CASE2 簡単な謎解き
ロッカーは綺麗に片付けられていた。何も無い。何も無いのが違和感であり、教授からのヒントだ。僕はロッカーの隅々まで目を皿のようにして観察する。あった。次の違和感。ロッカーの扉に付けられた鏡の接着が微妙にずれている。1度無理に剥がして、また張り直した跡だ。
鏡を手前に引くと簡単に外れた。粘着力の弱い両面テープで仮止めされているだけだった。そして鏡の裏には黒いペンでこう書かれていた。
『私たちは飛べないんじゃない 大地が私たちを離さないのだ』
「ふふ。簡単すぎますね」
僕はニヤニヤとしたいのを必死に抑え込んで西塔へ向かった。西塔には教授が以前使っていた研究室がそのまま残っている。資料置き場として使わせてもらっているが、この1年ほどは入ってもいない。
僕と教授が出会った場所だ。大学に入学してすぐに、僕は教授の研究室に乗り込んだ。
『菊埜教授! 僕は菊埜教授の助手になりたくてここに入りました! よろしくお願いします!』
あの時の教授と先輩方の顔は今でも思い出せる。
必死に勉強して、教授の研究室に入る為の最後の面談の時、教授は僕に、『身1つで空を飛びたいか』と問うた。僕は、『飛びたくても人間の構造上無理です』と答えた。教授はそれに鏡の裏の言葉で応えてくれた。教授は続けて僕を諭す。
『人は飛ぼうと思えば空も時間も飛べる。君が飛びたいかどうかだ』
『・・・・・・飛べるなら、飛んでみたいです。空も、時間も」
『よろしい。ようこそ我が研究室に――』
昔のことを思い出すと涙が滲む。教授は今、空も時間も越えたところに居るのだろうか。
「すみません。菊埜教授の助手の原沼です。第三研究室の電子キーを頂けますか」
「どうも。菊埜教授のことはお気の毒です。これからどうするんですか?」
「さぁ。とりあえず、片付けをしないとと思って」
「そうですよね。ちょっと待ってくださいね」
入り口の事務所で鍵を受け取って、真っ直ぐ研究室へ。扉を開けるとホコリっぽさはあったものの、最近人が入った形跡があった。資料がどけられてできた1本道が、無機質な資料棚へと続いている。その棚だけ綺麗に整頓されていた。
1冊ずつ手に取って本やファイルの中を確認する。確認が終わったら元の場所に戻す。僕は教授と違って几帳面な性格だと自分でも思う。教授が研究内容をガラッと変え、学生を入れなくなって、何人も居た助手も辞めさせたのに、僕だけは残してもらえた。几帳面だからこそ、教授の助手として何年もそばに置いてもらえたと思っている。
棚の中の物をすべて見てもなんの手掛かりも無かった。棚の壁に何か書かれているわけでもないし、ロッカーの鏡の時のようなズレも無い。僕は考えようと腕を組んで首を捻った。その時、また違和感に気がついた。
「なんでこの本、順番がバラバラなんだ」
さっきは気がつかなかったが、棚の下の段に入っている本の順番がバラバラになっている。英語の古い書物だったし、くすんだえんじ色の表紙に、黒くかすれた文字でタイトルと巻数が書かれていたから、ぱっと見で順番が目に入らなかった。
「11冊のバラバラに並んだ本。その順番に意味があるとすれば?」
さらによく見ると4冊分の巻数字は丸く薄い溝で囲まれている。僕はもう一度本の中を見てみたり、数字の語呂合わせを考えてみたり、タイトルのアナグラムを考えてみたりとやってみたがそれらしい答えは見つからない。
「丸がついた本は離れて置かれてるし、語呂合わせでもない。うーん」
『いいかい? 最初の印象が何事も大事だ。人なら見た目、本ならタイトル。最初の一言。最初の文字。そういうところに気を配って初めて血が通うんだ』
僕は後ろから聞こえた教授の声に振り返った。もちろん教授は居ない。しかし確かに今、そこに教授が居たような気がした。僕がここで論文を書くのに四苦八苦していた時に教授に言われた言葉。それが僕にヒントをくれた。
「タイトルの最初の文字・・・・・・。S、K、Y、S、T、O、R、A、G、E、A。――SKY STORAGE A」
ナビアプリに入力するとすぐに出た。ここから徒歩10分の無人貸倉庫施設だ。丸で囲まれた数字は暗証番号というわけか。僕はすぐに向かった。
貸倉庫は20庫程並んでいる。Aは入ってすぐの倉庫だった。倉庫入り口に設置された電子ロック盤に暗証番号と思われる数字を入力する。
「確か順番は・・・・・・4、9、6、1」
実に呆気なく開いた。入っていたのは紙が1枚と鍵が1つ。
『ここに来なさい。君なら見つけられるだろう』
その言葉の下に書かれていたのは教授の家の住所と、『移り変わることに抗って同じことを繰り返すのは辞めよ。私たちは今を生きている。』という言葉だった。たぶんこれが最後のヒントということだろう。
僕は教授の家までナビを使わずに向かう。何度も来た場所だ。なんとなく、最後に着くのは教授の家なのだろうと予想はしていた。しかし着いてから愕然とした。まるで大昔の魔法使いのような部屋になっていたからだ。
物はもちろん乱雑に所狭しと置いてあるが、魔除けの道具のような物から最新の音楽機器、大量のサンキャッチャーや電池で動く電車の模型、自動演奏機能付き電子ピアノに赤ちゃん用のメリーまで、ありとあらゆるレトロなおもちゃが動き続けていた。
「これ・・・・・・苦情とか大丈夫だったのかなぁ。さてどうしたものか」
とりあえず部屋の中に入ってみる。広いワンルームでも、これでは僕のアパートの方が住み心地は良さそうだ。なんとか散乱している物を踏まないように奥まで進む。進みながら教授からのヒントについて考える。
「繰り返しを辞めよって言っても・・・・・・ほとんどが繰り返してるんだよなぁ。全部止めたらいいのかな」
片っ端から止めたものの、何も起きない。何も変わらない。途方に暮れて部屋中をウロウロして、気づけば夕方になっていた。もう日が落ちきってしまう。
「参ったな。もうすぐ夜か。暗くなる前に電気を点けないと」
そこまで言って気がついた。もう外は暗くなっているというのに部屋の中は明るい。僕は電気を点けていない。なんなら大きな窓のカーテンも開きっぱなしだ。窓に部屋の様子が反射している。
「ずっと電気は点いていた? 昼も夜も。でもなんで? カーテンも開けてたら昼間は明るいのに。そもそも家を出るときはカーテンを閉めるよな・・・・・・」
僕は教授からの手紙を読みながら、ガラクタの中で必死に頭を巡らせる。
『移り変わることに抗って同じことを繰り返すのは辞めよ。私たちは今を生きている』
つまり本当なら移り変わって見える物なのに、同じことを繰り返してる物がある。もう音楽はどこからも聞こえない。電気が点けっぱなしということは暗くなったらわかってしまうもの。
「音が鳴ってなくて、まだ僕が触っていない物・・・・・・」
注意深く部屋を見回す。今度はそこだけが片付いているというヒントは無いらしい。あまりに物が多くてこれという物が見つからない。考えろ。教授のことを思い出せ。
『空は移り変わる。それは人には止められない。だから私は空が好きなんだ。私はその空をも越えてみたい』
――教授の言葉。
――SKY STORAGE。
――繰り返すのは辞めよ。私たちは今を生きている。
「あっ」
思わず声を出して、僕は部屋の中心を見た。旧型の小さなプラネタリウムのレンズが、音も無く天井を見上げていた。昼間の明かりと音の鳴る他の物に気を取られて全く気がつかなかった。
プラネタリウムの電源を落とそうとして、僕は手を止める。思い直して電気の方を消してみた。一瞬で暗闇に満天の星空が広がった。
「懐かしい。子どもの頃、よく寝る前に点けてたな」
光の星空の中を流れ星を模した一筋の光が流れていく。何度も、何度も、同じ場所で。そこでようやっと星空が回転していないことに気がついた。流れ星は同じ場所へ落ちていく。携帯のライトを点けて、夢中になってその場所へ向かった。
物が散乱しているせいでいくつもの何かしらを踏んだ。壊れる音もした。足の裏にも激痛が走った。やっとの思いで辿り着いたのは、木でできた古びた机の前。子どもが使う学習机をもっとボロボロにしたような机だ。椅子は無い。引き出しもちゃんと残っているのは1つだけ。
唯一の引き出しを開けると、昔の携帯のような小さな端末と紙の束が出てきた。他には何も無い。他のガラクタに囲まれているお陰で、ただの古い携帯にしか見えない。そのサイドに1つだけあるボタンを、僕は躊躇わずに押した。すぐに画面は明るくなり、パスワード入力が求められる。倉庫の数字と同じものを入力してみる。画面が変わり、装置が映し出したのは録画された立体映像の教授だった。
『CASE3 被験者1の場合』へ続く
次話もお楽しみに!




