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余計なお世話



ついに来たか、とあたしは心の中で盛大に舌打ちをしたい気分になった。

あれから三日経って、ようやく学校に行けた日。

一昨日わざわざお見舞いに来た月奈からあたしが倒れた日のことを聞いたときからなんとなく予想はしていたけれど。

実際にこうなると憂鬱な気分になるものはなるのだ。仕方ない。


「立花さん。なんで自分が呼び出されたか、分かってるよね?」


それがアイツ関係で、さらに恋情とかそういうのが絡むのなら、特に。


人数は四人。彼女たちは皆一様にあたしを睨んでいる。

おそらくグループのリーダー的な存在であるだろう女の子が話を切り出したことによって、場の雰囲気が一気におどろおどろしくなった。


「…さぁ。あたし三日も学校休んでたから、良く分からないわね。」


「とぼけないで! 沖口くんにお姫様抱っこされて保健室に運ばれてったって、もう今じゃ学年中に広まってるんだよ!! しらばっくれても無駄!」


女の子特有の耳をつんざくような悲鳴じみた声に顔をしかめる。

…いや、声だけのせいじゃないか。

いくらあたしが気を失って自力で保健室に行けない状態だったとはいえ。

あの野郎…何お姫様抱っことか馬鹿なことしてくれちゃってんだ。

心の中で只今絶賛気まずい空気展開中の沖口に存分に罵倒の言葉を投げつけてから、あたしは吐き出しそうになるため息を懸命にこらえながら口を開く。


「…目の前で倒れた患者を運んだだけでしょ。アイツだって特に他意があってやったわけじゃないと思うけど。」


「それだけが理由で呼んだんじゃないよ。二学期入ってから何かと沖口くん達に付きまとって…はっきり言って、目障りなの。」


「ちょっと可愛いからって調子乗っちゃってさ、何? 勝手にオヒメサマ気分にでもなってるつもりなの?」


「成嶋君だって結局豊倉さんみたいな女に引っかかっちゃって…あんたまで抜け駆けして沖口君を取ろうってんなら、こっちだって黙っちゃいないよ。」


口々に暴言を浴びせてくる彼女達は…必死なのかなんなのか。

あたしは軽く睨みつける。


「……それで? 月奈への嫌がらせは満足したってこと?」


極めて冷たく聞こえるように言ってやると、今までガンガン言い続けてきていた勢いが一瞬止まった。

…馬鹿ね、それじゃあ自分達が犯人だって言っているのと同じようなものなのに。


「靴とか体操着とか隠したり、よく分かんない手紙入れたり、呼び出したりもしたんだろうけど…中学生じゃないんだから、嫌がらせのレパートリーくらいもうちょっと頭いいやつ選んだら?」


「なっ…!!」


あたしの言葉に彼女達は一斉に顔を真っ赤にさせながらわなわなと震え始めた。


「あんた…!! マジ調子乗ってると痛い目みるよ!?」


「確かにあたしがこうして目をつけられるのも分かるよ。だって付き合ってるわけでもないのに下手したら学校中で一番のイケメン集団と意味もなく一緒にいるんだもんね。

…でも、お互いがお互いのことを好きあってる月奈と成嶋君の仲までいちゃもんつける権利はあんた達にもないんじゃないの?」


気づいたのは、多分少し経ってからだと思う。

普通だったらすぐに気づくようなものなんだけれど、そこは月奈の方が一枚も二枚も上手だった。

あたしにも成嶋君にも分からないように徹底的に隠して、いつも変わらない態度で学校に来ていた。

――別に、そこまで壮大ないじめとかではないと思う。

理由だって単に憧れの男が取られたってだけのしょうもないやつだし、実際あたしにバレたときもあの子は大して気にしていなかった。


けれど、それとこれとは別問題だ。

どんなにしょうもなくても、くだらない嫌がらせでも、被害を被る方はそれなりに疲れるのだ。

……それは、あたしが一番よく分かっている。


「――悪いんだけどさ、そういうくだらない嫉妬とかに付き合ってる暇、あの子にもあたしにもないから。

呼び出して気が済んだんならそろそろ解放して欲しいんだけど。」


「……っのぉ、黙って聞いてれば…!!」


なんだかもう面倒くさくなってガシガシと頭をかきながら半ば投げやりに言うと、四人の中で一番気性の激しそうな子があたしに掴みかかってくる。

こりゃビンタ一発くらいは覚悟しとくべきかな、とか呑気に考えながらギュッと目を閉じる。

そうして彼女の強烈なビンタ(下手したら拳)があたしの頬にヒットする…直前。

別の人の足音が聞こえてきてその子は思わず手を止めた。


「あ。」


「何してるの? 立花さん。」


現れたのは月奈でも、ましてやあの馬鹿でもなく。

購買の袋を片手に下げた、成嶋君だった。


今の状況を分かっているのかいないのか(確実に前者だ。あの成嶋君がそこまで鈍いとは思えない)、彼はつとめて軽いノリでこちらに近づいてくる。


「良いね、立花さん。さっきから姿が見えないと思ったらこんな所で可愛い子たちとランデブー中?」


「……そう。うらやましいでしょ? でも残念、成嶋君は入れてあげられない。男子禁制だからね。」


どこまでも軽いノリの成嶋君に合わせるようにしてあたしもにんまりと笑いながら応戦する。

そのころの女の子達はというと、思わぬ人物の登場による動揺で一様に気まずそうにしていた。


「そっか、それは残念。――でも、お昼も食べないでってのはちょっと頂けないんじゃないかなぁ。

月奈も待ってるし、そろそろ戻ってあげたら?」


「…あたしは構わないけど、この子たちが、」


「わ、わたしたちのことはお構いなく!」


「そうそうっ、もう終わったし……!」


気まずそうにしていた女の子たちが今度は一斉にしゃべり始める。

成嶋君に少しでも良い女に見られたいのか、単に体裁を守りたいだけなのか、はたまた両方なのか。――どちらでも良いけれどとにかくあたしには好都合だった。

彼女たちはその後も適当に言葉を並べたてると、そそくさと立ち去ってしまう。……助かった。恩人が成嶋君っていうのが若干複雑な心境だけれど。

女の子たちの気配が完全に消えた後、成嶋君は今までの笑顔を崩すとこちらを見下ろす。

それは真顔だけれど…裏に隠れているのは、多分心配、だろう。


「……大丈夫?」


「この状況のどこが大丈夫だと?」


「…だよね。」


ごめん、と成嶋君は苦笑した。


「…心配、してたよ。」


あたしから視線を外した成嶋君は、どこか遠くを見ながら静かに告げた。


「……成嶋君が? それとも月奈が?」


「分かってるくせにそうやって誤魔化すのは、立花さんの悪い癖だね。」


可笑しそうに笑われて、思わず下に視線を向けてしまう。

誤魔化しているわけじゃない。ただ、逃げているだけだ。

それはあたしが一番よく分かっている。


「…ここに来たのは、アイツの差し金があったから?」


「まさか。本当に沖口が知ってるんなら無理やりにでも自分で来るでしょ。

オレがここにいるのは、単純に立花さんが連行されていくのを偶然見たからだよ。」


「じゃあ、心配してたって…。」


眉を顰めながら成嶋君を見やると、彼は薄く笑いながらあたしと視線を合わせた。

微かに頬を撫でる二月の北風が痛い。


「中2に上がった辺り。君が自分の手元にいなくなったからかな、あのころの沖口は目に見えて沈んでたよ。」


まぁ、立花さんの状況を最後まで知らなかった罪悪感の方がずっと大きかったみたいだけど。と成嶋君は付け足した。

中2の沖口、か。

あたしはこのあたりから転校してしまったから当時の沖口なんて知らない。

あたしは、”逃げた”から。


「やだねぇ…知ってたんだ、成嶋君は。

あたしが”転校”した本当の理由。」


「有名だったからね。”お人形さんみたいだった立花 真由がいきなりショートにした”っていうのは。」


「それだけじゃ、転校した理由にはならないんじゃない?」


「なるよ。その時立花さんがどんな状況で、どんな目に遭ってたかを知ってれば、誰にだって分かる。」


「…本当、聡いよね。あんた達カップルは。人間の心理を読むのに長け過ぎ。」


軽くため息を吐きながら言うと、ありがとうと返ってきた。

……断じて、褒めていない。



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