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035 サレオス水中戦


 泉で水浴びをしていたレンリが、ワニに食べられた。

 見た目はワニだが、普通の何倍もある巨体だ。


「サレオスです。巨大なワニのモンスターですが、こんな泉にはいません……」


 たき火で魚を焼きながら、裸エプロンのアササギがぽそりと呟く。

 火加減が気になるのか、串をクルクル、塩をぱらぱらしている。

 あんまり助ける気はなさそうだった。

 薄情な奴隷だ。


 ざばぁ!


 サレオスからすこし離れた場所に水泡が沸くと、レンリが水面から顔を出す。

 すんでのところで、攻撃をかわしていたらしい。

 さすがエルフ、俊敏だ。


「ちょっとコハル! 何ぼさっと見てるのよ! 早く助けな――」


 半ギレのレンリだったが、言いかけたところで自分が全裸だということに気づく。

 赤面しながら、再び水に潜った。


「やっぱり助けなくていいわ! あっち向いてて!」


 ざぱん!


「……いや、助けなくていいっていっても……」


 ぽりぽりと頭をかくコハル。

 後ろからアンズに抱きしめられてるし、身動きも取れない。


 どっぱーん!


 サレオスが水面を跳ねると、レンリの潜った位置を攻撃する。

 隕石の落下のようなすさまじい衝撃。

 これはさすがのレンリも、死んだか。


「あっち向いててって言ったけど! 実際あっち向かれると腹立たしいわ!」


 5メートルほど離れた場所から、レンリが顔を出してキレた。

 このエルフ、すばしっこい。


「じゃあ助けるけど、その前に岸に上がれ! 水中だと攻撃が当たるぞ!」


「岸に上がったら私の裸、見られちゃうじゃない!! 何考えてんのよこの変態!!」


 助けて欲しいのか欲しくないのか……。

 どっぱんどっぱんと、泉に水柱があがる。

 レンリはサレオスを絶妙な間合いで躱しながら、流麗な泳ぎを披露していた。


 しかし、こんな泉の中にどうしてサレオスがいるのだろうか?

 エサなんて小さな川魚しかいない。

 あの巨体を維持するためには、毎日2~3人人間を食べなきゃ無理だろう。


「くす♪ レンリちゃん、可愛い♪」


 いつの間にか際どいビキニに着替えたエンリ様が、日焼け止めを片手にコハルにウィンクした。


「コハル君~。背中に日焼け止め、塗ってくれませんか~?」


 絶対にコイツが召喚したなと確信する。


「ちょっとアササギ! 助けなさいよ!」


 サレオスに追われるレンリが、アササギに助けを求める。

 宝玉がないから魔法も撃てない。


「申し訳ありませんレンリ様、今手が離せないもので……」


 アササギは近場の茂みから、ウワバミ草を採取していた。

 食べられる草が多いのか、やたら楽しそうだ。

 さすがハーフウルフ、サバイバリティが高い。


「コハル君、このままだとエンリのお肌が焼けちゃうよ~。ただでさえ恋の炎に焼かれちゃってるのに~」


 うわ、この女神殴りてぇ。


「あれほっといていいのかよ?」


 ざっぱんざっぱんと、泉にしぶきが上がっている。

 サレオスの攻撃をかわし、レンリは人魚のように水面を跳ね回っている。

 完全にサレオスを翻弄していた。

 水面から飛び上がるたびに大事なところのガードは崩さないあたり、まあ、ほっといても大丈夫かもしれない。


「レンリちゃんはふぬけています。ダンジョンのときも無警戒で睡眠ポーション入りの料理を食べてしまいました。これは修行ですよ、修行」


「睡眠ポーションで眠ったのは、オレもだけどな」


「ね? ほらコハル君、塗って♪」


 お姉さんの色香を漂わせながら、エンリ様がウィンクした。

 ハイエルフの使う誘惑チャームにコハルは勝てない。


「わ、わかったよ」


「あ……お兄さん、行っちゃうの?」


 アンズを振り払い、コハルは岸に上がる。


「はい、これでぇ……。エンリを~♪ ベトベトにして♪」


 日焼け止めをコハルの手のひらにぶちまけると、エンリ様はビーチチェアにうつぶせになる。

 水着のヒモをほどくと、素肌がさらに無防備になった。


 平常心だ。平常心。


 コハルは意を決して、手のひらを背中にすりつけた。


「やんっ♪」


 甘い嬌声がエンリ様から上がる。

 肩甲骨から首筋、そして背中。

 数千年生きているとは思えない、なめらかで艶のある白肌。

 水着のヒモは解かれているので、引っかかるものはなにもない。

 すべすべの肌だった。


「じゃあ、今度は前♪」


 ごろんと、エンリ様が転がる。

 ヒモがほどかれているので、水着が弾ける。


「ちょ――!? 前! 前前前!!」


 たわわな胸を隠すこともなく、エンリ様はコハルの腕を掴んだ。

 そのまま手のひらを、自分の胸に寄せる。

 マシュマロみたいな柔い感触が、手のひらに伝わった。

 熱い吐息が、エンリ様から漏れる。


 ……と。

 氷点下の空気が、二人の間に流れた。


『…………殺す……』


 しゅるりと、暗黒の尾を伸ばしたアンズが、エンリ様を狙う。

 アンズの尾が到達するよりも早く、レンリの投げた岩がヒットしていた。


「レンリ、何故暗殺者の目をしてるんだ?」


「それはコハル君が憎いからよ、死になさい!」


 ぶち切れているレンリ。

 伸びたもみあげで胸を隠すのを覚えたみたいだが、少し……さくらんぼがこぼれていた。

 鼻血が出そうである。


「アササギ、弓を投げて!」


「はい、レンリ様……」


 木陰に立てかけられた弓と矢筒を放るアササギ。

 ストームショットを唱えて、弓を強化する。


 レンリが矢をつがえ、狙った。

 殺される――!?

 コハルが身構えた、そのとき――。


『グオオオオン!!』


 サレオスは、一瞬の隙を見逃さない。

 弓を構えたレンリに、牙を向けた。


「きゃあ――!?」


 閉じられる口。

 とっさに弓でガードするも、そのまま水中に引きずられる。


「おい!? これどーすんだよ!?」


 責めるような視線をエンリ様に向けると。


 ぱち♪ ぱちぱちぱち♪


(コレをチャンスにレンリちゃんとの距離をぐぐっと詰めなさい♪)


 ウィンクしながらコハルにエールを送るエンリ様。

 結構大きめの岩がヒットしたので、額から血がダラダラしてるけど。


 ぱち♪ ぱちぱちぱち♪


(恋のハイウェイを二人で驀進ですよ♪)


「いやあの、レンリ喰われてるんすけど、女神様……」


「無駄に長生きしてると、ちょっとの恋じゃドキドキしないんですよね♪」


「絵は上手いけどリョナに走る同人作家かオマエ!!」


「とりあえずレンリちゃんを助けましょうか。アンズちゃん、手伝ってください」


「……わかった」


 アンズを手招きするエンリ様。

 何か秘策があるようだった。


 …………。


「おい、ふざけんな」


 巨大な丸太にロープがくくられ、その先にぐるぐる巻きになったコハル。

 釣り竿のような丸太を、アンズが暗黒の尾で支えている。


「おいこれザリガニ釣るヤツじゃ――」


『じゃあお兄さん、投げるよ』


 ――ぶん!


 急激な加速がコハルを包んだ。

 一瞬にして泉の中央まで移動する。


 レンリは――どこだ――!?


 水面に巨大な影が映っている。

 サレオスの影の先を、レンリは泳いでいた。

 てっきり食べられていたものかと思っていたから、意外だ。

 さすがレンリ、しぶとい。


 コハルはエゾロディネガルを取り出そうと、左眼に手を伸ばす。


 どぱん!


 武器を取り出す暇もないまま、水面に叩きつけられた。

 エンリ様がアンズにヘイストかけたからだった。

 あの……クソハイエルフ……。


『グオオオオン!!』


 サレオスはすぐに反転し、ターゲットをコハルに切り替える。

 すべて条件反射。

 狙いやすいターゲットが現れたら、即座にそっちを狙ってしまう。

 身体は巨大でも、知能はワニだ。


 それでも、サレオスの身体能力は尋常ではなかった。

 すさまじいスピードで水中からジャンプすると、大口を開ける。


 泉を振るわせる咆哮を上げながら、コハルに向かう。

 なんどいう攻撃の鋭さ。

 避けきれない。

 巨大な牙が迫る、そのとき――。


「ストームショット――!!」


 巨大な風の渦が、サレオスを貫いた。

 風の魔法で強化されたオリハルコン製の矢。

 矢が一撃でサレオスの顎を砕き、風の渦で身体の半分を消失させる。


 さすがレーゼイン家秘宝のエルフ弓、すさまじい威力だ。

 だが――。


「きゃああああ――!?」


 ぐらりと崩れたサレオスの巨体が、レンリに向かって落下する。

 巨大な水しぶきが上がると、彼女の身体を巻き込んだまま水中に沈んだ。


「レンリ――!!」


 叫んでも、レンリは上がってこない。

 水面に激しく上がってきた気泡も、静かになる。


(やばい……レンリの酸素が持たない)


 水底に沈んでしまったレンリを助けるため、コハルはエゾロディネガルで縄を切った。

 泉に潜り、レンリの姿を探す。

 レンリはサレオスの下半身と水底との間に挟まれていた。

 数トンはある巨体だ。

 いくらエルフでも、少女一人の力では脱出できないだろう。


「左眼――!!」


 コハルは左眼ティアマトの力を使って、サレオスを消失させた。

 自由になったレンリの身体。

 だがレンリは、ぴくりとも動かない。


(酸素が尽きたのか――)


 コハルは水底まで潜ると、レンリの身体を抱き寄せる。

 唇を寄せて、そして……。


 ありったけの酸素を、レンリの中に注ぎ込んだ。


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