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『私の筋肉は、貴方の軽蔑でできている』  作者: たい丸
第1章:開門!「あいつよりマシ」理論の確立

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第13章:二人の執事、あるいは完璧な非効率

王都の騒乱も一段落したある日、ジム「マゾヒスト・アイアン」に、第1章で救われた(?)猛者たちの噂を聞きつけた新たな影が落ちた。 ミラが、ゼノスが「ミラさんの歩いた後の床の摩擦係数を計算して、滑り込み土下座の最適解を導き出した論文」をシュレッダーにかけていると、寸分の乱れもない燕尾服に身を包んだ老紳士が現れた。

現れたのは、大公爵家に仕える老執事・セバス。彼は「完璧な奉仕」を追求し続けた結果、主人が自分なしでは靴下すら履けないほど無能化してしまったことに、深い絶望を感じていた。

「……私の献身が、主人の自立心を殺してしまった。私は、有能すぎて無能な執事なのです……」

「いらっしゃいませ。入会ですか? その重すぎる忠誠心と、加齢で研ぎ澄まされた完璧主義を入り口の側溝へ捨ててきてください。あそこの変態ゼノスを世話しようものなら、あなたの有能さは一瞬でゴミ箱行きですから」 ミラの、長年培われたプロの誇りを一蹴する挨拶が刺さる。

セバスは力なく訴えた。 「……主人のためを思うなら、私はもっと『不親切』であるべきだった。だが、私の指先が勝手に最高効率の奉仕を求めてしまう。どうすれば、この『呪われた有能さ』を抑えられるのだ……!」

「効率、ですか。無意味ですね」 ミラは事務的に、トレーニングルームの隅に置かれた「全自動・嫌がらせ給仕マシン」を指し示した。 「あそこに、どれほど尽くされても感謝せず、むしろ不快感だけを増幅させて返す、生けるブラックホール(ゼノス)がいます。彼を新しい主人だと思って、全力で仕えてごらんなさい。あなたの完璧な奉仕が、いかに『無駄で不快な行為』に変換されるかを知れば、有能であることの虚しさが骨身に染みますよ」

セバスが震える手でティーカップを持ち、トレーニングルームへ足を踏み入れると、そこには貴族のサロンとは対極の地獄があった。

「あぁ……! 放置! この誰からも顧みられない、ゴミのような時間! 孤独という名の酸性雨が、私の筋肉をボロボロに腐食させていくぞぉぉ!」

ゼノスは、上半身裸で自らを巨大な鳥かごに閉じ込め、わざとテーブルから数センチ届かない位置で手を伸ばし、「お茶……お茶を一口……でも届かない、この不自由さ……!」と悶絶していた。

「ゼノス、仕事です。有能すぎて主人をダメにした、完璧主義の執事様ですよ。あなたの『世界一世話の焼き甲斐がない卑劣さ』を全開にして、彼のプロ意識を根底から破壊してあげなさい」

「はぅっ! ミラさんの声! 私の脳に直接、冷え切った紅茶を注ぎ込まれるような快感……!」

ゼノスは鳥かごの中から這い出ると、セバスの足元で「絨毯じゅうたん」になりきり、卑屈な笑みを浮かべた。 「執事様……! さあ、私を最高効率で奉仕してください! 私はそのすべてを、最高に不快な形に解釈して台無しにします! ほら、そのお茶……! 『執事しつじ』が、『しつこく(しつこく)』、『失地しっち』を回復しようとする! はぁ、最高に味が薄い!」

「……今の、マイナス140度ですね」 ミラが背後から、セバスの耳元で冷たく宣告する。 「セバスさん。この男に尽くすということは、底の抜けたバケツに黄金を注ぐようなものです。あなたの完璧な作法は、こいつにとってはただの『面白いオモチャ』に過ぎない。さあ、その有能な指先で、このゴミに『最悪の手抜き』を教えてあげなさい」

「……っ! この……この、私の奉仕を、私の人生を侮辱するなああぁぁ!」 セバスの心の中で、完璧主義の殻が音を立てて砕け散った。 ゼノスの下劣な態度、耳を汚すギャグ、そして自分の至高の紅茶を「ただの水分」としてしか扱わない異常性。それらがセバスの理性を焼き尽くし、一人の「不親切の極致」としての本能を呼び覚ました。

セバスはティーカップを床に叩きつけると、ゼノスの口に直接、熱々の茶葉を掴んで押し込んだ。 「黙れ、この無礼者が! 奉仕だと? お前のような男には、この『泥水以下の苦味』がお似合いだ! 自分で這いずり、自分で拭き取り、自分で絶望しろ! 私はもう、お前の鼻を拭くことすらしない!」

「ひぎゃあああ! 素晴らしい! その職務放棄! 私が……私が『放置プレイ』を通り越して『存在の無視』を宣告された! 最高の自由だぁぁ!」

鼻から茶葉を出しながら悶絶するゼノスを見下ろしながら、セバスは自分の中に、かつてない開放感を感じた。 そうか、完璧である必要などなかったのだ。突き放し、突き放されることでしか得られない、自立という名の「美しき不親切」。彼はゼノスを相手にしたことで、執事の真髄――「突き放す愛」を理解したのだ。

一時間後、セバスは燕尾服を少し崩し、しかし現役時代よりも鋭い眼光でトレーニングルームを出てきた。

「お疲れ様でした、非効率の王様」 ミラが、セバスに入会特典の(少し汚れた)ナプキンを渡す。 「あんなゴミを放置した経験があれば、あなたのご主人も明日には自分の足で立てるようになるでしょう。その調子で、世界を少しだけ不親切に変えてください」

「……感謝する。ミラ殿。私は、完璧な執事をやめるよ。これからは、主人が私を憎むほどに有能な『不親切』を目指そうと思う」

セバスは軽やかな足取りで、公爵邸へと帰っていった。翌日から、公爵家では主人が必死に自分で着替え、セバスがそれを鼻で笑うという、奇妙だが活力に満ちた日常が始まったのは言うまでもない。

「ミラさん……セバス様のあの、私を『自立できない害虫』として見捨てた時の冷淡な背中……。私の筋肉が、自活という名の孤独な筋トレを始めました……」 「そうですか。そのままあなたが誰の介助も受けられず、一人で呼吸することすら忘れて、静かに塵へと還ることを切に願っています。空気が澱むので、消えてください」

「あぁぁ、セルフサービスの死! ミラさんによる完全なデリート!」

ゼノスが再び喜びのあまりのたうち回る中、路地裏に新たな迷い子が。それは、魔力は最強なのに、方向音痴すぎて戦場に辿り着けない「伝説の魔術師」。ゼノスの「世界一動かない標的」指導が、彼の空間把握能力を最悪な形で再編することになるのだが……それはまた、次のお話。


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