EP1. 【ソードのペイジを担う守護者】
絢爛たる歴史を誇る名門「クアトロ・コート学園」。
その始まりは、二百年前に一人の司祭が抱いた、優しい祈りだった。
生徒の個性を「ワンド(杖)」「カップ(聖杯)」「ペンタクル(金貨)」「ソード(剣)」の四つに分け、それぞれの才能を愛し、育むこと。
――だが、祈りは時として、残酷な歪みを生む。
二百年という歳月は、司祭の理想を消し去るには十分すぎた。
誇り高き「ワンド」と、闘争心に燃える「ソード」の衝突。それはやがて学園全体を巻き込む巨大な渦となり、中立であったはずのカップとペンタクルをのみ込んでいった。
そして今、学園に残されたのは、二つの歪んだ境界線。
夜を統べるワンド「黒陽」と、昼を切り裂くソード「白月」。
かつて子供たちの笑顔を願った司祭の魂は今、争いに染まったこの学園を、どのような瞳で見つめているのだろうか……。
春の休暇のことである。
下宿の生徒は皆帰省し、校内は数人の教員が出入りするだけで、いつもの賑やかさをなくしていた。
「コメドール」という名のついた食堂。
ここだけは派閥が関係なく、互いの生徒が日常に交流出来る場所だった。
いつもは賑わっている食堂も、この時期は毎年、水を打ったように静かだった。
「…母さん…。味、落ちてない?」
カウンターに座った青年が、厨房で片付けをしている一人のおばさんに言った。
「うるさいねぇ。あんた一人じゃ作り甲斐がないんだよ!」
おばさんはエプロンを外しながら、ため息を吐いた。
食堂内を見渡すと、ガランとした寂しい風景が広がった。
食堂の中央の窓に飾られた、逆さを向いた大きな剣。そして、その両隣には、先端に赤い大きな球体の装飾が付いた杖がシンボルのように飾られている。
おばさんは厨房から出ると、青年のいるカウンターまで歩いて、それを見つめた。
「……今年は誰かしらね。クイーンに選ばれるのは」
青年はハッとして、おばさんの方へ顔を向けると、おばさんの見つめる先へと視線を向けた。
「クイーンとは限らない。たまたま最近女性が続いてるだけで、今年はキングの誕生かもしれないよ?」
「そうね…。けど、二年前のあのクイーンは、とても綺麗で美しかったわ。またあんな綺麗な子だったらいいわね」
目をキラキラさせ、胸の前で指を組むおばさんに青年は目を向けると、「はぁ」と深いため息をついた。
「いくら憧れたって、あんたはもうなれないよ…」
青年の呟きに、おばさんはキッと睨んだ。
「私がなるなんて言ってないでしょうが!…それよりあんた、早くここの味を覚えて、私に楽させてちょうだいよ!!」
おばさんはズカズカと青年の方に歩み寄り、彼の頬をつねって怒鳴った。
「いててててっ!わ、わかってるけど、こう毎日味の落ちた物食べさせられちゃあ、覚えたくても覚えられないんだよ!…かあさんの機嫌も悪いし、早く新学期が始まらないかなぁ…」
「……今学期は、何もなければいいけどね…」
おばさんは、食堂の窓から見える、大きな“もみの木”を見つめて呟いた。
山岳に囲まれた小さな町。
木々が実る山々の一角には、荒々しい鉱山が立ち、町のシンボルというように存在感を放っていた。
町には山から繋がる川も流れており、人々は平和に暮らしていた。
長い並木道を通ると見えてくるその町は、年寄りの暮らす家が大半を占めていた。
若者はといえば、皆、都会に出稼ぎに行っていてほとんど村から姿を消してしまっていた。
そんなこの町には珍しい、一人の若者が、山の麓の小さな家に向かっていく様子が見えた。
若者は家の煙突を見上げると、そこから上がる煙を見て微笑んだ。
「じーちゃん、もう窯に火をつけたんだな!」
若者は、いきいきした様子で、家へと入って行った。
すると、しばらくして、屋根にとまっていた小鳥が飛び立つほどの大きな声が、その家から聞こえてきたのであった。
「なぁにいぃぃぃぃぃぃっっ!!?」
テーブルに両手をついて、勢いよく立ち上がったその若者は、これほどにない驚いた顔をして、向かいに座っている老人に声を荒げて言った。
「オレが転校って、一体全体どーいうことだよっ⁉じーちゃんっ⁉」
若者のお祖父さんであろうか。その老人は、若者の言動に慣れた様子で、目の前にある渋いカップに入ったコーヒーを啜り、冷静に言った。
「今しがた電話があってな。…オズ。クロスアルドの息子が、クアトロ・コートを退学するそうなのだ」
「………は?…クロスアルド?クアトロコート?……一体なんの話だ?」
オズと呼ばれるその若者は、全く理解出来ない話に頭を混乱させた。
「じーちゃん……とうとうボケたのか……意味わからんことを言うとは聞いてたけどよ……こんなに唐突なもんだとはな」
オズは、嘆きながらおじいさんを心配した。
「ワシはボケてなどおらん!」
おじいさんは、オズをジロッと睨むと、また落ち着いてコーヒーを口にした。
「クロスアルドとは、財閥家の名だ。建設・貿易業を主にした、総合商社の中でも一二を争う程の名家だ」
おじいさんの言葉に、オズはまた驚いて返した。
「そ、そんな財閥が、何でじーちゃんなんかに電話してくんだよ?」
オズの言う通り、おじいさんは、いかにも田舎町の年寄りといった風貌で、富豪とは無縁に見えた。
「ワシではない。……お前だ」
「…………は??」
オズはきょとんとした。
「お前はクロスアルド家の血筋の人間だということだよ」
おじいさんは、思い詰めていたことをとうとう吐き出したというように、深いため息を混じらせて言った。
「……?………??」
困惑を隠せないオズは、目を伏せるおじいさんを黙って見つめた。
「…十四年前、産まれたばかりのお前を抱いて、一人の若者がこの家に訪れた…」
おじいさんが、事の真相を話そうとすることに、内容を察したオズは、たまらず椅子から立ち上がった。
「ちょっ、ちょっと待て!じゃあ、何か?オレはじーちゃんの孫でもなんでもなかったってことか⁉」
「今から話そうとしているんだ!そう急くな!このせっかちもんめが!」
オズの性格を良く知るおじいさんは、興奮を宥めた。
オズはしぶしぶ椅子に座った。
話の内容が、よくあるものだと思ったオズは、おじいさんの口から話される言葉に耐えるように、両手でぎゅっと服を掴んだ。
大人しく聞く決心をしたオズを見ると、おじいさんは続きを話し出した。
「…お前を抱いてやってきたのは、クロスアルド家の者ではなかった」
思っていた言葉とは違い、顔を伏せていたオズは、ハッとしておじいさんを見た。
「遠い親戚の者だと言うのだ。…自分には、お前を育てる力が無いから、ここでワシの孫として育てて欲しいと願った」
オズは眉を顰めた。
「その者は、思考の相違から主と揉めて、どうやらクロスアルド家から追い出されたらしい。お前のことを頼むこともできず、彷徨い、着いた先がこの村だったという訳だ…」
「…それで?今更になって、何でそのクロスアルドから電話が来たんだ?オレにどうして欲しいって?」
オズはふてくされたように、頬杖をついて聞いた。
おじいさんは、表情を変えずに話しを続けた。
「退学する息子の後を引き継いで欲しいということだ」
おじいさんの言葉を聞いたオズは、ジロリとそちらに目を向けた。
おじいさんは続けた。
「クロスアルド家は、クアトロ・コート学園に代々名を残す程の名家。その卓越した継承歴を絶やすのは、財閥家にとっては耐え難いことなのだろう。…学園に巨額な支援もしていることだしな…」
話を聞いていたオズは、怪訝な表情を向けた。
「けど、退学になるってことは、何か悪いことしたんだろ?だったら仕方ねーじゃんか!」
財閥家の息子が退学になるなんて、何かよほどのことがあったに違いない。
そう思ったオズは、身を乗り出して、興味津々におじいさんに聞いた。
「…なぁ?そのクロスアルド家の息子、何やらかしたんだ?」
おじいさんは、楽しそうに聞くオズを見ると、ため息をついた。
「…クロスアルド家の者が悪さなどするものか。……病気だ。今は病院にいるらしい」
オズは笑顔を一転させ、黙ったまま椅子に腰を落とした。
「…身体が…、悪いのか…?」
仕方なく学校をやめなければならなくなった事情を知り、オズは同情心を抱いたようだった。
そんなオズに、チラッと目を向けると、おじいさんは答えた。
「いや。不慮の事故に遭ったそうだ。…二年前、クアトロ・コートでな…」
オズはハッと顔を上げた。
「学校で?…なんでだ?」
オズの質問に、おじいさんは首を横に振った。
「わからん。詳しくは聞いとらん。………」
再び視線を下げるオズを、おじいさんはじっと見つめた。
「…クロスアルド家は代々王座の守護を担っているのだ。その息子は、白月のエースの座を担っていた」
学園のしきたりを知らないオズにとっては、理解できないワードばかりで、頭に「?」を浮かべた。
「何を言ってんだ?守護?白月?エース?」
「簡単に言えば、学園の風紀を維持するために結成された生徒の集まりだ。もともとは生徒の意識向上のために作った、派閥内でのリーダーみたいなものだな。王座を無作為で選び、それを守護することによって、自分たちの地位が認められるというものだ。…今は、形だけで、ほとんどお遊びのようなものだろう」
おじいさんの言葉を、オズは「馬鹿馬鹿しい」といった表情で聞いている。
「だが、その守護者は、学園内で厳選されてなるものなのだ。成績優秀な者や、スポーツ万能な者。とにかく優秀なものから選ばれるしきたりなのだ」
「……そのクロスアルドの息子もそうだったのか?」
オズは、チラッとおじいさんの方に目を向けて聞いた。おじいさんは頷いた。
「そうだ。彼は優秀な上、クロスアルド家の跡継ぎだからな」
「…………」
オズは不満そうに視線を反らせた。
「……それで、なんでオレが、そんな凄い奴の後を引き継がなきゃなんねーんだ?」
「さっきも言っただろう?お前はクロスアルド家の血をひいているからだ」
オズは、たまらずにテーブルに手を付いて、勢いよく椅子から立ち上がった。
「勝手な話だな!名家を守りたいだけの事だろう⁉だったら、養子でもなんでもとって、もっと優秀な奴に継がせたらいいじゃねーか‼」
すぐに興奮するオズの性格をよく知っているおじいさんは、冷静さを保って目をつむった。
すると、ゆっくり目を開き、話し出した。
「……クロスアルド家の主は、お前のことを必死に探したそうだ。…いくら親族同士の仲が悪いとはいえ、お前には後を継ぐ権利があるからな。…それに、お前に罪はない」
おじいさんが言うも、オズはずっと不満そうに視線を背けている。
「学園側も、ぜひお前に来て欲しいと言っているそうだ」
「そりゃ、クロスアルド家との縁がきれたら、困るのはその学校だからな!」
オズは表情を変えず、ふてくされて言った。
おじいさんは、真面目な表情をフッと緩めて、オズを見つめた。
「…ワシは、いい機会だと思っている…」
おじいさんの言葉に、オズは眉をひそめてそちらに目をやった。
「この町の生活では、お前にろくな教育も受けさせてやれないからな。…だから口も悪くなってしまった…」
オズはかぁっと顔を赤くさせて、おじいさんに怒鳴った。
「悪かったなっ!口が悪いのは生まれつきなんだよ‼」
オズはフンッと顔を背けて、腕を組んだ。
「……本来なら、お前はクアトロ・コートで学業に勤むはずだったんだ。そして豪邸で何不自由なく暮らしていたはずだった…。なのに、こんな田舎町で、こんな老いぼれと共に過ごさねばならんくなって…」
おじいさんは、申し訳なさそうにオズに言った。
オズはそんなおじいさんを見ると、慌てて立ち上がった。
「な、何言ってんだよ⁉オレは別に豪邸なんかで暮らしたいなんて思ってねーよ!もちろん、そんな訳のわかんねー学校にも行きたくねぇ!…ここでじーちゃんと暮らしてーよ…。これからもずっと…」
うつむくおじいさんの顔を覗き込むように、オズは必死に訴えた。
「……ありがとう…、すまないな、オズ。…お前もワタシと同じ気持ちで嬉しいぞ…」
自分と離れたくない気持ちを示してくれたおじいさんを見て、オズは、安心した表情に戻った。
「じゃあ、オレ、その学園に行かなくてもいーか?」
オズの質問に、おじいさんは「いいや」と、首を横に振った。
「……は?」
オズはきょとんとして、顔を上げるおじいさんを見た。
「お前はクアトロ・コートに行くんだ」
「は、話が違うじゃねーか‼」
オズはおじいさんに食って掛かった。
「話が違うのはお前の方だろう。ワシは最初から、お前をクアトロ・コートに行かせる話をしているんだ」
「~~~~~っ」
先ほどの感動を返せとばかりに、オズはおじいさんに怒りを覚えた。
「…ほんの一年だ」
「…へ?」
おじいさんの言葉に、オズはハッとした。
「一年、そのクロスアルドの息子の代わりを務めたら、また帰ってこい。それが条件だ。ワシはこの条件をクロスアルドに譲るつもりはない。お前は絶対にここへ帰って来てくれるからな」
おじいさんはそう言いながら、手元の渋いカップに描かれた歪な模様を指でなぞり、じっとそれを見つめた。
すると、椅子から立ち上がり、ゆっくりとオズの方へ歩み寄った。
「…じ…、じーちゃん…」
オズは、歩み寄るおじいさんの手を取った。
「考えてみろ。ただで学園に入れるんだぞ?こんなにいい話は無いじゃないか。ここでは学べないことも、クアトロ・コートで学んで来たらいい」
おじいさんは、にっこりと笑って、オズの頭を撫でた。
「………」
オズは考えた。学業のことでおじいさんを悩ませているなら、そのクアトロ・コート学園で学べばいい。一年我慢すれば、またここに戻って来られる。
オズは決意を固め、顔を上げておじいさんを見つめた。
「…わかった。一年だけ、行ってやるよ…。……ただ……」
オズの言葉の続きが気になり、おじいさんは「?」を頭に浮かべた。
「……オレは……、オレは絶対にスカートは履かないからなっ‼」
女であるオズは、制服のスカートを拒絶し、スカートを履かないという条件を付けた。
「………あ…、ああ…。好きにしろ…」
おじいさんは、頑なにスカートを嫌がるオズに呆れた様子で返した。
学園への入学が、目前へと迫ったある日の午後だった。
しばらくは見ることが出来ない町の景色を見納めしようと、オズは、橋が架かった川の畔に来ていた。
少しの間、辺りをウロウロ歩くと、ちょうどいい石垣を見つけ、そこに腰掛けた。
「………はぁ」
オズは、ぼーっと川を眺めながら深いため息をついた。
(…一年っていっても長いよなぁ…。…けど、あのじーちゃんでさえも断れないほどのなのか、クロスアルド家の権力って…。会ったこともねーのに、なんでオレがそこまでしなきゃなんねーんだよ……)
オズは、石の上に足を乗せ、膝を抱いた。
「………」
一年間の辛抱だと分かっていても、町を出ることは、オズにとっては寂しいことだった。そしてなにより、生まれてから十四年間育ててくれたおじいさんとの別れは、辛く悲しいことだった。
見慣れた町の風景を眺めていると、オズの近くを少年が一人通った。
少年はオズに気が付くと、ニヤッと笑ってそちらに近寄った。
「よぅ!オズっ!なに辛気くせー面してんだよ⁉」
少年はオズの背中をバシッと叩いて、大きな声をかけた。
小柄なオズは、叩かれた拍子に岩から吹っ飛び、乗っていた石垣から落ちた。
そんなに力を入れたつもりはなかった少年は、「アレ?」といった顔で下でしりもちをつくオズに目をやった。
「……ってて…。なっ…、ビ、ビーゼルっ⁉」
オズは、突き落とした者の正体が分かると、驚いて彼の名を呼んだ。
少年の名は【ビーゼル】というらしく、赤茶色の短髪の髪に、ガタイの良い体つきをしている。
「…………」
オズは、罰が悪そうに、ビーゼルから視線を反らして立ち上がった。
元気だけがとりえであるオズのいつもと違う様子に、ビーゼルは違和感を抱いた。
「どうした?こんなとこで?川から食いもんでも流れてくんのか?」
ビーゼルはいつものようにオズを茶化した。
オズは、ムッとして言い返そうとしたが、そんな気になれず、視線を落として、再び石垣に上った。
「ちげーよ……」
「………?」
どうもオズの様子がおかしいと思ったビーゼルは、彼女の隣まで歩くと、同じ川の流れを見つめながら聞いた。
「なんかあったか?…じーさんと喧嘩でもしたか?」
ビーゼルは、チラッとオズに目を向けた。オズは首を横に振った。
「……じーちゃんとは、しばらく会えなくなる……。……お前とも……」
オズは川をじっと見つめて、少し躊躇いながら打ち明けた。
ビーゼルは、驚いた表情でオズの方に顔を向けた。
「は?…何言って……」
「来期から一年、オレ、クアトロ・コートっていう学校に転校すんだ」
「………っ⁉」
ずっと視線をまっすぐ向けて話すオズを見ながら、ビーゼルは、何も言わずにその場に座った。彼女はどうも冗談で言っている訳ではなさそうだ。
「マジかよ…。なんで……」
ビーゼルが事情を聞こうとすると、オズは、遮るようにスッと立ち上がった。
「事情はじーちゃんから聞いてくれ。…学校のみんなとは、別れの挨拶をするつもりはないんだ。…だから、お前から、よろしく言っといてくれよ…」
辛気臭いのが苦手なオズは、ビーゼルにそう言うと、彼に背を向けて去ろうとした。
「お、おいっ!待てよ、オズっ‼」
ビーゼルは立ち上がり、慌ててオズを呼び止めた。
オズは振り返ると、「それ以上来るな」といった顔でビーゼルを睨みつけた。
「……っ⁉」
ビーゼルは足を止めた。
すると、オズはフッと表情を緩ませ、ビーゼルに笑顔を見せた。
「……棒術の練習、サボるんじゃねーぞ!」
「……オズ……」
ビーゼルは、笑顔を向けるオズを見つめた。そんなビーゼルを見届けると、オズはくるっと身体の向きを変えて歩き出した。
「じゃあな~!」
オズは背を向けたまま、ひらひらと手を振って、ビーゼルに別れの挨拶をした。
「…………」
ビーゼルは、オズの小さな背中をじっと見つめていた。
クアトロ・コート学園。
春休み中の校内の静けさとは打って変わり、新学期を迎えた今日は、生徒たちの声で賑わっている。
久しぶりに会う生徒たちは、みんな楽しそうに校舎へと向かって行った。
それだけならごく普通の新学期の光景なのだが、ここでは、この学園ならではの妙な光景があった。
クアトロ・コートは西洋風のレンガ造りの建物だった。
正門は一つなのだが、校舎は左右対称に建ち並び、両方の建物の一番高い塔の三角屋根の下に鐘が備え付いている。
正門から見て右側の塔には金色の鐘、そして、左側の塔には金色に縁どられた銀色の鐘がその存在を互いに主張していた。
正門から賑やかに入ってくる生徒も、二種類の制服を着ており、白いジャケットに群青色のネクタイを付けた生徒と、黒いジャケットに、韓紅色のネクタイを付けた生徒が、それぞれ登校していた。
白いジャケットの生徒は、皆、左の建物へ向かい、黒いジャケットの生徒は、右側へと入って行った。
同じ色のジャケット同士の生徒がしゃべることはあっても、別の色の者とは、誰も口を利かないのが、なんとも妙な光景だった。
これがきっとオズのおじいさんが言っていた、クアトロ・コート内の派閥なのであろう。
初登校を迎えたオズが、第一に抱いた学校への印象だった。
白いジャケットに青いネクタイ、そして、グレー地に青いポイントの縦線が入ったチェックのズボンを履いたオズが、校長室の前に立っていた。
校内の雰囲気に、場違いな気がして、オズは緊張した面持ちで、ソワソワしながら室内の応答を待った。
しばらくして、両開きの扉の片方がガチャッとゆっくり開いた。
オズはドキッとして、背筋を正した。
中から顔を出したのは、まあるい顔のチョビ髭を生やした60代くらいのふくよかな男だった。
オズよりかは少し背が高いが、男の中では低い方であろう。
外からの光に、頭の禿げた部分を光らせ、男はニコッとオズに笑いかけた。
「ああ、キミだね。クロスアルド家のオズというのは」
見た目も話し方も物腰柔らかな印象の男に、オズは少し安心して返事をした。
「は、はい!」
男はまたニコッと笑い、オズに部屋の中に入るよう手招いた。
「どうぞ。詳しいことを説明しておこう」
「…は、はぁ…」
オズは、ペコッと軽く会釈をして、部屋に入った。
ちょうど中心部に位置する最上階の部屋がこの校長室で、広い部屋には、校長が公務を行うための机と、談話をするためのソファとローテーブルが並べられた応接場があった。
部屋の真ん中にあるその応接間に、男はテクテクと歩いて行くと、手のひらでソファをさして、オズに座るように勧めた。
オズは、恐縮しながら、そちらに足を向けた。
座ろうとしたソファに目をやると、なんとも高価そうな生地に、オズは少し躊躇した様子を見せながら、浅く腰を落とした。
目の前のテーブルや、壁際にある本棚、そして天井のシャンデリア。
目に入るものすべてが高価そうな家具で、オズは目を回しそうになってソファに手を付いた。
「…これがね、この学園のカリキュラムだよ。目を通しておいてくれ。一年とはいえ、早く慣れないことには、いろいろと窮屈するだろうから」
男は冊子を持って来ると、オズの向かいのソファに座り、テーブルにそれを置いた。
「…ありがとうございます」
オズは軽く頭を下げて、それを手にとってペラペラめくった。
男はじーっとオズのことを見ている。視線を感じたオズは、冊子から目を離し、男に目を向けた。
男はハッとして、思い出したかのように話し出した。
「あ、自己紹介がまだだったね。ワタシはここの校長のメンジャークリンだ。よろしく」
校長はペコッと頭を下げた。それを見たオズは、慌てて冊子を閉じ、同じように頭を下げた。
「こ、こちらこそ」
校長は、またニコッと笑顔を見せ、オズに話しかけた。
「事情は、クロスアルドから聞いているね」
聞かれたオズは、すぐには返事をしなかった。
実際にオズは、クロスアルド家の者とは一切会っておらず、全ておじいさんから話を聞いて、今日ここへやって来たからだった。
「はぁ…。まぁ、大体は…」
オズは、少し視線を反らせて返事をした。
「それなら良かった。キミを歓迎するよ」
校長は笑顔を絶やさず、オズを見ている。オズは黙ったまま、じっと校長を見ていた。
すると、部屋の扉からノックの音が聞こえた。
「どうぞ」
校長は扉の方に目を向け、返事をした。
扉が開くと、シスター姿をしたここの教師と思われる女性が、部屋の中へと入って来た。
「失礼致します。本日入学だという生徒を連れて参りました」
その言葉を聞き、オズは、自分と同じ転入生がいるのかと、少し驚いて扉の方に振り返った。校長は立ち上がって、扉の方に歩み寄った。
「おお。来たね。さぁ、入ってもらってくれ」
教師は扉の外で待つ生徒に合図し、中へ招いた。
「いやー、失礼しまーす!ここ遠いですね。迷っちゃって。中は迷路みてーですし」
入って来た者の顔を見た途端、オズは驚きあまって、飛び上がるように立ち上がった。
「ビ、ビーゼルっっ⁉」
ペコペコ頭を下げながら、部屋に足を踏み入れたのは、故郷で別れを告げたはずのビーゼルだった。
オズと同じ制服を身に纏ったビーゼルは、オズの顔を見るなり、「チーッス」と笑った。
「よぅ、オズ!俺も来ちまったぜ‼」
「来ちまったぜじゃねーよっ!どういうことだよ⁉なんでお前がここにいんだ⁉」
状況が理解できないオズは、校長の前だということも忘れ、ビーゼルに怒鳴った。
「お前のことが心配でよ!俺がいねーと心細いだろ⁉」
ビーゼルは腕を組んで自信満々に言った。オズは、かぁっと顔を赤くさせた。
「何言ってんだ‼お前なんていなくてもちっとも心細くなんてねーよ!むしろ顔を拝まなくて清々してたくらいだ…」
すると、校長が「コホン」と咳ばらいし、オズとビーゼルはハッとした。
自分たちが校長の前ということを忘れ、取り乱してしまったことに、オズは顔を赤くしてうつむいた。
「ビーゼルは、オズと同じ学校だったね。…オズ、ビーゼルは、推薦でここに入学したんだよ」
校長は二人の間に入ると、ニコニコと笑顔で説明した。
「…へ…?す、推薦?」
オズは「?」を浮かべて校長を見た。
「そ!スポーツ推薦だ!」
ビーゼルは、人差し指を立てて言った。
「スポーツ?一体何の…?」
オズはハッとした。ビーゼルは、運動神経が良く、スポーツ万能なのだが、唯一、彼が得意とし、小さい頃から続けているものがあった。
「まさか…、棒術の…?」
オズが聞くと、ビーゼルは大きく頷いた。
「正解!腕を見込まれて、ここに入学したんだぜ!」
「彼が得意とする棒術は、正式な競技があるほどだ。彼の腕を見て、ぜひこの学園で腕を磨いてもらいたいと思った。この学の「ナイト・ゲーム」という、棒術の腕を競う試合も有名だから、それに出場して、名を残してもらいたいものだ」
校長はニコニコしながらビーゼルに言った。
「そのつもりです!よろしくお願いします‼」
ビーゼルは、背筋を伸ばして校長にお辞儀をした。
(……コイツ…。勉強にはついていけんのか……?)
オズは、お辞儀をするビーゼルを横目で見ながら思った。
ソファに隣同士で座っているオズとビーゼルは、この学園での簡単な規則を校長から聞いていた。
「…まぁ、簡単に言えば、このくらいだろうか…。あ、そうそう。キミたちには、白月の王の守護者になってもらいたいんだよ」
普通の学校では聞かない言葉に、二人は頭に「?」を浮かべた。
するとその時、部屋の扉からノック音がした。
「誰かな?」
校長が尋ねると、扉の外から女性の声が聞こえた。
「白月、三年二組のティオラ・メーメルです」
トーンの高い、ハキハキとした声に、オズとビーゼルはハッと顔を上げた。
「どうぞ、お入り」
校長が返事をすると、重たい扉が「ギィィ」と開いた。
「お呼びでしょうか?校長先生」
扉を閉め、くるっと身体を向けたティオラという女子生徒が聞いた。
「ちょうどいいところに来た。こっちへ来てくれ」
校長はソファから立ち上がって、ティオラにこっちへ来るよう手招いた。
「はい」
ティオラは返事をすると、ソファに座っているオズとビーゼルに目をやった。
「………」
「………」
オズとビーゼルも、こちらへ来るティオラに目をやった。
「紹介するよ。こちらはオズ。そしてこちらがビーゼルだ」
校長に紹介され、二人は慌ててソファから立ち上がった。
「オズ、ビーゼル、こちらはティオラだ。今年のエースの座を担ってもらうことになった」
「……えっ?」
「エース」という言葉を聞き、オズはおじいさんの話を思い出した。
(…確か、クロスアルド家の息子も、エースだったよな……)
オズは、校長の隣で得意気に立っているティオラに目を向けた。
話をよく理解できていないビーゼルは、隣のオズの腕をつついて、コソッと聞いた。
「おい。えーすって一体何のことだ?」
「………」
オズは、めんどくさそうにビーゼルに目を向けた。
すると、二人の様子を見ていたティオラが、突然、声高らかに笑い出した。
二人は驚いてティオラに目をやった。
「アッハハハハハ‼王を守る守護者のことも知らないの?」
オズとビーゼルは高飛車な態度のティオラに、少々苛立ちを覚えた。
「これだから、他所から来た田舎者には参っちゃうわ。……仕方ないわね、教えてあげる。この学園は、白月と黒陽の部派があって、どちらが優れているかを競うために、一年間、王座となる者をそれぞれ設けるの。そして、その王を守り抜くために、三人の守護者が生徒の中から選ばれるのよ!」
ティオラは鼻を上げて、オズとビーゼルの前を行き来しながら説明した。
ティオラは続けた。
「でね、その守護者は、特別な選ばれた者しかなれないの。…そう、この成績優秀な白月始まって以来の才色兼備【ティオラ・メーメル】のようにね‼」
ティオラは、腰まで伸びた長い藍色の髪をバサッと翻して、オズとビーゼルの方へ身体を向けた。
「…………」
「…………」
ここまで自意識過剰な高飛車が過ぎると、どう返していいものか分からず、オズとビーゼルは、やや呆れ気味に、黙ってティオラを見ていた。
すると、校長は、しゃしゃり出るティオラに言い聞かすように、「ゴホン」と咳ばらいをした。
ティオラはハッとして、急いで校長に頭を下げた。
「す、すみません…。出すぎました…」
顔を赤くして謝るティオラに、校長はニコッと笑った。
「いや、ワタシの代わりに話してくれて、助かったよ」
校長は、オズとビーゼルに顔を向けた。
「しきたりは分かってもらえたかな?今、ティオラの言った通りなのだが、今年の守護者を発表しなければいけないんだよ。だから、今こうして集まってもらっている」
校長の言葉に、ティオラは驚いた。
「えっ⁉…こ、校長先生っ、ま、まさか、守護者のあとの二人って……」
ティオラは、恐る恐る目の前にいるオズとビーゼルに目を向けた。
校長はニコニコしながら大きく頷いた。
「そう!ビーゼルは「ナイト」、そしてオズには「ペイジ」を担ってもらう」
ティオラは驚いて言葉を失っていた。
聞きなれない言葉に、オズとビーゼルは頭に「?」を浮かべて互いを見合った。
「そ、そんなっ⁉校長先生っ!この人たちは、ただの転校生じゃないんですかっ⁉」
ティオラは焦った様子で校長に縋った。
彼女の様子から、自分たちでは不満なのだろうと、オズとビーゼルは察した。
「転校生でもあり、選ばれた守護者でもあるということだ。ティオラ、この子たちに、いろいろ教えてやっておくれ」
「………」
ティオラは腑に落ちない様子で、二人に目を向けた。
その目に、だんだん我慢が出来なくなってきたオズは、たまらず彼女に突っかかった。
「お前、さっきからなんなんだよっ!言いたいことがあるなら、はっきり言えよ‼」
ティオラはビクッと驚いて、一歩後ろに下がった。
「なっ、なんなのよっ!野蛮な言い方!大して取り得もないくせに、この私に指図しないでよね!おチビさん⁉」
ティオラはオズをあしらうように言った。言われたオズは、かぁ~っと頭に血を登らせた。
「なんだとっ⁉お前!ケンカ売ってんのかっ⁉」
オズが身を乗り出すのを、後ろのビーゼルが「どうどう」と止めた。
「なによ!私に相手にしてほしかったら、もっと背が高くなってからね!それと、もっとお利口さんになってからよ!ボウヤ!」
「ボっ……っ⁉」
ティオラはどうやらオズを男だと勘違いしているらしく、オズは余計に腹を立てて、言葉を詰まらせた。
「あーキミキミ。コイツ、こう見えても女なんだぜ」
ビーゼルはオズを宥めながら、ティオラに言った。
「……へ…?」
ティオラは背けていた顔を戻して、再度オズに目をやった。
「お…、おんな…?…そ、そんなわけないでしょ…?」
ティオラは、ビーゼルに抑えられるオズをまじまじ見ながら、信じられないと言った様子だった。
「~~~~~っ⁉」
ティオラはたまらず、校長の元へ駆け寄った。
「校長先生っ!こんな野蛮な男みたいな女子生徒、私見たことないですっ!これは学園始まって以来の恥ですよっ?いいんですかっ⁉」
本人の前だというにも関わらず、失礼なことを平気で口にするティオラに、オズは怒り狂ってビーゼルの手を振りほどこうとした。
「…こらこら。そんなことを言うもんじゃないよ。彼女はね、クロスアルド家の血縁にあたる子なんだ」
校長の言葉に、ティオラはハッとした。
「………」
すると、驚いた表情でオズの方を向いた。
「……?」
オズはティオラの表情の意味が分からず、疑問に思った。
「…親戚の方が、いらしたんですか…?」
ティオラはオズをまっすぐに見つめたまま、校長に聞いた。
校長は頷いて返した。
「……ああ」
「………」
「……?」
急にみんなが黙り始め、話が理解できないビーゼルは、みんなの顔を見ながら戸惑った。
「しつれいしまーす」
その時、またも部屋の扉から声がした。
外からの声の主は、ノックをすることなく、また、校長の返事も待たずに、部屋の扉を開けた。
みんなはそちらに顔を向けた。
「先生に言われて来たんだけど、何か用ですか?」
中に入って来たのは、白月の制服を着た小柄な女の子だった。少しけだるそうに、扉の前に立っている。
「ああ、ネルだね。こっちに来てくれ」
ネルという少女は黙ってみんなのいる方に歩み寄った。オズたちは、黙ってネルを見ている。
ネルはオズたちを一切見ることなく、近くまで来ると、立ち止まって校長に顔を向けた。
校長はにっこり笑ってネルに言った。
「キミに、今年のプリンセスの座を担ってもらいたいんだ」
校長の言葉に、ティオラは驚いた。
「えー…」
ネルはめんどくさそうに目を反らした。
「こ、校長先生、今年はプリンセスもいるんですか?」
ティオラは慌てて聞いた。
「ああ。オズもビーゼルもここは初めてだからね。今年は四人で守護者を務めてもらいたいと思ったんだ。…どうかな?」
校長はネルに聞いた。
「……。この人たちと何すればいいの?」
ネルは校長に聞いた。
「決まっているだろう、王の守護だ」
校長は、当たり前のように言った。
ネルは「はぁ」っとため息をついた。
その様子を見ていたティオラは、再度校長に聞いた。
「…この子が、クレハモニア家の子だからですか?」
ティオラの言葉に、オズとビーゼルはそちらに目をやった。
ネルはジロッとティオラに目を向けた。ティオラも負けずにキッとネルを睨んだ。
「選考に干渉はしないでおくれ。プリンセスは、言わば王の補佐だ。何かあれば、助けてあげてほしい」
校長はネルに頼んだ。
「………まぁ、いいけど」
ネルは視線を背けて返事をした。
ティオラは腑に落ちない様子で「フンッ」とそっぽを向いた。
「……なんか、ギスギスしてんな。コイツら」
一連の様子を見ていたビーゼルは、ボソッとオズに耳打ちした。
「…ああ」
(まったく…。とんでもねー学園に来たもんだな…)
オズはビーゼルに返事をしながら思っていた。
「それはそうと、校長先生?王座は誰に決まったんですか?」
ティオラはくるっと身体を返して、ワクワクしながら校長に聞いた。
「…ああ!そうだね。キミたちも揃ったし、ここに呼ぼう。…ちょっと待っていてくれ」
校長はそう言うと、机の方へと歩き、電話をかけた。
「………」
「………」
その間、四人は何を話すこともなく、互いから視線を背けて気まずそうに待った。
「……ああ。もう来ているだろう?…ああ。ここに来るように言ってくれ。…ああ、頼んだよ」
校長は電話を切ると、四人の元へ歩きながら言った。
「待っている間、ソファにかけていてくれ。ワタシはお茶でも入れてこよう」
四人は「えっ」といった顔で、校長を見た。
「わ、私、お手伝いします!」
ティオラはすかさず手を上げて言った。
「そうか?すまないね。…では、こっちに」
「はーい」
どうもこの四人でいるのは気まずいのか、ティオラはホッとしたようにその場から離れ、校長の後について行った。
オズとビーゼルがその様子を見ていると、ネルはお構いなしに「ドスッ」とソファに座った。
「………」
足を組んで座るネルの態度を見た二人は、顔を見合わせると、仕方なしそうにソファに座った。
向こうでお茶を入れる音と、校長とティオラが話す声がしている中、三人は無言のままソファに座っていた。
「………」
ビーゼルは、隣のオズとその向かいのネルを互いに見た。
ネルは腕と足を組んで、目を閉じている。そして、オズはそんなネルの様子を怪訝な顔でずっと見ている。
(……コイツのこと、嫌いだろうな…)
オズのことをよく知るビーゼルは、彼女にとってネルは、気にくわない相手だということに気付いていた。
(…無理もねーぜ。こんな学園に通えて、少しばかり金持ちだからって、この態度はねーよな……ん?)
ビーゼルは、ネルの何かに気が付いて、じっとそれを見つめた。
懇親の意を全く示さないネルに、しびれを切らしたオズが、彼女に聞いた。
「……クレハモニア家って?」
ネルは目を開けて、目の前のオズにジロッと目をやった。
「お前も財閥の娘か?」
「だから何?」
ネルは嫌気がさしたようにため息をついて言った。
「あんた、見たことないけど、転校生?…そこのあんたも」
ネルはビーゼルに目をやって聞いた。
ビーゼルはハッとした。
「そうだ。オレはオズ。こっちはビーゼルだ」
オズが答えると、ネルはだるそうに背もたれに背をつけた。
「聞いてないし。…あーあ。めんどくさいなぁ。こんなことになったのも、クロスアルド家のアイツのせいなのに!」
「っ⁉」
オズは「クロスアルド家」の言葉に反応した。
「コイツ、そのクロスアルド家の血縁らしいぜ!だから転校してきたんだ」
ビーゼルはオズを指さしてネルに言った。ネルはハッとすると、勢いよく身体を起こした。
「マジっ⁉あんたがっ⁉っていうか、血縁者がいたのっ⁉」
先ほどとは打って変わって、興奮する様子を見せるネルに、二人は驚いた。
「…ま…あ…。オレも知らなかったんだけど…。どうやらそうらしい…」
オズは、頭をかきながら答えた。
すると、ネルは急に立ち上がってオズの元へ駆けて来た。
「よかった~っ!ってことは、あんたがあの息子の代わりなんだ!私に押し付けられんじゃないかと思って、冷や冷やしてたんだけど!」
同じ椅子に座って顔を近づけて言うネルに、オズはたじたじになっていた。
「なんでキミに押しつけんだ?」
ビーゼルは聞いた。
「だって、クレハモニア家の娘だから…。クレハモニア家は、クロスアルド家の支配下だもん。言いなりなのよ…」
ネルはオズから離れると、椅子から立ち上がって、元のソファへと座った。
「まぁ、私は親の仕事には口をはさみたくないし、好き勝手にやらせてもらってるから、別に関係ないんだけど。クロスアルド家にいいようにされる父親は、正直見てられないわね。…あの校長だってそう……」
「………」
向こうでお茶を入れる校長の方に、オズは目をやった。
ネルは安心したように「はぁ」とため息をつくと、ずっとこちらを見てくるビーゼルに気が付いた。
「……。あんたは、なんで転校してきたの?」
聞かれたビーゼルは、我に返ったようにハッとして、何故か赤くなった。
「こいつはスポーツ推薦だ。棒術の腕をかわれたんだ」
オズが代わりに説明した。
「ふーん。棒術…。そういえば体育館で男たちがやってるわね。むさくるしいから私は興味ないけど」
ネルは、また足を組んでかったるそうな素振りを見せた。
「~~~~~っ⁉」
ビーゼルは、怒りを示したが、今度はオズが「どうどう」と宥めた。
しばらくして、扉を叩く音が聞こえた。
今年の王座に選ばれた者だと察した三人は、そちらに顔を向けた。
「せんせーい。お客さんー」
ネルはが校長に言った。
「ああ。入ってもらってくれ」
校長はまだ作業をしていて、三人に頼んだ。
三人は顔を見合わせた。すると、ビーゼルが席を立った。
「仕方ねぇな!俺が行ってやる!」
ビーゼルはそう言うと、いそいそと楽しそうに扉に向かった。
「王座ってのがどんなヤツか、俺が一番に拝見してやるぜ!」
「…アイツ…」
オズは呆れた顔でビーゼルを見た。その後ろでは、ネルが興味なさげに目を閉じていた。
「へいへーい!今開けますよー、王子さまー」
ビーゼルは重たい扉を開けた。
「……あっ!校長先生っ!すみません、お待たせしてしまって!…あの、本当に僕でいいんでしょうか?…僕…っ……あれ?」
扉が開くと同時に頭を下げた少年は、慌てて言うと、顔を上げてビーゼルの姿に目をやった。
「あー…。すまねぇ。俺、校長じゃねーんだ」
ビーゼルは頭をかきながら笑って返した。
「あっ!す、すみませんっ!間違えましたっ!」
少年は慌ててその場を去ろうとした。
ビーゼルは、逃げ去ろうとするその少年の腕を掴んで言った。
「お、おいおいおい!どこ行くんだよ!校長に用があるんだろ?入れよ!」
「……え?」
少年は、目を丸くして聞き返した。
「やぁ、マクースト。よく来てくれたね。そしておめでとう。今年はキミが白月の王座だ」
テーブルにお茶を置いた校長は、入り口の前に立つ、その「マクースト」という少年に歩み寄った。
「はあ…。なんだか実感がわかなくて…。あの、本当に僕でいいんですか?」
マクーストは、ソワソワしながら自信の無さそうな様子で聞いた。
「いいも何も仕方がないじゃない…」
お茶の入ったカップを並べながら、ティオラが聞こえないようにボソッと呟いた。
「………」
オズとビーゼルは、ティオラを横目で見た。
「祭司の聖杯が決めたことだ。キミはそれに値する人間だということだよ。さぁ、こっちへ。キミの守護者たちを紹介しよう」
校長はニコニコしながら、マクーストをみんなの所へ案内した。
こちらへ来るマクーストを、守護者四人は黙って見ていた。
みんなからの視線を感じたマクーストは、視線を落として身を縮こませた。
「今年の王座に選ばれた【マクースト・ゼイル】だ。みんな、彼の守護をよろしく頼むよ」
校長に紹介され、マクーストは、慌てて四人に頭を下げた。
「精一杯お守りいたします!」
ティオラは礼儀正しくマクーストに頭を下げた。それを見ていたオズとビーゼルは、ペコッと頭を下げた。
ネルは、ため息をついて、仕方なしそうに会釈した。
自分にかしこまる四人を見たマクーストは、慌てて再度頭を下げた。
「マクースト。守護者のみんなを紹介しよう。まず、エースの座を担う【ティオラ・メーメル】」
校長は掌でティオラをさした。ティオラは前へ出た。
「この度、学業の功績が認められて、光栄にもエースに選ばれました、ティオラ・メーメルです!どうぞよろしく!」
ティオラは手を前に添えて、お辞儀をした。
他の三人は、後ろでジローッとその様子を見ていた。
「こ、こちらこそ…」
マクーストはペコッと頭を下げた。
「次に、ナイトの座を担ってもらう【ビーゼル・トロウ】」
校長はビーゼルを紹介した。
「よろしくな!お前、スポーツするか?」
マクーストの前に来たビーゼルは、少し背の低いマクーストの目線に合うように、身をかがめて聞いた。
巨漢なビーゼルに圧倒されたマクーストは、たじろいで一歩後ろに下がった。
「…えっ⁉…い、いや…。僕は、あんまりスポーツは……」
マクーストの答えに、ビーゼルは「そうか」と言って笑った。
「では次に、ペイジの座を担ってもらう【オズ・クロスアルド】だ」
「っ⁉」
マクーストは、驚いた顔でオズを見た。
「…オズ。ここではクロスアルドの性を名乗ってもらうが、良いな?」
校長はオズに言った。
「……はい」
オズは、しぶしぶ返事をした。
「…クロスアルド…」
マクーストは、そう呟いて、オズをじっと見つめた。
「オズ・クロスアルドだ。よろしく」
オズは前に出ると、マクーストに手を差し出した。
「あ…。こ、こちらこそ、よろしく」
マクーストはオズと握手を交わした。
「クロスアルド家の人がいて、ほんと良かった~。私、ネル・クレハモニアだよ」
二人の間にネルが割って入り、自己紹介をした。
「ネルにはプリンセスの座を担ってもらう」
校長はマクーストに付け足した。
「よろしくお願いします…」
マクーストは頭を下げた。
「皆の紹介が終わったところで、お茶も入ったことだ、一息つこうではないか」
校長は、皆をソファに座らせた。
「………」
どこか浮かない顔のオズに気が付き、校長が声をかけた。
「どうした?オズ。なにか心配ことでも?」
オズはハッとして顔を上げた。
「あ…、いや。…あの…、守護者って、具体的に何すんですか?」
この学園のことを知らないオズはもちろん、ビーゼルも疑問に思って校長を見た。
学園のしきたりに無知な事を疑問に思ったマクーストは、不思議そうに彼らを見つめた。
「オズとビーゼルは今日からなのよ、この学園」
ティオラがマクーストに説明した。マクーストは「なるほど」といった顔で相槌を打った。
「私が説明するわ。守護者は、敵対する黒陽から、王の願いを秘めた勲章を守り通すことが任務なの」
ティオラはオズとビーゼルに教えた。
「願いを秘めた勲章?」
オズはマクーストに目をやった。
「ここの生徒は、入学した時に一つの願いを決めるんだ。そして、王に選ばれると、その願いを紙に書き、勲章の中に隠す。誰にもバレずに一年を過ごせたら、その願いを司祭が叶えてくれるといわれてるんだ」
マクーストは、オズとビーゼルに説明した。
「隠し通せたら、王を守り抜いた証。そしてそれは栄誉の象徴。だから、白月と黒陽はその栄誉がどちらの手に入るかを競うのよ」
ティオラが付け加えた。
「…なんか、変なしきたりだな。生徒たちを競わせるなんて。フツーに学業に専念させてくれたらいーのによ」
ビーゼルは手を頭の後ろに組んで、身体をのけぞらせた。
(お前は普段から専念してねーだろ)
オズは、ビーゼルを見ながら心の中で思った。
「ここの創立者である司祭の意向なんだよ。競わせることで生徒の個性が見いだせるというね。創立時はもともと「ソード」「ワンド」「カップ」「ペンタクル」の四部門に分かれていたんだが、今では「ソード」をシンボルとした「白月」と「ワンド」をシンボルとした「黒陽」の二部門になってしまった」
校長は、応接間の壁にかけられた大きな旗を見ながら言った。
その旗は、創立当時に作られた物のようで、「ソード」「ワンド」「カップ」「ペンタクル」をかたどった刺繡が、四つの枠の中に納まっていた。
みんなもその旗に目をやった。
「ってことは、黒陽にも、同じ立場の奴らがいるってことか?」
オズは斜め向かいのティオラに聞いた。
ティオラは頷いた。
「ええ、もちろん。…向こうの顔合わせは済んだんですか?」
ティオラは校長に聞いた。
「ああ。あっちは午前中に済ませた。今は勲章贈呈の最中じゃないかな」
「………」
校長の言葉に、みんなは黙った。
「…あなたたち、気を抜かないでね!」
ティオラはキッとオズとビーゼルに目を向けて言った。
「…え?」
「なにがだ?」
オズとビーゼルは頭に「?」を浮かべた。
「黒陽の奴らによ!今年は絶対に勝つんだから!向こうは転校生だからって容赦しないんだからね!」
ティオラは身を乗り出して二人に言った。
強気な態度のティオラとは正反対に、マクーストは、自信が無さそうにうつむいている。
「……オルマンダ家の奴には特にね」
ずっと黙っていたネルが口を開いた。
みんなはネルの方へ顔を向けた。
「オルマンダ…?」
オズは疑問に思ってネルに聞いた。ネルはジロッとオズに目を向けた。
「特にオズ。クロスアルド家とオルマンダ家は犬猿の仲なんだから。目を付けられるわよ!」
「………」
オズは黙ってネルを見た。
「おいおい。犬猿の仲ということはないだろう。お互い職業上のライバルということだよ。彼ら自身は決して敵対などしていない」
校長はネルの言葉を訂正した。
「…ま、表上はね」
ネルはそう呟いてそっぽを向いた。
「っていうか、オルマンダ家の人間ってまだいたかしら?」
ティオラは首を傾げて言った。
「…いるじゃない。奴の弟が」
ネルはティオラの方にチラッと目を向けて言った。
「…そうだっけ…?ま、いいわ。どうせ記憶に残らないほど、大した奴じゃないんでしょ!」
ティオラは、今年は自分たちの勝ちと言わんばかりに、自信ありげに笑った。
他の四人は、その様子をあっけにとられて見ていた。
「……そうそう、マクースト。願いを書いた紙は持って来てくれたかい?」
校長は何事もなかったかのように、マクーストの方を向いて聞いた。
「あっ!は、はい!」
マクーストは、慌てた様子で、ジャケットの内ポケットからその紙を出した。
それは、ピンク色をした小さな紙で、中が見えないように厳重に折られていた。
「へー。どれどれ」
「あっ!だめよっ!」
ビーゼルが、それを見ようと身を乗り出したところ、ティオラが慌てて止めた。
「?なんだ?見ちゃ駄目なのか?」
ビーゼルは、きょとんとしてティオラに聞いた。
「さっき言ったじゃない!願い事は、誰にも見せたり、打ち明けてはいけないのよ!効力がなくなっちゃうわ!」
ティオラは怒ったようにビーゼルに言った。
「へー…」
ビーゼルは姿勢を戻して、その紙をじっと見た。
「そろそろ、キミたちも贈呈式の時間だな」
校長は、年季の入った古時計に目をやって言った。
「では、チャペルに向かいなさい。リヨンドがいるはずだ」
校長は五人に言った。
オズとビーゼルは、聞かない名前に「?」という顔をした。
「リヨンド先生は、ここの副校長なのよ。チャペルでの司祭の仕事も受け持っているの」
ティオラは、オズとビーゼルに説明した。
「…嫌な奴らと顔を合わせることにならなきゃいいけど…」
ネルは、かったるそうに呟いた。
「っ⁉」
黒陽の生徒と、もしかしたら出会うかもしれないことに、ネル以外の四人は、少し緊張した様子を見せた。
校長室を出た五人は、両校舎のちょうど真ん中に建てられたチャペルへと向かうため、階段を下りていた。
「へぇ。リヨンド先生って、女の先生なのか」
オズは隣を歩くティオラに聞いた。
「そうよ!この学園の先生は、校長先生以外、みんな女の人なのよ。昔からの伝統なんですって」
ティオラは得意気に話した。
「司祭の教えを聞き、またそれを次の世代に伝える役割を担うのは、聖女様なの」
ティオラの言葉に、ビーゼルはピンときた。
「そうか!だからシスターの恰好だったんだな!」
「その通りよ!」
ティオラは、後ろを歩くビーゼルの方に振り返って言った。
「…別に男の先生でもいいじゃない…」
すると、ネルがボソッと口を挟んだ。
四人はそちらに顔を向けた。
「だってさ、この学校、ろくな男子いないし、期待できるのは、生徒と先生の禁断の恋愛なのに、それも出来ないなんて」
ネルは残念そうに言った。
ネルの発言に、全員顔を赤くして驚いた。
「れ、恋愛って!あなた何しにここに来てるのよ⁉」
ティオラはネルに怒鳴った。
「恋くらい自由にしたっていいでしょ!…はぁ…。今回の守護者選抜だって期待してたのに、男三人はこんなのばっかだし…」
落胆するネルの言葉に、ビーゼルが返した。
「悪かったな!…けど、男は二人だぜ⁉オズは女だ」
ビーゼルは親指をオズに向けて言った。
ネルとマクーストは、驚いてオズを見た。
「は?」
「…え?」
「ね?びっくりするでしょ?私も初め聞いた時、驚いたもの!」
ティオラは、驚いてオズを見るネルとマクーストに言った。
「え?…だって、制服ズボンじゃん…?」
ネルはオズのズボンを指さして聞いた。
「コイツ、スカート絶対履かねーんだよ。小さい時から知ってんだけど、そこは頑なに譲らねーんだよな」
ビーゼルはオズの頭に手を乗せ、髪をわしゃわしゃさせながら笑った。
「うるせーな!オレの勝手だろ!」
オズはビーゼルに食って掛かった。
その威勢のよさを見ながら、ネルとマクーストは、ただただ驚いていた。
「なぁんだ。ちょっといいなと思ったら女か。ざんねーん」
ネルはオズに少し気があったらしく、くるっと身体の向きを変えると、平気で暴露した。
「えええーっ⁉」
みんなは驚いて声を発した。
(…コ、コイツ…。モテるのか…?)
ビーゼルは、驚くオズを見ながら思うと、何故か妙な対抗心を燃やし始めた。
「…な、なぁ、ネル?この学校には俺みたいなやつはいねーだろ?オズなんかよりも、全然イケてると思うんだけどよぉ…」
「なんで急に下手に出てるのよ?あなた、ネルみたいな子がタイプなの?」
横からティオラが口を挟んだ。オズはジロッとビーゼルに目を向けた。
「べっ、べつに、そーいう訳じゃ…」
ビーゼルが慌てて否定していると、ネルが近寄って来た。
「んー…」
ネルは、ビーゼルを吟味するようにジロジロ見た。
「イヤ!ないわね!筋肉だけが取り得の男なんて、ありえない!」
きっぱり断られ、ビーゼルは固まった。
周りでは、オズとティオラが笑いを堪え、マクーストは、オロオロしながら見ている。
言いたいことを言われ、だんだん怒りが沸き出したビーゼルは、ネルに怒鳴り返した。
「俺だってなぁ!乳だけでけー女には興味ねーんだよっ‼」
その途端、オズとティオラは笑うのをやめ、ネルの胸に目をやった。
マクーストも同様に、そちらに目を向けた。
ネルは小柄で体系もごく普通だが、ジャケットを着ていても分かるほど、豊満な胸が目立っていた。
「~~~~っ⁉」
みんなの視線が自分の胸に集中し、ネルはかぁッと顔を真っ赤にして、とっさに腕で胸を隠した。
ビーゼルは顔を赤くしたまま、フンっとそっぽを向いた。
ネルの仕草を見たオズとティオラは、気まずそうに視線を反らせ、マクーストは顔を赤くして下を向いた。
みんなが気まずそうにすることに、ネルは尚更恥ずかしくなった。
「…な…、なによ……っ!」
ネルは、ふとオズに目をやった。
すると、ネルはオズに近づき、彼女の胸に手をやった。
「っ⁉なっ…っ⁉」
オズは驚いて、自分の胸にあたるネルの手を見た。
「………かろうじてあるわね……」
ネルが呟くと、オズは頭から湯気が出るほど顔を真っ赤にし、それ以外の三人は「ガクーッ」とズッコケた。
五人は、階段を降り、一階へとやって来た。
ちょうど正午を少し過ぎた時間だったので、食堂のあるその階は賑やかだった。
オズとビーゼルは、自然とそちらに顔を向けた。
「ここは食堂よ。「コメドール」っていうの。おばさんの作る料理はどれもおいしいから、いつも満席なのよね」
ティオラが二人に教えた。
「そして、食堂の反対側が、事務室兼教職員室。用が無い時以外、出入りしちゃいけないから、生徒はあまり立ち寄らないけど…。私たちは度々来ることになるかもね…」
ティオラが説明する方へと、オズたちは顔を向けた。
食堂の賑やかさとは打って変わり、厳重に扉が閉められた事務室は、数人の生徒が出入りするだけだった。
「チャペルへは、この中庭を通って行くのよ」
ティオラは校舎の玄関口となる、レンガ造りの大きな扉を通り抜け、庭へと出た。
庭の造りも、校舎と同じく左右対称になっていた。
「ったく、趣味のわりー庭だな!」
ビーゼルは、辺りを見渡しながら、嫌気がさしたように言った。
「………ん?」
チャペルへと続く道を歩いていると、オズが何かに気付いた。
造りは左右対称になっているものの、植えられている草花の種類は違っていた。
左側の庭園は、青、水色、白といった落ち着いた色の花が多いが、右側の庭園は、赤、オレンジ、黄色等、どれも目を引く色の花が多い。
綺麗なのだが、どの花も主張が強く感じられ、オズは、左の庭園の方に好感を抱きながら歩いた。
「………っ⁉」
後ろを歩いていたマクーストが、急に足を止めた。
すぐ近くを歩いていたネルが、彼の様子に気付き、声をかけた。
「…?どうしたの?」
「……いや……。………」
ネルに平気な素振りを見せたものの、マクーストは、立ち止まったままうつむいた。
前を歩いていた三人も、マクーストの様子に気付き、そちらへ振り返った。
「あら、顔色悪いわよ?…大丈夫?」
ティオラはマクーストを心配して、彼に近寄った。
「………っ……うっ…」
ティオラがマクーストの肩に触れようとした時、マクーストは急にしゃがみこみ、苦しそうな声を発し出した。
四人は、突然様子がおかしくなったマクーストを心配して、彼の周りを囲んで立膝をついた。
「おい!どうした?気分悪いのか?」
オズは、顔を伏せるマクーストを覗き込んで、声をかけた。
「……っ……ううっ……くっ……」
オズの声が聞こえていないのか、マクーストは、苦痛に耐えるように、冷や汗を流している。
「ちょ、ちょっと…、保健の先生呼んだ方がよくない?」
ネルが三人を見ながら言った。
「よし!俺が呼んでくるぜ!」
ビーゼルは、すかさず立ち上がり、走って校舎へと向かった。
「ちょっ、ちょっとあなた!保健室の場所知ってんの⁉」
ティオラは、走って行くビーゼルを追いかけるように、慌てて彼に聞いた。
ビーゼルは、ハタッと立ち止まり、振り返った。
「…あー。そういえば聞いてなかったな。…どこだ?」
ティオラ、ネル、オズは、呆れ果てた顔でビーゼルを見た。
「いいわよ!私が行くから!」
ビーゼルに言い放ち、ティオラが校舎へと向かおうとしたその時だった。
しゃがみこんで肩を震わせていたマクーストが、突然立ち上がった。
ビーゼルとティオラの方に視線を向けていたオズは、驚いて彼を見上げた。
「っ⁉」
オズは目を見開いた。
マクーストの目が赤く光っている。そして、その目はまっすぐにある場所へと向けられている。
オズはマクーストの視線の先へと顔を向けた。
「……っ」
そこには、今から向かおうとしていたチャペルがあった。
オズは、視線をマクーストに戻した。
間違いなく、彼はチャペルの扉をまっすぐに睨んでいる。
憎悪を抱くようなその赤い目に、オズは邪悪な何かを感じ、恐怖を抱いた。
マクーストの背後にいる他の三人は、彼の目に気付いておらず、急に立ち上がった彼に声をかけた。
「なによ…。急に元気じゃない…」
「ほんと。もう、びっくりさせないでよ!もう平気なの…」
ティオラがマクーストに近寄ろうとした瞬間。
「離れろっ‼」
オズは、立ち上がってとっさに叫んだ。
それと同時に、マクーストは勢いよく走り出した。
「っ⁉」
オズは驚いてマクーストに目を向けた。
ティオラ、ネル、ビーゼルは、何が起こったのか訳が分からない様子で、その場に立ち尽くした。
「…なんなんだよアイツ…っ!やべーよ…!」
オズはそう言って、マクーストを急いで追いかけた。
「は…?な…、一体なんなのよ…?」
「なんで急に走り出すの⁉」
「おいおいおい!一体どうなってんだぁ~?」
ネル、ティオラ、ビーゼルは、訳が分からないまま、二人を追いかけた。
「己の願いを守り通すことを、ここに誓いなさい」
「……はい」
祭壇の上に立つシスター姿の女性は、両手に持った勲章を、前に立つ金色の髪の少年に手渡した。
少年はそれを受け取ると、黄金に輝く勲章をじっと見つめた。
祭壇の下では、彼を見守るように、二人の生徒が距離を置いて立っている。
いずれも黒いジャケットに身を包んでいることから、「黒陽」の生徒だということが一目瞭然だ。
少年を見守る二人の生徒は、きっと選ばれた守護者であろう。
片方は長髪をまとめてアップにし、キリッとした表情で、少年をじっと見つめている。
もう片方は、水色の髪をオールバックにし、もう一人とは反対に、視線を背けて、少し気だるそうにしている。
「さぁ、王。こちらへ…」
勲章の贈呈式を終え、髪をアップにした生徒が、金髪の生徒に手を差し伸べたその時だった。
「バタンッ」
チャペルの扉が勢いよく開き、中にいた者はハッとして、そちらに目を向けた。
みんなの視線の先には、先ほどの赤い目を有したマクーストがいた。
「…貴方、白月の王座のマクーストね。貴方たちの式はまだよ。外で待っていなさい」
祭壇の上にいるシスターがマクーストに言った。
だが、マクーストには聞こえていないのか、赤い目で、ある一点をずっと睨み続けている。
「……っ⁉」
勲章を持った金髪の少年はハッとした。マクーストが、ずっとその少年を睨んでいたからだ。
「貴方、聞こえないの?…即刻ここから…」
「マクーストっ‼」
先生が祭壇を下り、マクーストに歩み寄ろうとした。またそれと同時に、後から来たオズが、マクーストに呼びかけたその瞬間。
マクーストの歯は、鋭い牙のように変わり、少年めがけて勢いよく走り出した。
「な…っ⁉」
オズは、マクーストの姿を見ると、驚いて言葉を失った。
マクーストは走り出した途端、四つん這いになり、一目散に祭壇にいる少年へと向かって行った。
「っ⁉」
全員はオズ同様に驚いて、言葉を失った。
後から来た、ビーゼル、ティオラ、ネルも、チャペルに入るなり、驚いてその光景を見ている。
誰にも止めることが出来ないまま、少年の元までたどり着いたマクーストは、大きくジャンプをすると、大きく口を開け、鋭い牙で少年の右腕に嚙みついた。
「っ⁉」
少年は激痛に耐えるように、苦痛の表情で体勢を崩した。
「よせっ!」
守護者の一人である長髪をアップにした生徒が、少年を守るようにマクーストを引きはがした。
もう一人の守護者も、同じようにマクーストを引きはがし、少年を守るように彼の前に立った。
「ライアン!大丈夫かっ⁉」
長髪の生徒が、右腕を負傷した「ライアン」というその少年を心配して声をかけた。
「……っ」
破れたジャケットから見える、歯型の傷跡から血が流れ、なんとも痛々しかった。ライアンは痛みに耐えるように、目を閉じて自分の腕を掴んでいる。
「……っ」
何が起こっているのか分からないオズは、四つん這いでこちらに駆け寄り、相手を威嚇するようにウロウロと様子を伺っているマクーストに目をやった。
後から来た他の三人も同様に、言葉を失って、異様な姿のマクーストの様子を見ている。
(……まるで狼だ……)
オズは、目の前にいるマクーストを見ながら、心の中で思った。
未だ赤い目をしたマクーストは、「グルルル」と唸りながら、ライアンを睨んでいる。
ライアンは、痛みに耐えながらも、自分を睨み続けるマクーストに目を向け、彼を睨み返した。
次回へつづく
いつも長い文章を最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
変な表現や間違いが多々あるかと思います…。誤字脱字もあり、読みにくくて申し訳ありません。
次回、「弱虫キングは運も敵⁉」もよろしくお願いいたします。




