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ホテルの駐車場

「……おはようございます」


「もう起きたの。東京には入ったけど、まだ10分くらいかかるよ」


「どこにですか?」


「長田さんが警視庁側の情報をもらってくれてね。都内のホテルから電話が掛けられたとわかったから、そこへ向かってる」


「良いんですか? 長野県じゃないのに」


「上手い具合に交渉が成立したらしいね」


 そっか。長田さんがいろいろ働きかけてくれたんだ。右手首を確認――時計は、13時6分だった。


 誘拐発覚後に父は警察に連絡しなかったから逆探知で場所を突き止められない。それについて聞くと、使用された盗難車両を追跡した結果、サブのアジトにされたホテルを特定。通話発信地点の攪乱プログラムが施された機器類が発見されたという。


「専門的な技術だったんですか?」


「いや、素人でも調べれば……あ」


「あー、すみません。何でもないです、黙ります」


 やっべ、捜査機密だ。清水さんも疲れてるんだろうね。わたしのせいで。悪いとは思ってますよ。


 ってことで、ひとりで考えることにした。再開された思考は、やはり事件の背景について。親同士の年齢差によるだろうけど、兄弟でも従兄弟でも現代日本ではあり得る範囲の年齢差らしい。AもBも若く、20歳前後だ。碓氷泰之、碓氷菜月、香坂萌日、香坂啓介、わたしの両親は、みな同年代。それぞれの子どもの年齢が近いのは理解できる。証拠はない。根拠は、当事者の年齢だけ。実際に何があったのか当事者しか知らない。が、推理になり切れない想像は止まない。犯罪は専ら親しい間柄において発生する。香坂という名字に強く反応してしまったけれど、じゃあ、碓氷はどちらさまなのかって話だ。長男ヒロミくん、妹セナちゃんの文脈ではもうひとりを語れないのなら、親戚が最初に思いつく。


 香坂萌日。碓氷菜月。 星科朱寿。羽熊有流羅。


 名前の共通点によって親しくなることもあれば、それこそが親しさの由来にもなる。


 中学生のころ、朱寿は改名したいと、わたしを前にして言い出しやがった。曰く、


「漢字2文字なのは同じなのは、まあ、いいんだけど、私だけ2音なんだよ?」


「嫌なの?」


「嫌というか、んー、いや、この名前に文句は無いの。仲間外れっぽさ拭えないって話。それにさ、月、太陽って続いたなら、お次は星でしょ?」


「自分の名字、忘れた? お星さま過ぎても面倒だよ」


「じゃあ雲!」


 勢いよく立ち上がったあの子に、そのときは「勝手に流れてろ」みたいな言葉を返した。内心では無理だと確信していた。自分も空を飛びたい。そう熱弁する朱寿は、雲にはなれない。圧倒的に、行雲流水には向かない。あの子の、自分で流れを作り出す能力は周囲をも変え得る熱量がある。仮に、わたしにも同じことができれば、変えられるのかな。


 袋からラスト10秒チャージを取りだし、ノートの内容とともに飲みこむ。まもなくホテルの駐車場に到着した。清水さんは、先行する長野県警の同僚と合流して用が済めば、すぐ戻ると言った。


「知らない人についていかないように」


  ああ、それ知ってる。なんだっけ。「いくらの軍艦巻き」予想で言ってみると「いかのおすし」すぐ訂正されて睨まれた。続けて「イカのお寿司」と復唱した。

 駆け足で去る刑事さんの背を車内から眺める。そんな呆れなくても良いのに。


 あ、そっか。お寿司のやつとしか思い出せなかったけれど、あれだ……知らない人についていかない、ひとの車にのらない、おおごえを出す、すぐ逃げる、何かあったらすぐしらせる……それぞれからピックアップして、いかのおすし。

 まあ、ね。5つのうち半分はできなかった自覚あるけどさ。わたし、知らない人にはついてってない。ひとの車に乗せられたことにも、わたしに非は無い。要するに、自分、悪くなくないっすか?


 ふと、視線の先。駐車場の端に停められた白い車から目が離せなくなった。


 正確な種類はわからないけど、似ていた。どこがと聞かれたら困るけど、あのとき乗せられた白い車と、似ている。


「……」


 うん。清水さんの注意によって制限されたのは「知らない人について行く」ことだけ。わたしが車から降りて歩いて行くことは可能である。


 よし。叱られたら言い訳せず「ごめんなさい」と申し上げましょう。開けられない扉の代わりに窓を開けて、そこから出た。普段乗らないから構造も仕組みもわからん。窓を開けられたらなんでもできるってことはわかった。

 白い車は、後部座席のほうの窓は黒っぽかった。扉が閉められて車内が暗くなったのは覚えているけれど、こうだったかまでは思い出せない。他方、前の窓はあまり黒くない。そちらへ回りこんで車内を覗きこんだ。目を凝らすまでもなく。


 思わず窓ガラスを叩いた。


 後部座席、黒い粘着テープが巻かれた人間の足。座席が邪魔で全身は見えない。それでも、抜け殻では無いし人形でもない。人間だ。「聞こえていたら扉蹴ってください!」数度蹴られたのが見えたし、鈍い音も小さく聞こえた。音に気づいてくれている。が、自力ではどうにもできないらしい。


 きっと、車内からは開けてもらえない。わたしが開けないと。


 周囲を見渡しても無駄に終わるだろう。すぐにスマホで車の窓ガラスの割りかたを調べる。が、いずれも車内から脱出するための方法ばかり出てくる。当然か、車外から窓ガラスを割りたいのは専ら泥棒くらいだろう。車内にある道具も、脱出用ハンマーなんて持っているわけない。ヘッドレストはすぐ目の前に、窓ガラスを隔てて……ヘッドレスト。清水さんが運転してきた覆面パトカー、あれにもヘッドレストがある。問題ない、わたしは「ごめんなさい」が言える良い子だから。後部座席の窓は開けたままだ。そこから車内へ体を突っこんでヘッドレストに手をかけた。案外すぐに取り外せたそれを抱えて、白い車のほうへ戻った。


「動かないでください! 大きな音、驚くと思いますが、怪我させたくないです!」


 叫んでから前部座席の横にある窓ガラスにヘッドレストの金属棒部分を突き立てた。窓ガラスは緩い曲面になっているが、端は平面上になっている。パスカルの法則を参考に、なるべく打撃面積を小さくしたうえで曲面を避けた個所を狙った。ガラスは粉々に割れた。人間界のものってこんな脆かったのかい? 呆然としかけたが、優先順位を思い出した。窓の際に残った破片をヘッドレストの金属部分で取り払い、車の上に乗せてから努めて注意しながら車内に乗りこんだ。膝や素手で割れたガラスに触れないようにしながら後部座席のほうへ移動した。頭部にかぶせられた上着を取り払い……知っている顔――その名を呼んだ。


「イツキ……?」


 暗がりで、彼の目が見開かれたのがわかる。そのとき、扉のポケットが明るくなった。手に取ると、見たことがあるケース……ああ、放課後に教室で見たことあるんだ。待って、どういうことだろう。どうして彼がここにいるのか。いや、別にいても良いんだけど、どうして拘束されているの? 視線がかち合う。青白い顔色がさらに悪くなったように見える。ひとまず、口を塞いでるテープを取り払うことにした。テレパシー実験成功させられるほど双子然としていない。この状況に心当たりはあるのかな? 話したくないなら、無理に聞き出しても効率悪い。必要な情報が得られなかったらただの浪費。話してくれるのを待つのが最善だろうか。

 しかし、今は時間が無い。

 正面から聞いてもだめなら、少し意地悪するか? してもいいかな? 怒る? まあいいや。勝手にイラついてくれ。この妹がいそうな相手ならどうにかなるでしょ。ああ、いないんだっけか?


「酷いことされたの? あのふたりに」


 すると、一葵は勢いよくかぶりを振った。やはり親しい間柄、あるいは身内らしい。

 体を起こすのを手伝いながら「ヒロミくんもセナちゃんも、まだ逮捕されてない」と言ってみた。

 肩を震わせるとゆっくり顔を上げた。ただ、その眼は怯え切っている。この反応なら、文脈は大きく外れていないのかな。あのふたりが母の資料にあったヒロミくん、セナちゃんとして話を進めて良いらしい。今は本当のことを言い当てるよりも、本当のことを話させることが優先されるんだ。

 口元のテープの端を見つけ、剥がしていく。


「警察の人がどうしたいのかは、まあ、ある程度はわかるけど……でもね、わたしの目的は、あの人たちの目的が果たされるとき、果たせる」


 外しきれて話せるようになってから「ねえ、どうしたい?」尋ねる。が、何も答えてくれない。

 両手で顔を上げさせてから改めて「イツキは、どうしたい?」まっすぐ見つめた。


「……兄さんと姉さんを、止めたい」


「わかった」良かった、それなら手伝える。一葵の両肩に手を置いて告げた。「止めよう、みんな。計画なんてぜんぶ壊そう」


「でも」


「50年後に後悔させたくない」


 意識して、目を逸さなかった。逸させなかった。わたしが父を信じられない代わりに、一葵には兄姉を信じさせたかった。


 彼のスマホの充電の消耗が激しかったのは、盗聴に使われていたからだとしたら……? 「親指かして」ロックを解除して、操作する。誘拐犯になった気分だった。探してみると、よくわからないアプリがひとつだけあった。続いて、LINEを開きたくて、再び指をかりた。一葵は何も言わなかった。


 最近のは、駿太朗が勝手に作った5人衆グループのほか、「兄さん」「姉さん」「alula」のログだった。グループがうるさいのはいつものこと、通知が3桁超えているなら1日以上は開いていないのだろう。わたしとの個人ログを開くと、昨日の18時17分に発信していた。車内のあのときのバイブレーションの正体だ。何を話したかったのかは知らないけど、今聞いても教えてくれないだろう。教えてくれるとしたら……一葵のスマホからの電話でも、きっとすぐに出てくれるはず。


 11回目、呼び出し音が止む。なるべく余裕がある、ゆっくりとした口調を心掛けた。


「どうも。ご加減いかがですか?」


「おかげさまで」


 Aの声。電話越しだから本人に限りなく近い合成音声ではあるけれど、彼の声。

 頭の悪い質問は避けたい。Aは、今のやりとりを聞いていた。わたしが一葵に驚いたように、Aもわたしの登場に驚いたんじゃあないか? ならば再び情報を開示して、交渉を優位に進めたい。


「セナさんは共犯者ですか?」


「……まあね」


「でしたら一葵も」


「いや、無関係だ」


「利用していただけ、ですか? スマホ充電消費が激しかったのは、変なアプリのせい?」


「そうだよ、ご明察」


「……わかりました、一葵が納得するならそれで構いません」


 納得するわけがない。置いて行かれたことに納得できるなら、一葵もわたしも、ここにはいない。

 沈黙の後、Aの長いため息が聞こえてきた。


「なぜ掛けてきたんだ?」


「予想はついていますよね?」


「どうだろうね」


 何度も誤魔化されてたまるか。ここで根幹がズレていたら交渉決裂しかねない。が、時間は無い。Aはもうわたしがいなくても目的が果たせる。反面、Aがいないとわたしの目的は果たせない。父のスマホは今わたしが持ってるけど、連絡先を覚えていないとは言い切れない。

 父が何らかの手段で再び「青葉さん」に連絡するまで。Aが警察に身柄を確保されるまで。それが、わたしの目的のタイムリミット。ならば、でまかせでも何でも、それっぽく聞こえれば勝ち。つぶさに自分の気持ちを言語化してる人間なんていないんだから。


「復讐でも愛憎でも、名前は何でも構いません。わたしはあなたの犯行の仕上げに協力できます」


「は?」


「未発表原稿の在処に心当たりがあると申し上げているんです。『青写真』ではなく、あなたが求めた真相が綴られた原稿ですよ?」


「あいにく、それはすでに確認したよ」


「父に、でしょう? 母がわたしにだけ解けるようにした暗号が存在したら、父も知る由はありません。それに、父が知らなかったからこそ、母にも接触せねばならないのでしょう?」


「……」


 沈黙が重い。どうして黙ってるの? 何を考えている? いや、わたしのミスだ。答えやすい疑問にすればよかった、あるいは、もとから母に接触する計画だったか。


「ちゃんと考えたんです。どうして誘拐の標的にされたのか。時間がありましたから。それでわかったんです。わたしはあなたに協力したほうが良いって」


「悪いけど、話が掴めないね」


「2013年から2014年の9カ月間に発生した、3件の車が関わる死亡事故がともにまとめられた母の資料を見つけました。当時12歳のあなたも巻きこまれた事故を含みます。当事者の相関まではノートに記されていませんでした。しかし、原稿が完成していなくても、少なくとも、草案は存在すると断言します」


「保証は無い」


「でしたら、なぜここまで調べたのだと思いますか?」


「……」


「当初は書くつもりだったんですよ。真正面から。あなたが明かして欲しかった3件の事故の裏にある真相を」


「……」


 頼むから、黙らないで。合ってる保証が無いのはわかってるんだ。的外れでは無い自信ならあるけど言い当ててる自信だって微塵も無い。自信が無いと悟られたら交渉すらできないとわかっているからはっきりと言ってみせているだけ。声が震えないようにするのに必死過ぎている。わかっている。


「ずいぶんとバカにされて、さすがに腹立たしいんですよ。娘を捨てたくせに小説は捨てられなくて、あげく題材とペンネーム変えたくらいで気づかれないと思われて……心外にもほどがあります」


 新しいペンネームにした後の作風が好きなわけでは無い。その行動にも納得できないけど、作品は嫌いになれない。


「わたしだって一泡吹かせてやりたいんです。あなたも、9年前の意趣返しになるでしょう?」


「……3時間後。気が向いたら連絡する」


 電話は切れた。


 3時間後? 腕時計いわく――13時54分だ。3時間後は17時。何かはじめるの? それとも、17時に何か終わる?


 名前を呼ばれた気がして車外を見る。

 清水さんが周囲を見渡しながらわたしの名前を呼んでいた。いざ、怒られに行かん……が、扉がまたしても開かない。まったく車ってのはどうなってんだい?


「これも壊せ、と?」


「え。いや、押せば開くと思うけど……あ、の。レバー引かないと」


「さっき別の車で開かなかっ」


 レバー引きながら扉を押したところで何が変わるんだ?……そう思っていたころがわたしにもありました。ここまでくると脳筋だと自覚したほうが良いかもしれないね。


 どこかへ走っていってしまいそうな背に「清水さん」と呼びかけた。車の上に置いていたヘッドレストを駆け寄ってきてくれた彼に差し出しながら「ごめんなさい」と言った。恋する乙女がバレンタインチョコ渡すときって、きっとこんな感覚なんだろうね。何言われるかドキドキする。


「なんでここに……」


 天井付近を見渡してから「防犯カメラの死角だからじゃあないですか?」と答えたらキレられそうになったので「はさみ持ってますか?」すかさず話を逸らした。あっぶねぇ。


「は?」


「刃物無いと無理っぽいです」


 動けないのを良いことに車内の一葵を生贄に捧げた。すまんな、とは思ってるよ。まあ、原因は君だから。

 いつのまにか清水さんが困惑の視線を向けられていた。


「知らない人にはついていかない、知っている人だからといってついていかないほうがいいときもある。これくらいのリテラシ持ってます」


「なのに、車の窓ガラス壊すの?」


「根本の条件が違いますから。このとき優先すべきは人命救助と好奇心と信念です」


「それぞれの割合が気になるところだけど……フロント行ってくるから、今度こそ絶対にここから動かないこと、いいね?」


 今度こそって。注意は破ってないのにね。この車が気にならなければ動かなかったし。


 車内の一葵を確認する。ちゃんと怯えてて人質っぽかった。こうしてればよかったんだね、なるほど。人質の師匠だ、さすが珍獣ヤマソダチ。

 わたしが脱出できたからこうなったんだろう。手足の拘束、粘着テープは外すよ。お詫びにね。


 足に巻かれたテープを剥がしていると何か言われた気がして顔を上げる。が、目を逸らされた。言いたくないならいいや。剥がすのを再開した。


「あ、そうだ。スマホ、もう少し使ってていい?」


「え?」


「それとも、来る?」


「……」


「行かなくても大丈夫。でも、スマホかして欲しいんだよね。いろいろあって、今持ってなくてさ」


「そうじゃなくて」


「何?」


 さっきの言葉……兄さんと姉さんを止めたい……嘘だとは思わない。どうすれば良いのかわからないんだろう。わたしも母の失踪に関して何をすればいいかわからないまま保留し続けた。すぐに答えが出せないのは理解できる。

 青葉玲って、ママだよね?……気づいたとき、父に聞けばよかったのかもしれない。でも、聞けなかった。聞いて何が変わるのか想像できなかった。帰ってこないのは相応の理由があるから。その理由を知るのが怖かった。今も、こうしてつきつけられなければ避けて逃げていた。風に流される雲の気分で。それで良い、そうなってもしかたない。何が変わるわけでもないから……でも、今なら


「6人いたら6つの考えかたがあるから。わたしと一葵じゃあ、考えてることも願ってることも違うと思う。だけど、少しだけでも重なるなら、協力できる。何も隠さないで言いあえたら、善後策は見つかる。まだ遅くない」


 自分にも言い聞かせるつもりで言った。そうだ、まだ遅くなんかない。張りついたテープを、手を振って飛ばす。隣に座って、後ろを向いてもらった。結束バンドの使いかた、AとBと同じだ。そうじゃなかったらこんなとこいないか。バカなこと考えてないで、テープを剥がす続きをしよう。


「……怪我…………」


「ん? 救急車呼ぶ?」


 かぶりを振られてもわかんないって、双子じゃあないんだよ。思い当たる節から「TITANICってこと?」と首をかしげてみたが、通じなかった。


「ずっと同じ体勢ってキツいじゃん? ほら、あれだよ。I`m flying!」


「……」


 嘘だろ、名作だぜ? このポーズ、あのシーンだけだったと思うけど。


「羽熊さんは……羽熊さんは平気?」


「うん。検査したし、点滴受けただけ。まあ、念のため行きなよ、病院」


 対応は清水さんに任せたほうが良いよね、受け答えわかんないし。わたしは覆面パトカーで病院に送ってもらったから、そういう何かがあるのかもしれない。酷いことされてないってなら緊急性も低そう。


 粘着テープを外し終えたころ、清水さんがほかのスーツの方をふたり引き連れて戻って来た。おー、信頼されてない。いや、何かやらかすと信じられたからこその援軍か。手招きされて、援軍と位置を換わる。重くなったポケットを支えながら清水さんの隣へ駆け寄った。


「何かした?」


「何かとは?」


「……なんでもない。もういい? 車でおとなしくしてて欲しいんだけど」


 おとなしく……だと……? 無理じゃね? あー、寝てればいいのか。Aから電話が来るとしたら3時間後。試しに何度か掛けてみて気分を害したとか何とかってのは避けたい。やっぱり交渉は苦手。駿太朗に任せたらもう少し良い条件にできただろうにね。無いものねだりしても仕方ないけどさ。

 あれ。そういえば


「清水さん、電車、得意ですか?」


「ん? 得意って?」


「乗り換えとか、そういうやつです」


「東京の?」


「はい、東京のですね」


「調べればどうにか」


 そっか、長野県警の方だった。じゃあ「前の車を追ってください!」なら可能だけれど「レインボーブリッジに向かってください」は難しいということか。


「今日の17時からって、何かありますか?」


「この調子なら仕事だと思うけど。土曜日だし」


「さっきの方々と合流したりとかは?」


「君の御守が優先」


 なるほど、つまり、清水さんはずっといらっしゃるわけだ。3時間後も、きっと。Aからの電話は誤魔化しきれない。だったら先に伝えておいて協力をしてもらえるようにすべきか……あくびをかみころしている彼とミラー越しに目が合う……大丈夫、わざわざ飲みもの4種類も買ってきて選ばせてくれた人だ。話は聞いてくれる。


「あの」


「待って」


「はい?」


「重要なこと?」


「……わたしにとっては」


「長田さんに、あの、えーっと、もうひとりいたおじさん」


「長田直樹警部?」


「っ、そう。警部に電話しながら聞いても良い? 俺が君の話を理解しきれるかわからないから」


「わ、かり、ました」


 清水さんは一旦車外へ出ると電話を掛けた。数分もかからないうちに窓をノックされた。うん、窓なら開けるプロなんだよね。

 スピーカー状態にしたスマホを向けながらこちらにアイコンタクトしてくれた。

 話してくれという意味と受け取って、ホテルの駐車場に到着したところから軽く話し、Aからの電話のことを伝えた。清水さんからの視線は努めて無視した。


 数秒の沈黙。相手の周辺からのノイズが聞こえる。ドップラー効果っぽいから、車に乗っているらしい。どこかへ移動中らしい。


「どうするつもりだい?」通話先の長田さんに問われる。答えは決まっている。


「Aからの連絡を待ちます。必要があれば、移動もします」


「危険があるかもしれない」


「だとしても、50年後に後悔したくありません」


「わかった。清水から離れないと約束できるかい?」


「努力はできます」


「ははは、清水にも努力させるよ」


「ありがとうございます」


 清水さんは苦笑しながらスマホを回収し、窓を閉めるように言った。開けるときとは反対にスイッチを押しこむらしかった。

 外部から隔離されると、音が収まる。途端に緊張の糸が緩んだ。睡魔に抗っても無駄だと悟り、横になった。

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