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026 反逆者の村


 ガラゴロガラゴロ。

 進めども進めども、永遠に砂漠。

 オアシスどころか草木一本も生えてない。


 1時間進んだと思ったら、また同じ村に出くわす。

 村はすっかり燃え尽き、崩れた木々の山になっていた。


「ったく、砂しかない!」


 コハルがダガーを砂漠に突き刺す。

 ダガーの下には、ヤモリンが足をばたつかせていた。


「おい、エンリ様。ついに食料が尽きたぞ」


「コハル様。もう水もありません……」


「どうすんだ駄女神」


「お、おしっことか……飲めると思うんですよー。あははー」


「へ……へきゅー……」


 アンズは空腹のため気絶していた。


「ほら、コハル君。そのヤモリン、高貴なエンリ様に寄越すのです!」


 人数分にヤモリンを切り分け、尻尾の部分をエンリ様に差し出す。

 がぶりと、コハルの指ごと口に含んだ。

 とても女神様とは思えない。


 それからまた、2日が過ぎた。

 ヤモリンも取り尽くし、食料も水もない。

 どう考えても、全員限界だ。


「レンリは大丈夫なのか?」


「ええ、エルフだからね。多少なら、飲まず食わずでも平気」


 レンリがコカトリスを撫でる。

 見た目はコカトリスだが、砂漠に適正化したダラクという生き物だ。


「ラクダと同じコブがあるから、三ヶ月間飲まず食わずでも大丈夫なんだろ?」


「コカトリスもそのくらい生きられるけど、三ヶ月間ぐーたらして、コブのエネルギーが尽きた頃に慌て始めるの」


「なんか他人には思えないな、この生き物」


「私達もそれくらいたくましく生きてみたいものね」


「レンリはたくましいよ。こっちのハイエルフ様は危篤状態だけどな……」


「みじゅ……みじゅをくださ……ぐふ」


「自分の毒で死ぬフグはいないというが」


「完全に自家中毒起こしたわね。ま、でもこれで――」


 霧が晴れるように、砂漠の向こうに森が現れた。

 エンリ様が倒れたことで、カーズブラインドが晴れたからだ。


 しかし、どうしてエンリ様はそんな魔法を掛けたのだろう?


「行きましょ、村があるわ。今度は人間が住んでるみたい」


 川がそばを流れているせいか、森が広がっていた。

 そういえば小宮公園のそばに川がかかっていたなと思い出す。

 森を抜けると、そこに村があった。

 先ほどの村と違い、堀や囲い、門があるわけではない。

 よそからの侵入に対して、防備がガバガバな村だ。


「さっきの村は焼かれたのに、ここは無傷なんだな」


 立ち並ぶ家々は、やたらと立派だった。

 レンガや石でできているため、耐火性もある。

 ダンジョンからも近いというのに、どうしてこの村は栄えているのだろう。

 最初に狙われて、おかしくないというのに。


「はわぁ……お腹、空きましたぁ」


「みんな限界だ。アササギ、何か食べるものを探してくれ」


「では、こちらではどうでしょうか……」


 のれんの掛かった食堂の前で、アササギが立ち止まる。

 看板が掛かっているが、文字が読めない。

 仕方ないので、アササギに読んで貰うと。


 ”ハチオージ料理とんとん”


 思いっきり中華料理屋だった。


「へいっ、らっしゃい!」


 黒いシャツ、頭に手ぬぐい、背中の壁にでっかく人生訓(文字読めないが、確信している)。

 そんなラーメン屋スタイルの店主が、気さくに挨拶してくる。


「こういうところは食券で注文するのです……」、


 歯車仕掛けの無人券売機で、器用に注文していく。

 出てきたのは小麦粉とスープのラーメンっぽい何かだった。


「エンリ様は食べないのか?」


「ええ、ダイエット中なので――」


 歯切れが悪そうに応えるエンリ様。

 さっきまで餓死しかけてたくせに、妙だと思った。


「頂きます」


 コハルがハチオージ料理に口をつけた瞬間――。


「あれ……? どうし……て……」


 ふいに、意識が途切れた。


 …………。


 ……。


 頭が割れそうに痛い。

 コハルはふらつく頭を懸命に起こし、周囲を見渡す。

 目の前のどんぶりから、微かに湯気が上がっている。

 どれほど眠ったのだろう。

 数分か、数十分か、そんなに長い間ではないはずだ。


「さすがだな、かなりの量の睡眠ポーションを盛ったというのに」


 甲冑に身を包んだ男が椅子に座り、コハルを見ていた。

 しかし、様子がおかしい。

 コハルと男以外、食堂に人の姿がないのだ。


「他のみんなは……?」


「まあまあ慌てるな、冒険者よ。見たところバビロン王の命令で、ダンジョンに潜りに来たのだろう」


「ああ、そうだ。急がなくちゃいけないのに、起きたらみんながいなくて……」


 そうだと、コハルはすぐに気づく。

 先ほど男はなんと言った?

 確か、睡眠ポーションを盛ったと言ったはず。


「オマエは――敵なのか――!?」


「落ち着け、冒険者よ。何も、人間どうしで争うことはない」


 男は余裕たっぷりに立ち上がり、窓を開けた。

 立派な建物がいくつも眼に入る。


「どうだ、冒険者。立派な村だろう」


「ああ、そう見えるな」


「私はこの村の長、オルガスだ。最初はみすぼらしかったこの村も、ここ数年でようやくここまで大きくなった」


「来る途中の村は焼けてたけどな。ここは……大丈夫なのか?」


 男は顎に指を掛ける。

 村長というだけあり、整えられたあごひげが伸びていた。


「定期的に、供物を捧げているからな」


「……供物?」


「つまり我々は、邪神様と通じているということだ」


 食堂の外から、悲鳴が聞こえた。

 レンリとアササギのものだ。


「くそっ、嵌められた!」


「おっと、冒険者どの。ここから先には進ませんぞ」


 丸太のような腕が、コハルの肩を掴む。

 だが男は、腰に差した剣に手を掛ける様子はない。


「金貨3枚。いや、4枚で手を打たぬか? エルフと獣人だったら、倍の数を買い戻せる金額のはずだ」


「そうやって丸め込むつもりか?」


「我々は人は襲わぬ。途中にあった村も、小人族のものだ。供物は人間でなくてよい、邪神様に協力せよ。悪いようにはせぬ」


「ふざけんな!」


 男の肩を払いのけ、コハルは食堂の外に出た。

 走るコハルの背中に、村長オルガスの言葉がかかった。


「もう遅い。エルフと獣人は、すでにガーゴイルが連れ去った」


 オルガスにその先を聞く必要はない。

 きっと、ダンジョンに連れて行かれたのだ。


 馬車の傍らに走ると、そこで何かにぶつかった。

 柔らかい皮膚と、ローブの感触。

 透明な空間に花びらが舞い落ち、女性の姿が現れる。


「痛いです、コハル君」


 カーズブラインドで姿を隠していた、エンリ様だった。


「アンタ……こうなることが、わかってたな!」


「……ええ」


 エンリ様は血の気が失せたような、酷い顔をしていた。


「ずっと見てたのに、レンリもアササギも助けなかったのか!」


「女神の掟として、人間同士の争いには手を出せないんです。わかってください」


 コハルは振り上げた拳を、下ろすしかなかった。

 カーズブラインドでこの村への到着を遅れさせた真意に、気づいたからだ。


 エンリ様はこの村へ、コハルを近づけさせたくなかった。

 意図的に、到着を遅れさせた。


「人間が他の村を襲って、邪神への供物にしてやがったのか」


 だからモンスターは、村を襲う必要はないのだ。

 手を汚すのは、人間にやらせればいい。

 エルフや獣人を我が物顔で奴隷にする人間だ。

 安全が保証されれば、喜んで邪神に協力する村も現れる。

 それを邪神は、わかっているのだ。


 巧妙な邪神の策略。

 人間が村を襲う姿を、コハルが見つけたらどうなるだろう?

 きっと、村を守るために戦ってしまう。

 同じ……人間同士で……。


「ね? 人間なんて、みんなこんなものなんですよ……」


 うなだれるコハルを、エンリ様は優しく馬車に誘導する。


「責めてはいけませんよ。彼らは彼らなりに、生きようとした結果なのですから」


「それでおしまいか」


「ええ、おしまいです」


 エンリ様は馬車に乗ると、コカトリスに鞭を入れる。


「急ぎましょう、コハル君。もたもたしていると、レンリちゃんとアササギが魔獣のエサにされてしまいます」


 ヘイストがかかり、コカトリスが加速する。

 そういえばアンズの姿が見えないなと、コハルは外を眺めながら思った。


「後書きですよ、右手さん……」

「ちょっと話の雰囲気変わってきましたね、左手さん……」

「記念すべき10万字ということで、ここから流れが変わるそうですよ。右手さん……」

「前半部分、自分を抑えてる感じがひしひしと伝わって来ましたからね、左手さん……」

「でも昔から作者を知ってらっしゃる読者様には、先の展開筒抜けなんでしょうね、右手さん……」


「というわけで、第二パートのダンジョン編スタートです。最新話のページに評価ありますので、ぽちりしていただけるとアササギは嬉しいです。読者様……」

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