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お見合い編5 これって詐欺なんじゃ…?

「ところで」


 私はふと思った。

 そもそもの話である。


「中佐さんは、どこで私を見たんですか?」


 夫人が小さく首を傾げる。


「どこで?」

「私、お会いした記憶がありません」


 もし本当に接点があるなら覚えているはずだ。

 縁談を申し込むほど気になった相手なら、なおさらである。


「ああ、そのことね」


 夫人は納得したように頷き、優雅に紅茶を口へ運んだ。


「卒業舞踏会よ」


 卒業舞踏会。

 学院最後の一大行事。

 豪華な会場。

 華やかな音楽。

 踊る令嬢たち。

 立派なお肉。

 美味しいケーキ。


「リリアさん」

「はい」

「あの日、何をしていたか覚えてる?」

「覚えてます」

「言ってみて」

「ローストビーフをいただきました」

「その後は?」

「ケーキもいただきました」

「その後は?」

「お腹いっぱいになったので、乗合馬車がなくなる前に帰りました」


 ぶふっ。

 お父様が吹き出した。

 お母様は額に手を当てる。

 夫人は肩を震わせながら笑いをこらえていた。


「そうじゃないの」

「違うんですか?」

「違うわ」


 笑いを落ち着かせながら夫人が言う。


「あの日、中佐は警護任務で来ていたの」

「警護ですか」

「王族の方々も出席していたでしょう?」


 それはそうだ。

 きっと厳重な警備だったのだろう。

 私は料理しか見ていなかったけれど。


「彼は会場全体を見渡していたわ」


 夫人の声が少し静かになる。


「令息令嬢たちは、有力貴族へ挨拶をして」

「はい」

「縁談の種を探して」

「はい」

「派閥同士で牽制し合って」

「はい」

「皆、自分を少しでも高く売り込もうとしていた」


 怖い世界だ。

 私はお肉しか見ていなかった。


「だけど」

 夫人は微笑む。

「一人だけ、まったく違う令嬢がいた」


 嫌な予感しかしない。


「周囲の争いには一切加わらず」

「加われませんでした」

「誰にも媚びず」

「話しかける勇気がありませんでした」

「誰とも群れず」

「知り合いがいませんでした」

「会場の隅で静かに佇み」

「壁際で食べてました」


 お父様がまた吹き出す。

 お母様も笑いをこらえきれていない。

 夫人は楽しそうに続けた。


「まるで俗世を超越したような瞳で」

「ローストビーフを見てました」

「誰にも心を乱されず」

「ケーキを選んでました」

「静かに人生を悟ったような表情で」

「お腹いっぱいでした」


 沈黙。

 夫人が目を閉じる。

 お父様は肩を震わせている。

 お母様はもう完全に笑っていた。


「……リリアさん」

「はい」

「本当にそうだったの?」

「本当です」

「一度も権力争いのことは考えなかった?」

「考えたことありません」

「有力貴族との縁談は?」

「面倒そうだなぁ、と」

「派閥争いは?」

「怖そうでした」


 夫人は深く息を吐いた。


「なるほど」

「何がでしょう?」

「中佐が勘違いするのも無理ないわ」

「勘違いなんですか?」

「ええ」


 即答だった。

 少し安心する。

 ちゃんと誤解だったらしい。


「でもね」

 また始まった。


「普通の人は、興味がない振りをしていても」

「はい」

「目だけは動くの」

「そうなんですか」

「権力者を見たり」

「はい」

「有力な令息を見たり」

「はい」

「誰が誰と踊っているか気にしたり」

「なるほど」

「でもあなたは違った」

「違いましたね」

「最後まで料理しか見ていなかった」

「はい」


 夫人は笑いながら言う。


「だから彼には」


 一拍置く。


「すべての欲を捨て去った聖女に見えたのよ」


 私は頭を抱えた。

 重症だった。

 思った以上に重症だった。


「お父様」

「何だ」

「中佐さん」

「ああ」

「かなり疲れてません?」


 お父様は真面目に考える。


「……たぶんな」

「ですよね」


 お母様も静かに頷いた。

 夫人だけが楽しそうに笑っている。


「普通の令嬢なら」

 夫人は指を折る。

「美貌を誇る」

「綺麗じゃないです」

「家柄を誇る」

「誇れません」

「人脈を誇る」

「ありません」

「権力を求める」

「面倒です」

「あなたは全部、本気で興味がない」

「はい」

「だから彼は思ったの」


 夫人はくすりと笑う。


「この人なら、肩書きではなく自分自身を見てくれるかもしれない、と」


 その言葉だけは。

 少しだけ笑えなかった。

 失脚して。

 離婚して。

 いろいろあった人なら。

 そんな風に思ってしまう気持ちは、少しだけ分かる気がした。


「……まあ」


 夫人は明るい声に戻る。


「難しい話はここまで」

「はい」

「今日は顔合わせの前準備ですもの」

「前準備?」


 また嫌な予感がする。


「もちろん」


 夫人はにっこり笑った。


「本人にも会ってもらうわ」


 私は固まった。

 お父様も固まった。

 お母様も固まった。


「……え?」

「来週よ」


 さらりと言う。


「中佐を呼んであるの」


 応接室が静まり返る。

 私は生まれて初めて、本気で思った。


 助けてください。


 夫人はそんな私を見て優しく微笑む。


「大丈夫」

「何がでしょう」

「実際に会えば分かるわ」


 それが一番不安だった。


 だって。

 中佐が会いたがっているのは。

 権力争いを超越した、気高く冷徹な『白百合の幻姫』である。


 実際に現れるのは。

 卒業舞踏会の思い出を聞かれて、真っ先にローストビーフを思い出した私なのだから。 


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