親友に聞きたいこととコトの真相
「ねぇ、月奈。あんたっていつ成嶋君とヤッたの?」
「ゴォホ!?」
週末明けの月曜日。から揚げを口に入れながら前にいる親友になんとなく問いかけてみると、今の今までお茶を啜っていた彼女は盛大にむせ返った。
けれど腐っても今はお昼休み。渾身の力で噴き出したいのを堪えた(ように見えた)のは衛生上素晴らしいし、なにより凄いと思う。
「な、何いきなり…!? ていうか、今お昼休み! 真昼間のご飯時にしていい話題!?」
「別に誰も聞きゃしないんだから問題ないでしょ。あんたの彼氏と愉快な仲間たちは今部活のミーティングでいないし。」
「愉快な仲間たちって…。」
ざっと辺りを見回してみても、クラスの皆は自分たちのグループの会話に夢中でこちらの会話なんて全くと言っていいほど聞いていなかった。
ついでに割といつもご飯を共にしている例のバスケ部の三柱も今はいない。この機会を逃して一体いつ聞くというのか。
「で、どうなのよ。」
「どう、って言われても…。」
「あんた達が付き合いだしたのが大体10月くらいで、今は寒さの厳しい2月ときた。…中学生じゃあるまいし、クリスマスにでも一発くらいヤッたんじゃないの?」
「そんな身も蓋もない……そりゃ、まぁ、何もなかったと言ったら、嘘になる、けど…。」
しどろもどろになりながらも話す月奈は、表情こそぶすくれているものの、その頬は赤く染まっていて――なるほど、潤んだ瞳とかとはまた違った意味で男の嗜虐心を煽りそうだ、とあたしは頭の片隅でそんなことを考えた。
特に成嶋君なら尚更だろうなあ…征服欲強そうだし、彼。
「ふうーん? どこでしたの。やっぱり成嶋君家?」
「いや、まあ、そりゃ…うん。」
「ま、一人暮らししてるし当たり前か。……で? やっぱ気持ちよかった? 成嶋君手馴れてそうだから余計そうでしょ?」
自分でも分かるくらいニヤニヤしながら問いかけると、ついにむっつり顔の月奈の眉が吊りあがった。
「もー! なんでそんな根掘り葉掘り聞こうとするの!! 真由の鬼畜っ女王様!!」
「ありがとう。」
「褒めてないわーーっ!!」
盛大に叫んだあと、月奈はポスンと背もたれに身体を預けたかと思うと力なくうなだれた。
未だ顔は赤い。
「…で、何があったの、真由。」
質問していたのはあたしの方だったはずなのにいつの間にか立場が逆転して、思わず目を瞬いた。
「……何が。」
「とぼけないでよ。そんな唐突に突っ込んだこと聞いてくるなんて、そんなの誰にでも何かあったのって思います。」
「単なる好奇心かもしれないじゃない。」
「嘘。少なくとも真由の場合は好奇心だけでそんな強引には聞いてこないでしょ、普段なら。」
さすが、伊達にいつも一緒にいるわけじゃない、か。
月奈の鋭い指摘を受けて、あたしは彼女にバレないように小さくため息を吐いた。
自分のことにはすこぶる鈍感な月奈は、その分他人に対しては妙に鋭いところがある。
あたし以上に他人の動作や言動に気を配って、いつでも周りの雰囲気を壊さないようにする。
要するに気配り上手の掴み上手なタイプなのだ。それは彼女自身も気づかない大きな長所だとあたしは思う…なんか悔しいから言わないけど。
けれど、今回ばかりはその長所を恨めしく思う。月奈め、余計なところに気づきやがって。
言えるわけがないじゃないか。
三柱の一人となんでか男女の関係になっちゃいました――なんて、たとえ親友でも、言えるわけがない。
――――……
『ちょ…っ、何!』
始まりは、ここからだった。
沖口と何気なく夕飯を食べながら話をしていたらヤツの機嫌がいきなり悪くなり、かと思ったらこっち側に回り込んできて腕を掴まれた。
『沖口…っ! なんなのよ、いきなり!!』
グイグイと引っ張られていることに加えて結構強い力で掴まれているせいか、腕が痛い。
あたしの抗議の声も空しく、沖口は乱暴に自室のドアを開け放ったかと思ったらまるで放り投げるようにしてあたしをベッドへと転がした。
そんな扱いをされたことは生まれてこの方経験したこともなかったので、あたしは思わず目を剥いた。
そんなあたしの様子には構いもせず、沖口は手早くドアを閉めた後こちらへと覆いかぶさってくる。
そうして、それは突然訪れた。
目の前には沖口のムカつくくらい整った顔。唇に当たる感触。
――それがキスだと分かるまで、そんなに時間はかからなかったと、思う。
啄むように繰り返されていたそれはすぐに深いものへと変貌し、反射的に肩を竦ませる。
抵抗しようにも頭も身体も器用に拘束されていてほとんど出来なくて、簡単に唇を割り開かれてしまう。
頑張って引っ込めていた舌も沖口によって簡単に捕まえられてしまって……出したくなくても出てしまう高い声に、なんだか情けなく感じてしまって泣きそうになった。
幼馴染とはいえ、襲われていることには変わりないのに…ズルズルと快楽に引き寄せられているのが嫌でも分かる。分かってしまう。
この際だからはっきり言っておく。あたしは処女だ。しかも恋愛経験なんていうのもほとんどない。
だから、自分の身体が心と違う反応をするのが、どうしても怖かった。
ひとしきり味わって満足したのか、沖口は一端唇を離すとあたしの目尻に口づけを落とした。
そこであたしはようやく自分が泣いていることに気づいた。
それは生理的に溢れた涙なのか、本当に悲しくて出た涙なのか、それはあたしにも分からなかった。
『……真由、』
熱を孕んだ瞳で沖口はあたしを見る。
ああ、止めて。そんな顔で見ないで。
そんな、”男の人”の顔をしたアンタなんて、あたし、一度だって見たことがない。
まるで未知の世界を見せられた気がして、怖くなる。
『……悪い。』
沖口は何かを堪えるような、切なそうな表情を織り交ぜて、行為を再開した。
そしてあたしは、あっけなく堕ちてしまったのだ。
――――……
後の状況はと言えば、暗転、としか表現できない。ちょっと口に出せる内容じゃない。
敢えて言うとすれば、”骨の髄までしゃぶられた気分”だろうか。
つまりそれくらいしつこかった。あらゆる意味で。
「…よく気絶しないで堪えたよね、あたし。」
「? 何が?」
首を傾けて問いかけてきた月奈になんでもない、と適当に濁してあたしは残りのおかずを平らげる。
デザートのミカンの皮を剥いていたところに、ミーティングが終わったのか何かのプリントを片手に持ちながら噂の三柱が帰ってきた。
「おかえり。」
月奈が笑顔を浮かべながら出迎えると、今までの議論の主役だった成嶋君がつられたように笑顔を返した。
彼は月奈の顔を見るなり不思議そうな顔をする。
「あれ、月奈どうかした?」
「え?」
「なんか顔、赤い気がするけど。」
「…嘘!?」
おお鋭い。そこはさすが彼氏というべきか。
慌てて頬を押さえる月奈を見て三柱の一人である水無瀬君がにんまりと笑う。
「なになにー? 二人して昼間っからイカガワシイ話でもしてたのー?」
「な、何言ってるの水無瀬君! そんなわけないでしょっ」
「んー? あながち間違ってはないじゃない。少なくとも三人には話せない内容だったよねぇ月奈?」
「あ、真由余計なこと!!」
「へえ? それならオレも是非知りたいなあ。」
「と、季には関係ないもん! いいでしょ別にー!」
季、と呼ばれた成嶋君のからかいに過剰過ぎるくらい反応する月奈、笑い転げる水無瀬君。
相変わらずないつものメンツの様子に先ほどの回想も忘れて笑っていると、何やら頭上から視線を感じた。
見上げてみるとプリントを器用に片手で折り曲げながらなんともいえない目でこちらを見下ろしていた沖口と目が合った。
「…立花。」
「何よ。」
「何か余計なこと言ってないだろうな。」
探るような目線をひょいと躱し、あたしは沖口から視線を外す。
「…さぁ? ま、悪い噂たてられるようなことは話してないから安心してりゃいいんじゃない?」
ミカンを口に放り込みながらそれだけ告げると、ヤツは重苦しいため息を一つ吐き出したのだった。
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