いざお見合いへ
赤地に咲き乱れる薄桃と濃桃色の花々。
下にいくにつれて段々と色合いが濃くなっていく絶妙なグラデーションをあしらっている振袖は、さすがセンスの良いお母さんセレクトなだけある。
髪のサイドに桃色の花の髪飾りをつけ、高校生の顔立ちに沿うメイク、ちょっとした小物にまで手をかけたあたしは、多分普段よりは良く見えているんじゃないかと思う。
最後に口紅を乗せて、今までメイクのために閉じていた目を開くと、いつにもまして華やいだ笑顔を浮かべるお母さんと目が合った。
「うん、完璧。
さすが真由ねー、お着物とても良く似合ってるわよ。」
「ありがと。」
「じゃあ、行きましょうか。」
お母さんに先導されて家を出たあたしはそのまま玄関脇に駐車されていた車に乗り込む。
エンジン音と共に発車した車から何気なく窓の外を眺めていると、不意にお母さんがあたしの髪を撫でつけた。
「…? 何?」
「ねぇ、真由。
頼んだお母さんがこんなこと言うのは筋違いかもしれないけれど…本当に良いの? このままお見合いなんてして。」
そう言ったお母さんの表情は、心配と申し訳なさが混ざったような複雑なもので。
けれどあたしは、心配をかけまいと自分の最大限を使って柔らかく笑う。
「何言ってんのよ今さら。
確かに頼んできたのはお母さんだけど、最終的に決めたのはあたしなんだから。
大丈夫だよ。相手に粗相するようなヘマだってしないし。」
「そうじゃなくて…真由、他に好きな人とかいたっておかしくないでしょう? こちらがそこまで乗り気じゃなくても、お相手があまりに乗り気になっちゃったらいくらわたしでもフォローのしようがないわ。」
「…その時は、その時。
大人しく玉の輿に乗ってやるだけよ。」
「それが、本当に好きな人じゃなくても…?」
お母さんの探るような眼差しに、あたしはなんだか耐えられなくなって目を逸らした。
彼女は、きっと分かっているんだと思う。あたしにも分からない、あたしの本当の思いを。
そして、あたしが想う相手が誰なのかも。
「…あたしに、好きな人なんていない。
だから大丈夫だよ。」
それは自分に言い聞かせるための言葉にも聞こえた。
視線は向けないままそれだけを告げると、お母さんは少し悲しそうに微笑っただけで後は何も言わないでいてくれた。
――――……
お見合い場所はこの辺りでも有名な高級ホテルに入っているレストランだった。
元々フレンチの店として営業している所だと聞いていたから最初は和装の自分は浮くんじゃないのかと懸念していたけれど、そこはさすが高級ホテル。店内の雰囲気の絶妙なバランスが上手く和装の自分も変に浮かないよう演出してくれていた。
…というか、さっきから周りに見られているような気がする。やっぱり振袖って目立つからだろうか。
入口をパスしてあらかじめ決められていた席へと二人で向かうと、相手の方は既に来ていたみたいで、おそらく仲介役の人と二人で談笑している姿が見えた。
お母さんが一言声をかけると、二人はこちらを向く。
あたしは相手の人の写真とかは見ずにここまで来たから最初どちらが相手か分からなかったけれど――こうしてまじまじと見てみるとすぐに分かる。
至って柔和な笑みを浮かべている好青年。多分こちらが今回のお相手だ。
お母さんを含む仲介役の人が少しして席を立って、一瞬の沈黙の後。
相手が口を開く。
それを視界に捉えながら、あたしはなんとなく既視感を感じて胸中だけで首をひねる。
…? この人、どこかで会ったことあるような…。
「改めて、初めまして。
水無瀬商事にて副社長を務めさせて頂いています、水無瀬 夏樹です。」
「水無瀬……あ、」
名前と、この顔。
一気にいつも見知っている人物と目の前にいる人物が重なって、あたしは思わず声を出してしまった。
「水無瀬、春樹君の…お兄さん?」
「はい。いつも弟がお世話になっています。」
柔和に微笑む夏樹さんは、大人びた水無瀬君を見ているみたいで…あの童顔もいつかはこんな貫禄のにじみ出る人間になるのか、と場違いなことを思って少し笑えてくる。
兄弟、ってことはそこまで歳が離れているわけでもなさそうだけれど…彼は今副社長の役職に就いているという。
…実年齢、いくつなんだろう。
そんなあたしの素朴な疑問を先に夏樹さんが解決してくれる。
「春樹とは六つ違いで、俺はまだ大学を卒業したばかりなんですけど…父親の傍で仕事をこなす為に今の役職に就いたんです。
なので、今のところは修行中の身ですから固くなる必要なんてありませんよ。」
あたしの緊張を解すために敢えて一人称を“俺”にしているところとか、雰囲気とか。
“修行中の身”というのはあながち間違いではなさそうだけれど、社交界で踏んできた場数は相当なものなんだろう、とあたしは思う。
いくら年上といっても、あまりに落ち着き過ぎているから。
「…こういう場って、初めてで慣れていなくて。
気を遣わせてすみません。」
苦笑しながら言うと、夏樹さんは笑みを零した。
「いえ、それを言うなら俺だってあまり人のことは言えませんから。
今まで縁談の話はあっても受けたことは一度もなかったんで。」
「…どうして、あたしとは会おうと?」
問いかけると、いつの間にやら運ばれていた紅茶を一口飲んで夏樹さんは再度口を開く。
「勿論、提携上の関係も理由の一つですけどね。…真由さんは、どうしてこの縁談の話が上がったか知っていますか?」
「少しなら。こちらの会社とそちらの会社で今度コラボレーション企画として商品を開発すると。」
まだまだ不安定な提携。
けれど両者としても手を組むのは物凄く美味しい話。
だからここで縁談の一つでもこぎつけてより関係を強固にしたい、という大人の事情ってやつだ。
お母さんのマイナスになるようなことがあっちゃいけない。
あたしがこの話に乗った理由の一つは確実にこちらもある。
「その“大人の事情”も理由ではありますが…一番は、単純に真由さん自身に興味があったからです。」
「あたし自身?」
「たまに春樹から聞く色んな話は、必ず友人の話がメインになりますから。
間接的に真由さんのことは前から知っていて…それで今回の縁談の話が持ち上がって、会ってみたくなったんです。」
父親も驚いてましたよ。普段どんな縁談も蹴っていた俺が珍しく乗り気だったんで。
そう言いながら笑う夏樹さんは、なんだか少年のように無邪気に笑っていて。
その笑みになんとなく心が暖かくなった。
「そう、だったんですか。
なんだか、気恥ずかしいんですけど…でも、嬉しいです。」
「ありがとうございます。
…本当、今日真由さんと会って良かった。」
「え?」
「着物が良く似合うと伺っていたんですが…とても良く似合ってます。
今までここまで着物が似合う人って会ったことなかったので。」
眼福、ってこのことですね。
そんな風にさらっと言ってのける夏樹さんに目を見開いたあたしは、不覚にも鼓動が高鳴った。
そんなイケメンでこの殺し文句。…別にあたしが尻軽とかじゃなくて、世間一般の女は皆ぐらつくんじゃないだろうか。
侮りがたし、水無瀬の血。月奈が一瞬とはいえ水無瀬君になびいたのも頷ける。
「いえ、あたしなんて…。」
「謙遜しなくても良いですよ。
俺だけじゃなくて実際、真由さんが入ってきた瞬間店内の雰囲気ががらっと変わりましたから。
店内の人の視線はほとんど真由さんに釘付けです。」
「あ、ありがとうございます…。」
さっきから感じる視線はもしかしてそれ? …なんて、思えるわけがないじゃないか。
胸中でそんなことを呟きながららしくもない照れを隠してなんとかそれだけを言うと、今まで無条件で笑顔だった夏樹さんの顔に、真剣さが混じった。
「そこまでお美しいのに、…良いんですか? 俺と見合いなんてして。」
「…え?」
「俺は、もし真由さんが拒否しないのなら…このまま婚約という形を取っても良いと思っています。
…真由さんは、どうですか? 俺と婚約することは、嫌じゃないですか?」
変わらず柔和なままの笑みを浮かべながら問いかけてくる夏樹さんに、あたしは即答することが戸惑われた。
『…その時は、その時。
大人しく玉の輿に乗ってやるだけよ。』
――どうして戸惑うの。
あたし、お母さんにそう言ったじゃない。
「あたしなんかにそんなお言葉、勿体ないとは思います。
けれど、夏樹さんがあたしを良いと思うのなら。あたしは、婚約しても良いです。」
静かに言い切ると、夏樹さんは少しだけあたしから視線を外した。
「嘘、ですね。」
もうすっかり温くなってしまっているだろう紅茶をティースプーンでかき混ぜながら告げられた言葉に、あたしは目を見開く。
「…どうして、ですか?
…そんなこと、」
「ない、と言い切れる顔ではないから、ですかね。」
紅茶をもう一口飲んで、夏樹さんは言葉を続ける。
「単に婚約ということに緊張しているからとか、俺が嫌いで仕方ないということでもなさそうですが…。
自分でも、心当たりはあるんじゃないですか?」
笑顔のまままっすぐに視線を合わせてきた夏樹さんは、問いかける。
心当たり。
何?
今日会ったばかりだけれど、夏樹さんはとても良い人だ。
少なくともあたしなんかには勿体ないし、女なんてよりどりみどりだろう彼はあたしと婚約しても良いと思っている。
あたしにとってもここまで良い人なんてそうそういない。頭では分かっているはずなのに。
何が、不満なんだ。あたし。
――どうして、何かが足りないと思ってしまっているんだろう。
「あたし、は…。」
ぎゅ、と膝の上で両手を握りしめる。
眉を寄せて俯いていたから、……背後に迫る気配にも、気づけないでいた。
唐突にぐいっと腕を引かれて驚く。
咄嗟に斜め後ろを見て――あたしは、更に驚きを隠せなかった。
「お、」
なんで。
どうしてこんな所に、あんたがいるのよ。
「沖口……っ!?」
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