領主、実情を知ってガックリ
リグーリはオールポート伯爵領だけでなく、近隣領地の食を支える農地。麦を主とした農作物が育つ、ほのぼのとした場所である。祖父ちゃん家を思い出す原風景。心が洗われますな! 特にプレイステッドの黒蛇を見たあとでは。
当然、田舎の祖父たちがお茶を飲みながら和気あいあいと世間話に花を咲かせる、そんな対面を想像していた。ま、まさか、こんな重い空気の中でチクチクと責められるとは……ぐうっ、ストレスで胃が痛い。
「聞いていらっしゃるのですか? なぜ西リグーリに役所と騎士様詰所ができるのです? それは些か公平さに欠けるのでは?」
プンプンと怒って声を荒げているのは東リグーリの農家をまとめる村長だそうです。その東リグーリの村長の真正面に座り、むっつりと黙っている威厳のあるおっさんは西リグーリの村長。二人の争いに巻き込まれないよう、やや離れた席に座っている背の高いおっさんは南リグーリの村長らしい。ここ、リグーリは広大な農地であり、それをだいたい三分割にして三人の村長たちがまとめていた。ただ領都クレモナに繋がる街道プリマヴェーラが通るのは西リグーリだし、東リグーリには大きな町も通りもないから、クレモナからは行き来がしにくい場所なのだ。
で、それが気に食わないと東リグーリの村長はお冠りである。……もう役所も騎士の詰所も建ててちまったのに、今さら文句を言うなっと言いたい。
だが、俺は領民の細やかな陳情も無にしないと、黙ってお茶を飲んでいる。……このお茶、紅茶じゃないな? あれか? 麦茶かな? 久しぶりに飲んだよ。うまうま。やっぱり夏は麦茶だよねぇ。
「セシル様。《《これ》》……どうするんです?」
ツンツンと脇腹を突いて訊いてくるクラークに、俺は口を歪めた。そんなこと、俺が知るか。投げ出したいが……ここで仲間割れになっては今後が困る。つまり……建てればいいんでしょ? 役所と騎士の詰所を。
「ふーっ。チャールズ。リグーリの地図をここに広げてくれ」
「はい」
バサバサッと広げられたのはリグーリの地域だけの地図だ。ほとんど農地だから地図と言っていいのか迷うが、地図です。三人の村長がまとめるそれぞれの地域は色分けしてある。大きな街道は西リグーリに、川が流れるのは南リグーリで、南リグーリには畑だけでなく果樹園もあり牛と豚と山羊がいる。そう……麦の収穫は一番多いが、本当に農地しかないのが東リグーリなのである。
「ふむ……。チャールズ、それぞれ事前に改善してほしいことを聞き取りしておいたよな?」
コクリとチャールズが頷いて、どこからかかなりの量の紙の束を出してきた。三人の村長たちは寝耳に水の状態だ。
「悪いな。村長ごしに領民の言葉を聞いては不足があると思い、領民に直接聞いた。許せ」
お前たちが不都合な意見を握りつぶすことも考えたし、俺に対する不敬だとして意見を調整するかもと危惧した結果だ。誰が聞き取りしたって? それは役所と騎士の詰所を建てている大工に扮装したレナードの部下たちだ。いい具合に平民っぽいから、特別任務を与えてみたのだ!
「どれどれ……」
三人の村長もゴクリと緊張して紙の束を見つめている。大丈夫、大丈夫。お前たちが不当に領民たちを扱ってなければ、ここには何も書かれてないはずだから。
「ふうっ」
俺はテーブルの上で両肘をつき両手で頭を抱え込んだ。
田舎暮らしって大変だなぁ。……うん、まずは物資だ、物資。麦を育てても服や鍋が畑から生えるわけないし、子どもの教育だってままならない。オールポート伯爵領の忘れられていた領民はサレルノだけだと油断してたわーっ。
「セシル様……?」
オロオロとしているクラークをチラリと見る。この状況を報告しなかったクラーク。てっきり、リグーリはコーディ一味に踏み荒らされず、穏やかに過ごしていると思っていた。だが、クラークを糾弾するのも間違っている。この世界の常識ではこれが当たり前だから。
「とりあえず、東リグーリにも役所と騎士の詰所を建てる」
「おおーっ!」
東のおっちゃん喜ぶのはまだ早い。南リグーリとの境目近くに建てます。騎士団の巡回隊のルートを再構築して、東リグーリに建てる施設は一つ。騎士の詰所に東リグーリの領民で役所の仕事ができる奴を配置。難しいことは西のチャールズが処理するので、東リグーリはつなぎ役として読み書き計算ができる人でいいだろう。
そして……東西の役所前広場にて定期的に市場を開く。リグーリの農作物を領都クレモナの市場で売りさばいているけど、今度は反対にクレモナ商店街の商品をリグーリの市場で売る。どうやら、クレモナに農作物を売りに来ている者も必要物資は買って帰っているらしいが、積荷容量の関係で本当に必要な物だけらしい。しかもリグーリ全体の必要な物を二、三台の馬車で。無理でしょう?
「これからは、クレモナで売られている物。衣服も金物も本も文具も。それと菓子も市場で売る。リグーリでは貨幣のやり取りができる領民が少ないかもしれないから、物々交換を認める。あと……ゆくゆくはサレルノの糸や布、ヴァゼーレの魔道具も市場で売買できるようにしよう」
俺の言葉に三人の村長の口は開いたまま閉じることはなかった。そして、農産物と貨幣の両替を命じられたチャールズもどこかへ魂を飛ばしていた。
しょうがないじゃん。頑張れ! チャールズ。




