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「ふーっ、今日も食べた食べた。いやー、さすが菊ちゃんのおすすめのお店だね。
菊ちゃんって基本無趣味なんだけどね。私とご飯を食べに行くように、『高校生でも入りやすいけど、美味しい店』を探してくれてるんだよ。まったく、愛い奴よのぉ」
「まぁうん、どのお店も美味かったかな」
恒例となりつつある二人での帰り道。最初の頃はどこか緊張していた蘭丸もすっかり強張りがほぐれている。蘭丸はこのゆったりと心地良い時間を、にぎやかで美味しい食事よりもどこか楽しみにしていた。
「うふふっ」
「なんだよ」
「いやー、やっぱり蘭丸君って菊ちゃんと似たところがあるなーって」
「そ、そんなことない。あんな無職と」
「そういう素直じゃないところが一つ目かな」
「まだあるのかよ」
「もう一つは…教えてあげるのはこの事件が解決してからかな」
「…」
桃は事件が解決したらと述べたが、同級生である『飯田サオリが見つかったら』と言わなかった。蘭丸が横目でさり気無く桃の横顔を伺う。
人懐っこい顔にいつもの薄い微笑み。見慣れてきた桃の表情。蘭丸を安心させる表情。
しかし、まだ中学生の蘭丸にはその胸の内をくみ取れているか自信がなかった。
いつの間にか分かれ道まで来ていた。今夜は新月で曇り空、街灯の明かりのみがが二人を照らす。
「…なぁ、モモ」
「わかってるよ蘭丸君。もうたぶんサオリちゃんは帰ってこない」
「ま、まだわかんないじゃん」
蘭丸自身ももう飯田サオリについては望みはないと考えていた。そのはずなのに、桃の口から諦めの言葉が出ると、とっさに否定してしまった。
人懐っこい顔にいつもの薄い微笑み。見慣れてきた桃の表情。
しかし蘭丸は桃が何を考えているかを察せないことにだんだんと不安になってきた。
「私ね、オカルト関連で大切な人がいなくなっちゃうの二回目なんだ」
「…どういうこと?」
「私のお父さんね、私が生まれる前に突然消えちゃったんだって。神隠しにあったみたいに突然に、跡形も無く。
まぁ今回の件とは全く関係はないとは思うんだけどね。
…それでもね、ダメな事だって分かっていても、どうしても信じられなかったんだ、サオリちゃんが帰ってくるって。最初から、菊ちゃんに相談する前から」
表情はいつも通り穏やかなのに、穏やかでない話を淡々とする桃。昔なじみの菊次郎にすら語らなかった本心を蘭丸相手に明らかにしていく。
「じゃあなんで…、あんなに一生懸命に」
「そうだね、なんでだろね。たぶん…、自分への言い訳かな。
せめて自分にできることはしておきたかったんだよ。そうすれば自分への言い訳ができるから。
菊ちゃんや蘭丸君を巻き込んでまでさ」
「…」
蘭丸にとって、すべての起点は“猿の手”であった。菊次郎、桃と蘭丸の3人は “猿の手”という超自然的なオカルトに巻き込まれた被災者であった。(また蘭丸にとってはラインハルトも憎き敵とはまだ思えないでいた)
だが桃は、同級生のサオリも、そして菊次郎と蘭丸も自身の因果のようなものに引き込んでしまったのではないかと考えていた。聡明な彼女としてはあまりにも独りよがりな考え方。彼女にとって自身で考えている以上に、『人生に父親がいなかった事』が彼女の人格形成に影響を与えていたのかもしれない。
「けどさ…けどさ…」
蘭丸は口を開いた。中学生の彼にはまだ何を言えばいいかなんてわからなかった。
それでも、今、ここで、何かを桃にぶつけずにはいられなかった。
「俺は楽しかったよ。どんなきっかけでもさ。
サッカーできなくなって、日本に帰ってこなくちゃいけなくて。
けど全然クラスの奴らと馴染めなくてさ。毎日…つまんなくて。
そんなとき、モモとおっさんと会って。
先生にGPSなんてしかけちゃってさ。
けど、そんなことよりも…三人でご飯食べに行ったり、おっさんの部屋でたべりながらテスト勉強したりさ。
そんな…普通の…。
楽しかったんだよ、俺は。…だから、モモもさ。だから…」
何を伝えればわからず、言葉をうまく紡げず。マンガやアニメの登場人物のようにはいかない自分が情けなくて、涙ぐんでしまう。
「うん、わかる、わかるよ、蘭丸君。私もね、楽しかったよ。
ごめんね…、最近3人での時間が楽しくてさ、サオリちゃんに後ろめたさみないなもの感じちゃったのかな。
だからこんな話しちゃった。
ほらほら、男の子がそんな簡単に泣いちゃダメだよ」
涙ぐむ蘭丸に対し、人懐っこい顔にいつもの薄い微笑み。見慣れてきた桃の表情。
不安を感じさせた先ほどと同じ顔のはずなのに、まるで母親のように蘭丸を包み込み落ち着かせる。
「ねぇ…蘭丸君、3人で色んなお店行こうね。京都には美味しいお店、まだまだいっぱいあるんだから。
ほらほら、もう中学生は帰る時間だよ。
ここからちゃんと帰るか見張っといてあげる。じゃないと蘭丸君帰ろうとしないでしょ」
「…うん」
蘭丸は分かれ道からとぼとぼと帰り始めた。振り返りたくても、振り返ることができなかった。




