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山田はちょっと秘密がある  作者: 片山絢森


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3/3

第3話


   ***

   ***



 目を開けると、見慣れた教室の風景だった。


(……さすがに疲れたな)


 別れを惜しんで縋りつかれ、泣きじゃくる姫とピストをなだめつつ、オーレリアとエステラのバチバチな空気に当てられて、踊り子と商人と竜人族の少女と海賊姫と希少種族の末姫と――もはや数え切れない美女達に囲まれて、割と精神が疲弊した。


 魔法陣の消えた教室は、しんと静まり返っている。


 この一瞬だけは、必ず人がいない。そうなるように細工されている。どうやっているのかは不明だが。


「あ……っ、山田くん!」


 その時、聞き覚えのある声がした。


「よかった、こんなところにいた」

「藤崎さん?」


 三日前――こちらの時間で言えばついさっき、自分と別れたはずの彼女が、なぜか息を切らしていた。


「峯田くんに殴られたって聞いて……。頭を打ってたら大変だし、どこかで倒れてるんじゃないかって思ったら、気になって」

「……探してくれたの?」

「お節介でごめんなさい。でも……あの、何かあったら嫌だから」


 大丈夫? と聞かれる。

 少しの沈黙の後、山田はこくりと頷いた。


「頭は打ってないんだ。運が良かったのか、偶然肩がぶつかって。怪我もしてないよ、ありがとう」

「ならよかった」


 彼女がほっとした顔になる。


 異世界の美女達に比べ、地味でひかえめなクラスメイト。


 自分を気にかけてくれるが、それが特別なものである保証は一切ない。むしろ恋心はないだろう。なんとなく、それは察する。


 あちらの世界は居心地がいい。楽だし便利だ。空気もいい。何よりも、自分を歓迎してくれる。


 ――だけど、それでも。


「勇者ヤマダじゃなくて、普通の高校生だしな、俺」


 どれだけ強い力があっても、その力は異世界のものだ。空間を渡る際、ほとんどあちらに置いてきた。

 今ここにいる自分は、地味で無口な男子生徒。


 だから。


「心配してくれてありがとう。その……嬉しい」

「どういたしまして」


 答える顔はやっぱり可愛い。

 美女にしがみつかれてもびくともしなかった心臓が、ほんの少しだけ音を立てた。



   ***



「あれー、山田ってどこだっけ?」

「今日休んでるんじゃない? いたっけ?」

「ていうか、クラスに存在してたっけ?」


 ひどーい、やだーと笑いながら、少女達が歩いていく。その横にいるのが本人なのだが、彼女達が気づく事はなかった。


「相変わらずだよなあ、山田……」


 それを見ていた男子から、同情交じりの声が漏れる。


「俺、女子にあんなこと言われたら登校拒否になりそう」

「ていうかなってる。二度と学校来たくない」

「山田の心臓強いよな。あれだけ言われてるのに、びくともしない」

「つーか……慣れ?」


 違いないと、彼らが頷き合っている。ある意味、彼女達より失礼だ。


「根暗だし、地味だし、ほんっと目立たないやつだよな。あいつ、何が楽しくて生きてるんだろう」

「妄想じゃね?」


 違いないと、男子達が頷き合っている。

 それは否定しないけれど、全部でもない。


 あの世界に行ってよかったと思う事が、もうひとつある。簡単な魔法が使えるようになった事だ。


 この世界の理を壊すレベルでの使用は無理だが、ささやかな事象なら操れる。


 そう、たとえばやさしい少女に幸運が訪れたり、親切な教員のいる図書室に埃が溜まりにくくなったり、面倒なクラスメイトの怒りを削いだり。あくまでも手助けレベルなので、調節はできないが。


「でも……なんか山田って、妙な感じがするんだよな」


 その中のひとりが首をかしげる。


「よく分かんないんだけど、すごい力を秘めてそうな……うーん、なんていうか……」


「勇者とか?」


「…………」

「…………」

「…………」


「ないだろ」


 どっと彼らが笑い崩れる。


「あれが勇者なら、俺は英雄になってるって。異世界転生ってやつ? 美女と美少女達に囲まれて、理想の楽園! ハーレムじゃん」

「いいなぁ、憧れるよなぁ」

「俺絶対巨乳の女戦士。あとはケモミミと、ツンデレ魔法使いと……やっぱお姫様は外せねーな。うわ最高」

「踊り子とかもいいよなぁ」


 話が盛り上がる彼らの横を、「失礼」と山田は通り過ぎた。


 放課後になるまでに、もう一冊本を読んでおこう。

 土木事業について聞きたいと言っていたから、そちら関係の資料にしようか。

 やる事はたくさんある。いくら時間があっても足りない。


「……そうだ」


 そこでふと気づくと、山田は後ろを振り向いた。


「ハーレムは思ってるようなものじゃない。神経がもたない」

「…………へ?」

「せいぜい四人が限度だな。それでも結構きついけど」


 それだけ言うと、「それじゃ」と立ち去っていく。

 取り残された彼らはぽかんとして、小さくなっていく背中を見送っている。


「なんで山田が、ハーレムについて詳しいんだ……?」

「妄想……じゃね?」

「だよなぁ」


 彼らが真実を知る日は来ない。





(口がすべったな)


 図書室へ急ぎながら、山田はちょっと反省した。


 目立つのは好きじゃない。

 ただでさえ異世界で勇者なんかになっているのに、現実世界でも目立つなんて冗談じゃない。こんな事が知られたら、普通の日常が崩壊する。


 誰にも知られず、ひそかに、目立たず、堅実に。地道な努力が実を結ぶ。

 国を治める人間は、それくらいの方がいい。


「あれ、山田くん? 今日も図書室?」

「藤崎さん……」

「勉強熱心だね。頑張って」


 手を振る彼女に頷いて、山田は少し背筋を伸ばした。先ほどより足が軽くなっているが、本人は無自覚だ。


 この後異世界で三日過ごし、こっちに戻って知識を蓄える。

 魔王軍の残党が出たら討伐しなければならないし、剣の鍛錬も欠かせない。インフラも早急に整えねば。


 本当に、やる事はたくさんある。


 山田は地味な男である。


 クラスメイトの藤崎さんが気になっていて、図書室の常連で、たまには人と会話もする。異世界では勇者だが、この世界ではただの高校生。


 勇者ヤマダ。またの名を山田タカシ。

 彼は、今日の放課後も異世界へ行く。


お読みいただきありがとうございました! 一話で収めようとしたのですが、長すぎたので分割しました。これが一番初めのお話です。山田くんの名前はタカシです。

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