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これが黒歴史になるかならないかは、あなた次第です

「ぁぁぁぁ……」


「……三浦さん、何かあったの?」

「さぁ? 昨日も様子おかしかったし、その続きなんじゃないか?」


 心配そうな佐斗の問いかけに、どうでもいいとばかりの反応を返す一颯。


 当の綾香といえば、自席にて顔を隠すように突っ伏し、延々と唸り声を上げていた。


 登校直後、一颯の顔を見た瞬間、顔を逸らして早足で席に着き、それからずっとこの調子。昨日といい、情緒不安定にも程がある。


「み、三浦さん……? 大丈夫? 体調が悪いなら、保健室行った方がいいんじゃない? 僕、付き添うよ?」


 佐斗が恐る恐る綾香の肩を揺らす。


「……大丈夫……今はそっとしておいて……」


 顔を上げないまま、綾香は消え入るような返事をした。渋々ながら引き下がるしかない佐斗は、ずるずると椅子を引き摺って、今度は一颯の方へ顔を近づけると、耳打ちをする。


「ねぇ、藤見君。藤見君の方から何か言ってあげてよ」

「いや、俺が話しかけるのが、多分一番まずいと思うけど?」

「それは……そうかもしれないけど……。でも、どうするの? このまま放っておくのも良くないと思うよ?」


「ふむ――ま、分かった。試しに一回声を掛けてみるか」

「ちょっと待って! 優しく、優しくだからね。いつもみたいに適当な感じじゃダメだよ?」

「分かってる」


 そう言って、一颯は、綾香の露わになっている小さな耳へ顔を近づけて――


「――三浦」

「っ⁉」


 綾香が飛び上がるように椅子から立ち上がった。耳を手で抑え、頬を上気させながら、口がパクパクしている。


 ああこれは失敗だなと、一颯と佐斗ははっきりと直感した。


「藤見君。一回、僕と教室出よっか」

「そうだな」


 二人して立ち上がり、綾香に背を向ける。


「ま、待って! 大丈夫! 大丈夫だから。二人とも席に座って、ね?」


 頬を上気させたまま、何やら必死そうな綾香。流石にそのまま無視していくわけにもいかず、一颯と佐斗は立ち止まった。怪訝そうな顔を見合わせる。


「ほんと、大丈夫だから。藤見君はいつものようにそこで本読んでて? 新美君も、心配してくれるのは嬉しいけど、大したことじゃないから。体調が悪いわけでもないし、すぐ普通に戻るから」


 まあそこまで言うなら、と一颯と佐斗は自席に戻った。綾香は安心したように息をつく。


 今回の席替えは、綾香にとって非常に大きな意味を持っていた。


 翔との件が一時的な収束へと向かい、一週間の自宅謹慎期間を経て登校した綾香を迎えたのは、一週間前と変わらない、むしろ悪化した、クラスメイトたちの排斥の意思だった。


 物的証拠として残るようなことは、誰も何もしてこない。ただ、刺すような視線だけが綾香に集まった。そこかしこで交わされる会話が、全て自分への中傷を孕んでいるのではないか。そんな不安が、綾香の精神を蝕んでいく。


 とはいえ、それは長くは続かない。


 一颯が復帰したのだ。一颯は綾香へと向けられていた視線の大部分を一身に受け止め、しかし、そんなものどこ吹く風とでも言うように、一人本を読んでいた。


 そして、席替えがあった。綾香は窓側最後列となり、綾香の目の前には、一颯がいる。


 綾香にとって、これ以上の安寧の場所はなかった。安心しすぎて、ちょっと頭がバグった結果が、昨日の奇行であった。




 綾香の宣言通り、一時限目の授業が終了する頃には、綾香は比較的落ち着いた、数日前の彼女に戻っていた。


 そうして、部室。いつものように、一颯と綾香は向かい合わせになって席に着いていた。


「ごめんなさい、藤見君。昨日と今朝、私ちょっと、なんていうか、おかしくなってたみたい。色々と迷惑かけちゃったわ」

「大丈夫だ。迷惑は迷惑だったが、俺、もともと三浦のことあんま知らないし、あれがおかしかったのかどうかはよく分からんから」


「……んん? ねぇ、それ、私がおかしいのが普通だって言ってない?」

「ん、なんだ? 哲学か? あんなのは考えたい奴らに任せておいて、俺たちは甘い汁だけ啜ってればいいもんだぞ」

「そうじゃなくてっ。私、普段からあんなおかしいわけじゃないからっ。最近のは特別だからっ」

「今だけ取り繕っても、いつかはボロが出るもんだぞ?」

「取り繕ってるわけでもないからっ」


「――じゃあ、ここ数日の三浦について、どういう経緯でああなったのかってことの説明をしてくれ」

「え、そ、それは……」

「説明できないのか? となると、お前の言うおかしな自分というのが、本当は単なる自分の別側面ってだけの可能性も否定できなくなるわけだけど」


 人間は、誰しも目の前の相手によって、見せる自分の人格を変えるものである。それを人によっては裏表があると評することもあるが、それは単に、環境に自己を上手く適応させられる人間に対する嫉妬と、できない自分への劣等感が表出したものだろう。


 一颯は、キャラの使い分けとも言えるその行為は自己保存のために獲得した能力であり、悪いことだとは思っていない。だから、綾香の裏も、この部に入部させたのであれば、受け入れるべきだと考えていた。


 昨日は流石に急すぎて、上手く出来なかったが。


「もし、頻繁にああいうことになるのなら、先に言っておいてくれるとありがたい」

「だ、大丈夫。あんなの、もう二度とないから」

「そうなのか?」


 綾香は強く頷いた。二度と、なんて強い言葉を使うあたりからしても、それなりの根拠があるのだろう。その信頼性は疑わしいものだが、あれくらいなら二度目があった時に改めて考えるということでもいいかと、一颯は結論付けた。


「ま、それならいい。あの教室は三浦にとって色々とストレスが溜まる環境みたいだし、多少頭がバグるくらい仕方ないんだろう」

「っ! 藤見君、気付いてたの?」

「そりゃあ、まあ。三浦の様子はちょくちょく見てたからな」

「っ、そ、そう、なんだ……」


 綾香は勝手に持ち上がりそうになる口角をひくひくとさせ、ぎゅっと引き絞るようにして口を結ぶ。


「今度は変顔……? お前も大変だな」

「~~~~~~~!」


 彼に理解して欲しい、彼が理解できるよう説明したい、けれども、できない。そんなもの以外にも、身の内に巻き起こる様々な感情に、綾香はただただ悶え苦しむしかなかった。

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