1-15(エピローグ)
「いやー、びっくりしたね!部屋で寝てたはずなのに、起きたら金閣寺だったんだもん。しかも半裸で」
「お前なぁ…、無事だったからよかったものの」
「そんなこと言われたってー、実際なんも覚えてないしー。コスプレみたいな変な服に着替えさせられてただけで、エッチなイタズラされたってわけでもなさそうだしー。というか!攫われた翌日の朝からちゃんとテスト受けに学校行くだけで、めっちゃ偉くない!?」
ハイドリッヒ討伐から一夜明け、事の発端になった喫茶店「Indiana」。何時でも暇をしている無職の菊次郎と、定期テスト終わりのため半日授業で部活もなかった桃は、昼すぎから店でだべっていた。寝ていた間に全てが済んでいてしまった桃に事の顛末を説明したが、死んでいたかもしれないという自覚もない様子。
事件が解決した高揚からか、いつも以上にまくしたてるように話す桃と、あの後一睡もしていない菊次郎。二人のテンションの温度差は、夏本番を迎えつつある外気と冷房の効いた店内の温度差以上に開いていた。
「はいモモちゃん、コーラフロート、ガトーショコラにフルーツタルト、それに焼き菓子のアソート。紫さんにアメリカンです。
それにしても今日は珍しいですね、倹約家の紫さんが。モモちゃんに何か弱みでも握られましたか?」
「まぁそんなとこ」
「とびっきりだよねー。もしウチのお母さんにバレたら、たいへんたいへん」
「おい、二宮君に誤解を与える言い方をするな」
「ははっ、また改めて聞かせてください。では、ごゆっくり」
「…。うーん、やっぱり二宮さんは爽やかだなー。それに春頃よりも垢抜けた気がする。彼女でもできたかな」
「そりゃ大学生だしな。彼女の一人や二人」
「あはは、菊ちゃん、やっぱり言い方がおじさん臭ーい」
「ほっとけ…」
見てるだけで無糖のコーヒーが甘く感じるほどの量のスイーツを幸せそうに頬張る桃は、普段と変わらない様子。
「…なぁ、桃」
「うん、大丈夫だよ、菊ちゃん。サオリちゃんが戻ってこないことは…分かっていたから」
「…」
「ただ…、サオリちゃんがこのまま行方不明扱いのままで…、ご両親がずっとサオリちゃんの帰りを待ってるのかなって思うと…ちょっと…いや、さすがにかなりキツいなって」
菊次郎と蘭丸はラインハルトから飯田サオリの遺体の場所を聞きだせていなかった。自分自身や桃が生きるか死ぬかのギリギリだったのだ。そう言い訳はできはするが、後悔が残る。
午前中に菊次郎が金閣寺の敷地内を探したが、目星もついていなかったため不発であった。
そもそもハイドリッヒがどこに住んでいたかもわからないのだ。わかっているのは蘭丸の中学で教師をしていたということだけ。
戦後何十年と少女を攫い殺し続けた怪人は、その身が滅びればまるで最初からいなかったのではと錯覚するほどに痕跡を全く残していなかった。
飯田サオリの両親にも伝えようがない。娘さんはすでに殺されているが、遺体はどこにあるかわからないし、犯人も文字通り跡形も無く消え去りましたとでも伝えるというのか。
「やっぱりこっちにいた。お店に行くなら言ってよ。いつもみたいにおっさんの事務所に行っちゃったよ」
「おっ、蘭丸くん、テストお疲れー。ほら座って座って。今日は菊ちゃんのおごりだから遠慮なく頼んで」
「いつも俺のおごりだし、いつも遠慮もしてないだろ」
蘭丸が姿を見せるや、先程までの湿っぽい雰囲気をなかったかのように隠す桃。
今日のテストの出来栄えなど、蘭丸と普段通りの様子で会話している。むしろ蘭丸のほうが、なんだか気まずそうにしているぐらいだ。
「ん?どうしたの蘭丸君」
「あ、あのさ…“猿の手”と“聖なる杯”なんだけど…飯田サオリさんの、…いや、これまでアイツの犠牲になってきた人たちの遺体を家族のもとに帰すために、願い事を使うのはどうかなって」
「!」
「蘭丸君、それ良いよ!そうしようよ、菊ちゃん!」
二つが揃えばどんな願いでも、ハイドリッヒの言葉が正しければ、時間旅行までも思いのまま。
現在、三回の願い事を叶え終えた “猿の手” は菊次郎の事務所に、“聖なる杯”は元の隠し場所であった金閣寺に戻してある。
ロクでもない奴のロクでもない願いを叶えてしまっては、たまったものではない。どちらか、もしくは両方を処分しなくてはいけないと考えてはいたのだが、こんな代物をどうやって安全に破壊できるというのだろうか。廃棄マニュアルなんてあるわけがない。そうした事情でいったん棚上げしていた。
「そうだな…それがいいかもな」
「決まりだね!」
「あはは、そうだね…!!」
「-!」
「あれ?どうしたの菊ちゃん、蘭丸君。二人とも急にビクッてしちゃって」
「…なぁ、おっさん」
「あぁ、そうだな。間違いないと思う…」
「もー!だから何!?」
「たぶん、おっさんが『それがいいかもな』って、言ったら、勝手に願いごとが叶った…かも」
「なにそれ!なんでそれがわかるの?」
「なんでって聞かれても、わかったとしか言えないな。まぁたぶん、“聖なる杯”に俺と少年が所有者と認められていたからこそ、俺らで願い事の同意がとれたから、願いを叶えたってことだろうな」
「そんなの危ないじゃん、今回はよかったけど、二人の考えがあっただけで、勝手に叶えちゃうなんて」
「たぶん大丈夫だよ、桃。 “猿の手” も “聖なる杯” も俺達が隠した場所から消えちゃったと思う」
「そうだな。どちらもその役割を…少なくとも俺たちの物語での役割を終えたんだろうな。ただ…お前はよかったのか?」
菊次郎は直接言葉にしなかったが、蘭丸の足のことを問うた。
ノーリスクとは断言できないが、自らの願いで誰かに不幸を振りまくかもしれない“猿の手”とは違う。
「まぁ、いいよ。それに…しばらくは暇つぶしには困らなさそうだし」
「ん?」
「うふふ、新生“白銀探偵事務所”の門出だね。いや“紅紫探偵事務所”か、“蘭菊探偵事務所”ってのは、どう?」
「-!おい、俺はもう探偵業なんてやるつもりはないぞ!それになんだ、その名前は」
「もしかして桃って、ネーミングセンスないの?」
「うるさいなぁ…二人は時間が腐る程あるんだから、文句あるなら自分たちでじっくり考えなよ」
戦後から今日にいたるまで、連続殺人鬼が暗躍していたこの街につかの間の平穏が訪れ、 そして、20年ぶりに胡散臭い探偵事務所が帰ってきたのであった。
第一話はこれにて終了です。今後も同程度のボリュームの話を一話分として更新していければと思います。
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