024 二人の足跡
この世界に雨はない。
遠く山岳地帯に降る雨が大地を滑り、川となって大地を濡らすのだ。
世界のすべてが感想していて、カラッとしていた。
それは人の心も同じ。
つまらないことでくよくよしない。
それが、この世界の掟だ。
「しかし、活気に溢れた街だな。とても邪神が襲ってくるようには思えない」
レーゼイン家で一泊したのち、コハル達は装備を調え出発した。
大通りを渡り、外を目指す。
東京都下の街並みがそのまま異世界に変化しているため、バビロン・ハチオージの大通りは妙に見覚えがあった。
「うわ、朝から酒飲んでる」
人々は浮かれ騒ぎ、そこかしこで祝宴を開いていた。
木製のジョッキを高く掲げては、ヤモリンの丸焼きを頬張る。
とても楽しそうな光景だ。
「騒ぐしかないんですよ。どうせ、一年後にはみんな死んでしまうんですから……」
アササギが悲しそうに、呟いた。
伝説の通りだと、この世界は来年滅びる。
1000年間眠り続けた邪神の封印が、解けるからだ。
「そういえば、封印解けるとどうなるんだ?」
「レバーの雨が降るのです……」
「え……? レバー……?」
「三日三晩腐った臓物が空から振り、疫病が蔓延して人類の大半が死滅すると予言されてます……」
「なんかこう、滅びの魔法とか……。すごいデカイモンスターが来るとか、ないのか?」
「だからレバーの雨が滅びの魔法です。魔獣たちは、その雨から生まれるのです……」
コハルとアササギの会話に、レンリが割って入る。
「ハイヌウェレ神話っていう創世神話の一つの形よ。神の死体から世界が生まれるって話。日本だとオオゲツヒメとかが有名ね」
「邪神が一度滅びて、世界の再生が行われるってことか?」
「1000年に一度、この世界はリセットされているみたいなの。そのトリガーを引くのが、邪神の復活と再度の封印」
そういえば、昨日ラミアーが不吉なことを言っていたことを思い出す。
ティアマトが二つに裂かれて、天と地に返っただとかなんとか。
「私なりに色々調べてみたけど。この世界の邪神復活は、神と神の戦いに人やエルフが参戦するって形みたい。だから終末戦争って呼ばれてるわ」
「……ということらしいが、それであってのるか? エンリ様」
「あ? え? 合ってるんじゃないですかぁ?」
世界の滅びる瀬戸際だというのに、エンリ様はテキトーに答えた。
超興味なさそうだった。
「もうちょっと真面目に」
「卒業式の校長先生の話とか、眠くなるじゃないですかー。そんなの覚えてないですよー」
「ダメだな、このハイエルフ女神」
どうやら邪神が復活したとしても、最終決戦!
みたいな盛り上がる展開にはならないらしい。
「アンズが死の花を降らせて、人がみんな消えた。邪神も……あんな感じなのかな?」
コハル、アササギ、レンリがアンズを見つめる。
「はわぁ~。リンゴ、おいしー!」
昨日王都を恐怖の底に沈めたアンズ。
だが、リンゴを美味しそうに食べるアンズに、そんな邪悪さは感じられない。
「で、これから向かうダンジョンに、邪神の幹部が住んでるんだな?」
「はい、コハル様。アバドンと呼ばれる、奈落で暮らすサソリの王です……」
すげー強そうだった。
「絶対初心者パーティーが突入していい場所じゃないだろ」
「ダンジョンに足を踏み入れたが最後、死ぬことすら許されない苦しみに5ヶ月間晒され、冥界に落とされるそうです」
「優しく殺してはくれないみたいね。ふふ、本当、サディストばかりだわ」
「楽しそうだな、レンリ」
「私ね、一度でいいからそういうバケモノを……。ごめんなさいって言うまで苦しめてみたかったの」
「コイツもサディストだな」
「レンリ様は筋金入りです」
「で、そのダンジョンはどこに?」
「ちょうど小宮公園あたりみたいよ」
八王子の北には小宮公園というデカイ公園がある。
確かにあそこなら、ダンジョンの一つ二つあったとしてもおかしくない。
ひよどり山トンネルという巨大なトンネルがあるため、きっと入り口はそこだろう。
って、なんか……ファンタジーぽくないなぁ。
コハルは大きく、ため息を吐いた。
新調された馬車を、コカトリスが引いていく。
馬車の中にエンリ様とアンズ。
外の警護は、コハル、アササギ、レンリが引き受けていた。
アササギがレンリの裾を引っ張り、歩みを緩める。
馬車を数メートル先に行かせるとレンリの耳元で囁いた。
「よかったじゃないですか、レンリ様。ようやくコハル様と一緒に冒険できて……」
「そんな……何言ってるのよアササギ……」
「一週間前に転生してきてから、うわごとのように毎晩毎晩言ってたじゃないですか。コハル様に会いたいって」
「言ってないわよ!」
「あー……そういうのいーんでー。隠さなくていいんですよ、バレバレですから……」
「それじゃあ! 私がコハル君と一緒に冒険の旅に出たいと思ってたみたいじゃない!!」
「思ってるんですね、レンリ様。やっぱり思ってたんですね……」
「違うの! そうじゃないの! 今回の命令は、王様からの勅命だから、仕方なく向かうの。そこにちょっと運命の要素がね、必要なの。じゃなかった、私は、わーたーしーは、行きたいと思ってないのよ!? 仕方なくよ!! 仕方なく!!」
「でも行きたいんですよね? 案外可愛いんですね……」
「ダメよ!! やっぱりダメダメダメ!! そういうんじゃないから! そーいうのじゃないからー!」
「素直じゃなくて可愛いんですから。ちゃんとコハル様に見せなきゃダメですよ、可愛いところ……」
「まあ私は美人だから、コハル君の方から一方的に惚れられる……ということは十分あるわね!」
「何一縷の望みをさも当然のように既成事実化してるんですか。コハル様から一方的に惚れられるって難しいと思いますよ。エンリ様も気があるみたいですし……」
「ア、アササギはどうなのよ?」
「私は魔術契約により生涯コハル様の奴隷確定ですから。コハル様の性欲のはけ口に使われたり、ちょっとアブノーマルな夜の運動会、とかで十分満足です。私が契約を切れないのと同じく、コハル様も私を捨てられませんから……」
「ふぅん。高みの見物ってわけね。貴方が敵でなくてよかったわ。もっとも、コハル君はすでに私にぞっこん、告白してくるのは時間の問題だけどね」
「もしかしてレンリ様……。ゴロツキに馬車襲わせたのもわざとですか……?」
「それじゃ私が、砂漠でずっとコハル君待ってたみたいじゃない! そういうのじゃないから。わざと護衛を少なくしたり、近いことはしたけど全然違うわ。偶然よ! むしろ運命よ!」
「はあ、前の世界からずっとそんな感じで想ってたんですね。具体的に、どこがレンリ様のツボだったんですか……」
「コ、コハル君がね。鼻水を流しながらね……」
『れんりぃ……オマエがいないとオレダメなんだぁあああ』
「って涙するクズみたいな姿を見ると……。その……私、支えてあげなきゃなーって……」
あきれ果てた表情で、アササギは爪をいじっていた。
「レンリ様、ダメ人間引き寄せるタイプですね。てゆーか泣いて懇願は妄想の産物だと思いますよ……」
アササギは、レンリの背中をぐいぐい押す。
「ちゃんと好きだと言わないと、コハル様は気づいてくれないと思いますよ……」
「好き? ……誰が?」
「レンリ様が、コハル様を……」
「コハル君が泣いて懇願してくれば、考えてあげてもいいわ」
「あーもうめんどくさいんでー。ガンガン自分から行っちゃってください……」
街並みが途切れる。
いつの間にか馬車が数十メートル先を進んでいた。
コハルたちはすでに、城門を抜けようとしている。
レンリはアササギに押され、小走りで馬車を追う。
足音に気づいたコハルが振り向く。
柔らかいコハルの笑顔に、レンリは釘付けになった。
「昨日言い忘れてたんだけど――」
コハルが、レンリを見つめて言った。
「誰をパーティーに加えるとかじゃなくて――。レンリと一緒に冒険できるのが、楽しいんだ」
レンリは鋭く息を飲んだ。
顔が強張り、ひどく臆病そうに見えた。
「あ、何だよその顔。やっぱりオレと一緒じゃ嫌だったか?」
レンリの心臓は止まりかけていた。
彼女は自分の緊張を悟られまいと、足元の小石を蹴る。
「ふ、ふん。別に……嫌じゃないわ」
「そっか。よかった」
「楽しいなら仕方ないわね、一緒に冒険してあげるわ。勘違いしないでよ、仕方なくだからね!」
そっぽを向いたレンリが、前を歩くコハルの裾を、きゅっとつかんだ。
砂の大地に、寄り添う二人の足跡が刻まれた。
「再び登場ですよ、アササギですよ。右手さん……」
「昨日このあとがきの使い方を覚えたみたいですね、左手さん……」
「読者様に評価お願いしましたら、増えたのでアササギは嬉しかったのです。ね、右手さん……」
「そういえば、ブックマークというものもあるそうですよ、左手さん……」
「もうすぐ100人なので、達成したらアササギのイラストが作者に描いてもらえるそうですよ、右手さん……」
「それは楽しみですね、左手さん……」
「というわけで、毎日読んでいただきありがとうございます、読者様。パーティー集合が終わり、これからダンジョン突入の二部が始まります。お楽しみに……がるるー」




