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ひとつ屋根の下 ~It`s happening life~  作者: 建野海
千沙都の章
9/40

縮まる距離と思わぬ出来事

「ビビってる。ビビってる。晃一ビビってる!」


 期末試験まで残り一週間を切った夜遅く。自宅から徒歩五分ほどにある公園には外灯に照らされた二つの影があった。

 公園内に設置されたバスケットコート。期末試験の成績向上のために晃一と千沙都の二人が勉強を開始した日からほぼ毎日のように訪れるようになった場所だ。

 そんな場所で二人がいったい何をしているかというと現在は晃一がフリースローラインから落ち着いた様子でゴールリングへとボールを放とうとしているところであった。

 晃一から少し後ろに離れた場所では千沙都が大人気なくヤジを飛ばして晃一の集中を乱そうとしている。そんな彼女の行動も最初のころは集中を乱されたものの、今となってはもう慣れたものとでもいうように晃一はボールを手元から放った。

 バックスピンをかけながら放物線を描き、ゴールリングめがけて飛んでいくボール。手元から離れた際の感触で晃一はそれがゴールに入ると確信していた。

 シュッと気持ちのよい音が聞こえ、ゴールリングをボールが通過し、地面へとバウンドする。


「よし! これで、今日の奢りはなしだからな」


 先ほどまで背後でヤジを飛ばしていた千沙都に向かって腕を突き上げて、喜びを顕にする晃一。


「あ~あ、せっかく三日連続でアイス奢ってもらおうと思っていたのに……。でも、明日は私が勝つから。

 もう大体コツつかんだし。最初はぜんぜん勝てなかったけど、この一週間の半分以上は私の勝ちだし、今じゃ私のほうがもう上手いんじゃない?」


「勘弁しろよ。始めて二週間そこそこで抜かされちゃ堪らないっての。でも、上達早いよな千沙都。

 他のスポーツでも覚えるの早いのか?」


「ん~まあ、そうかも。わりと昔からスポーツ関係はすぐに覚えてたし。あんまり苦労した覚えないかな」


「マジか。俺はボールを使った競技は結構苦手で覚えるのが遅いんだよ。羨ましいな」


「どうよ。少しは私のこと見直した? ほら、もっと褒めてもいいんだから」


「今度の期末試験の結果がきちんといい結果を出せたら褒めてやるよ」


 手に持っていた二本のスポーツドリンクの片方を晃一に手渡し、二人はそのまま並んで公園内に設置されたベンチに向かって歩いていく。

 そのままベンチに座った二人は他愛のない雑談を交わす。この二週間ですっかりとお馴染みの光景となったが、そもそもこのような状況になったきっかけは晃一が千沙都の勉強方法について方針を決めた日に遡る。

 あの日、千沙都の性格から期末試験の方針で晃一が決めたことは以下の3点だった


1.徹底的に基礎を覚えさせる。国語(特に現代文)は作者の心理描写に対する読解。数学は計算式。英語は文法、単語。現代社会は語呂合わせによる歴史の暗記。


2.間違えた問題をピックアップして、弱点の傾向をより顕著にしていき、間違えのあった箇所を千沙都用に用意したノートに問題文をコピー。基礎問題を進めた上で試験前に再度問題を解き弱点をつぶすことが出来たかの再確認を行うこと。


 以上の2点はこれまで晃一が元々自己学習で行ってきたことをそのまま千沙都にも当てはめているのだが、最後の1点の方針だけは千沙都用といっても過言ではないものだった。


「そういえば最初に勝負を持ちかけられた時は気にしてなかったけど、こうやって身体を動かすと勉強終わった後の気分転換になるね」


 持っていたスポーツドリンクを脇に置き、ウンと背伸びをする千沙都。


「まあな。それにお前の場合は俺の懐から奪い取った金で買ったアイスを食べてるんだから、そりゃ余計に楽しいだろうよ」


「何よ、そもそも勝負をあの日に持ちかけたのはあんたの方でしょうが。今更文句言っても無駄だからね」


 二人が約束を交わし、口喧嘩という名のじゃれあいをした夜。晃一は言い争いの最中にとっさに口にした一言が今この状況を生み出していた。

 『口で言い争っていても埒があかねえ。どうせなら、何かで勝負して白黒付けるぞ!』

 そうして始まったのがこのフリースロー対決だった。交互にシュートを行い、3本先にゴールを決めたほうの勝ち。多少の経験があるということでハンデとして晃一が勝った場合は奢りはなし。逆に千沙都が勝った場合は好きなアイスを晃一が買うという内容だった。

 結果としてこれが三つ目の方針となった。


3.勉強が終わった後は軽い運動で勝負をして千沙都が勝ったら褒美を上げる。 


 これを行うようになってから、千沙都の勉強に対するモチベーションは少しずつ上がっていき、晃一に対する接し方も徐々に柔らかく遠慮のないものとなっていったのだ。

 結果として晃一の立てた千沙都の学習方針は間違っていなかったといえるだろう。


「文句はないけどよ。もうちょっと遠慮というか、具体的には安いアイスを買ってくれよ……。この二週間ですでに使った金額が一か月分の俺の小遣いに迫ってるんだけど」


「お・こ・と・わ・り。せっかく自分のお金で物を買わなくて済むんだから普段は中々食べられないもの食べたほうがお徳でしょ。

 それに、奢りたくないのなら私との勝負に勝てばいいだけの話じゃない」


「それもそうなんだけどな。元々俺の予定ではお前がこんなに早く上達するとは思わなかったから、ほとんど奢らなくていい計算だったんだけどな~」


「それはご愁傷様。でもこの二週間、あんたに付き合ってもらってる勉強だけど最初はあまりやる気にならなかったのよ。

 元々勉強ってあんまり好きじゃないし、成績だって去年一年美咲姉に見てもらって無理やり成績伸ばしたようなものだったから。

 美咲姉の場合は教え方も優しいし、しっかりとわかるまで教えてくれるけれど、どうしても勉強が出来る人の視点で話されるから理解するまで時間がかかることが多かったんだ」


「美咲さんか。あの人は俺から見ても勉強も家事も何でも出来る人って印象が強いな。前にバイト先で仕事振りを見させてもらった時もすごい効率よく仕事していて、他の人に的確に指示出していたし。 あの人本当に凄いよな」


 美咲の話を振られた晃一は普段の私生活で見る美咲の行動を思い出して褒め言葉を口にした。だが、話を振ってきた千沙都はそれを聞くと先ほどまで良かった機嫌が徐々に悪くなっていった。


「ハイハイ。どうせ私は美咲姉みたいに頭もよくないし、家事だってお手伝い程度ですよ~」


「なに急に不機嫌になってんだよ」


「フンッ。べっつになんでもないわよ」


 ベンチから立ち上がり、ゴールリングの下に転がったまま放置されていたバスケットボールを拾いに行く千沙都。そうして手に持ったボールを千里はベンチに座る晃一目掛けて力強くパスを送った。


「そろそろ、帰ろっか。もう結構遅い時間になってるし」


「確かにそろそろ十時近くになるし、あんまり遅いと母さんたちも心配するだろうしな」


 半分ほどまで減ったスポーツドリンクを一気に飲み干し、晃一もまたベンチから立ち上がり公園に設置されたゴミ箱にそれを捨てる。

 自然な流れで二人は横に並んで一緒に帰り道を歩き始めた。


「……そういえばさっき言ってたことだけどさ。私、最初はあんたに勉強見てもらうのも楽しくなかったんだ。

 赤点取らないためとはいえ、勉強って元々好きじゃないし」


「まあ、勉強中のお前の態度を見ててそれは俺もわかってた」


「でもね、最近はちょっと。本当にちょっとだけどね! 勉強するのも楽しいかな……って思う時もあるかも。

 あんたの教え方って勉強できない私でもわかりやすいように教えてくれてて、美咲姉よりも正直理解しやすいところもあるから」


「そうか? そう言ってもらえると教えてる甲斐があるもんだ」


「勘違いしないでよ! 本当にちょっとだけなんだから!」


「わかってるっての。まあ、そうは言っても意識的に勉強するのとそうじゃないのとじゃ勉強していても身につく知識の差ってどうしても出てくるからな。

 自分から勉強に向き合えればその分少しずつでも覚えてって苦手な箇所も潰していける。

 期末試験まであと一週間くらいだけど、ここ最近やってる小テストとかの様子見てるとこのまま行けば問題はなさそうだけどな」


「そうなんだ。よかった~」


「安心するのは期末試験で実際に結果を出してからにしろよ。油断してると足元を掬われるぞ」


「わかってるわよ! もう、ホントいちいち一言多いんだから……」


「あのな~俺はお前のために……」


「あ~もう。うるさい! そんなお小言は聞きたくない」


「子供か、お前は」


「いいから早く帰るわよ。自宅まで勝負ね。負けた人は明日のジュース代奢りで!」


 唐突に新たな勝負を持ちかけてダッシュをする千沙都。


「ちょ、まて! 千沙都卑怯だぞテメー! 不意打ち過ぎるだろ!」


「へへ~ん。文句は私に勝ってからいいなさいよ」


「言ったな! ぜってー負かせてやる!」


 自然と言葉を交わし、駆けっこを行う二人。その様子は以前までの遠慮した様子や距離は感じられない。

 勉強や、その後の運動を通じて少しずつ深まっていった二人の距離。千沙都の学習状況も進展おり、先ほど晃一が口にしたようにこのまま何事も起こらなければ無事赤点を回避することができる予定であった。

 このまま千沙都が自分だけでなく母の亮子とも距離を縮めてくれることができたらいい。

 そんな思いを胸に抱いて晃一は走った。


 だが、試験二日前。思わぬところから、これまで良好だった状況に横槍が入ることとなる。

 前日の大雨の中、部活終わりに傘を忘れてそのまま雨に打たれて帰宅した千沙都が翌日風邪を引いて熱を出したのであった。

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