1話 アルートス伯爵家、長女が、雷魔法を授かったことで皇帝になる
豪奢なシャンデリアが眩しく照らす、アルートス 爵邸の大広間。その辺境から始まる2人の伝説である。
17歳のルミナス・アルートスは、冷徹な視線の群れの中に一人立たされていた。
「ルミナス・アルートス! 貴様のような不吉な『紫電』の力を持つ者は、我がアルートス伯爵家に必要ない。今すぐ辺境の地へと失せるが良い!」
実の父親であるアルートス伯爵の声が、大理石の床に冷たく響く。その傍らでは、義母と異母妹のセレナが、勝ち誇ったような歪んだ笑みを浮かべてこちらを見下ろしていた。
「お父様、お姉様を責めないであげてくださいな。生まれつき『天災の象徴』たる雷属性を宿してしまったのは、お姉様の罪ではありませんもの。……ただ、我が家にこれ以上の不運を呼び込まれては困りますけれど、ね?」
セレナの猫なで声に、伯爵は忌々しげに鼻を鳴らす。
この世界において、魔力は水、火、風、土の四属性が基本であり、それらは人々に恵みをもたらすものとされていた。しかし、ルミナスが宿した雷属性は違った。制御が極めて難しく、ただ周囲を焼き、破壊し尽くす「天災の力」として、特に貴族社会では「不吉の象徴」と忌み嫌われていたのだ。
実母を幼い頃に亡くしたルミナスにとって、この家はもはや居場所ではなかった。何を言っても無駄だと悟っていた彼女は、ただ静かに頭を下げた。
「……仰せのままに。これまでお育ていただき、ありがとうございました」
言い渡されたのは、魔物が跋扈し、草木も生えぬと言われる最果ての荒野――ガルザス領への事実上の追放処分。
持たされたのは、今にも壊れそうな古びた馬車一台と、ごくわずかな身の回りの品だけだった。
王都の重苦しい城門をくぐり、馬車はガタゴトと音を立てて走り出す。
窓の外に広がる見慣れた街並みが遠ざかっていくのを見つめながら、ルミナスは小さく息を吐いた。絶望、寂しさ、そしてどこか、籠から放たれたような奇妙な解放感。様々な感情が胸を過る。
「はぁ……これからどうしようかしら……」
ぽつりと呟いた、その時だった。
「どうしようって、まずは雨風をしのげる場所の確保だろ? ルミナス」
聞き慣れた、けれどこの場所にいるはずのない暢気な声が、御者台の方から聞こえてきた。
驚いてルミナスが窓から顔を出すと、そこには手綱を握りながら、いたずらっぽく笑う同い年の少年の姿があった。
「アルス……!? どうしてあなたがここにいるの!?」
黒髪を無造作に揺らし、琥珀色の瞳を輝かせているのは、幼馴染のアルスだった。
彼は貴族の出ではなく、伯爵家のお抱え職人の息子。ルミナスが幼い頃、周囲から「雷の魔女」と恐れられ、一人で泣いていた時に、唯一変わらぬ笑顔で手を差し伸べてくれた、世界でただ一人の理解者だ。
「どうしてって、お前が追放されるって聞いたから、親父の道具箱からいろいろ引っ張り出してついてきちゃった。ほら、俺ってこれでも『特殊属性』持ちだからさ。王都にいるより、お前と一緒に未開の地を開拓する方が、絶対に面白いと思ったんだよ」
アルスは戦闘向きの魔法こそ使えないが、世界でも数人しか確認されていない超希少な二つの特殊属性――あらゆる物質の情報を読み取る『鑑定』と、無限の空間に物を出し入れできる『アイテムボックス』を持っていた。王都の研究所や大商会から、破格の条件でスカウトが来るほどの天才なのだ。
「アルス……本当に良かったの? 伯爵家にいれば、あなたならもっと良い役職につけたでしょうに」
「お前を一人でこんな場所にやれるかよ。俺の魔法は、お前を支えるためにあるんだからさ」
迷いのないアルスの言葉に、ルミナスの胸の奥がじんわりと温かくなる。
不吉と罵られ、すべてを捨てられた旅路。しかし、最強の相棒が隣にいる。それだけで、これから向かう最果ての荒野が、まるで新しい冒険の舞台のように思えてくるのだった。




