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奥義

 ウンドウの依頼。絶対に断るわけにはいかない。ここで接点を失えば、富裕層との人脈が失うことになる。だが、一日一回しか使えぬ【治癒魔法】を、どう口八丁で乗り切るか。


 「ええ……行きましょうか。まずはギルドに寄ってから目的地に案内をお願いします」

 

 【猿風】の教訓から、ケンは依頼は冒険者ギルドを通してから受けることにしている。同じ失敗は2度するつもりはない。

 手続きを済ませた。報酬は何と金貨1000枚もだった。金貨1枚が日本円で10万くらいだったから、計算すると、い、い、一億円!?それでも目標の金貨100万枚には到底足りない。


 「ウ、ウンドウさん、本当に金貨1000枚も払えるのですか?」

 「ああ、成功すればだがね。ある高貴な方がわしの店に養生しておってな。この話は他に漏らさんでくれないかね」

 「もちろんです。お客様の守秘義務を守るのも治癒士の務め。他人に知られたくない病状も、金貨次第で受け付けていますよ」

 「金か。分かりやすいやつだ。お前のような損得で計る人間の方がわしは信頼できる」


 ウンドウの目が一瞬こちらを見て光る。

 それでいい。どうせケンの事を金にがめつい人間だと思ってるだろ。その通りだ。三年で金貨100万枚を貯めなければ、俺は死んでしまう。何が何でも金貨を稼いでやる。そして、あとは適当に遊べるだけ稼いで治癒士の仕事は引退する。そのためにもまずはウンドウの仕事を成功させなければならない。失敗は許されない。


 「ここだ。第一号店『旅人の憩い ランドウ』宿だ」

 

 5階建ての建築。周りの建物は2階あっても3階しかない。立地が『ラレッド交易都市』の中央にあってかなりいいところにある。高級感漂う造りになってる。入口には緑があり、ガードマンの男性が配置していた。

 

 「旅人……ですか?」


 ケンの小声を聞いていたのかウンドウが反応して答えてくれた。


 「よく聞いてくれた。昔、わしの祖先が旅人を相手に宿をしていたのが始まりでな。そのことを忘れないために『旅人の憩い』という名前にしたのだ。歴史は400年前と、この国の建国近くからある由緒正しき――」


 ウンドウの話が止まらない。自分の店の名前の由来から、どんなサービスが受けられるか。他の宿と比べてどれだけ快適であるか等、ずっと話続けていた。


 「あの、そろそろ中へ案内してほしいのですが」

 「すまん。この話は治癒が終わってからじっくり話して聞かせよう」


 話好きな人だと判明した。金貨1000枚の為だ。一日くらいならば話に付き合ってもやるさ。安いもんだ。


 案内されたのは4階。一番上に屋上があるらしい。そこは関係者以外立ち入り禁止となっている。洗濯物を干してたりする場所だ。

 4階は一室しかない。事実上一人のためだけの部屋になっている。


 「見晴らしがいいですね?」

 「それが当店の自慢の一つだ」


 どんどん進んで行くウンドウの後をケンは黙ってついて行く。ウンドウの護衛だった2人の男は、入口で待機している。建物の構造は上に行くほど狭くなる。それでも、それでもだ。4階は広い。一体月にどれくらい費用が掛かるんだろう。そう考えていると目的の部屋に着いたようだ。入口には男が2人無言で立っていた。護衛だろうか。一瞬こちら(主にケン)を鋭い眼光で見て、ウンドウと一言、言葉を交わし横に移動した。

 中にいる者は何者なのか分からないが、富豪であることは間違いないだろう。


 「この中におられる。まずはわしから中に入ってお主の事を告げる。合図したら入ってくれるかね」

 「分かりました。合図があるまで待機しています」


 扉を開けてウンドウが中に入る。中の人物はこちらからだと見えなかった。


 1分経った。

 5分経った。

 30分過ぎた。

 

 「長い」


 思わず声に出してしまい、護衛の男からケンは睨まれた。

 暇つぶしにケンは体を発光させる。ケンの光は明るさや色の調節ができる。体の一部分を光らせたり、全体を光らせたり便利なのだ。

 護衛が眩しそうにして目を手で覆う。


 ん?これは意外と使えるかもしれない。ケンはこの世界は治安が悪いことを身をもって体験している。そこで『光』を最大限明るくして、目つぶし攻撃してる間に逃げたりすることが可能かもしれないと今思った。


 「ケン、入ってくれ」


 やっと部屋の中からウンドウの声が聞こえてきた。

 ケンはどんな人が中にいるのか興味があった。

 奥にベットがあり、白い服を着た男がいた。どこにでもいそうなおっさんだった。


 「君、今失礼なことを考えていたな?」

 「い、いえ。そのようなことは決して(まさか心を読む魔法があるのか?)」


 内心ドキドキしながらもウンドウの説明を聞く。

 このベットで養生している男の名前はラミゲル。38歳。身分は明かしてくれなかったがケンはラミゲルは貴族だと推察した。


 「ケンは【再生】の【治癒魔法】が使えるとは本当か?」

 

 ラミゲルはケンを疑わしそうな眼差しで見る。

 【再生】を使える治癒士は国内でも数人と聞く。それなりに有名なのだ。たいしてケンの名前は少しは知られたと思うがまだまだ知名度は低い。

 おっと、考えすぎていた。


 「はい、俺……、私は【再生】の【治癒魔法】を使えます」

 「無理にかしこまらなくてよい」

 「はっ!。それで俺は何を治せばよいのですか?」

 「目だ」

 「目?」


 ケンは思わず声に出し、ラミゲルの目をじっと見る。

 特におかしなことはないような。

 

 「治癒士でも分からんか。左目が全く見えない。右目も光だけを感知する程度だ。私の目を治してくれ」

 「はあ……」

 「なんだ気のない返事は」


 ケンは説明を求めた。それくらいなら他の治癒士でも治せるのではと。しかし、ラミゲルは理由を決して言わない。

 どうでもいいか理由なんて。ケンは金さえ払ってくれればどうでもよいと気づいた。


 「【再生】は我が師範に【伝授】してもらった【奥義】です。準備に数日はかかります。もちろん触媒となる費用も――」

  

 ケンはいやらしい笑みを浮かべ、これで幾ら手に入るかと計算していた。

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