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彼の想い



(side 沖口)


突然だが、うちは家だけなら結構大きい方だと思う。

それは分家筋にあたるとはいえ、旧家である沖口という家柄のおかげであり実際家族四人で住むにはこの家は随分と広すぎるくらいだ。(まぁ本家なんかはもはや豪邸という言葉が合うような造りではあるが)

そのせいかうちは割と友人たちがたむろする格好の場所であると認識されているらしく、やれ遊びにだの泊まりにだの来る奴らも多い。

アポ無しなど日常茶飯事だ。


何故こんな話をいきなりし出したのかというと…簡単な話、目の前にいきなり友人が三人も自室に出現したからである。

成嶋と水無瀬は同じバスケ部の仲間。豊倉は…ここに来ること自体珍しいが、真由繋がりで知り合った数少ない女友達の1人だ。

彼らは皆一様にどこか焦っているような、険しい顔つきをしている。


「……いきなり来るなと何度も言ったはずだ、とは言わない方が良いんだろうな。

この場合。」


探りも兼ねてそう問いかけてみると、一番最初に部屋に入ってきた水無瀬が食って掛からんばかりの勢いで俺に詰め寄ってきた。


「そんな悠長なこと言ってる場合じゃないよオッキー! 大変、緊急事態なんだってば!!」


「落ち着け水無瀬。何がだ。」


「あーえっと、どこから話したらいいのかな…うわー、頭ぐちゃぐちゃでイミ分かんない!」


「意味が分からないのは俺の方だ…。」


呆れとこの状況への疑問に軽くため息をつきかけていると、少し後ろで俺たちのやりとりを見ていた成嶋が苦笑したのが目の端に映った。


「端的に言いなよ水無瀬。

オレも月奈もそれでなんとなく状況は分かったから。」


「あ、う、うん。そうだね…オッキー、良く聞いてね。」


成嶋に宥められた水無瀬が一つ二つゆっくりと深呼吸した後、まっすぐにこちらを見る。

その射抜かれるような視線に、漠然と嫌な予感がよぎる。


「……立花チャンが、お見合いすることになったんだってさ。」


――今度は俺の頭がぐちゃぐちゃになったような気がした。

頭の中はかき混ぜられているのに、身体は馬鹿みたいにぴくりとも動かなかった。


「…は、」


ようやくその一言を吐き出すまでに一体どのくらいかかったのか、俺には分からなかった。


「やっぱり、沖口君も知らなかったんだ…私達も水無瀬君に聞いて今さっき知ったんだけど…。」


「…ちょ、ちょっと待て。

水無瀬、一体どこからそんな情報を掴んだんだ。」


自惚れとかそういう類のものではなく、真由関連のことなら俺に知らないことを探せという方が難しいことくらい理解していたつもりだ。

物心つく前から一緒にいることが当たり前になっていて…中学の二年間とちょっとを差し引いたとしても、俺と真由の間に隠し事は通用しなかった。

相手が余程徹底的に、隠していない限りは。


「あ、あー…えっと、その…どこからっていうかー……。」


急に歯切れの悪くなった水無瀬に、俺は眉根を寄せる。

水無瀬だけが先に知っていた情報。そしてヤツの家柄。

そこから導き出される一つの推論に、先程とは違った意味で眉がつりあがった。


「お前まさか…。」


「わー! 違う違うっ誤解だって!!

俺じゃないよ!!」


「“俺じゃない”…ねぇ。

たとえそれが水無瀬のせいじゃなくても? お前はどんだけ友達の恋路を邪魔したら気が済むんでしょうねぇ。」


成嶋の辛辣な言葉にぐぅの音もでない水無瀬は言葉を詰まらせた。

豊倉を取られそうになった恨み辛みを未だ根に持っているらしい。

当の豊倉は何を言うでもなくただ苦笑していることしか出来なさそうだったが。

彼らのやり取りを見て少し落ち着きを取り戻した俺は、上げそうになった腰を戻すと、視線を逸らした。


「…沖口?」


成嶋の問いかけにも、俺は視線を戻さない。


「……そうか。わざわざ悪かったな。」


「悪かったなって…え、それだけ!?」


「水無瀬…お前は俺に何を期待していたんだ。」


「何って…良いの? このままじゃ立花チャン、ほんとにセイリャクケッコンとかさせられちゃうかもしれないんだよ!?」


「それは…俺には関係のないことだ。」


例えばその場の勢いで寝たことがあったとしても。

それは、お互いの気持ちが伴っていなければなんの意味もない、と気づいたのは真由とそんな関係になってしまった直後だった。

そのことに関してあいつは怒るでもなく泣くでもなくただただ普通で、直接聞いてはいなくとも俺を嫌いになったということはなさそうだった。(嫌いになったならあいつの性格上何が何でもシカトを決め込むのは容易に想像できる)

それでも。真由との距離が縮まったとは思えなかった。


あの頃のような距離になるでもなく、かといって俺が昔から望んでいた距離になることもない。

嫌いになることはなくても、真由は俺から常に一線を引くようになった。

自業自得なのは痛い程良く分かっている。

中学のあの件は、女子からあいつが目を付けられているのを知っていて守りきれなかった俺に確実に責任がある。

――当初は、あいつが何故いきなり髪を短くしたのか全く分からなかった。

どうして髪を捨てたのか。どうして俺を拒絶するようになったのか。

どうして、俺に何も言わずに姿を消したのか。

それは、二年に上がって成嶋と友人になり奴の推論を聞いた瞬間に俺は全てを悟った。


全部が全部俺が悪いわけじゃないかもしれないし、勿論真由にだって何も悪かった所などない。

けれど、俺は自分を責めずにはいられなかった。

俺がもっとあいつを見ていたら。

俺があいつを手元に置くことを望んだのだから、それ相応の覚悟をしなければならなかったのに。

大げさだろうと他者は言うかもしれないが、それくらいの気持ちを持たないと俺たちは一緒にはいられなかった。

どう客観的に捉えても見目が良い俺たちには、どうしたって異性の目を躱しきることは不可能だから。

俺が昔から害虫駆除に勤しんでいたことなど、あいつは微塵も気づかないのだろうが。


けれど、もうそれも潮時なのかもしれない。

話しかければ普通に話すし、呼べば渋々ながらも家に来るし、触れても邪険にされることはない。

けれど、遠い。

俺は割と強欲だから、それだけでは足りないと本能が訴える。

身体は重ねられても、あいつの気持ちは手に入らない。

一線を引いてしまったあいつ相手なら、なおさらだ。

かといって俺が踏み込めばあいつは傷ついた顔をする。これ以上来ないでと、拒絶する。

踏み込みたい俺。けれど踏み込まれたくない真由。

もう、駄目なのかもしれない。

俺が近くにいることであいつを傷つける結果にしかならないのなら。いっそ。


「…相手を選ぶ権利は真由にある。

俺が口出しする筋合いはないだろう。」


「それはそうかもしれないけどさぁ…。」


「…良いの? このまま立花さんを手放す結果になったとしても。」


成嶋の冷ややかな眼差しにも言葉にも、俺は動かなかった。

すると、今まで無言だった豊倉がゆるりと動き出す。

ゆっくりとした足取りで椅子に座る俺の前に仁王立ちすると――瞬間、頬に強い衝撃が走った。

彼女に強烈な平手打ちをされたのだと分かるまでに、たっぷり三秒くらいかかったと思う。

突然のことに俺だけじゃなく成嶋も水無瀬も目を丸くする。

豊倉は深呼吸ともため息ともとれる息を一つ吐き出すと、こちらをまっすぐに見据えた。

その顔に、表情はなかった。


「バッカじゃないの。」


一言口にした豊倉はもう一度息を吐き出す。

次に俺と目を合わせた彼女は、少しだけ眉を寄せていた。


「関係ないとか、選ぶ権利は真由にあるとか、…そんなの、中学時代の真由を見てないから言えるセリフだよ。

沖口君、中学の時の真由を見たことある? ないでしょ。

最初、あの子が転校してきたときは分からなかったけど…一緒にいるようになって、分かっちゃったんだ。

真由ね、笑わないの。笑ってるように見えても、本当は笑ってない。どこか遠くを見てるみたいに、いつも寂しそうだった。」


過去を思い出すように告げる豊倉は少し目を伏せている。

まるで豊倉自身も寂しがっているような、そんな口ぶりだった。


「高校入って、沖口君に会ってからなんだよ? 真由があんなに楽しそうなの。

私もう、あの状態の真由なんか見たくないんだよ。

…ねぇ、沖口君。これだけ聞いても、まだ自分は関係ないなんて言える?」


もう一度、射抜かれるような眼差しで見られて――俺は、目を逸らすことができなかった。


「……我が儘になっちゃえば良いんじゃない? オッキー。」


そう言った水無瀬の方に視線を向けると、奴は悪戯っぽく笑っていた。


「オッキーさ、難しく考えすぎなんだよ。

どうせ立花チャンの為になること、とかしか考えてないんじゃない? もっと利己主義になっちゃいなって。自分が今何をしたいかを考えてみなよ。」


「自分が、何をしたいか…。」


「水無瀬の言うとおりだね。

我が儘にならなきゃ手に入らないものも、幸せになれるものもなれないこともあるよ。」


成嶋と水無瀬に言われて、心の中の何かが揺れ動くのを感じた。

豊倉に視線を戻すと――彼女はもう言うことは何もない、とばかりに一つ頷く。

皆の表情は、一様に微笑っていた。それは……そう、俺を後押しするような、暖かい笑み。

俺が本当はどうしたいか。

真由を手放したいのか、傍に置いておきたいのか。――考えなくても答えは決まっている。

俺のしたいことをすることが正しいことなのかは、正直言って分からない。

けれど――友人にここまで言われて動かない程、俺は自分に嘘をつける人間でもなかった。


「……三人とも。悪いが、頼みがある。

協力してくれるか?」


俺の言葉に彼らは間を空けずに頷いた。良い友人を持ったと思う。

さぁ、略奪作戦の開始だ。



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