EP12. 【祭りの前夜に…】
校舎に戻って来たティオラ・マクースト・ビーゼルは、ネルのことを心配に思いながらも、とりあえずそれぞれの自室へ戻ろうと階段を上っていた。
「私、オズの様子を見てくるわ。無事にネルを見届けたことも伝えたいし」
ティオラは、後ろを歩くマクーストとビーゼルに言った。
「………」
ビーゼルは、ネルが不安気な表情を見せたのがずっと気がかりのようで、神妙な面持ちで黙っていた。
「…じゃあ、僕も…」
マクーストがティオラに返そうとしたその時だった。突然、ビーゼルがマクーストの腕をガシッと掴んだ。
「ぇえっ⁉」
掴まれたマクーストは、驚いてビーゼルの方へ振り返った。
「な、なに?ビーゼル?」
「…ちょっと聞きてーことがあんだ!来てくれ!」
ビーゼルは、マクーストの腕を強く掴んだまま、階段を駆け下りた。
「えっ⁉ちょ、ちょっと、ビーゼルっ⁉」
マクーストは、訳が分からず、ビーゼルに連れて行かれるがままに、階段を下りて行った。
「……?」
ティオラは、不思議そうにそれを見ていたが、ビーゼルの突拍子もない行動はいつものことなので、そのまま体を返して階段を上がって行った。
西の校舎の最上階は、白月の守護者の部屋になっている。
エンジーは、辺りに誰もいないことを確認すると、オズの部屋の前まで来て立ち止まった。
「………」
じっと扉を見つめると、視線を下げた。
(…オズ……。パーティーに行かなかったのか…?…一体どうして……)
エンジーはどうやら、オズがパーティーに行くのを見届けるため、校舎から正門での迎えの様子を見ていたようだった。だが、実際迎えの車に乗り込んだのはネルだった。
エンジーは、複雑な表情で顔を上げた。
「……これも運命か……」
エンジーはため息をつき、眉間に皺を寄せて呟いた。
「あら、意外な人物のお出ましね」
階段の方から苦手な声が聞こえ、エンジーは、ハッとそちらを向いた。
声を掛けたティオラは、躊躇なくそちらへ歩み寄って来た。
「オズになんの御用かしら?」
ティオラは立ち止まって、腰に手を当てて聞いた。
「…いや…。彼女、なんでクロスアルドのパーティーに行かなかったんだ?」
エンジーは、ティオラから目を反らして聞いた。
「あら?オズがパーティーに出られないのは、あなたにとっては好都合なはずよ?…理由を知っているのは、あなたの方なんじゃないかしら?」
思い当たる節があるティオラは、エンジーに聞いた。
「…え?ど、どういう意味だ?」
反対に、何のことを言っているのか分からないエンジーは、疑問の表情でティオラに聞いた。
「白月と黒陽で協力しようって言ってる矢先に…なによ!あなた、そんなに家が大事なの⁉オズに卑怯な手まで使って、そんなに秘密を守りたい⁉」
ティオラの責め立てに、エンジーは、訳が分からずに困惑していた。
ティオラはチラッとオズの部屋の扉に目をやった。
「…彼女、今、高熱でうなされてるわ……」
「っ⁉」
視線を落として言うティオラの言葉に、エンジーは驚いて扉に目を向けた。
「…あなたが仕組んだんでしょ……?」
ティオラは、恨んだ目でエンジーを睨んだ。
「なんだって……っ⁉」
言いがかりをつけられたエンジーは、驚いた顔でティオラを見た。
「オズの制服、びっっしょり濡れてたわ。…あなた、オズにパーティーに行ってほしくなくて、それでオズに水を被せたんでしょっ⁉」
責め立てるティオラの言葉に、カッとなったエンジーは、たまらず言い返した。
「そんなことするわけないだろっ⁉」
「嘘よっ!オズに風邪をひかせるために、また何かうまい手口を使ったに違いないわっ‼最近になってオズに協力的なのも、彼女の気を惑わすためだったんじゃないの⁉……あなたって…、本当に卑劣ね!卑怯者っ‼」
「っ⁉」
仲間のことを思うがあまり、ティオラは感情的になっていた。
ティオラに言いたいことを言われ、エンジーは反発しようとしたが、それももう必要ないと判断し、ぐっとこらえた。
「…そう思いたければ勝手に思えばいい。……もう、僕には関係のないことだ」
エンジーは諦めたように視線を反らし、東の校舎へと足を向けた。
エンジーの言葉の意味が分からず、ティオラ振り返った。
「なっ⁉ど、どういう意味よっ⁉あなた、こんなことして、ただでは済まないわよっ‼」
ティオラが怒鳴るも、エンジーは聞く耳を持たずに、そのまま歩いて去って行った。
「……なによっ!」
ティオラは気にくわない様子で呟くと、気を取り直してオズの部屋をノックし、中へと入って行った。
「調子はどう?オズ」
部屋の中へと入ったティオラは、ベッドで寝ているオズに聞いた。
「……頭がいてぇ…」
オズは、額に手の甲を当てて、辛そうに言った。
「タオル、取り換えるわ。…ネル、ちゃんと迎えの車に乗って行ったわよ。青いドレス、とっても似合ってたわ」
「……そうか…」
オズは安心したように言った。
「…それと、彼に釘は刺しておいたから、安心して」
額に乗せたタオルを取りながら、ティオラが言った。
「…?…何の話だ?」
オズは、チラッとティオラに目を向けて聞いた。
「エンジーに。彼、部屋の前まで来てたのよ」
ティオラの言葉を聞いた途端、オズはガバッと身体を起こした。
「オ、オズっ⁉駄目よ!急に起き上がったりしたら…」
「アイツに釘を刺したって…?…どういう意味だ…?」
身体を支えるティオラの腕を掴んで、オズは聞いた。
真剣な表情で聞くオズに、ティオラは躊躇しながら返した。
「……私、洗面所で見ちゃったのよ…。びしょぬれになったあなたの制服を…。それでピンときたの。あのエンジーが、あなたにパーティーに行ってほしくないがために、故意にあなたに風邪をひかせたんだろうって」
「……っ⁉」
オズは、目を見開いてティオラを見た。
「私に隠すことないじゃない……アイツに、やられたんでしょ?…オズ…」
ティオラは、オズの反応から、半信半疑になって聞いた。
すると、オズは気が抜けたようにティオラから手を離し、ベッドにドサッと横たわった。
「オ、オズ⁉」
ティオラは慌ててオズに声を掛けた。
オズは、はぁっと深いため息をつき、目を閉じた。
「…悪いのはオレなんだ……」
「…え?」
「……オレが、アイツにダンスを教えてくれって言ったから…。慣れねーことするもんじゃねーな…。オレが足を踏み外したせいで、噴水に落ちたんだ。……自業自得だぜ…」
「………っ⁉」
真相を知ったティオラは、驚いて何も言えずに黙った。
今のオズには、彼女をせめる気力もないのか、自分のことを思ってやってくれたことに、恩を感じているのか、勘違いをしてエンジーを批判したティオラを怒ることもしなかった。
「…あ、あなたから、彼に頼んだってこと…?」
「…そうだぜ…。マクーストに頼むと、お前に悪いからな」
オズは、しんどいながらも、笑顔でティオラに意地悪を言った。
「な、なによそれ…っ!」
ティオラは赤くなって返すと、ハッとした。
「……わ、私…、とんでもないこと言っちゃったじゃない……っ!」
「気にすんなよ。そんなこと根に持つ奴じゃねーから。…熱が下がったら、オレから言っといてやるよ」
「………」
先ほどと違って、穏やかな表情で言うオズを、ティオラはじっと見つめた。
「…でも、彼…、去り際に、妙なことを言ってたわ」
ティオラの言葉に、オズは目を開けてそちらを見た。
「…もう関係ないって…。なんだか、全てを諦めたように……」
「………」
オズは、ティオラから目を離し、天井を見つめた。
ティオラは話を続けた。
「向こうも、王の呪いの問題もあるし、火事の真相を突き止めることに疲れちゃったのかしらね?」
話しかけるも、オズは返事をせず、ずっと天井を眺めていた。
「……?」
そんなオズを疑問に思うも、ティオラはタオルをかえに、洗面所へと向かった。
オズは目を閉じた。
(アイツ…、ライアンに、オレの力になってやって欲しいって頼んでた…。その上、もう自分には関係ないことだと…?……一体何考えてやがんだ?……とりあえず、早いとこ熱下げて、アイツに問いたださねーとな……)
考えていると、頭がガンガン痛み出し、オズはぎゅっと目をつむった。
「…あぁ…頭いてぇ……」
その頃ネルは、大富豪「クロスアルド」の屋敷で開かれているパーティー会場に到着していた。
門から見える屋敷は、煌びやかにライトアップされ、特徴ともいえる白銀と薄緑など、パステルカラーで統一された外壁を、ネルは身を引き締める思いで見上げた。
建物は角ばった形を嫌うように、柱などは円形に丸みを帯びた造りが目立った。
「ネル・クレハモニア様、お待ち申しておりました。…どうぞ」
玄関までの階段を上がると、パーティーの招待状を確認するために立たされた、クロスアルド家の使用人が、顔を見ただけでネルを中へ通した。
「参加しないはずだったんだけど…、気が向いたから。……パパは?来てる?」
一応オズから招待状は預かってはいたのだが、確認せずとも入れたので、それをバックにしまいながら、ネルはその使用人に聞いた。
「はい。コリー様からうかがっております。…お早いお着きで、もう旦那様との挨拶をすまされておりました」
コリーとは、ネルの父親の名前だ。
「そう…。ありがと」
ネルは、奥の賑やかな会場の方を見ながら礼を言った。
会場に向かおうと、広間を歩いていたネルは、久しぶりに見る屋敷の内装をキョロキョロと見回した。
(…あの頑固親父の屋敷にしては、この内装に違和感抱くのよね……。きっと愛娘の為なんだろうけどさ…)
外壁と同じく、内装も白を基準とした淡い色で統一されていた。女性が好みそうな印象から、主人が大事にしている一人娘の気をひくためなのだと察した。
ネルが会場までたどり着くと、既にいくつもの企業のトップとその関係者が出席しており、賑やかなムードが漂っていた。
派手なことが好きな会長の為に造られたパーティー会場は、大きく間取りされ、高い天井にはこれでもかと大きくド派手なシャンデリアが中央で存在感を放ち、オペラを鑑賞できるように、二階にまで席が備え付けられていた。
ネルは、入り口で一通りを眺めた後、辺りを見回して、父親を捜した。
ここに来た目的は、シリウスに話を聞くことだったのだが、彼とあまり話したことがないネルは、父親の力を借りて、会長やシリウスと接触を計ろうとしていた。
「あ、いた!」
ネルは、父親のコリーを見つけると、人混みをかき分けながら、そちらへ向かった。
「おい、今のは、クレハモニア家の令嬢じゃないか?」
「…え?気のせいじゃないのかい?クレハモニア家の娘は、こういう場を嫌うので有名なんだ。…あまりに勝手なので、家の者は苦労してるっていうウワサだよ?増してや交友関係も少ないみたいだし、社長も先が思いやられると愚痴をこぼしていたな…」
ネルが通り過ぎた後で、二人の中年男性が、ネルの悪い噂をしていた。
「パパ!」
ネルは、コリーの背後から声をかけた。
小太りで背の低い、口の上にくるりとカールした髭を生やした愛嬌のある男が、振り返って、目を大きく開けた。
「おお!ネル!来てくれたんだね。…紹介しよう、こちらコリンズ社の重役で、今度わが社の事業に協力してくれることになった……」
「そんな事より、シリウス見なかった?」
コリーの目の前にいる、背の高い男性が、かがんでネルに手を差し伸べようとしたのだが、ネルはそんなことなどお構いなしに、コリーに聞いた。
「こ、これ!そんな事とはなんだね⁉…とんだ失礼を…。私の一人娘のネルだ」
コリーは、先方にネルを紹介した。
相手は、不機嫌そうにしているネルを見ると、差し出した手を引っ込め、咳ばらいをして自己紹介をした。
「初めまして、ネルお嬢様。…お父様には、日頃から大変お世話になりまして……」
「よろしく。…それで?シリウスは?もう会った?」
人見知りなネルは、挨拶を早めに切り上げ、再びコリーの方を向いて聞いた。
「~~~っ」
重役は、ネルの勝手ぶりに顔を引きつらせた。
「す、すまない。なにか急用なようなので、娘と少し話して来る…」
冷や汗をかいたコリーは、苦笑いをしながら、その重役に断った。
「クロスアルドの血縁者の代わりに急にパーティーに参加するなど言い出すから、驚いてはいたのだが…。さっきからシリウスがどうとか言っているが…、まさか、シリウスを婿にしたいなど言い出すんではないだろうね⁉向こうは会長の一人息子なのだよ?…いくら娘の頼みでも、そこまでは私の力では……」
コリーが勘違いをして一人で話を進め出し、ネルはたまらずに割って入った。
「違うに決まってんでしょっ‼…ヤツに聞きたいことがあんの…。そのクロスアルドの血縁者のオズに頼まれてね!」
コリーは驚いて返した。
「頼まれたって…!ネル、お前、余計なことに関与しようとしているんじゃないだろうね?クロスアルド家の問題に、私たちは口出ししてはならないのだよ⁉」
コリーが心配しながら言うと、ネルは反論した。
「オズは……、オズは私の友達なのっ!私は彼女に信頼されて、代わりにパーティーに来てんだからっ ‼」
「ほっ⁉」
コリーは驚いて、独特な声を上げた。
「…な、なんだって…?お前に友達……?クロスアルドの血縁者と友達になれたのかっ!それは良かった‼ぜひ、お祝いしよう‼」
「でかした!」と言わんばかりに、コリーは興奮し、会場の隅から移動しようと、ネルを中へと引っ張った。
「そ、そんなことしてる場合じゃ…」
ネルが焦っていると、正面から声をかけてくる者がいた。
「ネル!来てくれたんだね!」
コリーとネルは、その人物を見るとハッとした。
そこには、ブロンドに少しウェーブのかかった髪の、眼鏡をかけた四十代後半であろう男性が、笑みを浮かべて立っていた。
手にはジュースの入ったグラスを持ち、それをネルに差し出した。
「…ど、どうも…」
ネルは軽く会釈し、それを受け取った。
「マーソン…」
コリーは呟いた。
どうやら、彼がマーソン・クロスアルド。オズに招待状を送った張本人だった。
彼は次期クロスアルド家の跡取りらしく、クロスアルド家の紋章が刺繍された、高価なダークブラウンの背広を着ていた。
「…オズが来られない代わりに、出席してくれたんだね。どうぞ、ゆっくりしていって欲しい」
短く生えた口ひげを触りながら、マーソンは少し残念そうにしていた。
「ネル、お礼を言いなさい」
ぼーっとしているネルに、コリーが言った。
「あ、ありがとうございます…」
ネルはペコッと頭を下げた。
「いえいえ。……それで、君に少し聞きたいことがあるんだが…、オズは……」
マーソンの話の途中で、近づいて来る人物がいた。
「あら!ネルじゃない⁉お久しぶりね!」
高貴に着飾り、時間をかけたであろうヘアースタイルを決めながら、その女性はネルに話かけた。
「あ…、こ、こんばんは…ヒリスさん……」
ネルは、またもペコッとお辞儀をした。
ヒリスと言う女性は、ネルに微笑みかけると、コリーを見て会釈した。
ネル以外の三人は、既に挨拶が済んでいるようだった。
「今、ネルにちょうどオズの事を聞こうと思っていたんだ。…君も興味あるだろう?」
マーソンが、ヒリスに近寄って言った。
「まぁ!オズの?…あなた、しきりに気にしていたものね。……けど、もっと気にしているのは、お父様のようだけど……」
ヒリスはそう言うと、大きなイヤリングをキラリと揺らして、後ろを振り返り、人だかりの中心にチラッと目を向けた。
その人物を見たネルは、ゲッと顔を引きつらせた。
「これ!決してそんな顔を会長の前でするんじゃないよ‼」
コリーは、ネルにコソッと耳打ちした。
人だかりの中心にいる人物は、このパーティーの主催者、ダグラス・クロスアルド会長だった。
そんな彼を「お父様」と呼ぶヒリスは、会長の一人娘であり、マーソンの妻だった。
「お父様!」
ヒリスは父親を呼んだ。
すると、会長はピタッと会話をやめ、そちらに目をやった。
右手に持った銀色の杖をカツカツついて、黙ってこちらに来ることが分かり、ネルは目を反らしてうつむいた。
「お話し中でしたわね」
「…いや。どうせ大した話ではない」
ダグラス会長は、愛娘であるヒリスの肩を抱き寄せて言った。
「会長、オズが本日来られないとのことで、代わりにクレハモニアのネル嬢に出席いただきました」
マーソンがかしこまって言うと、ダグラスは、ギロリとネルに目を向けた。
ネルは「ひっ」となって、身を縮こませた。コリーもかしこまって、お辞儀している。
クロスアルド家の会長であるダグラスは、銀色の短髪を後ろにまとめ、威厳のある髭を生やした初老の男だった。
常に眉間に皺を寄せている辺りから、その頑固さがかもしだされている。
そして、彼もマーソンと同じく、クロスアルド家の紋章の刺繍がされた、漆黒の背広を身に纏っていた。
「ネル。クレハモニアか…。久しいな。……オズが来られないと……?」
ダグラスは、マーソンに目を向けて聞いた。
「お伝えできていませんでした…。なにせ、パーティーの支度で、皆忙しかったものですから……」
「言い訳などいらん‼オズが来ないのでは、このパーティーの意味がないではないかっ‼」
マーソンが言うと、ダグラスは急に声を荒げ、コリーとネルはビクッと身体を反応させた。
「あら、どういうことです?…お父様、やっぱりこのパーティーを、正式にオズをわが家へ迎え入れる発表の場にしたかったのですわね?」
ヒリスの言葉に、ネルは驚いて顔を上げた。
「本当ですか会長⁉」
ヒリスとは違い、マーソンは全く知らなかったようで、驚いてダグラスに聞いた。
「……アイツでは、跡取りにできる見込みはなさそうだからな…」
ダグラスは、ジロッとマーソンを睨み、マーソンは何も返せずにうつむいた。
ヒリスも、返す言葉が無いようで、目を反らして口をつぐんだ。
アイツ=シリウスのことだと、ネルはすぐに察した。
「そう言えば、シリウス殿の姿がありませんな。私は早くから来ていたが、まだ一度もお顔を拝見していない…」
コリーが言うと、クロスアルド家三人の鋭い視線を受けた。
「……っ」
コリーは驚いてたじろいだ。
「…あの子は…、今夜はパーティーには出ませんわ。…休んでいた分の学業を取り戻すために、部屋に入れておりますの」
ヒリスが言うのを、マーソンがヒヤヒヤしながら見ていた。
ダグラスは、その間ずっと黙っていた。
マーソンは、オズの話に戻そうと、ネルに聞いた。
「…ネル、学校でのオズは、どんな感じなのかな?」
「……え?」
急に振られ、ネルは聞き返した。
皆は興味があるようで、ネルに注目した。
「……どうって言われても…、元気で明るい子ってことしか…」
ネルは「うーん」と考えながら答えた。
「…まぁ…。お上品ではなさそうね…。躾が必要だわ…。顔は、整っているのかしら?」
今度はヒリスが聞いた。
「…それよりも学業だ。……クロスアルド家を継ぐ者は、優れた頭脳と、肝の座った度胸がある者でないと務まらん‼」
筋違いな質問をする二人にしびれを切らしたダグラスは、大きな声でそう言い放った。
その迫力に、場は一度静まり返ったが、マーソンがまたネルに聞いた。
「…どうかな?君は守護者だから、よくオズと関わることがあるんだろう?今回も代わりとして来ているということは、彼女のことを良く知っているからなんだよね?」
クロスアルド家の三人は、ネルの答えに期待を込めた。
だが、ネルはすぐに答えず、うつむいて黙った。コリーは、ネルの様子に不安を抱き、心配した。
「…ネル…?」
すると、ネルが顔を上げた。
「オズは……、オズは……怒ってます‼」
「っ⁉」
皆は驚いた。ネルはクロスアルド家の者たちを恨むように見ている。
「勝手に血縁だとか言われてっ!勝手にクアトロ・コートに入れられてっ!挙句にパーティーに参加しろだなんて…っ!オズをクロスアルド家に入れるためのパーティー?そんな事、オズが聞いたら怒り狂ってると思うっ!勝手にそんな事決められてっ!……そんなに気になるなら、どうしてあなたたちからオズに会いに行かないのっ⁉」
ネルは、気持ちを抑えきれずに、あふれる言葉をぶちまけた。
マーソンとヒリスは、驚いた顔をしてネルを見ていたが、ダグラスは、表情を変えず、ただ黙って感情的になるネルを見ていた。
「ネルっ‼お願いだっ!もうやめてくれっ‼」
会長に失礼な態度をとる娘を、コリーは必死で止めた。
「……っ……っ」
気が付くと、ネルは涙を流していた。
自分が自覚もなく涙を流していることに気付いたネルは、無礼なことを言ったことにだんだん気が付き、いたたまれなくなってその場から走り出した。
「…ネルっ‼…ああっ……。か、会長!クロスアルド夫妻にも、本当に申し訳ないことを…っ!なんとお詫びしたらいいものか……っ」
必死に謝るコリーの前で、マーソンは心配そうに、走って行くネルを見ていた。
ヒリスは、チラッとダグラスに目をやった。
「………」
ダグラスは、黙って目を閉じた。
走って出て来てしまったネルは、心臓をバクバクさせて、廊下の壁に手を付いた。
(…ど、どうしよう私…。会長にあんなこと言っちゃって……。パパ、きっと今頃大変な思いしてる……。っていうか、私、何してんの……?オズの為に涙なんか流して……)
らしくない自分に動揺しながら、ネルは人気の無い廊下までトボトボ歩いて来ていた。
「…はぁ…。これで帰っても、ティオラに怒られるだけだし…。シリウスがパーティーに来てないんじゃ、どーしようもないよ…」
ネルが落胆した様子で呟くと、先ほどの会話を思い出した。
「…そう言えば、勉強のために部屋にいるって……」
ネルはどうするか考えた。
部屋を訪ねる勇気はない。ましてや、今、クロスアルドに失礼な態度をとったことで、これ以上問題を起こすことは避けたかった。
(…でも、土産無しって言うのもなぁ…)
ネルが、二階へと続く階段を見上げて悩んでいると、足音が聞こえてきたので、とっさに壁の影に隠れた。
「あなた一人で大丈夫?私も行くわよ」
「大丈夫。坊ちゃまの手当は慣れたから」
どうやら屋敷のメイドのようだ。メイドはお盆に何かを乗せ、階段を上がって行った。
(…坊ちゃま…?シリウスのこと⁉)
ネルはハッとした。
ネルはメイドの向かった先を見つめた。大きな階段の先は、本日のパーティーとは対照的に薄暗かった。下でのにぎやかな雰囲気が、より一層にその暗闇から抱く不安を際立たせた。
ネルは意を決して、そのメイドを追いかけた。
薄暗く長い廊下を、メイドは歩き続けた。
ぼうっと揺れる影と足音を頼りに、ネルは、そのメイドをコソコソと追いかけた。
廊下の突き当り、一番奥の部屋まで来たメイドは、立ち止まり、ポケットから鍵を取り出して、外からかけられた南京錠のロックを外した。
メイドは続けて扉を三回ノックした。
「失礼いたします」
そう言って、メイドは扉を開けると中へ入って行った。
「……?」
ネルは不思議に思った。
クロスアルドの跡取り候補であるシリウスの部屋が、何故にあんなに奥の辛気臭い部屋なのか…。そして何より、何故外から鍵がかけられているのか…。
不安もあったが、手ぶらで帰れないネルは、なんとしても情報を得ようと、小走りでそちらへ向かった。
「…随分と良くなられていますね。安心しました。…痛みますか?」
メイドの声は聞こえるが、相手の声はしない。
ネルは、少し空いている扉の隙間から、そろーっと中を覗いた。
部屋の中まで薄暗く、ベッドに置いたランプの光で、その辺りだけかろうじて見えた。
「身体をお拭きしますので、包帯を外しますね」
どうやら、メイドはベッドにいる誰かに声をかけているようだ。
まずメイドを確認したネルは、その奥を見ようと、首を動かした。
「っっ⁉」
ネルはそれを見ると、思わず顔を引っ込めた。
目を見開いたままのネルは、腰を抜かしたのか、座ったまま壁に背を付け、口に両手を当ててガクガク震えている。
高鳴る動機と共に、涙が溢れ出したネルは、その場からなんとか逃れようと、廊下を這いつくばった。
階段までようやくたどり着き、手すりにもたれて、かろうじて立っている状態のネルは、今すぐにでも学園へ戻りたかったが、足が思うように動かなかった。
「うるせぇなっ!だから、中にいるネルの知り合いだって言ってんだろっ⁉」
すると、聞きなれた声が、玄関の方から聞こえて来た。
「こ、困りますよっ!招待状が無い方は…っ!」
入り口に立っていた使用人が、困ったような様子で、ズカズカと屋敷に乗り込んで来る者を止めた。
「っ⁉」
ネルは、その人物を見て目を見開いた。
「……ビ……、ビーゼル……っ⁉」
分かってくれない使用人に、ビーゼルがまたも説明しようとした時、ビーゼルは、階段の上にいるネルに気が付いた。
「ネルっ‼よぉ!お前さんがあまりにも不安そうな顔見せるから、俺も来ちまったぜ‼」
「……っ‼」
ネルはビーゼルをじっと見つめた。
何も返してこないネルに、ビーゼルは「?」と思ったが、能天気に話を続けた。
「ま、お前のことだから、せっかくなら俺なんかよりも、もっと頼れるやつをよこせとか生意気なこと言うだろうけどよ!仕方ねーだろ?あの時これんのは、俺かマクーストくらいしかいなかったんだからよぉ。けど、気弱なマクーストには無理だと思って、アイツにこの屋敷の場所聞いて……」
ビーゼルが得意げになって話していると、ネルは必死に階段を駆け下り、ビーゼルにしがみついた。
「っ⁉はっ⁉」
驚いたビーゼルは、何が起こったのか一瞬分からない状態だったが、胸に顔を埋めるネルを見て、かぁ~っと顔を赤くした。
「なっ⁉お、お前っ⁉なんだよっ⁉どうしたんだよ、一体……」
ビーゼルが聞くも、ネルはただ震えて、ビーゼルの制服をギュウっと掴んでいる。
「……?」
ビーゼルが混乱した状況の中、クロスアルドの使用人が、会長に話をしたらしく、ダグラス率いるマーソンとヒリス、そしてコリーがその場に現れた。
「招かねざる客か…。白月の制服を着て、クレハモニアの令嬢と随分親密そうだが、一体何者なんだね?」
ダグラスが聞いた。コリーは愛娘が男に抱きついている姿を見て、ショックを受けていた。
「だ、誰って…。おっさんこそ誰なんだよ⁉」
ビーゼルが聞くと、場が凍りついた。
「……。失礼したな。ワシはダグラスだ。ダグラス・クロスアルド」
クロスアルドという名前に、ビーゼルは驚いた。
「ク、クロスアルドっ⁉」
(…コイツが、オズの血縁にあたる……?)
ビーゼルは今頃その威厳に気が付き、何も言えずにたじろいだ。
ダグラスはギロリとビーゼルを睨んでいる。
「し、失礼しましたーーーっ‼」
ビーゼルはとっさにネルを抱え、そのまま逃げるように屋敷を出て行った。
「……クアトロ・コート学園も、随分と落ちぶれたものだな。あのような下劣者が生徒にいるなどもってのほかだ。メンジャークリンは一体何を考えているんだ」
ダグラスは、身体を返して会場へと戻って行った。
「……ああ……ネル……」
コリーは、見ず知らずの男に連れて行かれたネルを心配し、無事を祈るように、ビーゼルが走って行った先を見つめていた。
翌日の放課後、白月の守護者たちは、昨夜のネルの話を聞くため、オズの部屋に集まっていた。
オズは、熱は下がったものの、まだ病み上がりなので授業は休み、寝間着を着た状態でソファに座っている。
ネルを上座に座らせ、四人は彼女の話を聞こうと注目していた。
「それで?肝心のシリウスから話は聞けたの?」
ティオラは身を乗り出して、今みんなが一番気になっていることを代表して聞いた。
「………」
ネルは罰が悪そうに、みんなから視線を反らせた。
「聞いてねぇのか?屋敷にいるってことは、パーティーには出てたんだろう?」
今度はオズがネルに聞いた。
「………」
ネルはうつむいた。
ティオラ、オズ、マクーストは顔を見合わせた。
「あなた…、まさか会ってないんじゃないでしょうね⁉ネル!あなた、自分の任務を忘れたの?…それとも、話を聞いて、クレハモニア家が不利になることが判明したから、私たちに黙ってるんじゃないでしょうねっ⁉」
ティオラは、きつい口調でネルをせめた。
「………」
ビーゼルは黙ったまま、ネルをじっと見ている。
ネルはキッとティオラを睨んだ。
「なによ、その目は⁉」
まだせめようとするティオラを、マクーストが見かねて止めた。
「や、やめようよ、ティオラさん」
「…だって…!」
ティオラは腑に落ちない様子でマクーストを見た。
ずっとうつむいて黙っているネルに、オズが話しかけた。
「ネル。昨夜はオレの代わりに、嫌なパーティーに行かせて悪かった。参加してくれただけでも、ありがてぇと思ってんだ。…だから、もし、シリウスから話が聞けなかったのなら、正直に話してくれていいんだぜ?」
ネルに負い目のあるオズは、彼女をせめず、本当のことを話すように促した。
ネルはオズをじっと見つめると、膝に置いた手を震えさせた。
「っ⁉」
オズはもちろん、ティオラとマクーストは驚いた。
見兼ねたビーゼルが、話し出した。
「……コイツ、昨日、俺が迎えに行った時も、こんな感じで震えてたんだ。…何を言われたのかは知らねーけど、よっぽどのことがあったんだろうな…」
三人は、心配そうに言うビーゼルを見ると、再びネルに目を向けた。
ネルはその時のことを思い出し、ぎゅっと目を閉じている。
「……ネル…。…シリウスに何か言われたの…?」
「…それとも、クロスアルドにか?」
ティオラとオズがネルを心配しながら聞いた。
ネルはブンブンと首を横に振った。
みんなは顔を見合わせた。
今のネルから話を聞く気が引け、少しの間、その場は沈黙となった。
「……シリウスは………」
ネルが口を開き、みんなはハッとそちらに顔を向けた。
「…シリウス……。屋敷の隅の部屋に閉じ込められてた……」
ネルの発言に、みんなは反応した。
「…えっ?」
「閉じ込められてる?…どういうことだ?」
「シリウスさんって、クロスアルド家の一人息子なんだよね?…どうして、パーティーに参加せず、部屋に閉じ込められたりしてるの…?」
マクーストは皆に聞くと、ネルの方へ顔を向けた。
「…私もおかしいと思って、部屋に向かうメイドの後に着いて行ったんだけど…。……アイツの部屋、暗くで…。……ランプの光で、ヤツの姿が見えたんだけど……っ、わ、私……っ」
言葉を詰まらせたネルは、ぎゅっとスカートを握った。
ネルの様子に、四人は息を呑んだ。
「……全身が……包帯だらけで……っ、か、顔が……焼けただれて……た……」
「っっ⁉」
四人はネルの言葉に衝撃を受け、言葉を失った。
ネルの言葉で想像するだけでも相当な衝撃なのだから、実際に目にした時のネルは、ひどいショックを受けたに違いない。
震えるネルを、みんなは哀れんだように見つめた。
ティオラは立ち上がり、ネルの方へ歩み寄ると、彼女に寄り添って肩をさすった。
「……あなた一人に、辛い思いをさせてしまったわね……。ごめんなさい……」
ティオラは辛そうに目を閉じて、ネルに謝った。ネルはうつむいて震え続けている。
マクーストとビーゼルは、その光景を心配そうに見つめていた。
「………っ」
そんな中、オズは、一つの確信を得ていた。
(…間違いねぇ。二年前の火事にはシリウスも関係している。…ナタリーを恨み、火事を起こしたのはシリウスなのか…?……それだと、どうしてオルマンダ家がそれを隠そうとするんだ……?……それとも、シリウスも犠牲者なのか…?ケイシーが、ナタリーとシリウスをはめようとして……。いや、だとしたら、クロスアルドが黙っちゃいねぇ……)
考え込むオズに、ビーゼルはジロッと目をやった。
「…おい、オズ。…ネルがこんな思いまでして得た情報だ。後は、お前の推理に期待するしかねーんだぞ」
オズはハッとしてビーゼルへ顔を向けた。
ティオラとマクーストも、嘆願の目でこちらを見ている。
「………」
オズは何かを考え込んだ目で、一点を見つめた。
その日の夕刻。
まだ少し頭が痛むオズは、ベッドに横たわって目を閉じていた。
いろいろ考えたいことがあるものの、頭の痛みが邪魔をし、オズは諦めた様子でため息をついた。
❘ コンコン ❘
部屋の扉からノックの音が聞こえ、オズはパッと目を開けた。
「誰だ?……ティオラか?」
オズは重たそうに身体を起こしながら、扉の方に向かって聞いた。
「……オズ、僕だ……」
その声にオズはハッとした。
(…エ、エンジー…⁉)
オズは扉の方へ向かおうとしたが、慌てて自分の身なりを確認した。
(…ゲッ…。オレ、パジャマだ……)
オズは扉を開けることを躊躇した。
「まだ体調が優れないのなら、そのままでいい。……ただ、声だけ聞かせてくれないか?」
「っ⁉」
オズは扉に目を向けた。エンジーの声は穏やかだったが、少し元気が無いように感じられた。
「……熱は下がったか?…すまない。僕のせいで、パーティーに行けなくなってしまって……」
エンジーがそこまで話すと、急に扉が「ガチャッ」と開いた。
「⁉」
エンジーは驚いて、伏せていた目を上げた。
視線の先には、パジャマ姿のオズが、腰に手を当てて立っていた。
「……入れよ。そんなとこで話されたら迷惑だからな」
「………」
オズに言われ、エンジーは申し訳なさそうに視線を背けて部屋へと入った。
「熱が出たのは、別にお前のせいじゃねーよ。ダンスを教えてくれって言ったのはオレなんだし。…ティオラに何言われたか知んねーけど、お前が気にすることじゃない。本人も、悪かったって反省してるしな」
オズは扉を閉めると、ガウンを着ながらソファに向かった。
エンジーはずっと黙って立っている。
そんな彼を見ながら、ソファに座ったオズが言った。
「座れよ。…オレに話があって来たんだろ?……オレもお前に聞きたいことがある。…ま、察しはついてんだろうけどな」
オズは腕を組んでエンジーを睨んだ。
「………」
エンジーは黙ったまま、オズの向かいのソファへと腰掛けた。
「………」
オズは、じっとエンジーを見た。オズの目に負い目を感じているのか、エンジーは、目を伏せたまま、オズに話しかけた。
「…元気そうで安心した。先生から、高熱が出て寝込んでるって聞いたから…」
「あれくらいの熱、寝てりゃ治る。…パーティーに行けなかったのは、残念だったけどな」
オズは、エンジーの反応をうかがうように言った。対するエンジーは、ずっと視線を下げたままだ。
「……お前、オレにパーティーに行くのを勧めてたよな?」
オズの言葉に、エンジーは顔を上げた。
「代わりにネルに行ってもらったが、あいつはシリウスと話すことが出来なかった…。そのかわりに、とんでもないものを見て来たみたいだ」
「………っ」
エンジーは、またも視線を下げた。
オズは、そんな彼に追い打ちをかけるように話した。
「ネルが目にしたもの…、本当は、オレに見せるつもりだったんだろ⁉」
「…っ」
エンジーは眉間に皺を寄せた。
「お前は、シリウスが全身に火傷を負ってることを知ってたんだ!それをオレに見せることで、オレに何かを気付かせようとした!」
「…オズ…っ⁉」
興奮しながら話すオズに、エンジーは複雑な顔を向けた。
「お前、一体何を企んでやがるんだ⁉この間はライアンに妙なことを頼んだり、ティオラには、もう自分は関係ないって言ったらしいじゃねーかっ⁉」
オズは立ち上がってエンジーに怒鳴った。
病み上がりの身体で興奮するオズを心配し、エンジーも立ち上がって彼女を宥めた。
「落ち着けよ。…だから、その話をしに来たんじゃないか」
エンジーはオズの肩に手を置き、言い聞かせて、彼女をソファに座らせた。
「………っ」
オズは、エンジーをずっと睨んだままだった。
「お前、ライアンの呪いを解くことを諦めるつもりなのか…?オレに、全部押し付けるつもりなのか…⁉」
オズの問いに、エンジーは首を横に振った。
「諦めてなんていない。僕は、必ずライアンの呪いを解いてみせる。…ただ、それには、君の力が必要なんだ…」
「どういう意味だ?オレだってマクーストの呪いを解くために、力になってるじゃねーか!」
オズの言葉にエンジーは頷くと、少しの間、何かを考えて話し始めた。
「……シリウスは、確かに二年前の火事に関係している。……火事を止めようとしたのが、シリウスなんだ。…火種となった聖菩樹を覆う炎を何とか消そうとした。…けど、焼かれてもろくなった根本が折れて、あろうことか、シリウスの方に燃え盛る木が倒れて来てしまったんだ……。それで…、今の姿に………」
エンジーはそこまで言うと、言葉を詰まらせてうつむいた。
「………っ」
オズは、まるで自分のことを話すかのように、苦痛な表情をするエンジーの顔を、険しい目でじっと見ていた。
すると、エンジーは立ち上がり、オズに力強い眼差しを向けた。
「っ⁉」
オズはハッとして、エンジーを見つめ返した。
「…僕に話せるのはここまでだ…。僕は、オルマンダ家の人間だ。…クロスアルドの血筋である君に、全てを話すことは出来ない。…協力したくても、僕は自分の意思を持ってはいけない人間なんだ。家の尊厳を壊すことは…許されないんだ」
「な、なんだよそれっ⁉ここまで来て、勝手なこと言うなよっ‼じゃあ、なにか?あとは知らん顔ってことかよっ⁉」
オズは怒ってエンジーを問い詰めた。
「僕は僕なりに、ライアンの呪いを解く方法を見つけるってことだ」
エンジーは、それ以上オズの気性が荒くならないように、顔を背けて扉の方へ足を向けた。
「ま、待てよっ‼」
腑に落ちないオズは、エンジーを追いかけた。
すると、エンジーは足を止め、ボソッと呟いた。
「……僕だって……君と協力出来たら……どれだけ良かったか……」
「……え…っ…」
エンジーは、オズの方へと顔を向けた。
その表情は穏やかで、決意を秘めた目をまっすぐに向けていた。
「明日、君に僕から最後のヒントをあげるよ。…最後にして最大の……」
「………はぁっ⁉」
「じゃあな!…オズ」
言葉の意味が分からず、オズが困惑していると、エンジーはクスッと笑って、そのまま部屋を出て行った。
「…あっ」
追いかけようとも思ったが、何故かオズは躊躇した。
エンジーの別れ際の様子が、あまりにも後腐れなかったからなのか…。
彼の言葉の意味を理解できない不安からか、オズは、胸に嫌な予感を過らせた。
その日の夜。
最上階の暗い廊下を歩くエンジーの姿があった。
決意を込めた目は、一心にある場所へと向けられた。
❘ 校長室 ❘
その表記がされた部屋の前までやってくると、エンジーは深く息を吸い込み、扉をノックした。
朝を迎え、食堂「コメドール」はいつものように賑わっていた。
体の具合もすっかり良くなり、オズは久しぶりに食堂へと顔を出した。
混み合う中、オズはビーゼルの姿を見つけた。
「………」
少し迷ったが、オズはそちらへ足を向けた。
「……よぅ」
オズがビーゼルに声を掛け、パンをかじろうとしていたビーゼルは、そちらに目を向けた。
「っ⁉」
驚いたようにオズを見ると、ビーゼル目を背けてパンをほおばった。
「……オッス…。身体、良くなったのか…?」
「あ、ああ…。おかげさまでな……」
「………」
二人の間には、まだ気まずさが残っていた。
(…まだ駄目なのかよ……)
オズは落胆した表情で、ビーゼルの元から去ろうとした。
「あ、オズ!おはよう!久しぶりじゃないか、ここへ来るの」
すると、カウシュがオズに声をかけた。
「風邪だったんだって?もう良くなったの?母さんと心配してたんだ」
心配そうにカウシュに聞かれ、オズは笑顔で返した。
「ああ。もうすっかり良くなったぜ!ありがとう、カウシュさん。ノスティモさんにも、よろしく言っといてくれよ」
「うん。…あれ?食べて行かないの?」
食堂へ来たものの、そのまま出て行こうとするオズに、カウシュは聞いた。
「…あ…。あんまりお腹空いてなくて…」
「それは良くないな。いくら病み上がりでも、栄養はしっかり摂らないと!…あ、それとも、約束してるのかい?最近やけに仲がいいもんね、黒陽のエンジーと」
白月と黒陽が仲良くなることを望んでいるカウシュは、嬉しそうに聞いた。
ビーゼルは耳をぴくっとさせて、チラッとオズを見た。
「別に仲良くねーよ。…アイツはオレをおちょくってるだけだ。…結局、協力する気なんてなかったんだ……」
オズは、寂しそうな目をして言った。
「………」
カウシュとビーゼルは、いつものオズらしくない元気のない表情に、少し驚いて彼女を見つめた。
「あ!いたわっ!オズーーっ‼」
入り口から、オズを呼ぶ声が食堂内に響いた。
オズはハッとして、そちらに振り返った。
カウシュとビーゼルはもちろん、周りの生徒も、何事かといった顔でそちらに目をやっている。
入り口からティオラが走って来た。その後ろには、マクーストとネルもいた。
「ティオラ、なんだよ大声出して、恥ずかしいじゃねーか。…もっとエースらしく場をわきまえろよ」
目の前で息を切らしているティオラに、周りの目を気にしたオズが言った。
「そ、そんな事言ってる場合じゃないわっ!…エ、エンジーが……っ‼」
呼吸を整えながら、ティオラはオズに言い聞かすように言った。マクーストとネルは、不安そうな顔でオズを見ている。
「…えっ⁉」
オズは、ドクンッと胸をざわつかせた。
「エンジーが、停学処分されるそうよっ‼」
「……っっ⁉」
オズは頭を真っ白にさせた。
ビーゼルは驚いて立ち上がり、オズの様子を心配そうにうかがった。
カウシュ含め、周りの生徒達も驚いてざわついている。
だが、オズにはそのざわつきも聞こえていないようだった。
「オズ?聞いてるの⁉しっかりしてよ、オズ!」
ティオラは何も聞こえなくなっているオズを心配し、必死に声をかけた。
オズは正気に戻り、突然走り出した。
「オズっ‼」
ティオラとマクーストは、とっさにオズを追った。
ネルとビーゼルも顔を見合わせ、彼らを追った。
ティオラは、やみくもに走り出すオズの腕を掴んだ。
「どこへ行く気なのっ⁉あなたにどうこうできる問題じゃないわっ‼」
「うるせぇっ‼なんでそんなことになったのか、校長に聞きに行くんだよっ‼離せよっ‼」
オズはティオラの手を払いのけ、再び走り出した。
「ど、どうしようっ⁉ティオラさん」
マクーストはオロオロしながらティオラに聞いた。
「今の彼女の様子じゃ、何をしでかすか分からないわ!とりあえず、私たちも行きましょう!」
「は、はいっ!」
ティオラとマクーストは、オズを追って校長室へと向かった。
「どうする?ビーゼル」
ネルも不安そうな顔で、ビーゼルに聞いた。
「……ったく、仕方ねーなっ!アイツらに任せちゃおけねーだろっ‼」
ビーゼルはそう言うと、みんなを追って食堂を出て行った。ネルも慌ててその後を追いかけた。
守護者たちの行動を見ていた生徒達のざわつきが収まらない中、カウシュは心配そうな顔で、オズ達が向かった先に目を向けていた。
厨房から見ていたノスティモも、カウシュ同様に神妙な面持ちで、そちらを見つめた。
「一体どっからそんな情報が入ったんだよっ⁉」
階段を二弾飛ばしで駆け上がりながら、ビーゼルがネルに聞いた。
「ティ、ティオラが今朝、テンに聞いたんだって!…テンが慌ててる様子だったから、気になって理由を聞いてみたら、まさかの事態だったってわけ!」
ネルは必死にビーゼルを追いかけながら、息を切らして言った。
「ってことは、黒陽側には、もう話がいってるってことだな!」
黒陽側の動向も気になりながら、ビーゼルは必死に階段を上った。
校長室まで来たオズは、「バタンッ」と勢いよく扉を開けた。
「っ⁉」
その途端、オズは驚いて目を見開いた。
一番奥のデスクに校長がいたが、入り口手前には、エンジー以外の黒陽の守護者と王座ライアンが並んでいた。
彼らは、突然入って来たオズに、驚いた表情を向けている。
「だ、だめよ、オズ!ノックもせずに入るなんて!校長先生に失礼よっ!……あっ…」
ティオラが校長室に入ると、黒陽の守護者たちがいることに気付き、慌てて身を縮こませた。
後から入って来たマクーストとビーゼル、ネルも、ティオラの後ろで恐縮した。
「なんだお前たち。いきなり入って来るなんて!場をわきまえろ!第一、白月のお前たちは呼ばれていないはずだ!」
テンが前に出て来て、オズ達を非難した。
「オレたちにだって関係ある話だ!エンジーと最後に話したのはオレなんだ!このままヤツに意味深な言葉を残されたままで黙っちゃおけるかよっ‼」
「…っ⁉」
興奮するオズの迫力に押され、テンはたじろいだ。
すると、部屋の中央の応接間から、野太い笑い声が聞こえた。
テンを含め、黒陽の守護者たちはビクッと背筋を伸ばし、そちらへ顔を向けた。
白月の四人は、客人がいることに今頃気が付いた。
「あっ…‼」
ネルはその人物を見ると驚いて声を発したが、すぐに視線を反らせて口をつぐんだ。
「…?」
ティオラ・マクースト・ビーゼルは「?」を浮かべて、ネルの様子に目をやった。
その笑い声の持ち主は、ソファからゆっくり立ち上がると、オズ達の方へ身体を向けた。
立ち上がると、その巨体が存在感を増した。
金色の癖のある髪は、オスライオンのように威厳を放ち、鼻下から顎にかけても同じように癖のある髭を生やして、顔中毛だらけだった。
だが、清潔感を抱くのは、毛に艶があり、黄金の紋章が縫われた高価そうな背広を、まるでその人物しか似合う者がいないという程に着こなしていたからだ。
「……っ」
その巨体で威厳のある来客に見下ろされ、オズは自然と足を後ろに引いた。
「随分と威勢のいい生徒がいるのだな。君は見たところ白月の生徒のようだが、気になる発言をしていたな」
「……?」
その者の前では、オズはどうにもいつもの彼女らしい威勢のよさは出せない様子で、ただ黙って疑問の表情を返した。
「エンジーと最後に話したのは、白月の生徒の君なのか?」
赤みがかった茶色い瞳にじっと見つめられ、オズは黙って頷いた。
「ほぉ…。……名は何という?」
その背広の男は目を反らし、顎に指を当て少し何かを考えると、再度オズに目をやった。
「…え?……オ、オレは…。オ、オズです…。オズ・クロスアルド……」
オズが名前を言うと、黒陽の守護者たちは動揺しながら背広の男を見ていた。
そして、机の椅子に座っている校長も、その背広の男の反応にじっと目を向けていた。
「っ⁉」
背広の男は驚いて目を見開いた。
すると、隣のソファに座っていた、もう一人の来客が、慌てたように立ち上がり、オズの方へ振り返った。
「じゃあ、この子が例のクロスアルドの血縁者か⁉父さんっ⁉」
オズ達白月の者は、背広の男の存在があまりのも印象強すぎて、その人物がいたことに、今になって気が付いた。
背広の男と同じうねった髪を、ポマードで固め、オールバックにしている二十歳前後の、少し肥えたその男は、焦った様子で、隣にいる背広の男に話しかけた。
「…取り乱すな。私の事は会長と呼べと言っているだろう。お前は黙って私の話を聞いていればいい。…校長、クロスアルドが必死で探した血縁者とは、この威勢のよい子というわけだな?」
「……」
背広の男に聞かれ、校長は仕方なしそうに黙って頷いた。
「挨拶をしても構わんか?」
背広の男は、校長に聞いた。
少し視線を下げた校長は、席から立ち上がり、オズの方へと歩み寄った。
不安気な表情をするオズに、校長は話しかけた。
「…オズ、こちらはオリバー・オルマンダ。オルマンダ家の会長で、エンジーの父親だ」
「えっ……⁉」
オズは目を見開いて、再度背広の男「オリバー」に目を向けた。
ネル以外の後ろの三人も、オズ同様に驚いている。
「お初にお目にかかる。オズ・クロスアルド。…エンジーが世話になったようだ」
「………っ」
オリバーが挨拶をするにも関わらず、あまりの驚きに、オズは言葉が出て来ず、その場で立ち尽くした。
すると、すかさずテンが注意した。
「会長の御前だ!ご挨拶を!」
テンの声に、オズはビクッとした。
「…は、初めまして……」
オズはそれ以上の言葉が出て来ず、そのまま頭を下げた。
恐れを成しているオズにフッとほくそ笑むと、オリバーは思い出したように言った。
「おっと、それと、これは私の長男である「アンバー」だ。時期私の後を継ぐよう、今は私の傍に置いている」
「…どうぞよろしく……」
オルマンダ家の長男アンバーは、オズを見下したような目で見て挨拶した。
オズはそれをすぐに感じ取り、不快に思ったが、頭を下げて返した。
「……よろしくお願いします…」
オズが頭を上げ、アンバーを見ると、彼も父親のオリバーと同じ黄金の紋章の入った背広を着ていることに気が付いた。
「………」
権力を見せつけられたオズは、ムスッとした顔で目を背けた。
「後ろの者は、白月の守護の者か?」
視線を向けられたティオラ達は、ビクッと背筋を伸ばした。
「…ティオラ、皆の紹介を頼めるかな?」
「えぇっ⁉」
校長に言われ、ティオラはぎょっと驚いた。
先ほどから校長も妙にかしこまり、オリバーの様子を気にしながら動いているように見える。
校長もオリバーの前ではやりづらく、きっと苦手な存在なのであろう…。オズはそう察した。
「あ…。私、白月のエース、ティオラ・メーメルと申します。…こちらは王座のマクースト・ゼイル。そして、ナイトのビーゼル・トロウ」
緊張するティオラの紹介に、マクーストとビーゼルも、かしこまって頭を下げた。
「そしてその後ろにいるのが…」
「ネル・クレハモニアだな。コリーは元気か?」
オリバーは気まずそうにしているネルに声をかけた。ネルは「バレた」と言わんばかりにギクッとしてチラッとそちらに目を向けた。
オルマンダ家と敵対関係にあたるクレハモニア家の娘のネルは、罰が悪そうに返事をした。
「…は、はい……」
長男「アンバー」は皆が父親の威厳に圧倒されていることに優越感を抱いたのか、誇らしげにニヤッと笑うと、父親に話を振った。
「ってことは、会長。話に聞いていた通り、クロスアルドの者は、エンジーと同じペイジに収まったってことですね!」
またも見下したように言われ、オズはキッとアンバーを睨んだ。
アンバーは、オズの睨みに気付いていたが、どうせ何も出来ないだろうと高を括って、澄ました表情で立っていた。
「…オズ。先ほど気になる発言をしていたが…」
「…え?」
オリバーに話しかけられ、オズはそちらを見上げた。
「息子と最後に話したと言っていたな。…何を話した?」
「………」
オズは悩んだ。
オズには、エンジーが何故停学処分になったのか理由がまだ分かっていない。何か考えがあっての彼の判断なのか…。自分に何か気付かせるための…。エンジーの最後の言葉は、そう感じさせるものだったようにオズには思えた。
「……た、他愛ない、普通の会話です」
オズは、エンジーの発言をこの場で言うことを避けた。
「………」
だが、疑ったように見るアンバーの目に耐え切れず、オズは視線を背けた。
「エンジーのヤツ、白月の…、しかもクロスアルド家の者と容易く口を利くなんて…っ!何を考えてるんだ!…万が一口を滑らせて、あのことを話しでもしたら……」
「アンバーっ‼」
オリバーがアンバーの言葉を遮るように、大きな声を上げた。
生徒の皆は、ビクッと身体を反応させた。
「…す、すみません……」
アンバーは恐縮して、それ以上話すことをやめた。
「……あ、あの……」
すると、オズが口を開き、オリバーに話しかけた。
オリバーはオズの方へ顔を向けた。
「エ、エンジーは、どうして停学になるんですか…?」
皆は顔を上げて、オリバーを見た。
「それが、私にも分からないのだよ、オズ」
オリバーの答えに、オズは眉を顰めた。
「…え?」
「私は今朝、校長から知らせを受けて今ここにいるんだ。これから、話を詳しく聞こうと思ってな」
オリバーは、チラッと校長に目を向けた。校長は無言で頷いた。
「エンジーは、今どこに…?」
「一度家に帰るために支度をさせている。…もうじきここへ来るだろう」
オズの質問に、オリバーは、先ほどのソファに座りながら返した。
アンバーは、いそいそとその隣に座り、校長もオリバーの前のソファへと向かった。
「…校長先生…」
ライアンが、一歩前に出て校長に話しかけた。
黒陽、白月の守護者は、この状況で前に出るライアンに驚いて目を向けた。
「なんだね?ライアン」
ライアンは、オズの横まで出て来て話し出した。
「エンジーから何かの申し出があって、彼を停学させる決断を下されたんですよね?でしたら、彼が何を申し出たのかだけでも、教えて頂けませんか?」
ライアンの言葉に同意し、オズはもちろん、後ろの守護者たちも前に出て来て、校長に目で訴えた。
オリバーは力強い眼差しで校長を見た。生徒達の訴えに、同調しているような眼差しだ。
校長は頷いて答えた。
「…エンジーは、昨夜、私の部屋へと尋ねて来たんだよ。大事な話があると言って…。中に入れ、口にした第一声が、退学させてほしいということだった」
「っ⁉」
皆は驚いて校長に目をやった。
「ワタシも突然のことで、とりあえず訳を話して欲しいと彼を落ち着かせたんだ。……だが、彼は、もうここにはいられない。いる資格がないと言って……」
「…一体どうして…?」
困惑する守護者の中で、テンが呟いた。
校長は目の前にいるオリバーを気にしながらながら言った。
「なんでも、二年前の火事の原因は自分だと言うんだよ……」
「っ⁉」
全員が驚いた。
「本人は退学を望んだが、まだ詳しい話を聞いていないからね。とりあえずは停学処分という判断にしているんだ」
校長がオリバーに気を使いながら、残念そうに言った。
「何考えてるんだっ!エンジーのヤツっ‼そんなこと言ったら、オルマンダ家に損害が…」
取り乱すアンバーに、オリバーは睨みを利かして黙らせた。
「…そ、そんな……っ⁉」
ショックを受けているライアンの隣で、オズはたまらず反発した。
「嘘だっ‼」
みんなは声を荒げるオズに目をやった。
「アイツが……、エンジーがそんなことするわけねーだろっ‼エンジーは…、エンジーはそんな奴じゃないっ‼」
「……オズ……」
ライアンは、興奮して肩で息をするオズに驚いて顔を向けた。後ろの皆も同様だった。
「…だけどね、オズ。彼には証拠となる火傷があるんだ。ちょうど二年前、その火傷の治療のため、しばらく学校を休んでいるんだよ」
校長はオズに言い聞かすと、チラッとオリバーに目を向けた。
「………」
オリバーは黙って話を聞いている。
「火を着けたのはケイシーだ!エンジーはアニキのことが心配でその場にいただけなんだ!…校長の差し金でクイーンになったナタリーに仕打ちをするためになっ‼」
興奮したオズは、場をわきまえずに暴露し、後ろの守護者たちが慌ててそれを止めた。
「オ、オズっ!やめなさいっ」
「お前っ!誰を前にしてると思ってるんだ!」
ティオラとテンが、前へ出ようとするオズを必死に止めた。
「か、会長っ!コイツ、ケイシーとナタリーのことを……っ!」
アンバーは、慌ててオリバーに耳打ちした。
オリバーと校長は、目を合わせると、校長がオズに聞いた。
「…オズ。その話を、一体誰から聞いたのかな?」
一見優しそうに聞こえるが、校長の表情は強張っていた。
「そんな事、誰だってかまわないだろ!オレはクロスアルド家のシリウスの代わりとして、何も知らねぇままこの学園に入れられたんだ!その真相を突き止めるのは当たり前じゃねーかっ!誰に何を聞こうと、オレの勝手だろっ‼」
「オズっ‼」
上の人間を前にして、言いたいことを言うオズを、皆は必死に止めた。
「この非常識人めっ!誰を前にしてると思ってるんだっ!いくらクロスアルドの血筋だとは言え、元はただの凡人だろうっ!」
アンバーはたまらず立ち上がり、怒鳴り返した。
「クロスアルドは落ちぶれたも同然だな!やっとの思いで探し出したのが、こんな常識外れの人間なんだから。いい気味だ!こんなヤツに跡継ぎなんて到底務まるわけがない!…どこの馬の骨か分かったもんじゃないな」
「なっ、なんだと……っ⁉」
アンバーの発言に、オズは堪忍袋の緒が切れた。
「…アンバー。やめておけ」
オリバーは、アンバーを落ち着かせるように言い聞かせた。
「でも父さんっ!エンジーがこのまま停学になると、オルマンダ家に損害が……」
すると突然、オズが身体を返して走り出し、校長室を出て行った。
「オズっ‼」
守護者たちは驚いて、走って行くオズに顔を向けた。
悔しそうに涙を堪えながら、オズは、校長室の扉を開け、勢いよく廊下へと飛び出した。
「っ⁉」
すると、部屋の前で中の話を聞いていたエンジーに気が付き、ハタッと足を止めた。
エンジーの方も、突然飛び出してきたオズに驚いている。
「…エ、エンジー……」
オズは、涙がバレないように手で拭うと、エンジーが大きなカバンを手にしていることに気が付いた。
父親と共に家に帰るつもりだ。
「…オズ…」
エンジーは、寂し気な表情でオズを見つめた。
「お前……。なんで……」
オズがエンジーに歩み寄ると、エンジーは、フッとオズに笑顔を見せた。
「これが答えなんだ」
「……っ」
オズは、何かを返そうとしたが言葉が出て来ず、エンジーは、そのままスタスタ歩いて、開いたままの扉から校長室の中へと入って行った。
オズは振り返って、エンジーの後を追った。
部屋へ入ったエンジーとオズに、皆は目を向けた。
「…エンジー…」
ライアンは、不安そうな表情で、エンジーを見つめた。
「…どうしてなんだ……」
テンは、最後までなんの相談もせず、勝手な行動を起こすエンジーに、怒りと寂しさを込めた表情で彼を見つめた。
「僕らには、もうどうしようも出来ないよ…」
ファウスは、ため息をついて言った。
皆の反応で、その場にエンジーが来たことが分かったココルルは、心配そうな表情で、胸に手を当てていた。
白月の守護者たちも、心配そうにエンジーを見ている。
エンジーは、そんなみんなの前を通り過ぎ、校長たちのいる応接間へと足を向けた。
オズは、黙ってそれを見届けた。
「…お待たせしました」
エンジーは校長に頭を下げた。
ゆっくり顔を上げると、今度は父親であるオリバーに身体を向けて頭を下げた。
「迷惑をかけました…」
「………」
オリバーはエンジーの方を見ず、黙ったまま腕を組んでいる。
エンジーが顔を上げると。兄であるアンバーが、じっと睨んでいることに気が付いた。
校長は立ち上がり、エンジーの肩に手を置いて、彼を誘導した。
「エンジー。こっちへ来てくれ。……停学処分となることへの提出書類を、きみに渡しておこう」
校長は、机の方へと歩いた。
エンジーは黙って机の前へと歩いた。
話を聞く前から、エンジーが停学となることを決めてかかる校長に、オズは、腑に落ちない様子で口を挟んだ。
「どうして書類を渡すんだ?まだエンジーの話を聞いてないんだぜ?」
校長に失礼な態度を示すオズに、エンジーは目を向けて注意した。
「オズ!」
校長は態度を変えず、書類を用意しながら言った。
「彼が自ら望んでいることだ。…それに、二年前の火事に関係していることを知ってしまった以上、こちらとしても、何らかの処分を下さなければ、他の生徒や親御さんに示しがつかないんだよ。停学処分は妥当の判断だと言える」
学園のことを考えているようだが、オズには、校長が自分自身を守るための発言であることにしか聞こえなかった。
書類を机の上にそろえた校長は、椅子に座り、じっとエンジーに目を向けた。
「これを渡す前に話を聞こう。……きみが、二年前の創立記念祭の前夜に聖菩樹に火を着けたんだね?」
校長は口の前で指を組み、エンジーに聞いた。
「………」
エンジーはうつむいた。
守護者たちはもちろん、オリバーとアンバーも、そちらへ顔を向けて聞いている。
軽く深呼吸をして、エンジーは話し出した。
「正確に言うと、火事を大きくしたのが僕です。……火は、ケイシー兄さんが聖菩樹に着けました。…理由はご存じの通り、ナタリーを陥れるためです…」
校長の眉がぴくッと動いた。エンジーは構わず話した。
「本来の計画は、創立祭前日の夜、チャペルにナタリーを呼び出して、聖菩樹に火が着くのを目撃させることでした。これ以上、学園で好き放題すると、祭司の怒りをかうと脅し、その怒りの証拠として、チャペルの窓から燃え上がる炎を見せようとしました」
エンジーの話を聞いていた校長は、目を伏せて聞いた。
「……ナタリーをチャペルに呼び出したのは?」
「…兄です…。その日、手紙でナタリーを呼び出しました。内容は、エースである兄さんが、直接話したいことがあると…。兄さんは分からせようとしたんです。」
「ナタリーは、その誘いを疑問にも思わず、チャペルへ出向いたのか…?」
校長は視線を上げ、エンジーに聞いた。
「……ナタリーは……、当日、現れませんでした。夜にチャペルへ呼び出したことを、彼女は警戒したようです…」
エンジーの答えに、全員顔を上げた。
「それでは、どうして火を着けたんだね?」
校長が聞き、エンジーが顔を伏せた瞬間だった。
ドサッと倒れる音がして、全員がそちらに顔を向けた。
「コ、ココルルっ‼」
驚いたテンが、慌てて体制を崩すココルルの元へ駆け寄った。
「き、気分が悪いのですかっ⁉」
テンが聞くと、ココルルは青い顔をして、震える手でテンの腕を握った。
エンジーは悲痛な表情で口を開いた。
「……その場にやって来たのは……、ナタリーではなく…、ココルルだったんです……」
「っ⁉」
「…な…なんだって……っ⁉」
全員驚いて、そちらに顔を戻した。
エンジーは悲痛な表情のまま震え、話を続けた。
「……そこにいたのが……ココルルだなんて……僕たちは…、思いもしなかった……。ナタリーが現れたものだと思い込んだ兄さんは…、何の疑いもせず、……聖菩樹に火を……っ」
エンジーは、その時のことを思い出し、ぎゅと目をつむった。
守護者たちが、終始驚いた様子で事の真相を知る最中、ライアンは、エンジーと同様に目をつむり、震える身体を抑えるように、両腕を掴んでいた。
「……それで、きみが火事を大きくしたというのは、どういうことなのかな?」
聞かれたエンジーは、ゆっくりと目を開け、落ち着きを取り戻そうと息を吐いた。
「……計画は、ナタリーに火を見せるだけのものでした。…燃えている間、兄さんはナタリーの怯える様子を確認するため、チャペルの中へ隠れていました。…僕が任されたのは、ある程度聖菩樹が燃えるのを見届け、炎が広がらないよう、すぐに近くの非常ベルを鳴らすことだったんです……」
すると、エンジーは何かに耐えるように、ぎゅっと拳を握った。
「……っ…でも…っ、気が付いたころには…、聖菩樹は全焼し…チャペルにまで……火が移っていました……」
終始エンジーを見ていたオズは、彼の異変に気付き、不安そうに見つめた。
「ベルを、鳴らさなかったというのかね…?」
校長が鋭い目でエンジーを見た。エンジーは黙って頷いた。
「何故だ…っ⁉」
校長はいつもの表情を一転させ、険しい顔で椅子から立ち上がった。
「…兄に言われた通り、燃える聖菩樹を、目を離さずにずっと見ていました…。…ずっと、燃え続ける聖菩樹を……っ」
そこまで話すと、言葉を詰まらせたエンジーは、涙を流し始めた。
「っ⁉」
守護者たちは全員、涙を見せるエンジーに動揺した様子だった。
「聖菩樹が…このまま燃える……。……このまま……っ、……このまま…燃え続ければいいと思った……。…聖菩樹がこのまま燃えて……、チャペルにまで火が着いて……っ…学園が…、このまま無くなればいいと思った……」
エンジーは、そう訴えると、肩を震わせて泣き続けた。
守護者たちは、エンジーの発言に絶句し、そのまま立ちすくんでいた。
「………っ」
オズは、エンジーが今までずっと隠していた彼の気持ちを知り、心に詰まった何かが放たれた気持ちになって、彼を見つめていた。
泣き続けるエンジーを目の前に、校長は目を閉じて、首を横に振っていた。
「この野郎……っ‼」
とっさにアンバーが立ち上がり、エンジーの元へと走った。
頭に血が上ったアンバーは、エンジーの胸ぐらを掴んで声を荒げた。
「お前っ!なんてことをしてくれたんだっ‼ケイシーといい、兄弟そろってオルマンダ家の名誉に傷をつけるつもりなのかっ⁉今までの先代や父さんが積み上げて来たことを、全て水の泡にするつもりなのかっ⁉」
「……っ」
胸ぐらを掴まれたまま、身体を揺さぶられるエンジーは、何も言い返すことなく、ただ、アンバーから顔を背けて泣いていた。
すると、二人の元へ静かに歩み寄って来たオリバーが、アンバーの興奮を止ました。
「どきなさい。こんなところで兄弟げんかなど、みっともない真似はよさないか」
オリバーに言われ、アンバーはハッとして、エンジーから手を離してたじろいだ。
「……エンジー」
オリバーはエンジーを見下ろした。
「……っ……っ」
エンジーは父親の顔を見ることが出来ず、うつむいて涙を流していた。
すると、オリバーは大きな手を上げた。
「…っ⁉」
叩かれる。そう思った他のみんなは、息を呑んで見ていた。
オリバーは大きな掌をエンジーの頭に乗せた。
「っ⁉」
エンジーは一瞬ビクッとして、ゆっくり目を開けた。
見上げると、父親は、まれにみる程の穏やかな表情をしてこちらを見ている。
「……父…さん…」
「お前はまだ若い。…兄さんの為を思ってしたことが、裏目に出たのだな。…だが、それも今のうちだ。…社会に出れば、先を見据えた判断をすることが要されるだろう。……肝に銘じておくことだ」
オリバーに言われ、エンジーはうつむいた。
オリバーは、うつむいて黙ったままのエンジーを見ると、身体を返して校長に訴えた。
「息子がしでかしたことは、この学園にとっては多大な損害であったと思う。償いは大いにするつもりだ。…だが、この通り息子も反省していることだ。…今回は、期限を設けた停学処分という懲罰でいかがだろうか?」
この学園の校長なら、普通は退学処分をするくらいの考えを持つだろう。
だが、オリバーは、息子の退学だけは避けたいらしく、なんとか停学処分で話を片付けようとした。
「父さんっ!だけど、僕は……」
エンジーが口を挟もうとするのを、オリバーが睨みを利かして止めた。
「黙ってろ!父さんに任せておけばいい」
近くに来たアンバーが、エンジーにコソッと言った。
「………っ」
エンジーは、腑に落ちない様子で、不安そうにオリバーを見つめた。
「………」
机に肘をついて、額の前で指を組んで考えこんでいた校長が、ゆっくりと顔を上げた。
「…この案件は、オルマンダ家だけの問題ではないですからな……」
校長は、オリバーを見て、やり切れない表情で言った。
「そうだとも。あちらも大いに関わっていることだ。これ以上ことを荒立てることは、学園にとっても不利益と思えるのだがな」
「……致し方ない…」
オリバーは校長の優位に立ち、言いくるめた。
「………?」
やり取りを見ていたオズは、権力を見せつけるオリバーに嫌気がさすと同時に、会話に違和感を覚えていた。
だが、オズは、ほっとしているところもあった。
エンジーが退学になるところまでには至らなかったからだ。彼の本心が校長にばれた時は、内心ヒヤヒヤしていた。
その時、ふとエンジーが言った言葉を思い出した。
❘ ヒントをあげるよ。最後にして最大の…… ❘
それが、彼の本音を打ち明けることだったのか…?オズは考えていた。
「それでは、私たちはこれで失礼する。……来なさい、エンジー…」
オリバーに言われ、エンジーはうつむいたまま父親の後に続いた。
アンバーは父親に指図され、エンジーのカバンをしぶしぶ運んで二人の後に続いた。
オズは、ハッと顔を上げて、出て行こうとするエンジーの方へ身体を向けた。
「エ、エンジーっ!」
オズはとっさに呼び止めた。
エンジーは足を止め、オズの方へ振り返った。
オズを含め、守護者全員が、心配そうな表情でこちらを見ている。
ココルルも、テンの支えがあって、かろうじて立ち上がっていた。
エンジーは、申し訳なさそうにそれを見ると、皆に寂し気な笑みを浮かべて返し、その場を去った。
「………っ」
オズは、何も返すことも出来ず、悲痛な表情で、ただ黙って見届けていた。
すると、後にいたライアンが走り出し、部屋から出て行ったエンジーを追いかけた。
「ライアンっ⁉」
オズは驚いて、ライアンの後を追った。
「待ってっ!エンジーっ‼」
校長室から飛び出して来たライアンは、声を上げて父親と去っていくエンジーを呼び止めた。
エンジーは、ピタッと足を止め、ハッとした。
振り向くことを躊躇っている彼に、ライアンの方から歩み寄って話しかけた。
「…黒陽のことを任せるって……、こういう意味だったんだね…?…オズの力になってやって欲しいって言ったのも…、停学になる覚悟が決まっていたからなんだ……」
「………」
エンジーは、ライアンの方に顔を向けることが出来ず、うつむいた。
「………」
オリバーは、エンジーの方に顔を向けて、彼をじっと見つめた。
何も返さないエンジーに、ライアンはたまらず叫んだ。
「どうしてなんだよっ⁉なんで、大事なことを、全部一人で決めるんだっ⁉…どうして僕に言ってくれないんだよ……っ⁉…どうして……っ‼」
ライアンは言葉を詰まらせ、それ以上はエンジーをせめなかった。
ただ黙ってエンジーを見つめるライアンに、オズが歩み寄って肩に手を置いた。
ずっとうつむいていたエンジーは、ライアンの方に少し顔を向けた。
「……黙っていて、本当に申し訳なかった…。……けど、君の呪いを解くことは、諦めてないからな……」
「っ⁉」
ライアンとオズは、ハッと顔を上げた。
エンジーは、その言葉を残し、父親と共にクアトロ・コート学園から去って行った。
次回へつづく。
毎回完結できるのか不安になりながら書いています。
長文を最後まで読んでくださる皆様に、本当にいつも感謝しております。
次回も読んでいただけると幸いです。




