EP13. 【隠された絆】
エンジーが学園を去ってから数週間経った。
白月と黒陽とで協力し合おうとしていた矢先のことだったので、両団の守護者たちは、互いにどう歩み寄ろうかと迷いが生じていた。
特に黒陽の方は、思ってもいなかった事態に、まだ頭の整理が出来ない様子だった。
一方で白月の方はというと……。
三年一組の教室の一番後ろの席で、オズは片肘を付き、何を考えるわけでもなく、ぼーっと上の空になっていた。
斜め前の窓際の席から、マクーストが、心配そうにオズにチラッと目をやった。
授業が終わり、皆が教室から出て行く中、席に座ったままの彼女が気がかりになり、マクーストはオズの方へと歩み寄った。
「……オズ?」
マクーストが話しかけるも、オズはぼーっとしたまま返事をしなかった。
「………」
マクーストが机に目をやると、さっきまで受けていた授業の教科書が開きっぱなしになっていた。
「…ねぇ、オズ」
マクーストは再度オズに目を戻し、声をかけた。
「…え…っ」
オズはハッとすると、マクーストがいることに気が付き、視線を上げた。
「授業終わったよ。…今日は集会だから、遅れるとティオラさんに怒られるよ?」
マクーストに言われ、オズは周りの生徒達がいなくなっていることに気が付き、慌てて支度し出した。
「…あっ、…そ、そうだったな!わ、悪い。すぐ準備するぜ!」
マクーストは、急いでカバンに教科書を詰めるオズを見て聞いた。
「……オズ…、大丈夫?」
マクーストに心配され、オズは手を止めた。
「え…?な、なにがだ?」
「だってさ…、このところのオズ、ぼーっとしてることが多いし、それに、以前より元気がない気がして…。今日だって宿題まで忘れてさ。…オズ、そういうところは真面目だったのに……」
マクーストに言われ、オズはムッとした。
「オレだって宿題忘れることぐらいはあるぜ⁉なんだよ!オレがぼーっとしてるだなんてよ!別にいつもと変わらねーじゃねーか! 」
オズはカバンを閉じ、席を立った。
「げ、元気ならいいんだけど…っ」
慌てるマクーストを横目で見ると、オズはスタスタと歩いた。
「早く行こうぜ!エース、ティオラ様のお呼びなんだからよ!」
「あ…、う、うん!」
マクーストはオズの後に続いて、ティオラの部屋へと向かった。
ティオラの自室では、以前のように、お茶とお菓子が用意されており、既に来ていたビーゼルとネルが、既にそれを楽しんでいた。
ビーゼルは、自分の分の焼き菓子をほおばり、ムシャムシャと食べている。
「ビーゼル!私のも食べていいよ!はい、アーン!」
隣に座っているネルは、フォークに刺した自分の分の菓子を、ビーゼルの口元へとやった。
「お!すまねーな!」
ビーゼルは、ネルの差し出す焼き菓子を、パクッと食べた。
「ね?おいしい?」
「おお!うまいぜ!」
二人のやり取りを、向かいのソファに座ったティオラが、じろーっと見ていた。
「……それ、私が用意したんだけど……。あなたたち、あのパーティーの夜からやけに仲が良いわね…」
「ティオラも悔しかったらマクーストとやれば?」
ネルはフンッとそっぽを向いて、ティオラに返した。
「なっ⁉なんで私がマクーストとそんなことしなきゃいけないのよっ⁉」
顔を赤くしたティオラは、ガシャンッとテーブルに手を付いて立ち上がり、ネルに怒鳴った。
「だって、部屋で抱き合う仲なんでしょ?…ねぇねぇビーゼル!ティオラとマクーストってば、この間、ここで二人でやらしーことしてたんだよ!」
ネルはビーゼルに告げ口した。
「ち、違うわっ⁉」
反論しようとしたティオラを、今度はビーゼルが、じろーっと見た。
「ほー…。優等生さんはやることが大胆ですなぁ」
「あれは違うのよっ‼自信が無くなっていた私を、マクーストが元気づけてくれてたのっ‼」
ティオラが言い訳するも、ネルとビーゼルの疑いの目は消えなかった。
「元気づけるために抱き合うかぁ?」
「ねー」
「~~~っ⁉」
二人に責められ、ティオラは何も返せずに真っ赤になった。
その時、ちょうどノックの音が扉から聞こえ、ティオラはしめた思いで、扉へといそいそと向かった。
「はい。…あ、オズ!…マクーストも…」
扉を開けたティオラは、マクーストを見ると、顔を赤くして視線を反らせた。
「よっ!入るぜ!」
カラ元気を見せるオズは、ティオラに挨拶をすると、部屋の中まで入って行った。
「おじゃまします」
マクーストは、ティオラに微笑んで言った。
「…ど、どうぞ……」
ティオラは赤い顔でチラッとマクーストを見た。
ソファでイチャイチャするビーゼルとネルに、オズは目を向けた。
「………」
全員がそろったにもかかわらず、まだネルは、ビーゼルに菓子をあげている。
すると、その場で呆然とするオズに、ビーゼルが気付いた・
「よぉ!何、つっ立ってんだよ。座れよ」
ビーゼルは、オズにフラれたことを忘れたのか、以前のように彼女に話かけた。
「…あ、ああ…」
オズは、そんなビーゼルに少し苛立ったが、怒る気にもなれず、言う通りに座った。
二人を見て、複雑な思いをしているであろうオズを、ティオラは心配していた。
「……なんだか元気ないわね、オズ…」
ティオラはマクーストにコソッと言った。
「そうなんだよ。…最近、ぼーっとしてることが多くてさ…」
マクーストは、頷いて返すと、心配そうにオズに目をやった。
いつものように、マクーストを上座に、五人は集会を始めた。
話を切り出すのは、いつも、エースであるティオラの役目だった。
「……それにしても…、驚いたわね。あのエンジーが、家のことも省みずに、あんなことを暴露するなんて……」
「とんだトラブルエンジンだったってことだな。親父さんだって予想してなかったみたいじゃねーか」
「見たでしょ?権力で校長をねじ伏せてさ。…オルマンダ家の奴らって、いっつもそう!」
ビーゼルの言葉にネルも便乗し、嫌気がさしたように言った。
「………」
オズは顔を伏せ、みんなの話を黙って聞いている。
オズの様子をずっと気にかけていたマクーストが、彼女に話しかけた。
「…ねぇ、オズ」
「…え…っ⁉」
オズはハッとして、マクーストに目をやった。
「エンジーが停学になる前に、彼が意味深な発言をしたって言ってたよね?」
「………」
マクーストに聞かれ、オズは視線を下げた。
「…?」
先ほどからの彼女らしくない様子を、ビーゼルとネルも妙に思っていた。
「そうよ、オズ。彼に何を言われたの?」
ティオラは、隣のオズへ顔を向けて聞いた。
「………オレにヒントをやるって…。アイツが停学になることが、最後のヒント…、いや、答えだって言ってた……」
うつむいたオズは、眉間に皺を寄せてみんなに言った。
四人は、「?」を浮かべた。
「どういうことかしら…?」
「じゃーんっ!火事の犯人は自分でしたー!ってこと?」
「それがわかったところで、一体どうだっていうんだ?マクーストとライアンの呪いが解けることになんのか?」
ティオラとネル、そしてビーゼルが口々に言った。
「呪い」と聞いて、何かを思い出したマクーストが口を開いた。
「…そういえば、僕…、このところ、呪いが発動してない……」
みんなは一斉にマクーストに注目した。
「本当⁉なら、エンジーが自白したことで、ワンダーソン祭司の呪いが解けたってことかしら⁉」
ティオラは目を輝かせてマクーストに言った。
「わ、分かんないけど…。……ただ……」
真歯切れの悪いマクーストに、みんなは疑問の顔を向けた。
「ただ?」
「…うん…。僕、一つ気付いたことがあるんだ。…今までの呪いが起こった時の共通点……。僕が呪いの力に飲み込まれる時、必ずライアンが近くにいたんだよね…」
「っ⁉」
みんなは驚いた。
「どういうこと?ライアンの存在が、あなたの呪いに関係してるっていうの?…まさか、ライアンが呪いを操っているってこと……?」
ティオラはマクーストに聞いた。マクーストは、言い辛そうに話し出した。
「……断言はできないけど…、実際にそんな言動をしていたことが何度かあるんだ…。僕に、初めて呪いが発動した時、その呪いを静めてくれたのが彼だった。…それに、彼と握手を交わす時、みんなの前で、また呪いが発動したらどうしようって、僕が不安になっていると、「今は、大丈夫」って言われたんだ……。彼の言う通り、その時は何も起こらなかった……」
マクーストが話すと、ネルは両腕を抱いて身震いを起こした。
「なんかこわっ!」
オズは、しかるようにネルを睨むと、マクーストに顔を向けた。
「ライアンには、祭司の声が聞こえるんだ。だからじゃないのか?」
「呪いが降りかかった今も、聞こえるのかな…?」
マクーストの質問に、オズは首を傾げた。
「だとしても、都合が良すぎるわ。呪いが発動する時はお告げがあるのに、解き方は何も分からないなんて!……それとも、彼は気付いてるのかしら、呪いが起こるタイミングが……」
ティオラの発言に、みんなは「うーん」と考えた。
「ま、本人に確認するのが一番いいんじゃねーか?どっちにしても、あちらさんと協力して、校長に直談判するんだろ?今更隠すってことねーだろ」
ビーゼルは、お気楽そうに、ソファの背もたれに背を付けて言った。
「…それだけど、校長先生に直談判に行くのは、待った方がいいかもしれないわ…」
「なんでだ?」
深刻そうに話すティオラに、ビーゼルが聞いた。
「だって、それはエンジーの提案で、オルマンダ家である彼と、クロスアルド家のオズがいることで、説得できると考えていたんだもの…。エンジーがいない今、無鉄砲にそんなこと出来ないわ……」
ティオラの意見を聞き、皆は「確かに」と頷き、オズに目をやった。
「………」
オズは、またもうつむいた。
「…ねぇ、オズ?エンジーから得たヒントで、あなたなりの考察を聞かせてくれないかしら?」
今の状況では、身動きが取れないと察したティオラは、いつものオズの推理を頼りに、すがる思いで彼女に聞いた。
マクースト、ビーゼル、ネルも、期待を込めた目でオズを見た。
「………え……?」
だが、オズは不安な表情で、皆を見返した。
「………っ」
何も返せないオズは、罰が悪そうに下を向いた。
四人は、顔を見合わせた。
「どうしたのよ?オズ。…最近、あなた変よ?」
ティオラが心配そうに聞いた。
「……オ…オレ……」
オズは眉間に皺を寄せ、申し訳なさそうにみんなに正直に話した。
「…考えようとしても…駄目なんだ……。なにも頭に浮かんでこねぇ…。…なんつーか……、頭が真っ白で……無気力っつーか……」
苦痛な表情で話すオズに、マクーストは心配した様子で聞いた。
「だ、大丈夫なの?…どこか、具合が悪いんじゃ……」
すると、ネルがそれを遮った。
「違うって!原因なんて、とっくに分かってることでしょ?」
「なんだ?原因って?」
ビーゼルは、疑問に思って聞いた。
「気付いてないの⁉ほんっと男って鈍感だなぁ!オズはエンジーのことが好きだってこと‼」
「………………えぇっ⁉」
マクーストとビーゼルは、驚いた拍子に立ち上がった。
「………っ⁉」
核心をつかれたオズは、目を見開いた。
「……私もそんな気がしてたわ……。だって、ダンスを習うために彼を誘うなんて…、随分大胆だなぁって……。それに、エンジーが学園からいなくなってからだものね、オズが元気ないのって…」
ティオラは、オズに気を使いながら言った。
「分かるよね⁉オズってば、めっちゃくちゃ態度に出るんだもん!」
ネルは、面白がるようにティオラに言った。
「………」
マクーストとビーゼルは、信じられない様子でオズに目をやった。
「~~~っ⁉」
いたたまれなくなったオズは、かぁ~っと赤くなって、たまらず立ち上がった。
「オレがあんな奴のこと、好きになるわけねーだろっ⁉」
四人は、頭に血が上ったオズに目をやった。
「あんな勝手なヤツ…っ!…協力するって言ったくせに…っ、結局オレに全部押し付けやがって……っ!オレの気持ちなんて、なんにも知らねーくせに……っ、弄びやがって……っ。…オレが……一人になったオレが……どれだけ不安だったか……知りもしねーくせにっ………あんなヤツ……っ……っ」
「っ⁉」
言葉を詰まらせるオズを見て、四人は驚いた。
オズは顔を真っ赤にして、涙を必死に堪えている。
「………っ」
オズは、そのままドサッとソファに座って項垂れた。
「……っ……オレ…っ……アイツのこと……っ………好きだ………」
右手で顔を覆い、オズは自分の気持ちを告白した。
「……オズ……」
皆が静まる中、自分の気持ちを打ち明けたオズに、ティオラは感心の気持ちで彼女に目をやった。
「けど、成就は難しいよね。オズはいずれ、クロスアルド家に招かれるんだからさ」
ネルが、腕を組んで言った。
「え?」
「それ、どういうこと?」
皆はネルの方を向いた。
オズも、顔を覆っていた手を少し外した。
「オズに言おうか迷ってたんだけど、以前のパーティー、オズを正式にクロスアルド家に迎えるために開いたパーティーだったらしいよ」
「っ⁉」
オズは驚いて目を見開いた。皆も同様に驚いている。
ネルは続けた。
「だからさ、敵対関係にあるクロスアルド家のオズと、オルマンダ家のエンジーが結ばれるっていうのは、正直言って、0に等しいんじゃない?…っていうか、ないでしょ」
オズの気持ちも考えず、ズケズケと言うネルを、皆が止めようとした時だった。
オズが勢いよく立ち上がった。
「オレは何と言われよーと、クロスアルド家に入る気はねーよ。クロスアルドの性を名乗っているのは今だけだ。来年には、オズ・カークに戻ってるからな」
オズの言葉にビーゼルが賛同した。
「その方がいいぜ。…俺、主人と会ったけどよ、あんな頑固じじいのとこで、お前が上手くやっていけるとは思えねーからな」
オズはビーゼルを見ると、視線を反らせて続けた。
「……それに、エンジーにオレの気持ちを伝える気もねぇ。……そもそも、田舎もんのオレを、アイツが受け入れるわけがねーしな」
そう皆に言うと、オズは、扉の方へ向かってスタスタ歩いた。
「オ、オズっ!まだ集会は終わってないのよ⁉」
ティオラは慌てて立ち上がり、オズを止めた。
「話したって、今は策がねーんだから仕方ねーだろ?……それに、ちょっと一人になりてーんだ。……お前らに打ち明けたことで、気持ちが楽になったし、頭も何だかすっきりした気がする」
オズは止めた足を、また扉に向けた。
「今後のこと、考えてみるからよ」
オズはニコッと笑って言うと、部屋から出て行った。
バタンッと扉が閉まると、四人になった部屋の中は、一旦シンッと静まり返った。
妙な空気に耐えられないビーゼルは、チラッとマクーストに目を向けた。
「……俺でも、お前でも駄目だった理由がわかったな……」
「……うん……」
マクーストは、視線を下げて頷いた。
二人を見ていたティオラは、意味深な目を向けた。
「…なによ?あなたたち、まだオズに未練があるの?」
「えっ⁉」
マクーストは、焦った様子でティオラを見た。
ネルも、ビーゼルを疑うように見ている。それに気が付いたビーゼルは、ソファから立ち上がった。
「そーいう訳じゃねーけどよ!」
すると、手を伸ばして、オズの為に用意されたお茶菓子を掴み取った。
「アイツとは昔からのダチなんだ。…トラブルエンジンがアイツを裏切るようなことをしたら、今後、俺が黙っちゃいねーってことだぜ‼」
ビーゼルは、菓子を頬張った。
「………」
三人は、呆れた様子で、その姿を見ていた。
部屋に帰ったオズは、目を閉じて息を吐いた。
ゆっくり目を開けると、夕焼けに染まる窓辺へと足を向けた。
エンジーが自分にとって大きな存在となっていたのは、正直自分でも気が付いていたが、皆に話した事で心が楽になっていた。
夕日に目を向けながら、オズは窓の縁に座り、片足を乗せた。
(………アイツ、今頃どうしてるだろう…。自分の犯した罪を話したこと、後悔してるか……。いや、そんなタマでもねーか。…それに、今更になって真実を暴露したってことは、なにかあるはずなんだ……。それを、オレに気付かせようとしている……)
オズは頭をブンブン振った。
「クソッ!回りくどいことしやがってっ!はっきり言ってくれれば世話ねーのによ‼」
オズは目を閉じ、冷静になって再度考えた。
(……アイツに話せないなにか…。重大な秘密があるんだ……。一体なんだ…?)
冷静さを取り戻してきたオズは、気になっていた違和感について思い出した。
(そうだ…!あの時の、校長とオルマンダの会長とのやり取り……。校長は、オルマンダの方だけの問題ではないような口振りで話していた…。……それに…、ネルが見た、シリウスの全身の火傷だ……)
「………っ⁉」
何かが繋がりかけたその時、部屋をノックする音が聞こえた。
「っ⁉」
オズはハッとして、扉の方へと身体を返した。
「は、はい!どちら様?」
オズは、ふと白月のいつものメンバーを思い浮かべた。だが、先ほどまで話をしていたのに、まだ何か用があるのかと思い、首を傾げて扉の方まで歩いた。
「…オズ。…僕…、ライアン」
「…えっ!ライアンっ⁉」
扉の向こうからの声に驚き、オズは小走りでそちらに向かい、扉を開けた。
そこにはライアンが立っていた。穏やかな表情をオズに向けている。
「どうしたんだ?」
ライアンが自分に会いに来るなど珍しく、オズは少し焦って聞いた。
「…実は、きみに話したいことがあるんだ」
ライアンは表情を変えずに行った。
「話したいこと?何だ?…あ、まぁ、入れよ」
オズが、ライアンを中へ誘導しようとしたその時、ハッと気が付いた。
ライアンは祭司の呪い「色欲の罪」にかかっている。部屋で二人になると、襲われる危険性がある。
オズはチラッとライアンに目を向けた。
目を伏せたライアンは、首を横に振ってオズに返した。
「ううん、いい。今日は遅いし、また明日、ゆっくり話したいんだけど、時間取ってもらえる?」
ライアンの言動に、オズは、自分の気持ちが見透かされたと思った。
「あ、ああ。いいぜ」
オズは、少し申し訳ない気持ちで返事をした。
「ありがとう。…じゃあ、明日の放課後、庭園の噴水で」
ライアンは、終始穏やかな顔でそう言うと、そのまま去って行った。
「今更ながら、なんか緊張すんな…。ライアンって……」
扉を閉めると、オズは大きなため息をついた。
次の日の放課後。
オズは、ライアンとの約束のためにソワソワしていた。
「オズ!一緒にティオラさんの部屋に行かない?実は、何か考えが浮かんだか、聞いて欲しいって言われてるんだ」
マクーストが、オズの席へと来るなり、彼女に気を使いながら言った。
「悪いなマクースト。まだ、オレの考えはまとまってねーんだ。それと、今日は約束があってな。ティオラのとこへは、お前ひとりで行ってくれよ」
ティオラなら、きっとその方が喜ぶだろうと、オズはマクーストの誘いを断った。
オズはいそいそと支度を終えると、マクーストに「じゃあな」と挨拶した。
「…あ…、じゃ、じゃあ、また明日…」
(……え?…ってことは、僕、これからティオラさんと……)
マクーストは教室から出て行くオズを見届けると、これからティオラと二人っきりで会うことに気が付き、かぁ~っと顔を赤くした。
庭園へと出て来たオズは、一直線に噴水へと向かった。
噴水を見ると、誰もいなかった。
(…まだ来てねーか…)
オズは、校舎側の噴水の縁に腰掛けた。
組んだ足に肘を置き、頬杖を付いていると、後ろから声がかかった。
「オズ!こっちだよ」
オズはハッとしてそちらに顔を向けた。
反対側にいたライアンが、オズの方に歩み寄り微笑みかけた。
「ライアンっ⁉き、来てたのか!」
オズは慌てて立ち上がった。
「うん。ねぇ、こっちに来て!」
ライアンは手招きしてオズを呼んだ。
オズは疑問に思いながら、ライアンの方へと移動した。
反対側からはチャペルが見えた。オズはじっとそれに目をやった。
ライアンは、微笑んでオズ見ながら、噴水の縁に腰掛けた。
「どうぞ」
オズはハッとして振り返った。ライアンは、隣に座るようにすすめた。
「あ、ああ…」
少し間隔を開けて、オズはライアンの隣に腰を落とした。
「………」
オズは、話をどう切り出していいものか、ソワソワしていた。
「…ここでね」
すると、ライアンが話し出した。
「ここで、よく、エンジーと話していたんだ」
「えっ⁉」
オズはライアンの方へ顔を向けた。
「…エンジーは、よくここからチャペルを眺めていたんだ。僕、てっきり、ここからの眺めが好きなんだと思っていたんだけど…、まさか、あんな思いを秘めて、ここに座っていたなんて……」
ライアンは、寂しそうな目をして、チャペルを見つめた。
ー 燃えてなくなればいいと思った ー
エンジーの言葉を思い出し、オズも切ない表情でチャペルを見つめた。
「…オレに話って、エンジーのことか?ライアン」
オズはライアンの方を向いて聞いた。
「…まあね…」
ライアンは頷くと、クスクス笑い出した。
「?」
オズは、突然笑い出すライアンを、疑問の表情で見た。
「ごめん。少し前のことを思い出してさ…。きみとマクーストと初めて話した時のことだよ」
オズは、マクーストとチャペルにいた時に、エンジーと初対面を果たした時のことを思い出した。
ライアンは話を続けた。
「あの時、きみたちがチャペルに入って行くのを、エンジーがここから見ていたんだ。後から来た僕を誘って、きみたちに挨拶をしに行こうって、彼が言い出したんだよ」
「…え?」
オズは、少し驚いた。
「白月は知らない生徒が多いけど、エンジーには、オズがクロスアルドの人間だってすぐに分かったみたいだね。…女の子だとは、僕もエンジーも言われるまで気が付かなかったけど……」
ライアンは申し訳なさそうに言った。
「……慣れたことだ…」
オズはフッと笑って返した。
「けど、なにもきみにあんな態度取らなくてもいいのにさ。……オズならもう気付いてると思うけど、彼は本心であんな意地悪な態度をとっていたんじゃないんだ…。黒陽の生徒として、オルマンダ家の人間として、この学園のしきたりに背かないようにしていただけなんだよ」
ライアンはオズの方に身体を向けて訴えた。オズに分かってもらいたいのか、必死な眼差しがじっと彼女を見つめている。
オズは、そんなライアンを見ると、微笑んで返した。
「分かってる…。最初はヤな奴だって思ってたけど、全部、家のための言動だったって…。…アイツの最後の心の訴えで分かったぜ…」
オズは視線を下げた。
「……それまでは…ずっと自分を偽ってたんだな……」
オズが呟くのを聞いて、ライアンは首を横に振った。
「…違うよ……。それは違う…。きみのことは、凄く信用してた」
オズはハッとして、ライアンに顔を向けた。
「僕、エンジーに頼まれたんだ。きみの力になってあげてって。オズも聞いてたよね?…きっと、彼では成し遂げられないことを、きみに託しているんだと思う。…僕は、そう思ったよ……」
「………」
オズはまた視線を下げて考えた。
(…オレにヒントを与えたり、助言をしていたのは、信用していたからなのか……?)
すると、急に恥ずかしくなって、オズは火照る顔を冷まそうと、ブンブン振った。
それを見ていたライアンは、クスッと笑った。
「……けど、良かった!やっぱり、オズにもエンジーが自分を偽っていること、分かってくれていたんだね?」
オズは、まだ頬に少し火照りを残して、視線を背けた。
「…まぁ…、そこまでヤな奴じゃないとまではな…。けど、オレやライアンに問題を残したまま、消えるなんてよ……」
ライアンは、オズの方に少し身を乗り出した。
「僕はエンジーに頼まれた通り、オズ、きみの力になるつもりなんだ。……だから、分かってあげて欲しい」
「…っ⁉…な、何をだ……?」
ライアンとの距離が近くなり、オズは驚いて少し身を反らせた。
「エンジーは、相手を選ぶことが出来ないんだよ。…それが許されないことを既に分かっていて、身を引いてるんだと思う」
オズにはライアンが何を伝えたがっているのか分からず、困惑しながら返した。
「…?どういうことだ?何言って……」
「恋愛の相手だよ!」
「っ⁉」
オズは驚くと同時に、顔をかぁっと赤らめた。
「ラ、ライアンっ⁉お前何言ってんだっ⁉ま、まさかっ⁉オレがアイツに気があること、白月の奴らから聞いたのかっ⁉」
オズはガバッと立ち上がって、思わず声を荒げた。
「……っていうことは、やっぱりオズは、エンジーのことが好きなんだね?」
「……へ?」
真っすぐ見つめて聞くライアンに、オズはきょとんとした。
「……アイツらから聞いたんじゃねーのか……?」
オズが聞くと、ライアンは首を横に振った。
「~~~っ⁉」
オズは、つい口を滑らせた自分を情けなく思い、顔を真っ赤にさせながら、ストンッと座り直した。
「……そんなにオレって分かりやすいか?」
オズは、ライアンの方をチラッと見て聞いた。ライアンは少し考えると、微笑んで返した。
「言い争いしながらでも、オズがエンジーを信頼してるのは、凄く伝わってきたし…、エンジーもオズのことを信頼してた。……だから、オズから気付かせてあげて欲しいんだ。エンジーの本当の気持ちを」
顔を赤くさせたままのオズは、視線を反らせて言った。
「こんなにみんなにバレてんだったら、アイツにだって気付かれてんじゃねーか?…それに気づいて、なにも言ってこないってことは……」
「違うよ!さっきも言ったけど、エンジーは、自分の意思で相手を決めちゃいけないって思いこんでるんだ!きっと、家の人に自分の気持ちなんて分かってもらえないって思ってる…。…だから、オズからエンジーに気付かせてあげて欲しい……。きみたちは……、きみたちだけには、自分の気持ちを隠して欲しくない………」
ライアンは、悲しそうな表情でうつむいた。
「……ライアン…。お前……」
「…………」
ライアンは、そのまま黙ってしまった。
オズは、ふとマクーストが言っていたことを思い出した。
呪いが発動する時には、必ず近くにライアンがいた。ライアンには、呪いが起こるタイミングが分かっているのではないか…。
オズは、探りを入れようと、チラッとライアンに目をやった。
「エンジーのことは…、考えておく……。…なぁ、ライアン。最近、呪いの方はどうだ?」
ライアンは顔を上げた。
「あ…、うん。ここ最近は、何もないよ。………テンが、相手をしてくれることになって、…気持ちが楽になったからかな……」
ライアンは、オズから視線を背けた。
やはり、何か隠しているのか……。ライアンの様子を見たオズは、直感でそう思った。
「……最初、マクーストの呪いが発動した時、お前、あいつの呪いを静めたな」
「…えっ」
ライアンはハッとオズの方を向いた。
「それだけじゃない。呪いがいつ発動するか分からなくて不安になっていたマクーストに言ったらしいじゃないか。「今は大丈夫」だって…。どういうことなんだ?お前には、呪いが発動するタイミングが分かっているのか?」
すると、ライアンは目を閉じて、首を横に振った。
「ううん。あの時は、ふとそんな気がしただけ。…僕の気持ちが、穏やかだったから…」
「…?じゃあ、お前の呪いは、気が立っている時に起こるのか?」
「………っ」
オズの問いに、ライアンは答えにくそうにうつむいた。
ライアンが何かを隠している。オズはそう察して、彼に問いただした。
「ライアン!お前、どういう時に呪いが起こるのか、自分で分かってるんだな?」
オズはライアンの肩を掴んで聞いた。
「………」
ライアンはオズの方へ顔を向けると、ゆっくり頷いた。
「っ⁉」
驚いているオズに、ライアンは目を伏せて返した。
「…マクーストの呪いは、きっと僕が心に「その感情」を過らせた時に発動するんだ。……僕も、初めは気が付かなかったけど…。初めて会った時、マクーストは、僕に「その気」をそれ以上大きくさせないように、忠告のために、襲い掛かったんだと思う……」
ライアンは、獣と化したマクーストに噛まれた、右の二の腕に手を当てた。
オズは、ライアンの腕をじっと見つめた。
「……その感情っていうのは……一体なんなんだ…?」
オズは、少し躊躇して聞いた。
すると、ライアンは眉間に皺を寄せ、険しい表情で言った。
「……それは……、言えない……。……僕にとっては、口にするのもおこがましいことだから……」
「………」
オズは、それ以上聞けなくなった。
ライアンの表情が、今までにない程、険しく強張っていたからだ。
うつむくオズに、ライアンは目を向けた。
「…けどね、オズ。僕がこの気持ちを制御することで、僕の呪いも、マクーストの呪いも、発動することがなくなるんだ。…だから、安心して。みんなに迷惑をかけるようなことは、もうないよ」
オズは顔を上げた。
「ライアン…。けどな…」
ライアンは、首を振って、オズの言葉を遮った。
「誰かが犠牲になることで救われる人がいるのなら、僕自身が喜んで犠牲になる。……僕が最も尊敬する、ある人が言った言葉だよ」
ライアンは、ニッコリとオズに笑顔を見せた。
「……っ⁉」
オズは、どこか見覚えのあるその温かい笑顔を、じっと見つめていた。
ライアンと別れ、オズは自室へ戻っていた。
「………」
人差し指と親指で顎をつまみ、何かを真剣に考えながら、ベッドへと歩いた。
(ライアンの「ある感情」は、呪いが発動することに関係している…。オレが、呪いに襲われるライアンを一番最初に見た見たのは…、えーっと……)
ベッドに座り、思い返していると、オズはハッとした。
「っ⁉マクーストがオレに告白した時じゃねーか!」
(……マクーストの告白が、ライアンの「ある感情」を動かしたのか…?……どういうことだ?何の関係がある……?)
「……まさか…、ライアンはマクーストが好きとか……?」
オズは、眉を顰めて思った。
だがすぐに考えを改め直し、顔をブンブン振った。
「そんなわけねーよな!アイツからそんな素振り見たことねーし!」
オズは足を組んで、また考え始めた。
「そういや、オレが呪いに襲われたライアンを見たのは、それが最初で最後だな……。あの告白に、何か感じるものがあったのか……?突然のことだったから、オレ、あの時マクーストに何を言われたのか、あんまり覚えてねーんだけどな……」
オズは少し顔を赤らめ、頭をかいた。
オズはふと思った。
「……黒陽の奴らなら、ライアンの呪いが発動した時の状況を、もっと知ってるかもな……」
だが、黒陽側のすぐに聞ける相手、エンジーは、もうこの学園にはいない。
ため息をついたオズは、仕方なく、他の守護者に聞くことを考えた。
「まだアイツから託された問題も解決してねーのに…。まったく。ほんと謎が多い学校だぜ!」
オズは身体を倒し、ドサッとベッドに寝転んだ。
(…繋がりかけてんだ…。火事の謎が…。…エンジーが火事を大きくした真相は、親父さんでさえも知らない様子だった……。けど、今になってそれを暴露したってことは、アイツが黙っていられなくなって……)
オズはガバッと身体を起こした。
「…誰かに口止めされていたのか……⁉…校長でも、親父さんでもない誰かに……っ!」
そう思うと、オズは、それに思い当たる人物を考えた。
「…一体誰だ…っ⁉…火事に関係している人物……。……っ⁉」
オズは、何かが繋がったように、ハッと目を見開いた。
翌朝。
授業が始まるにはまだ早い時間だったが、既に制服に着替えたオズは、受話器を持ち、どこかへ電話をかけていた。
「…はい。そうです。お願いします……えっ?」
オズは、驚いた顔で声を上げた。
「…そうですか…。分かりました。じゃあ、いいです。……はい…」
オズは残念そうに、受話器を戻した。
しばらく「うーん」と考えると、何かを思い立って、部屋から出て行った。
オズは、廊下をスタスタ歩き、ある場所へと向かっていた。
オズは足を止め、目的である校長室の扉の前に、身体を向けた。
顔を強張らせていたが、オズは一度深呼吸をすると、扉を三回ノックした。
「誰だね?」
中から校長の尋ねる声が聞こえた。
「…オズです」
オズは中からの返答を待った。
少し間を開けて、中から声が聞こえた。
「……どうぞ。お入り」
了承を得られたので、オズはドアノブに手をかざし、重たい扉を開けた。
「失礼します」
一礼して部屋へと入ると、オズは扉を閉めて、デスクにいる校長の方へ身体を向けた。
「朝早くにすみません」
「なんだね?急用かな?」
校長は少し機嫌が悪そうだった。
無理もない。学園のやり方に不満を持つ生徒の存在を知った上、オズは以前、校長に対してかなり失礼な態度をとっていた。大人げないが、オズに対する校長の態度が悪くなるのも仕方がなかった。
だが、オズはそれを承知の上で、今回ここに足を踏み入れていた。
「はい。…実は、外出許可を頂きたいんですが…」
校長は鋭い目をオズに向けた。オズはめげずに、じっと校長の顔を見ていた。
「どこに行く気だね?」
校長は、オズがエンジーに会いに行くためにオルマンダの屋敷に行くのだと、直感で思った。
「……田舎に一度帰りたいんです。…今日一日でいいんですけど……」
「………」
口の前で指を組んだ校長は、オズの顔をじっと見た。
「何故帰るのかな?次の休暇では、間に合わない用事でも?」
オズはふと目を反らすと、再度校長に目をやって答えた。
「はい。…実は、クロスアルドの主人から、正式にオレを家族に迎え入れたいという申し出がありました」
「っ⁉」
校長は目を見開いて、オズの話を真剣に聞こうと、少し身を乗り出した。
オズは続けた。
「それで、…育ての親のじーちゃん…「モルス・カーク」に、相談に行こうと思うんですが…」
「オズは、その話には乗り気なのかね?」
校長は、オズから良い返事が聞けると、期待の眼差しで彼女に聞いた。
「……まだ、迷ってます……。だから、一度、田舎に帰っても……?」
オズが聞くと、校長は大きく頷いた。
「いいともいいとも。クロスアルド家に入れば、今までのように苦労することはなくなるだろう。将来も安泰だ!…おじいさんもきっと喜ぶであろうね!」
ご機嫌になった校長は、席から立ち上がり、オズの方へと歩み寄った。
「オズのように鮮明で強い精神の持ち主なら、きっとクロスアルドの人間として、上手くやっていけるだろう!…良い返事を待っているよ」
オズの肩に手を置き、校長は満面の笑みで言った。
「じゃあ、今から行っても?」
オズが聞くと、校長は大きく頷いた。
「ありがとうございます!今日中には帰ってきます」
オズは一礼すると、そそくさと校長室から出て行った。
気分が良くなった校長は、嬉しそうにデスクへと戻った。
小走りで自室に向かっていたオズは、足を止めて、「ふぅ」っと息を吐いた。
(なんとかごまかせたぜ。…用意しといて良かった……)
オズは校長に嘘をついていた。
実は、思いたった今回の外出内容である「田舎に帰りたい」というのは真っ赤な嘘だった。だが本当のことを言うと、外出許可が得られないのは承知の上だったため、オズは、校長が許してくれそうな内容をあらかじめ用意していたのだった。
いそいそと自室へ向かっていると、他の守護者の部屋の扉がガチャッと開いた。
そこはティオラの部屋だった。
「あら?」
ティオラはカバンを持ち、教室に向かおうとしていた。
「オズ。どうしたの?こんなに早くに」
ティオラは扉を閉めながらオズに聞いた。
「よぉ!さすがはエース。こんなに早い時間から教室に行くんだな」
オズは感心しながらティオラに言った。
「普通よ?予習しなきゃいけないし。…昇学試験も迫ってるものね」
「昇学試験?」
オズは首を傾げた。
「来年は高等部に入るんですもの。そのために試験を受けるのよ?」
ティオラの手元を見ると、難しそうな分厚い書物を何冊か持っていた。
「…高等部って、すんなり入れるもんじゃねーんだな…」
「当たり前よ!学業をおろそかにしていたら、すぐに落とされるわ!」
「…ま、オレにはカンケーねー話だけどな」
オズは能天気に笑いながら言った。
「そう言えば、オズはどうするの?田舎に帰っても、受験はするんでしょ?」
ティオラが聞いた。
「…え…?……そういや、特になにも考えてなかったな…。まぁ、オレんとこの田舎じゃ、誰でも入れる学校くらいしかねーし…。進学校を狙う奴は、大体は村から出て、都会に行っちまうからな…」
オズは自分の将来について、特に考えている様子はなかった。
「ふーん…。ま、それもひとつの道よね。あなたとは、あと数か月の付き合いになると思うと、なんだか寂しいけど…」
若干視線を落として言うティオラの言葉に、オズは、この学園にいるのが、残り少ないのだと実感した。
そう思うと。どこか寂しい気持ちもあった。
「…たまには、オレの田舎にでも息抜きに来いよ!勉強ばっかだと、息が詰まるからな!」
オズの誘いに、ティオラは笑顔で返した。
「…そうね!オズが育った町を一度見てみたいわ。…ありがとう!」
ティオラはそう言うと、オズに手を振って、教室へと向かった。
「……受験か……。そういや、アイツはどうすんだろ?……やっぱ、ここの高等部に進むんだろうな…」
オズはエンジーのことを思ったが、財閥家の進学ルートなど、既に決められているのだろうと、自分とは世界が違うことを改めて悟り、ため息をついた。
外出許可も得たことで、オズは学園を後にして、都会の町へと繰り出した。
オルマンダ家の屋敷。
エンジーは自室に閉じこもり、机の椅子に座って、ぼーっと窓の外を眺めていた。
机の上に広げた教科書には、目もくれる様子もなかった。
すると、扉が突然ガチャッと開いた。
「エンジー、話がある。来なさい」
オリバー会長だった。オリバーは扉を開けたまま、下の応接間へと向かった。
扉の方に顔を向けたエンジーは、思いつめたようにため息をつくと、椅子から立ち上がって応接間へ向かった。
応接間へと入ったエンジーは、既に上座のソファに座っているオリバーに目を向けた。
オリバーは腕を組み、目を閉じて黙っている。
「………」
エンジーは、オリバーと対面するように、向かいのソファへと腰掛けた。
「停学中だとはいえ、学業をおろそかにはするな。…二人の兄さんのように、お前もクアトロ・コートの高等部へ進まなければならないからな」
「……はい」
エンジーは視線を落として返事をした。
オリバーは目を開き、じっとエンジーに目を向けた。エンジーは、その威嚇する目が苦手なのか、先ほどから目を合わさずにうつむいている。
「あれからすぐ遠征となってしまったから、お前とはゆっくり話が出来なかった。……理由を聞こう…。何故今更になって、あんな大事なことを打ち明けたんだ?……私に相談もなしに……」
「………」
エンジーは、萎縮したまま黙っていた。
「黙っていては分からんだろう⁉今回は私の力で事を収められたが、こちらが不利になっては、手段がなくなることもあるんだ。軽率な行動はするな!」
オリバーに怒鳴られ、エンジーはビクッと目をつむった。
恐がるエンジーを見て、オリバーは、つい、いつもの癖が出てしまったと、気を落ち着かせた。
「……兄さんに、頼まれでもして、嘘をついたのか?」
オリバーに聞かれ、エンジーはハッと顔を上げた。
「ち、違うっ!兄さんは関係ないっ!事件が大きくなってしまったのは、本当に僕のせいなんだ!僕が、炎を眺めていて、ぼーっとしてしまったから…っ」
「学園が無くなればと?」
オリバーはギロッとエンジーを睨んだ。
「っ⁉」
睨みにかかったエンジーは、それ以上何も言えずにうつむいた。
「そのようなことは、二度と口に出すな!…増してやあのような場で…。クロスアルドの人間もいたのだぞ!……学園の行政は、お前ひとりにどうこうできるものではない」」
エンジーは、眉をぴくッと動かした。
「……オズは……、オズは、まだクロスアルドの人間じゃない…」
「………」
オリバーは黙ってエンジーを見た。
「あの娘が拒んでも、ダグラスは必ず家に引き入れるだろう。跡取りに希望が無くなったのだからな」
「………っ」
エンジーは眉間に皺を寄せた。
少し間を置くと、オリバーは、一番話題にしたかったことを話し出した。
「……あの娘と、随分親しそうにしていたが……」
エンジーは少し顔を上げた。
「エンジー。お前、あの娘に一体何を話した?」
「……え?」
エンジーはオリバーに目を向けた。オリバーの表情は険しく、怒りを我慢しているように見えた。
「………っ」
エンジーは、とっさに目を反らした。
「お前はオルマンダの血をひいていることを忘れるな。…一体何を企んでいるのかは知らんが、お前も、ケイシーのように馬鹿な考えを起こしているのではあるまいな⁉」
「っ⁉」
再び気性を荒げ、オリバーは怒鳴り声を上げた。
エンジーは目を見開き、何も返せないまま、恐ろしい形相で睨むオリバーから視線を反らせずにいた。
すると、一人の使用人が、申し訳なさそうに顔を覗かせた。
「……お、お話し中の所、大変申し訳ありません。……だ、旦那様。至急のお電話が入っております……」
オリバーは、その使用人をギロッと睨んだ。
使用人は「ひっ⁉」となって、慌てて頭を下げた。
オリバーは、エンジーに顔を向けた。エンジーは、うつむいたまま黙っている。
「……もういい。学園側から許可が出るまで、お前は部屋で学業に勤しめ」
オリバーは立ち上がり、応接間から出て行った。使用人はエンジーに一例すると、オリバーの後について行った。
「………」
エンジーは、緊張が解けたように、はぁっと息を吐いた。
「……馬鹿な考え……か……」
呟いたエンジーは、自分の足に肘を付いてうなだれた。
「……今日は一段とご立腹でございましたね」
頭上から声をかけられ、エンジーはハッと顔を上げた。
ソファの斜め後ろに立っていたのは、この屋敷の執事だった。
「フェルール…」
エンジーは、少し安心したように、その【フェルール】と呼ばれる執事に声をかけた。
フェルールは、艶のある短髪の黒髪をセンターで分け、すらりとした体系に合ったスーツを着こなした、ベテランの執事だった。
「…どうぞ、いつものでございます」
フェルールは身をかがめ、お盆に乗せた、高価な純白のカップをテーブルの上に静かに置いた。
「ありがとう!この屋敷での一番の楽しみだ。フェルールのラテを飲む時間は」
エンジーは、目を輝かせてカップに入ったラテを見つめた。
「光栄でございます。エンジー坊ちゃま」
フェルールは微笑んでお辞儀をした。
すると、部屋の外で、バタバタとせわしない音が聞こえ、エンジーはそちらに目をやった。
「……お出かけになられるようです。先ほどの電話は、テインセン社の会長様からでした…。誠に精力的なお方です。旦那様は」
「ああ…。造船中なんだっけ…」
自分とは関係のない話だと思い、エンジーは、慌ただしそうにしている音だけを聞いていた。
「エンジー‼」
すると、支度を終えたオリバーに急に声をかけられ、エンジーは飛び上がるほどに驚いた。
「は、はいっ!」
「いいか?決して学業をおろそかにするな!私が帰ったら、話の続きをするからな!」
そう言うと、オリバーは、役人を何人か連れて、急いで階段を下りて行った。
エンジーが、はぁっとため息をつくのを、フェルールは微笑んで見ていた。
数分後。
エンジーは、自室には戻らず、しばらく応接間で過ごしていた。
フェルールは仕事がある為、その場からはいなくなっていた。
飲みかけのラテをテーブルに置き、エンジーは、それを見つめながら思い出していた。
(そういえば、ラテとオレで、オズと揉めたんだっけな…。なんだかあの頃が懐かしく思える……)
クスッと笑うと、エンジーの表情は一転し、寂しそうな表情でオズを想った。
(……オズ…。どうしてるだろう…。僕のこと、裏切ったと思ってるだろうか……。…いや、オズならきっと分かってくれる…。…オズなら、きっと……)
「エンジーっ‼」
応接間に走って入って来た少年が、エンジーを見るなり声を上げた。
「っ⁉」
エンジーは、その人物を見るなり驚いた顔で、ソファから立ち上がった。
「ケ、ケイシー兄さんっ⁉…なんで?学校は?」
エンジーより少し長いくせっ毛の、目尻が少しつり上がったその少年は、オルマンダ家の次男【ケイシー】だった。
「それどころじゃないだろっ⁉エンジーお前、あのことをメンジャークリン校長と父さんの前で話したって本当なのかっ⁉」
興奮した様子のケイシーは、エンジーの肩を掴んで聞いた。
エンジーは黙って頷いた。
「…兄さん…。誰から聞いたんだ?」
「ブレイムレン神父に今朝。それでお前が停学処分されたって。…だから外出許可を得て、急いで帰って来たんだ」
ケイシーは、高等部の黒陽の制服を着た状態のままで、息を切らしている。
「……ごめん、兄さん。……約束、守れなかった……」
「………っ⁉」
申し訳なさそうに謝る弟を前に、ケイシーは、どうにもいたたまれない気持ちで、力が抜けるかのように、エンジーの肩から手を離した。
ケイシーはトボトボと歩き、ソファに座った。
「…謝るのは俺の方だろう?……。お前に、ずっと嘘をつかせ、辛い思いをさせてきたんだ……」
ケイシーはエンジーの顔を見ることが出来ず、顔を伏せたまま謝った。
「………っ」
ソファに座ったエンジーは、悲痛な表情で、そんなケイシーを見つめている。
ケイシーはハッと顔を上げた。
「シリウスのことは?話したのか⁉」
強張った表情でケイシーが聞くと、エンジーは首を横に振った。
「………そうか……」
ケイシーは、どこか安心した様子だった。
「けど、どうして今更になって……?……黙っているのが、辛くなったのか…?」
ケイシーは、眉を顰めてエンジーに聞いた。
エンジーは目を反らした。
「……それは……」
「オレに火事の真相を気付かせるためだ!」
入り口からの突然の声に、エンジーとケイシーはハッとした。
「っ⁉」
エンジーは目を見開いた。
そこには、腰に手を当てて立っているオズと、彼女をここまで案内したフェルールが立っていた。
「オズっ⁉」
エンジーはとっさに立ち上がった。
「…?」
ケイシーは、エンジーとオズを交互に見ながら、疑問の表情をしている。
(…白月の制服……?)
ケイシーは、オズの恰好を見て思った。
「どうしたんだ⁉オズ…。なんでここに……?」
「………」
慌てているエンジーに、ケイシーは目を向けた。
「勘違いするなよ?オレはお前に用があって来たんじゃない」
「……え…?」
オズは、エンジーにそう言うと、ケイシーに目を向けた。
目を向けられたケイシーはハッとした。
すると、フェルールが前に出て来た。
「ケイシー坊ちゃまに御用があるとのことで、お通し致しました」
フェルールは、オズを応接間の中へと案内した。
歩み寄って来るオズを見て、ケイシーは、ソファから立ち上がった。
オズはケイシーの前で立ち止まった。
「高等部に電話したら、今日、家に帰ったって言うから、ここまで会いに来た。……オズ・クロスアルドだ。はじめまして」
「っ⁉」
「クロスアルド」と聞いたケイシーは驚くと、とっさにエンジーに目を向けた。
ケイシーの意図を読み取ったエンジーは、「例のクロスアルドの血縁者だ」と言うように頷いた。
オズに目を戻し、ケイシーはオズに返した。
「ケイシー・オルマンダだ。よろしく」
ケイシーはオズに手を差し出した。オズはそれを見ると、フッと笑って手を添えた。
二人が握手を交わすのを、エンジーは複雑な表情で見ていた。
「…では、わたくしはお茶を入れて参ります。…オズ様、どうぞごゆっくり」
フェルールは気を利かせ、その場から立ち去った。
「…オズ、こちらへどうぞ」
ケイシーは、空いているソファへと、オズを座るよう促した。
「失礼します」
オズが座るのを、エンジーは、ソファの横で立ったまま見ている。
「エンジーも、ここにいていいんだろう?オズ」
ソファに座ったケイシーが、オズに聞いた。
「ああ。別に構わねーよ」
オズが言うと、ケイシーはエンジーに座るように指示した。
「………」
エンジーは黙ってソファに座り、視線を下げた.。
「やっぱりあったな」
オズがケイシーを見て言った。
「…なんのことだ?」
ケイシーは、疑問に思って返した。
「火傷だ。…お前の両手に火傷の跡がある。制服で隠れてはいるが、腕にまであるんじゃないか?火傷の跡が」
確かにケイシーの両手には、火傷の跡があった。ケイシーは隠す素振りを見せず、オズに聞いた。
「…それが、どうしたっていうんだ?…俺は二年前の火事を起こした張本人だ。火傷を負って当然じゃないか」
「ああ。だから妙なんだ。お前はナタリーが来るのをチャペルの中で待っていた。…計画したお前だからこそ、聖菩樹が燃えることが分かっていた。……だが、計画とは違い、ナタリーは来ず、あろうことか聖菩樹の炎は大きくなる一方だ」
「何が言いたいんだ…?」
オズの回りくどい言い方に、ケイシーは怪訝な表情を見せた。
オズは、そんなケイシーに苛立ち、声を荒げて返した。
「計画したお前なら、火傷一つ負わず逃げることも出来たはずだってことだ!」
「バカ言えっ‼弟をそのままにして行けるわけがないだろうっ‼」
ケイシーはたまらず、興奮するオズに怒鳴って返した。
怒鳴り合いになっては、相手が警戒するだけだと思い、オズは、冷静さを取り戻して聞いた。
「なら、その火傷は、エンジーを助けた時に負ったってことか?」
「……そうだ」
ケイシーは、オズから視線を反らせて答えた。
「腕の広範囲が焼けるほど、エンジーは救出困難な状態だったってことか?」
「……っ⁉」
ケイシーは、眉を顰めてオズを見た。
「エンジーの火傷は背中だ。背中だけなら、自力で逃れたことも考えられる」
「………っ」
オズの言葉に、ケイシーは目を伏せた。エンジーは、兄を心配そうに見ている。
「…けど…、エンジーよりも、酷い火傷を負った人物が他にいる………。シリウスだ…」
ケイシーとエンジーは、ハッとしてオズに目をやった。
「……お前は、シリウスを助けたんじゃないのか?火事の現場にいたシリウスを……。お前は……シリウスと共謀して、ナタリーを陥れようとしたんじゃないのか…っ⁉」
「もういいっ‼」
ケイシーは勢いよく立ち上がって、オズの言葉を遮った。
「…オズ…クロスアルド……。君がなぜそこまで、事の真相を追求しようとするんだ…?君は…、クロスアルドの差し金なのか……?」
「………っ」
オズが反論しようとすると、エンジーが口を開いた。
「……僕が…、そうしたんだ…。僕が、オズに真相を明かして欲しいと思ったから……」
「なっ⁉…エンジー……っ⁉」
驚いてエンジーに方へ顔を向けたケイシーは、何かに気が付いてハッとした。
「ま、まさか……っ、父さんたちの前で、お前がしたことを話したのは……⁉」
「……彼女に…、気付いて欲しかったからだ……」
頷いたエンジーは、辛辣な表情で答えた。
「………」
オズは、そんなエンジーの気持ちを察し、彼に目を向けた。
「……あれほど、黙っておけと釘を刺したのに……」
自ら計画したことに、弟を関わらせ、その上、心の傷となって、一生消えないほどの罪を負わせてしまった。
エンジーに黙っているように言ったのは、それ以上、彼の心の傷が深くなるのを避け、少しでも早く忘れさせたかったからだ。
だが、エンジーはそれを破ってまで、オズに期待を込めたのだった。
ケイシーは、エンジーがそれほど信頼する、敵の家の血縁者のオズに目をやった。
彼女を見ていると、ふと、シリウスの正義感溢れる目を思い出した。
懐かしさを抱くと、ケイシーは、フッと笑ってオズに聞いた。
「…オズ…。君の推理は間違っていない…。……俺は、シリウスと手を組んで、ナタリーを学園から追放しようと、聖菩樹を燃やす計画を実行したんだ……」
ケイシーが自白し、オズは、じっと彼を見つめて聞いた。
「やっぱり、校長の差し金だったナタリーが、学園で好き放題したのが原因なのか?」
ケイシーは少し考えてから答えた。
「…それだけなら我慢ができた…。一番の要因となったのは…、白月のクイーン、「フラン」の精神を病ませたことだった」
目を閉じて言うケイシーの言葉に、オズはハッとした。エンジーはうつむいて聞いている。
「シリウスは、誠意を持ってフランの守護を務めた。彼女がの心が清く、優しいものだったから…。けど…、いや、だからこそ、繊細な心の持ち主で、少し弱いところもあったんだ…。シリウスは、ナタリーの身勝手な行動が、いつフランの方に向くか、ずっと気にかけていた。…彼女だけは、何としても自分が守ると決意を固めていたんだ」
目を伏せながら話すケイシーの話を、オズとエンジーは、黙って聞いていた。
「…俺は、そんなシリウスの力になりたかった。だから、ずっと考えていた。…どうすれば、白月に迷惑をかけず、ナタリーを学園から追い出すことが出来るかを……。けど、俺がそういった思考を抱いてることを、勘の鋭い彼女に気付かれたようで、ナタリーは最終手段に出たんだ。……それが、俺たちが最も恐れていたことだった……」
「……フランを、攻撃したんだな……?」
オズの言葉に、ケイシーは頷いた。
「白月のクイーンを消せば、黒陽の勝利だ。ナタリーはフランの精神を病まし、クイーンの座から引きずり下ろした。……そうなれば、もう誰も文句は言わないと、高を括ったんだろう……」
ケイシーは、その時のことを思い出し、はぁっと深いため息をついて続けた。
「当然、シリウスの怒りは収まらなかった。…俺も、協力することが出来ず、挙句、とどめていたナタリーの行動を促すようなことをしてしまい、シリウスに詫びのしようがなかった……。…ただ、俺に出来たことは……」
「…ナタリーを学園から追い出すこと…。火事の計画を、実行しようとしたんだな?」
オズに聞かれ、ケイシーは黙って頷いた。
「俺は、罪滅ぼしとして、シリウスに計画を実行することを告げた。シリウスも、このまま黙ってるわけにはいかないと、その計画に乗ったんだ。本当は、二人で実行するつもりだった……。けど、ナタリーに忠告をするため、彼女に逃げられないように、俺とシリウスの二人が、両側の出入り口に立たなければならなかった。火の番をする役目が、一人、必要だったんだ…」
ケイシーは、エンジーに申し訳なさそうな視線を向けた。エンジーは、ケイシーと目を合わせると、黙ってうつむいた。
「エンジーに協力させたのか…」
察したオズが言うと、エンジーが割って入った。
「僕が協力したいって言ったんだ!」
「違うっ‼」
ケイシーは声を荒げて否定したが、エンジーは構わず続けた。
「僕は、兄さんがずっとナタリーの悪事のことで悩まされているのを知っていた!だから、僕にだって協力したい気持ちがあった…」
罪悪感を抱いて、うつむいていたケイシーが口を開いた。
「……けど、考えてみると、本当に愚かな判断だったと思う…。いくらナタリーを陥れたいからといって…、まだ十三の弟を巻き込ませてしまって……。エンジーが、学園に対して、そんな思いを秘めているとは……」
ケイシーはうなだれ、かろうじて出る声を出した。彼は涙を堪えるように震えている。
エンジーは、そんなケイシーの代わりにオズに話し出した。
「…僕を助けてくれたのが、シリウスなんだ」
「えっ⁉」
オズは、驚いてエンジーに目をやった。
「チャペルには、ナタリーは来なかったって言っただろう?…そこへやって来たのは、何故かココルルだった…。兄さんとシリウスは、チャペルの中が暗くて、最初は気が付かなかったんだ…。けど、聖菩樹に火が着き、チャペルの中が映し出された途端、それが別人だと分かって、兄さんたちは困惑した。…どうするべきか考えている間に、炎はどんどん大きくなっていって……。ベルを鳴らそうとしない僕の異変に、シリウスが気付いて、すぐに…僕の所へ来てくれたんだ……。シリウスに声をかけられるまで、僕は、何かにとりつかれたように身体が動かなかった…。ただ、すべて燃えれば、争いも消えて、こんな学園が消えてなくなると思っていた……」
エンジーは、視線を下げて言うと、苦痛な表情をした。
「……けど……っ、そのせいで……っ…シリウスが……っ」
オズは察し、下を向いた。
エンジーにこれ以上辛い思い出を語らせまいと、ケイシーが代わって話し出した。
「……燃えてもろくなった聖菩樹は、根元から折れ、あろうことかエンジーの方に倒れて来たんだ。…助けようと走って来たシリウスは、エンジーをその場から遠ざけようと突き飛ばし、……彼は…、そのまま聖菩樹の下敷きになってしまった………」
「……っ⁉」
オズは言葉を失った。
その時のことを思い出したエンジーは、うつむいて震えている。
ケイシーは、辛そうにその時のことを語った。
「俺は、燃える聖菩樹の中からシリウスを助け出そうとした。…背中に火傷を負った弟は、その場から動けず、泣き叫びながら必死でシリウスを呼んだんだ。…なんとかシリウスを聖菩樹から救い出したが……彼の姿は………っ」
ケイシーは、言葉を詰まらせ、うつむいて涙を堪えるように震え始めた。
「……っ……っ」
エンジーは、両手でぎゅっとズボンを掴み、ボロボロと涙を流した。
辛い思いを察しながらも、オズは、敵対するクロスアルド家のシリウスと、オルマンダ家の二人の兄弟とが、何故にここまで助け合う関係なのか、少し疑問に思った。
「……シリウスとは敵対していたんだろ?お互いに助け合うってことは、ナタリーのことで利害が一致したからなのか…?」
少し気持ちを落ち着かせたケイシーが、首を横に振って話し始めた。
「彼のことは、昔から尊敬していた。…向こうはクロスアルドの一人息子だから、何かと期待をかけられることも多かったみたいだ。そんな環境の中でも、彼は周りからの期待に応えるよう努力していた。…俺は、そんなシリウスを幼い時から見ていたから、彼のことは、立派だと思っていたし、敵だと思ったことは一度もなかった。シリウスも、そんな俺の気持ちを尊重してくれた。……弟のことも、可愛がってくれていたんだ」
ケイシーは、エンジーを見て微笑んだ。エンジーも、涙を拭って笑顔を見せた。
「けど、学園では、敵対関係にあったんじゃ…?」
聞いていた話とは異なり、オズは、首を傾げて聞いた。
「…フリを…していたんだ。シリウスと話を合わせて…。親しんでいると、お互いの親から、家の尊厳を守れとしかられるし。…特にクアトロ・コートは、黒陽と白月で争わなければならない。だから、隠していた。……けど、今になって思うと、それが全てもの原因だったのかもしれないな…。俺達のお遊びのような敵対心に、物足りなくなった校長が、ナタリーという厄介者を送り込んできたんだから…」
「………」
後悔するように話すケイシーを、オズとエンジーは黙って見つめた。
「…愚かな計画のせいで、犠牲になった女子生徒…、ココルル・ハイネには、本当に詫びのしようがない……」
申し訳なさそうに呟くケイシーの言葉に、エンジーはハッとした。
「そういえば、ココルルは、あの後大丈夫だったのか?」
エンジーは慌ててオズに聞いた。
校長たちの前で、エンジーが真相を暴露した際、ココルルはショックのあまりその場に倒れ込んだからだ。
「…あ、ああ。大丈夫みたいだぜ」
黒陽の守護者から、彼女が授業を休んでいるという話も聞かないので、オズはそう答えた。
「…そうか……」
エンジーはホッと胸を撫で下ろした。
「………」
視線を下げるオズに、ケイシーは目を向けた。
すると、今度はエンジーに目を向けて聞いた。
「エンジー…、お前、何でこの子に真相を話したんだ?」
「…えっ⁉」
エンジーは驚き、少し赤くなって、オズから目を背けた。
「この子はいずれ、クロスアルドの一員となるんだろ?この子の前で話したこと、父さんにも怒られたんじゃないのか?」
ケイシーには、自分とシリウスのような関係でもない、急遽学園へとやって来たオズに、エンジーが何故そこまでして秘密を明かすのか、不思議に思えて仕方がなかった、
「オレは、クロスアルドの家には行かねーよ!」
オズは、きっぱりと断言し、それを聞いたエンジーは、安心した様子で言った。
「……オズなら、そう言うと思った…。だから話したんだ。…クロスアルド家と関係を持たない、一人の転校生としてのオズなら、クアトロ・コートを変えることが出来ると思ったから……」
「……エンジー…」
嬉しそうに言うエンジーを見て、オズは、彼が本当に自分のことを信頼していたのだと知り、赤くなってうつむいた。
「…オレに、そんな力ねーよ…。…買い被りだ……」
「………」
ケイシーは、二人のことをじっと見つめた。
その時、話が落ち着いたのを見計らったように、フェルールがやって来た。
「失礼いたします。お茶をお持ち致しました」
フェルールは三人の元へ歩み寄ると、お盆に乗せたカップを、オズとケイシーの前に静かに置いた。
「どうぞ、マドモアゼル」
フェルールはオズに言った。「マドモアゼル」などと呼ばれたことがないオズは、驚いて、慌てて頭を下げた。
「えっ⁉…あ、すいません…」
「…お帰りなさいませ、ケイシー坊ちゃま」
フェルールは、今度はケイシーに言った。
「すぐに戻るんだ、フェルール」
ケイシーは、笑いながらフェルールに返した。
フェルールは微笑むと、三人に一礼して、応接間から去って行った。
オズは、差し出されたカップの中を覗いた。
カップには、先ほどフェルールがエンジー渡したものと同じラテが入っていた。
「…これって…」
「ラテだよ。…あ、オズはカフェオレじゃないと飲めないんだっけ?」
エンジーは、意地悪そうにオズを茶化した。
「また馬鹿にしやがったなっ⁉オレだって飲めるぜ‼」
オズはムッとして返すと、ラテを一口飲んだ。
「…旨いだろ?フェルールの入れるラテは、心を落ち着かせる力があるんだ。僕は、彼の淹れるラテが一番好きなんだよ」
エンジーは、嬉しそうにオズに話した。
エンジーの言葉に頷き、オズは、フェルールの淹れたラテをじっと見つめた。
「……飲み物でこんなに落ち着くの…初めてだ……」
微笑み合うオズとエンジーを見ながら、ケイシーもラテを一口飲んだ。
ケイシーの表情は、自然と笑顔になった。
次回へつづく。
第十三話、最後まで読んでいただきありがとうございました!!
毎度のことながら、誤字脱字と表現の間違いで、読みにくくて申し訳ありません。
もっとスラスラと読んでいただける文章が書けるようになりたいです……。
次回「不本意となった真実」もよろしくお願いいたします!!




