その頃、リヒトは……?
リヒトはタタタッと軽快に走っている。
オールポート領の領民は皆、呑気者なのか、仔狼が走っていても気にしていない。拓海が治めている場所だからお人好し度が上がったのか、危なっかしくてしょうがない。
理人は、領地を野放しで走る自分の姿が、ちょっと色味が珍しい仔犬がのほほんと走り回っていると周りに見られてると思っていた。実は、オールポートの領民はただの狼とは思えない獣だと警戒はしていた。ただ、この狼もどきの飼い主が領主であるセシル・オールポート伯爵だと知っていただけ。
領民は一時期、増税で苦しんだが、オールポート伯爵が表に出てくるようになって暮らしやすくなったと、喜んでいる。オールポート伯爵の信頼度が爆上がりしていたからで、別にお人好し度が上がっているわけではない。
拓海は領地の南にある農地へと視察に出かけている。もちろん、自分もこの後、追い駆けていくつもりだ。この仕事が終われば。
仕事……ではないが、理人は拓海が自分を頼って任せてくれた大事な任務だと思っている。
それは、サレルノの見回りだ。主に果樹と魔虫蜂である。果樹は実った果実を盗られないように守り、魔虫蜂は蜂が街道を通る人を襲わないように躾るために。蜂はボコボコにしておいたので、余程のバカじゃない限り自分を裏切ることはない。時折、花の蜜じゃなく、果実を啜ろうとするバカに蹴りを入れる仕事は発生するが。
今日も今日とて、タッタタカターとひとっ走りサレルノまで赴き、あちこちを走り回って安全を確保して、愛しき拓海の元へと戻るのだ! 途中、サレルノの住民からもふられたり、食べ物を食べさせてもらったりもするが……甘んじて受けている。
もふるなっと威嚇したら拓海が怒るだろうし……食べ物や水も人の善意を無視したら拓海に軽蔑されてしまう。たとえ、人から狼、それも魔獣となっても、理人の行動指針は拓海のままだった。
フフーンと今日も仕事をやり切ったと鼻歌交じりに走っている。サレルノからオールポート屋敷、クレモナでプリマヴェーラ通りを南へ直進。そうすればリグーリへと辿り着く。
理人は油断していた。貴族社会で腹黒いやりとりが横行する王都、荒くれ者が多く魔獣が出没したヴァゼーレ。そして大嫌いなルーカスとかいう騎士の故郷ウェントブルック辺境伯領では、馬の魔獣が多数出現した。そんな危険極まりないところに比べれば、クレモナやリグーリは穏やかだったからだ。そりゃ、油断もする。拓海も毎日気が抜けた顔で過ごしていた。唯一、機嫌が悪くなるのは今生でできた娘の婚約話のときだけだ。
いい天気だな~っ。
夏になり、空が青く雲が白い。キラキラと陽光は輝き涼風が体を優しく撫でる。
ご機嫌で走っていた理人は、リグーリに着き拓海の姿が消えパニック状態になっているディーンたちの姿を見て、呆然とした。拓海が消えた? 自分の領地で、いつも一緒のディーンも置いて? 護衛も連れずに? どこへ行ったの?
ガルルッ。
違う。消えたんじゃない。拓海は誰にも言わずに姿を消すなんてことはしない。そんな無責任なことはしない。だったら……、そう、拓海は俺の愛しい人は誰かに連れ去られたんだ!
ゴトゴトと音がする。
体が揺れる。
手も足も動かない。縛られている?
そして、目隠しをされているのか真っ暗だ。
……首が痛い。ズキズキする。
失神させるため手刀を入れられた首の痛みが酷い。
どこに連れて行かれるのか不安だし、動けないし、首は痛いし……。
もう泣いてもいいかな?
セシルはズビッと鼻を啜った。
だって、泣きたくもなるだろう?
俺を失神させて攫ったのは……護衛騎士であるハリソンだから。
なんでだよ、ハリソン。
あのバカヤロウ。




