第9話 三つ編みで丸メガネの女神
試合再開の合図と同時、千代里は槍を真上に放り投げた。
10メートルは打ち上がっただろうか。
耕司の作戦通りだ。
千代里の動きを察した耕司は、トラクターの速度を上げる。
一瞬、アリシャは槍の行方を目で追うも、すぐに視線を前に向ける。
アリシャとトラクターの操縦者も、この勝負で決めようとしているのか。
トラクターの速度は30キロを越えている。
敵はさらに速度を増す。
40キロに達したとき、アリシャの放った槍が中央に設置された壁をド突いた。
先端は砕けるも、槍は壁に深く突き刺さる。
千代里は自慢の動体視力を駆使して、飛散した破片をうまく交わす。
壁をド突いた衝撃で、アリシャの体が揺さぶられる。
だが、メガネの女神は、すぐに体勢を立て直す。
スタート直後に放り投げた千代里の槍が、アリシャに襲い掛かった。
一歩退き、アリシャは槍の直撃を回避する。
槍の破片を避けようと顔を大きく背けたとき、まるいメガネが吹き飛んでいった。
「メガネ、メガミ……」
アリシャは屋根の上でメガネを捜索する。
「あった!」
トラクターから離れ行くメガネをアリシャが視認した。
メガネを回収しようと、アリシャがトラクターからダイブする。
体操選手のごとく、ビシっと着地した。
頭から……。
地面に突き刺さった三つ編みの女神アリシャは、脚だけが見えている。
名前で例えると、アリシャの『シャ』しか見えていない。
「見事な顔面ダイブ! 芸術点をあげたいところだけど、試合おわっちゃたから、無しってことで!」
全能の神による微妙なアナウンスが、会場を包んでいた緊張感を振り払う。
地面に芸術的な刺さり方をしたアリシャにむけて、会場全体から称賛の拍手が沸き起こった。ついでに笑いもだが……。
客席の歓声とは裏腹に、メガネのワイパーが、キコキコと悲しい音を奏でる……。
信者たちの信仰心がさらにアップしたのか、アリシャの体は神々しい光に包まれている。
客席を飛び出したアリシャの信者たちが、フィールド(畑)になだれ込んできた。
全試合が終わっているため、主催者は黙認したようだ。
地面から生えたアリシャを取り囲んだ信者たちが、脚を一斉に拝み始めた。
「拝んでないで、大黒ちゃんをはやく収獲(救出)しろっての!」
アリシャの救出に来た毘沙門天が、腹を抱えて大笑いしている。
千代里が対戦相手の救出に向かおうとした瞬間だった。
「ということで、千代里選手。おめでとさん!」
千代里の勝利を告げるアナウンスが轟く。
再び会場全体から、千代里の検討をたたえる拍手と歓声が沸き起こった。
「何が起きましたの?」
停車したトラクターの屋根から、千代里が飛び降りる。
辺りを見回すも、千代里はまだ状況を飲み込めない様子だ。
「あなたがたの勝ちです!」
まるメガネをかけ直したアリシャが、歩幅6センチで千代里の許へダッシュする。
土の付着したメガネのレンズを、ワイパーが懸命に拭い去っている。
「大黒ちゃんの首、へし折れたかと思ったよ! にしても、ワイパーいい仕事するねぇ!」
ワイパーの動きを目で追いながら、毘沙門天が、地面に転がりながら大笑いしている。
だが、耕司と千代里にそんな余裕はなかった。
「千代里さんの勝ちです! ご当地八福神に入ったのですよ!」
敗者復活戦はアリシャの自爆という結果で幕をおろした。
棚ぼたに近いが、勝ちは勝ち。
七福神決定戦『全国大会(決勝戦)』へのキップを、千代里は手にしたのだ。
アリシャが繰り返した言葉に、千代里は、ようやく状況を把握したらしい。
「ありがとうございます……」
アリシャと握手を交わすと、歩幅20センチで耕司の許へと向かう。
いままで一度も顔をほころばせることのなかった千代里は、失明しそうなほど眩しい笑顔を耕司に贈った。
僕たち、いや、千代里が勝ったのか……。
耕司が余韻に浸っていると、毘沙門天が駆け寄ってくる。
大笑いしている毘沙門は、まっすぐ走れないらしい。
走るというより、転がってくるが正しいか。
毘沙門天は、起きては転がるを繰り返している。
「大黒ちゃん、そのメガネどこで買ったんだい? ダメだ笑いすぎて腹いてぇ!」
「毘沙門さま、人のこといえないですよ。その顔……」
「ボクの顔面がどうかしたかい?」
口の周りにソースを着けた毘沙門天が目を丸くする。
「いや、その口……カールおじさんみたいになってますよ?」
「耕司さん、その例えって……」
耕司の言葉につられて、千代里がまた笑う。
千代里って、こんなに綺麗な顔で笑うのか。
決勝でもまた笑顔を見せてくれるといいな……。




