How could I not lose my heart to you.
ディラード家は夜ということもあって静かだった。子爵夫妻も用事で外に一泊するとかで、午後から休暇を取っている使用人も多い。弟だってこの時間はベッドの中だ。
暖炉と熱い飲み物で、内からも外からも暖まる。パチパチと爆ぜる火があるおかげで沈黙は辛くない。ティーカップを揺らしながら、ビリージョーを窺った。血色はよいが、その心のうちはどうだろう。
ウィロウの腰に手を置いたときの寂しそうな目を見てからずっと、抱きしめてあげたくてむずむずしている。本命でもない女がやっても慰みにもならないのだけれど。
一杯二杯のお茶で気が休まったのか、ビリージョーは帰ると告げた。
「今夜はそばにいてくれてありがとう。きみに出会えてよかった。きみが傷つくことがあれば、俺が手を尽くそう」
「あの、泊まっていかれませんか?」
一人でいてはクィアンナのことを考えてしまわないか。ついに思い詰めて自傷ーーなんてことになったら。過ごす場所が変われば気分も変わるだろうから、そういった誘いをした。
「ちゃんと自分の家に帰るからそんなに心配しないでいい」
それに、とわずかに眉間にしわを寄せる。
「たとえ友情や同情からだとしても、女性からそんなことを言ってはいけない。まったく、頼むからジェローム殿がいないところで男と知り合わないでくれよ……」
男なんてころっと簡単に勘違いをする生き物なのだから。クィアンナ一筋だと自負していたビリージョーでさえ、心細さゆえか危ない思考に陥りかけた。
裏を返せばこれまでウィロウの父兄がしっかり彼女を保護してきたということなのだろうけれども。
「いまの時間から客室の準備だなんて使用人に迷惑だし、ジェローム殿にはきみを送り届けるとしか言っていない。そこに翌朝俺がいたらどうなると思う。きみのご両親にも合わせる顔がない。……面会の約束もなしに当主不在の屋敷内にいるだけでも非常識なんだ、本来なら」
ーーううっ、同い年に諭されてるぅぅぅ。
これが伯爵家の嫡男と、後継争いには関係ない呑気な第二子の差だった。
完膚なきまでに正論で叩きのめされた。男性から「女たるもの」「屋敷を守る者として」と教えられるのは、なかなか刺さる。
「危なっかしいな、きみは。好きな男か言い寄る男がでてきたらぜひとも俺にも相談してくれ」
そんなことできるだろうか。でも彼はウィロウが頼れば、親身になってくれるであろうことはわかる。
「……ごめんなさい」
羞恥で赤くなって謝ると、ビリージョーは憂いなく微笑んだ。
「ただしきみのその優しさは美徳だから損ねたくはない。知っておくべきことはあるが、無理に変わろうとしなくていい。心配から申し出てくれた気持ちだけは嬉しいからいただいておく。おやすみ」
更けた夜だからとウィロウの見送りも断って、彼は帰った。
ーー説教の最後にそんな言い方をされたら、惚れてしまうでしょぉぉぉ!!
悶々たる一夜を明かした。
How could I not lose my heart to you.
(あなたに恋せずにいられましょうか。)