2.運命の出会い
エルサに連れられて訪れた工房は、煉瓦造りのかなり年季の入った大きな建物だった。
歴史も長く、職人の数も多いのでは…とヘルミが考えている間に、ひとつの作業台を片付けたエルサに「座って座って!」と声をかけられる。
「申し訳ないんだけど、ここにはおもてなしできるようなものが無いの。だから早速ハーツィ晶のことになってしまうのだけど、いい?あと、多分歳も近いよね?砕けて喋っても構わない?」
「もちろん!でも、いいの?ハーツィ晶の作り方って、秘密にしてるところが多いって聞いたことがあるけど」
「大丈夫大丈夫!私はまだ新人だから、一般に公開されている配合しかやったことがないからね」
ところでハーツィ晶の作り方はどこまで知ってるの?と問われ、ヘルミは「さっぱり」と首を振った。精々、質のいい水晶を選んで表面をピカピカに削るくらいしか想像がつかない。先端の角度をツンと尖らせることがきっと重要なんだろう、と勝手に思っていた。
「ハーツィ晶はね、実は水晶じゃないの。エイクスニルの角から出る水と、水晶の粉と、満遍のない魔力でできてるのよ」
「水晶じゃない!?」
思わず出た大きな声に、エルサはにっこりと笑った。
「そうなの。勘違いしてる人が多いし、水晶も入ってるから満更間違いでもないんだけどね。」
「そうなんだ…」
エイクスニルとは水鹿とも呼ばれる、角から水を出して自分の食べる草花の成長を促す魔法生物である。ちなみにこの世界には魔法があることに加え、動物とはまた別の、魔法の性質を持った”魔法生物”が存在する。
閑話休題。
ヘルミはエイクスニルの水を、植物の成長促進剤としてたまに薬局で量り売りしているのを見たことがあった。
そんな使い道があったなんて…と、静かにヘルミがショックを受けている間に、作業台の上にエイクスニルの水が入った水差し、白い粉の入った深皿、透明な素材でできた棒、ハーツィ晶の形をした金属製の型のようなものが準備された。
「実際見てもらったほうが早いと思うから、ひとつ作ってみるね」
そう話すや否や、エルサは水差しを左手に持ち深皿にエイクスニルの水を少しずつ注ぎ込む。右手で棒を使って混ぜながら、ある程度水を注ぎ終わると混ぜる右手は止めないままで、左手を深皿にかざした。
手の中で小さく魔法が展開され、虹色に輝いている。次第に深皿の中身も虹色に輝きはじめ、エルサの瞳を虹色に染めた。
やがて光は、工房の壁を七色に染め上げた。
どれほどの時間が経ったか、あまりの美しさに見とれているとエルサは手を止め、横倒しにした型の下方にある注ぎ口から、虹色の液体を注ぎ込んだ。
「すごい…こんなに綺麗な光…」
ヘルミの脳裏には、前世で大好きだったサンキャッチャーが思い浮かんでいた。
透明度の高い天然石やガラスにカッティングが施され、直射日光が当たるとプリズム効果で部屋中に虹色の光が広がる、オブジェとしても美しいインテリアだ。
よく見ると透明の液体が折々で七色に煌めく姿は、言葉にならないほど美しい光景だった。
液体を型いっぱいまで注ぎ込むとエルサは蓋を閉め、虹色の輝きも同時に消えていった。
「これでしばらく置いておくの。そうしたら型の中で固まって、型を外して注ぎ口のところに出来たバリを取って、それで完成!」
「凄い!!エルサはこれでまだ新人なの?私は今日初めて作っているところを見たけど、手際も良くて、あんなにキラキラしていて、虹色に輝いていて!綺麗で…」
感動で興奮気味のヘルミに、エルサは照れたように「まあね」と呟く。
「我ながら手際はいいと思うの。でもやっぱり先輩達には全く敵わない」
そう言って、一度工房の奥へ引っ込むと、両手に小さなハーツィ晶を山盛りにして作業台に並べた。
「これ見て。よく見るとね、クラックやインクルージョンがかなり入ってるの。神話の神様に捧げるようなものに、傷や不純物が入ってるなんて許されない。私たち職人の真っ直ぐな魂だけを込めるんだって、先輩からは耳が痛くなるくらいに言われたわ。今はかなり透明に作れるようになったけど、この辺りを見ると…」
「そうなのね。これでもとっても素敵に見えるけど…というか…」
自分の作ったハーツィ晶を光に透かし色々な角度で見ながら、エルサは考え込んでしまったようだ。
しかし、ヘルミはそれどころではなかった。
手が震え、耳にドクドクと心臓の大きな音が響いてくる。
これは、異世界のレジンではないのか!?
透明で操作性があり、時間を置くと固まる。まるで2液性のエポキシレジンのようではないか。
もしかして。これでアクセサリーを作ることができるのではないか。
「あの…エルサ。このハーツィ晶って、やっぱり売ったりとか、お祭り以外に使ったりするのって良くないよね?」
「ヘルミ、知らないの?ハーツィ晶はこの型に合わせて作るからハーツィ晶になるの。ハーツィ晶を売ることはできないわ、国からの要請と職人のプライドと、何より神々への祈りの気持ちで作られているものだから。国からは材料の基本の分量と型の形の割合、作るための費用や材料が無償で提供されてるの」
「そっか…」
「この水晶の粉も、エイクスニルの水も、国からの支給品なの。私が今使ったのは、練習用に工房が常備しているものだけど」
エルサはにっこり笑って、工房の窓を指差す。
「でも、工房長がそこの窓が割れたのを、途中までハーツィ晶を作るみたいにして直してるのを見たことがあるわ。あと、先輩が小さな丸をいくつも作って、子供のおもちゃにしてるのも知ってる。ハーツィ晶の形じゃなかったら大丈夫なんじゃない?エイクスニルの水は薬局で売ってるし、水晶の粉も下町の宝飾店に置いてる時があるから」
にっこり笑った顔のまま、エルサはヘルミの両手をぎゅっと握る。
「興味が出たのね?作ってみたいのね?それでは一緒に作ってみましょう!魔力の込め方が重要よ!まずは一緒に分量を量りましょう!」
嬉しくてたまらないといった表情のエルサ。ヘルミはこの後の予定を逡巡したがそれも一瞬のこと、
「よろしくお願いします!」
エルサの両手を負けじとぎゅっと握り返し、誓った。
この好機を、決して逃しはしないと。




