父親、羊の毛刈りの夢をみる
ラスキン博士たちを連れて小屋から出て、予想図を手に改めて西側領地サレルノを眺める。
オールポート伯爵邸を背中にして北側に広げる畑。南側にはクワの林と果樹を植える。
真っ直ぐにハーディング侯爵領へと延びる通りインヴェルノの沿道に花を植え、道行く人の目を楽しませるんだ。
「セシル様。子どもや小動物が飛び出してきたときのため、視界は遮らないほうがいいですよ」
ディーンの忠言を聞き入れて、沿道の花は丈の低いものにしよう。タンポポとかスミレとかパンジーとかさ。
そして、中央には製糸工場、製布工場。川は少し川幅を広げてその近くに染色工場。
カイコの飼育場とラスキン博士の自宅兼研究所もちゃんと建てますよ。
住人のほとんどはここで働くことになるから、社員寮、社宅として住居を提供する。ここの住人はまともに働けない事情を抱えているから、その人に合った仕事をちゃんと斡旋しないとね。
子どもがまだ幼い一人親の場合は保育所を作ることで解決。そのお世話係は高齢で身寄りがいない、または悲しいけど家族から見放された者たちに任す。子育てだけでなく人生経験も豊富だから、よい相談役となるでしょう。元気だったら軽作業も手伝ってもらえばいいし。
体に事情を抱えている場合でも、できる仕事はいっぱいあるはずだ。足を悪くした大工が細工物や家具、仕事道具を作るのは、なかなかいいアイデアじゃないかな? そうそう、子どもが遊ぶ玩具を作ってもらってもいいよね!
「セシル様。具体的なことは後でゆっくりと窺いますから」
ひそっとベンジャミンが耳打ちしてきたのに、ひゃあっと背中に冷たいものが伝った。
うっ、これもまた商業ギルド案件なのか……。
ここに不法に滞在している税金未納な領民だけでは足りないから、工場が本格的に稼働するようになったら、人を雇わないとな……。
「そのときが一番難しいでしょうね。余所者とここの半端者がうまく嚙み合うことができるか……。揉め事が起きるのは避けられないでしょう」
「しょうがないよ。お互いぶつかってわかり合うこともあるでしょ。俺は利権に群がってくる輩の排除に集中するから、住民同士のじゃれ合いは博士に頼むよ」
俺がラスキン博士の背中をポンポンと親しみを込めて叩くと、彼はフルフルと頭を軽く振って「仕方ないですな」と呟いた。
すまないねー、貧乏クジで。でもそれさえ乗り越えれば、ここサレルノは大きく発展していくと思うんだ!
「では、騎士団も整えないといけませんね。こちらへ派遣する騎士も必要ですし」
「そうだよな。いつまでもハーディング家の騎士さんを借りているわけにはいかないもんね」
チラッとシャーロットちゃんへ視線を送る。せめてシャーロットちゃんの護衛騎士は専属騎士を任じないとダメだ。嫁入り前だし、レツクス先生という怪しい虫が周りをうろちょろしているしな。
また一つ、白豚の仕事が増えたぜ。オールポート家の元騎士団長……行方不明なんだよ。こいつが出てきたら話は早いんだけどな。
「思ったより壮大な企画で驚きましたが、本当にこのように手を入れるつもりですか?」
「なんだよ、ラスキン博士。信じていなかったのか? そもそも博士がカイコの繭から糸を取り出すことができたから、ここに手を入れることができるんだぜ? しかも資金はハーディング侯爵様が出してくれる。共同事業だから、半分はいずれ利益から返していかないとダメだけど、どうせ人の金なんだからパアーッと派手に使おう。大丈夫、真面目に働いたら返せるさ」
ま、返すのはオールポート伯爵の俺だけど。シャーロットちゃんの時代までにはしっかりと返すよ。半分の半分は兄上からのプレゼントとして俺へ贈られるから、実質は費用の四分の一が借金だ。
……兄上、ブラコンが過ぎないか? セシル君はもう天使ではなく、立派な白豚なのだが?
そうして、ラスキン博士は予想図を手にここの住民を説得し、俺との接見ができるように計らってくれることになった。
よしよし、順調、順調。
「あー、これで羊毛も手に入れられたら完璧だけど……さすがに羊は飼えないよね」
なんとなく零した希望。羊の毛刈りの経験はないが、一度あのモコモコの毛を刈ってみたかった……。
「羊? カラーシープのことですか? あいつらは魔獣の中でも大人しいですから飼えばいいじゃないですか? カラーシープの毛で糸を撚るんですか?」
「……なに、カラーシープって?」
そんな、おもしろ動物がこの世界にはいるのか?
結局、サレルノから見える山にカラーシープの群れが生息しているらしく、生け捕りにしてきてくれるそうだ。
なるべく、いろんな色の羊を捕ってきてくれ。……え? 羊さん一色の毛じゃないの? はああああぁぁぁっ? グラデーションになってんの?
ああ、まあいいや。それでも赤系とか青系とかあるんでしょ。なるべくいろんなパターンの羊で頼むよ。
こうして、サレルノの畑の一部に羊牧場が誕生することになった。
編み物工場も作ろーっと。
こうして屋敷へとホクホクと満足した俺が馬車に乗っているとき、もう一台の馬車に乗ったシャーロットちゃんはマリーとの会話を楽しんでいた。
マ「シャーロット様。本当に本当に、あの虫……かわいいと思っています?」
シ「ええ。ムニュっとしていて柔らかくて、真っ白で、とってもかわいいわ」
マ「……虫ですよ?」
シ「だって……。だって……。お、お父様に似ているんですもの」




