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036 スライム戦(もちろんスライムは、服だけ溶かします)


 水中に沈んだレンリ。

 コハルは唇を重ねて、酸素を送り込む。

 激しく水泡が沸き立ち、肺が膨らんだ。

 重ねた唇に体温が戻ると、頬が赤みを取り戻す。

 レンリの瞼が開かれると、紺碧の瞳がコハルを見つめる。

 トクトクと二人の鼓動が早まる。


 ざぱあ!


 水面から顔を出しても、レンリはコハルにしがみついたままだった。

 コハルの着たローブ越しに彼女の胸の感触と鼓動が伝わる。


「コハル……その……」


 潤んだ瞳に水面の美しい反射が映り込む。

 何か言いかけた唇が閉ざされ、うつむく頭。

 レンリの体重がコハルの胸にかかる。


 そっと決意を固めたレンリの腕がコハルの頬を捉えた。

 唇が近づき、二人の鼓動は最高潮に達する。


「コハル様~レンリ様~。ご飯です。ご飯できましたよ~……」


 カンカンカンカン!


 フライパンをお玉で乱打しながら、アササギが叫んだ。

 雰囲気ぶち壊し。

 確実にタイミングを狙っているこの奴隷。


「ご飯ですよ~。お魚ですよ~……」


 串に刺された焼き魚をぶんぶん振るうアササギ。

 仕方なく、コハル達は岸に向かった。


 レンリはアササギからタオルを受け取ると、ローブに着替えるため馬車に入った。


「あ、これうまいな」


 たき火に当たりながら、コハルは身体を温めた。


「はわぁ、お魚おいし~」


 ダンジョンを出てからまともな食事を摂っていなかったから、アンズもコハルもがっついている。


「エンリ様は食べないのか?」


「私はアササギの取ってきてくれた薬草や香草があれば十分なんですよ」


「ふーん、食が細いのか」


 思えば、この人がまともなもの食べてるところを見たことがない。

 ハイエルフは草だけで生きられるんだろうか?


 エンリ様と対照的に、アササギは巨大なネズミみたいな何かを焼いていた。

 いつの間に捕まえたのだろう?


「それは……美味しいのか……アササギ」


「がるるー。いくらコハル様でも、これはあげられません……」


 ネズミらしき何かを、頭からバリバリいってるアササギ。

 ハーフウルフっぽいといえば、ぽかった。


「あら、美味しそうじゃない。ネズミじゃなくて、魚がね」


 たき火を囲んだ食事の輪に、着替えを済ませたレンリが加わる。

 アササギから魚を受け取ると、コハルの横の切り株に腰掛けた。


 森がざわめいた。

 レンリがそこにいるだけで、リスやウサギ、フェアリーやコロボックル、花の精霊などが集まってくる。

 伸ばしたレンリの指先に、リスが止まる。

 フェアリーがそばを回って、美しい鱗粉が彼女の銀髪を照らした。

 絵に描いたような、エルフの美少女だ。


「レンリちゃん、綺麗~」


 思わずアンズが見惚れるほどの美少女エルフオーラ。


「ねえコハル……さっきは……その、ありがとう――」


 そっと伸ばされた手が、コハルの腕に重なる。


「昨日からずっと、助けられっぱなしね。だから――」


 バサバサバサ!


 静かな時間は、鳥の羽ばたきで終わった。

 言いかけたレンリの言葉が消えていく。


「敵ですね……」


 ピンと、アササギのウルフ耳が立った。


「アササギが対処します。コハル様達は、ゆっくり食事をしていてください……」


「一人って、そんな、ほっとけねーよ」


「待って! 私も行くわ!」


「はわぁ! たのしそーです~!」


「私はまだ魔力が回復していないので、若い子達に任せます」


 アササギに続いて、コハルとレンリ、アンズも戦闘に参加する。

 エンリ様は待機となった。

 さすがに今回はエンリ様の召喚獣ではなさそうだ。


「ダンジョンから離れた森の中ですから、そんなに強力なモンスターではないはずです……」


 アササギが臭いをたどりながら、モンスターを追っていく。


 コハルはちらりと、アササギを伺う。

 緊張のせいか頬が紅潮し、唇がぴりりと引き締められている。

 武器は魔術ダガーを両手に2本ずつの、計4本。

 きっと急所に投げて仕留めるのだろう。


(そんなに強力ではないモンスターか。だとすると、ゴブリンか、スライムか……)


 ある種のゲームの中では、女の子だけを選択して襲い、服を溶かすスライムが存在するらしい。

 殴ったり蹴ったりするのではない、その……イヤラシイ……思春期男子が見たら思わず精通してしまうような、そんな”服だけ溶かす溶解液”を噴射し、女の子を丸裸にしてしまうのだ。


 R15の場合はフルプレートのアーマーだけ溶かして、おぱんつだけを選別して残すという器用な芸当も見せる。

 結果女の子冒険者は、おっぱいは指で、下はおぱんつで隠すことになるのだ。

 なんて刺激あふれるナイスモンスターなのだろう。


(まあ、そんな都合の良いモンスター絶対いないよな)


 コハルはぶんぶんと首を振り、身構える。

 先行していたアササギが、敵の姿を捉えた。


「オーカー・スライムです! 気をつけてくださいコハル様、”装備”を溶かします……」


(そうか。気をつけないとな)


「なんでガッツポーズしてんのよ、コハル」


「リアルにスライム見れるのが、嬉しくてな」


「やっ!? きゃっ!? あ……っ!?」


 先頭から悲鳴とも、嬌声とも取れる声が聞こえた。

 次々と噴射される謎液を、すばしっこくアササギがよけている。


 じゅ~。


 ちょっとかすめただけで、アササギのローブが溶けた。

 こんな予想通りの展開で、いいのだろうか。


「言っておくが、オレはザコとは戦わん。戦う気はないぞ。不戦敗だ。ぜってー戦わねーからなー!」


 コハルは全脱ぎよりも半脱ぎ派だった。

 服が溶けててところどころ見えていればパーフェクトという人間だ。


「何観戦モードはいってるのよ! アササギがピンチなのよ!?」


 弓を構えるレンリを、コハルが制した。


「アササギにも活躍のチャンスをやれよ」


「でも……」


「はい、アササギは大丈夫です。一人でやれます……!」


 オーカー・スライムがぶしゅーと溶解液を吐いた。

 即座に横に跳ねるアササギ。

 だが、アササギの後ろにいたウサギが、運悪く直撃を喰らう。


 デロ……デロデロデロ。


 スライムの溶解液を受けたウサギは、デロデロになっていく。

 それこそ、同じスライムのように……。


「気をつけてください! 溶解液を喰らうと、同じスライムになります……」


(えー……そういう増え方するの……)


 ぶしゅー! ぶしゅー!


 2体に増えたオーカー・スライムからの連続波状攻撃。


「や――!? きゃ――!? あ……ぅっ」


 体勢の崩れたアササギが、溶解液の餌食になる。

 すんでのところでコハルが助けに入った。

 エゾロディネガルで溶解液を防ぎ、横目でアササギの状態を確認する。

 攻撃を受けたローブはボロボロに崩れていた。

 溶けたローブの隙間から、アササギの白肌が露わになっている。

 皮膚までは達していないようだ。


「大丈夫か、アササギ」


「はい。アササギは大丈夫です、コハル様……」


 アササギは、コハルの手を取ると、そのままよろけて体重を預ける。

 か細い肩と腰、控えめな体重がコハルの胸に落ちた。


 そんな二人のやり取りをレンリは――、


(……は? ちょっと二人して何で見つめ合っちゃってるわけ? アササギ貴方はもともとレーゼイン家の従者でしょ? それが何裏切ってコハルの奴隷になってるの!? 私達の絆ってそんなのもの!? あ、またよろけたついでに胸に顔埋めてる!? コハル……あとで覚えていなさいよ……)


 と、とても冷めた目で見てらっしゃった。


 ぶしゅー! ぶしゅー!


 今度はアンズにターゲットが移った。


「はわ! はわわわ!」


 アンズのローブが溶けて、パーティー一大きい胸がこぼれる。


「大丈夫か、アンズ」


「うん、お兄さん。アンズ、頑張る!」


 そんな二人のやり取りをレンリは、


(……はぁ? 何? 何? 何何何? 手とか取り合っちゃって、何? うわーアンズちゃんの肩にコハルが手を回してるじゃない。立てるでしょ貴方。一人で立ちなさいよ。生まれたばかりの子鹿だって、自分一人の力で立つのよ。あーもー見てらんない。バカ、バカバカバカ、コハルのバカ。何でアササギとかアンズちゃんにばかり、優しくするわけ? 貴族令嬢の私が今ここで、森の中でぽっつーんと一人で心細く突っ立ってるのよ。「ハァイ、ボクの可愛いレディ、一人でこんなところで立っていては危険だ、ボクがエスコートしてあげるよ」って私の手を取って誘導するくらいの気概見せなさいよ。だからアンタまだ童貞なのよ。見下すわ、あーあ。ふんっ、バカ! もう知らない!)


 と、氷点下の視線で見てらっしゃった。


 ぶしゅー!


「はわぁ!」


「大丈夫か!?」


(……。アンデッドなのよソイツ。わかってるコハル? 鮮度最悪、市場だったら即廃棄、人じゃなかったら生ゴミ、カラスも鼻つまんで逃げるアンデッドなのよ? いやおかしーでしょ、コハル、アンタが優しさをかけるなら、まずその手を握るのをやめて保冷剤だくだくで鮮度保つことから始めなさいよ。寝かせた魚じゃなきゃ、美味しいお寿司にはならないのよ。あーーーーーーーー!! もーーーーーー!! 今ちょっとよろけたフリしてキスしたでしょ!! 何考えてんのよ真面目に戦いなさいよ、もーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!)


 ちょっと攻撃を食らってみようかな、と危険な思想に染まっていくレンリ。

 こそこそと前衛に出ると、オーカー・スライムの前で軽く足をくじく。

 もちろんわざとだ。


 ぶしゅー!


「きゃ……きゃー……」


 溶解液の掠めた胸当てが、デロデロに溶けた。


「弓エルフなのに何で前衛出てんだ? バカじゃね? あとレンリ、胸小っちぇーな」


 ――ブチリ。


 レンリの中の、何かが壊れた。


「ブチ殺してやるわスライム――っ!!」


 スパアアン!!


 超高威力の風の魔法と共に、オリハルコンの矢が放たれた。

 瞬時に2体のオーカー・スライムが蒸発する。


 ずごおおおおおおおおお!!!!


 スライムどころか、射線上の森が消し飛んでいた。

 尋常ではない攻撃力だった。

 これで、森の中のモンスターは一掃された。


「おかしいです。コハル様……」


「おかしいって何だよアササギ」


「森の中にモンスターがいることよ」


「いや別に、スライムくらいいるだろ」


「それだけじゃありません……よ!」


 アササギが魔術ダガーを放る。

 ピギャーと声を上げて、茂みの中のゴブリンが倒れた。


『……お兄さん、瘴気が濃くなってきたよ……』


 森の異変に気づいたのか、アンズが暗黒の尾を伸ばす。

 戦闘モードだ、これは尋常ではない。


 森が崩れ、開けた視界の向こうに砂漠が見えた。

 ぞろぞろ……ぞろぞろと、モンスターの列が続いている。


「あんなにモンスターが……どうして……」


 レンリが絶句していた。


「邪神パズズの復活の時、モンスターが立ち上がる……」


 アササギが不吉なことを言った。

 邪神が復活するだって?


「三日三晩腐った臓物が空から降り、疫病が蔓延して人類の大半が死滅する……」


「冗談言うなよ、アササギ。まだ復活までの猶予は一年間――」


 ぼとり。


 コハルの言葉を遮るみたいに、レバーの雨が降った。


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