今日も祖母の背中、母の背中、誰かの背中
故人の祖母は料理上手だった。戦中14歳くらいから父親を戦死で亡くし5人兄弟の長女として、働く母親に代わり末の妹を育てた。
結婚してから様々な苦労もした話を聞いたが祖父は家族と孫の私の代まで安心して暮らせるように護ってくれる人だった。
祖母の母親(曾祖母)も料理上手らしく私の母親に行事があるとかんぴょう巻きやおいなりさんやちらし寿司を作っては、美味しいらしかった。
そんな祖母の娘の母親は、結婚してから苦労しながら料理したと言う。
何故なら、大家族で育った父親が一品一品料理を出していたら、母親の分まで食べてしまい、母親まで早食いになり、結婚一年目で胃痛になり寝込んだらしい。
結婚・・・とは。閑話休題。
祖母の家に夏休みに泊まりに行くとかならず祖母の料理する背中を見ていた。
小学生になってからは、祖母の横に立ち少しずつ卵のときかたを教えてもらった。
でも、夕方、夕日のオレンジに染まった祖母の料理をする背中が大好きでずっと見ていた。
まるで永遠に続くと思っていた背中。
安心する背中。
母親も共働きになるまでは、料理を作っていた。宿題をしながら料理をする母親の背中を見るのが好きだった。
二人ともたいそうな料理ではなく、定食屋さんのような料理でも私にはごちそうだった。
ひたすら黙々と誰かのために料理を作る2人の背中は美しい。
話はそれるが、ガテン系や営業する男性の背中も好きでよく20代から見ていた。美しい。
祖母が亡くなり、母親も病に罹患し、私は祖母や母親には及ばない料理しか出来ない。
私は結婚もしていなければ、子供もいないので私の背中を見てくれる人もいない。
でも、今日も夕方からどこかの家庭で誰かが誰かのために作る料理の香りがすると私は安堵する。
きっとその料理してもらっている人は守られているから。
今日も私は亡き祖母と母親と働いている誰かの背中を記憶の中で見ている。
美しい。




