いにエンジーを意識して戦っていた…ということか…?」
ティオラとテンは、顔を見合わせて言った。
「………」
ネルは、じっとビーゼルに目を向けていた。
ライアンの気持ちをひとまず落ち着かせるために、オズとマクーストは、参列者用の椅子に彼を座らせていた。
「………」
少し落ち着きを取り戻したライアンを見て安心すると、オズは振り返って、ずっとうつむいているエンジーを心配そうに見つめた。
「……ココルルさんのことは、いつから想っているの……?」
躊躇しながらライアンに聞くマクーストの声に気付き、オズとエンジーはそちらに目を向けた。
「………中等部へ入学して……、しばらく経ってから、彼女の存在を知ったんだ…」
「初等部の時は、知らなかったの?同じ黒陽の所属なのに……」
マクーストは疑問に思って聞いた。ライアンはうつむきながら答えた。
「……僕は、中等部からこの学園に入ったんだ。……それまでは、ごく普通の小学校に通ってた……」
「なにか、理由があってのことなのか……?」
今度はオズが聞いた。プライベートなことなので、少し躊躇した様子を見せた。
聞かれたライアンは、少しの間黙っていたが、目を閉じて話し出した。
「……両親が……、僕が十一の時に不慮の事故で亡くなったんだ……」
「……っ」
オズとマクーストは、驚いて互いに目を合わせた。
「…それからは、孤児院に引き取られたんだけど、その孤児院に寄付をしていた年配の夫婦に気に入られて、僕はその家に養子として迎え入れられたんだ……。それで、中等部からは、このクアトロ・コート学園に通いなさいって言われて……」
ライアンの境遇を初めて知り、驚いて聞いていたオズは、振り返ってエンジーに聞いた。
「お前は…、知ってたのか……?」
「………」
エンジーは、辛い表情をして頷いた。
「……っ⁉」
オズが驚いてエンジーを見ていると、再びライアンが話し出した。
「…普通の生活を送って来た僕にとって、この学園での生活は慣れなて、辛いものだった…。生徒のみんなとも価値観が違って、誰とも馴染めなかったんだ……。ただ、毅然とした態度で過ごすのが、精一杯だった…」
気持ちが痛いほど分かるオズには、他人事とは思えず、ライアンをじっと見つめて聞いていた。
「…そんな学園生活の中、唯一の救いだったのが、このチャペルに来ることだったんだ。……毎日、授業の後にここに来て、一番後ろの端の席に座って、このステンドグラスを見ることが……。ステンドグラスのワンダーソン祭司を見ていると、なんだか心が安らいだ……」
ライアンが見つめるステンドグラスへと、三人も目を向けた。
「そんな時、週に一度、ココルルがチャペルの掃除をしに通ってくることを知ったんだ。…初めは、掃除を任されている子なのかな…、くらいに思っていたんだけど……。けど、その後、彼女が進んで掃除をしに来ていることを知った。…週に一度、会うたびに僕に微笑んでくれて……。なんだか、だんだん彼女のことが気になるようになっていったんだ……」
「話したりは、しなかったのか?」
オズが聞くと、ライアンは首を横に振って返した。
「…彼女からは高貴な気品が漂っていたし…、僕なんかが話しかけていい人だとは思えなかった。…けど、やっぱり気になって…。先生に聞いて、毎日の朝とお昼休みに、礼拝をしにチャペルへ行っていることを知ったんだ。…その時間、彼女は生徒の相談にのってあげてるって知って……」
「生徒の…、相談?」
マクーストが聞いた。ライアンは頷いた。
「…この学園では、陰湿な嫌がらせが絶えずあるんだ…。どうしても、生徒同士の家柄を比べてしまうんだよ…。だから、僕のように学校生活に苦労している生徒も存在したんだ。ココルルは、そんな生徒達の心を励まし、癒すために聖書を読み聞かせたり、心を強く持ってもらうための言葉を、みんなに教えていたんだ。黒陽も白月も関係なしにね」
三人は、感心するように聞いていた。
「僕には、それに参加する勇気もなかった…。だから、いつも後ろの端の席で、ココルルの教えを聞いていたんだ…。彼女の言葉に、僕の心がどれだけ救われたことか……」
「まさに黒陽の女神だな……」
オズが呟き、マクーストが頷いた。
「それでライアンも、ココルルをチャペルに呼び出すくらいの勇気は持てるようになったんだな?」
オズが聞くと、ライアンはゆっくり頷いた。
「…感謝の気持ちを…どうしても伝えたかった…。彼女にどうしても……。…けど、あんなことになるなんて……っ」
ライアンは再びうつむき、涙をボロボロとこぼし始めた。
「………」
ライアンの気持ちを察し、オズとマクーストは、切ない表情で震える彼を見つめた。
胸を押しつぶされそうなくらい、罪悪感でいっぱいになったエンジーは、ずっと黙ってうつむいていた。
「誰かのために喜んで犠牲になるって言ったのは、ココルルの言葉なんだろう?」
オズが口を開いて言うと、ライアンとエンジーは顔を上げた。
「そんな言葉を残すココルルが、ライアンと…そしてエンジーのことを恨んでいるとは、オレは思わねーけどな」
「………」
二人は再度うつむいた。
「確かに、二年前の火事に巻き込まれたココルルは不運だった。…けど、事情を知ったココルルが、二人をせめるなんてことは、しねーんじゃねーか?喜んで犠牲になるって言ったのは、目が見えなくなった後のココルルの言葉なんだろう?それを、お前は聞いたんだろ?」
オズはライアンに聞いた。ライアンは戸惑いながら頷いた。
「もし自分じゃなく誰か他の人間が犠牲になってたとしたら…。そう考えたココルルが、自分が犠牲になったことで、救われたものがあると思うことで、励みを……生きる気力を…自分自身で取り戻した為の言葉なんだとしたら、お前たちが罪の意識を感じるだけで、彼女の心を踏みにじることになるんだぞ⁉」
「……っ⁉」
ライアンとエンジーはハッとした。
「ライアン。お前は、彼女に強い心を持ち続けて欲しいんだろう?お前だって、彼女と同じくらい、強く生きたいって思ってるんだろう?」
「………っ」
ライアンは目を見開いて、オズを見つめた。
「だったら、なにも恐れるなよ!彼女の前に堂々と立って、自分が救世主だって言って見せろよっ‼」
「……オズ…っ……っ」
ライアンは涙ぐんでオズを見つめると、何度も頷き、そのたびに涙を床に落とした。
マクーストは、ライアンを温かい目で見守っている。
「……ライアン……」
ライアンの方に歩み寄り、エンジーが声をかけた。
「……っ」
ライアンはうつむいたまま、ビクッと身体を反応させた。
「…僕……、君の気持ちも知らないで……、…どう…償えばいいか……」
すると、ライアンはバッと顔を上げた。
「っ⁉」
エンジーは驚いてライアンを見た。ライアンは真っ赤にさせた泣き顔を見せ、まっすぐエンジーを見つめた。
すると、立ち上がり、エンジーの前へと歩いた。
「謝るなんて…、僕が許さないからな!…僕の……そして、ココルルの気持ちを、きみが分かってくれるのなら…………、絶対に謝るなっ‼」
ライアンは、鋭い目を向けて、エンジーを睨んでいる。
そんな彼に、エンジーは一歩たじろいでいった。
「……わ、わかった……。絶対に謝らない……」
動揺するエンジーの矛盾した言葉を聞き、おかしく感じたライアンは途端に笑い出した。
「…な、なんだよ…。君が謝るなって言うから……」
目の前で声を上げて笑うライアンの姿に、エンジーは眉を顰めると、彼の純粋な笑いに誘われるかのように、一緒に笑い合った。
二人を見ていたオズとマクーストは、目を合わせると互いに微笑んだ。
「………」
すると、マクーストは自分の勲章を見つめて、少し躊躇うようにライアンに話しかけた。
「ライアン…、一つ、聞いてもいいかな?」
「何?マクースト」
ライアンは「?」を浮かべてマクーストを見た。
「僕にかかった呪いは初め、君が、ココルルさんへの願いを込めた勲章を受け取ったから、発動したんだよね?」
「そうだよ」
ライアンは頷いて返した。
「けど、その時、ライアンに呪いは発動してなかったよ?…あの時、君は、自身で呪いの力を制御していたの?」
マクーストの質問に、ライアンは笑顔で返した。
「…君の呪いは、ワンダーソン祭司の愛犬「ジルファ」が乗り移ったものなんだ…。確かにあの時、僕は心にココルルを想っていた。…けど、呪いが襲い掛かるほど、強い想いではなかったんだと思う…。きみは…、いや、ジルファはきっと忠告してくれたんだと思うよ。それ以上、気を大きくするなって…。その時気付けていれば、僕ももっと呪いの力を制御出来ていたんだろうけど…」
ライアンは、ステンドグラスの祭司とジルファの姿を見つめた。
「…祭司には、とても忠実だったらしいからね、ジルファは…。祭司もそんなジルファを信頼していた…。とても、いい相棒だったんだよ」
「……そう…なんだね…!」
マクーストは嬉しそうにライアンに返すと、同様にステンドグラスを見上げた。
「…そうだ!」
勲章の流れで、何かを思いついたライアンは、胸に付けた勲章を外して蓋を開けた。
「っ⁉ラ、ライアンっ!」
エンジーが慌てて言ったが、ライアンは平気な顔をして笑うと、中にしまってあったピンクの紙を出した。
ライアンはそれを持ち、オズの方へと歩み寄った。
「…どうぞ」
ライアンは、オズに笑顔を向けて言った。
「えっ⁉」
オズは驚いて、差し出されたピンクの紙に目をやった。
オズは困った表情でマクーストを見た。
「ラ、ライアン…、いいの?王の願いが相手のチームにバレると……」
マクーストが心配して聞くと、ライアンは笑顔のまま頷いた。
「いいよ。もう、そんな争いは関係ない。…オズに、僕の願いを知って欲しいんだ。…エンジーとマクーストにも…。このチャペルで、僕の信頼する人に知ってもらえれば、僕の願いは叶う……そんな気がする!」
ライアンはにっこり笑って言った。
「…そう…か…?……なら……」
オズは、躊躇しながらその紙を受け取り、開いて読んだ。
「……っ⁉」
オズはそれを読むと、ハッとしてライアンに目を向けた。
ライアンは表情を変えず、穏やかに笑っている。
エンジーとマクーストも、オズの隣に移動し、紙に書かれたライアンの願いを読んだ。
「……僕の…大事な人が望む…学園になりますように……」
マクーストが声に出して読み上げた。
「…ライアン…!」
エンジーは、顔を上げてライアンに目を向けた。
ライアンは、少し照れくさそうに、顔を赤くして笑っている。
「…僕も…、同じ願いだ…。ライアン!」
エンジーは、ライアンに敬意のまなざしを向けて言った。
「叶う…。いや、オレ達で叶えてみせるんだっ!…ココルルが望む学園に…。そして、創立者「ワンダーソン祭司」の望んだ学園に戻してみせる!」
オズは、ステンドグラスに模られたワンダーソン祭司の姿を見上げて、力強く誓ったのだった……。
次回へつづく。
いつもいつも、長い文章を最後まで読んでくださってありがとうございます!!
次話は最終回となります。
次回もどうぞよろしくお願いいたします!!




