伯爵、ハリソンの過去を聞く
ちょっといい雰囲気で話は終わりかなぁと俺が息を吐いたタイミングで、ヴァスコの最後の爆弾が落とされる。
「セシル様の記憶が戻ったあと、ベンジャミン殿たちがどうなるのかも楽しみですしね」
このサイコパス野郎! え? ベンジャミンたちどうなるの?
ヴァスコ曰く、セシル君は自分の人生設計を狂わした奴を許さないだろう。しかし、その主要人物のほとんどは墓の下である。残っているのは直接は関わっていないけど、自分をオールポート伯爵家の犠牲にした点では同罪の……。
「いいんじゃないんですか? 親父もライラさんもハリソン団長も、ちゃんと罰は受けるべきです。親父は特に、記憶のなくなったセシル様のこともいいように利用してましたしね」
ケッとディーンが吐き捨てるように言うが、利用したのは俺も同じなので、そこはスルーしてくれ。セシル君がベンジャミンたちに罰を下して鬱憤を晴らしたいなら止められないが……うむ、軽くしてくれるよう念じておこう。
「ハリソン……。そういえば今回の護衛にハリソン団長はおられませんでしたね」
ヴァスコの疑問にはディーンが懇切丁寧に答えてあげる。そしてヴァスコの口から意外な情報が……。
「ハリソン殿は剣術大会で名を挙げてオールポート伯爵家に仕官することになりました。このときも先々代が声をかけたのです。彼は騎士団に入団するので領地行きでしたから、私と対面することはありませんでしたが、お調べはしましたよ」
ヴァスコの調査……ゴクリ。知られたくないこともビッチリと調べられてそう……怖い。やっぱり、ヴァスコは怖い。
ハリソンが剣術大会に出る前、それはレナードが話していたとおりその日暮らしの傭兵稼業だった。傭兵が多いのは当然血生臭い場所に限り、この国ではウェントブルック辺境伯領の魔獣討伐とプレイステッド辺境伯領での海賊・山賊狩りである。ちなみに実入りがいいのはプレイステッド家。討伐、掃討の依頼料プラス盗賊の賞金とこっそり懐に入れる盗品のためだ。
しかしハリソンはどちらかの辺境伯領で荒稼ぎしたあと、数年大人しくしており、突然剣術大会に参加し貴族の子飼いとなった。ディーンはオールポート伯爵家にハリソンが仕えたころはまだ幼く記憶が曖昧だと言ってたし。
「そうですね……私が聞いた話でも乳飲み子を抱え仕官したとか……。奥様の話は聞きません。亡くなったとも別れたとも聞いてません」
「どんな女性だったかも知らないのか?」
俺の疑問に二人は沈黙で答えた。ハリソンの奴……意外と秘密が多い奴だったなぁ。俺はズズーッと冷めた茶を音を立てて口に運びながら、ハリソンの豪快な笑い顔を思い浮かべていた。
……このあと、ヴァスコに行儀が悪いと暫し小言をもらうことになる。
「よしっ! では、夜会に行ってくる」
ライオネルがチクチクと縫ってくれた盛装に身を包み、馬車へと乗り込む俺、セシル・オールポート伯爵。ディーンを従者に、屋敷留守番組の愛娘シャーロットちゃんとヴァスコに別れを告げ、いざ王城へ!
今回の夜会ではソロ参加。エスコート役がいません。会場では兄上とイライアス様とご一緒できるが、入場は一人きりです。父上はヴァゼーレに行っている。……ハーディング侯爵領の仕事ではなく、ご自分の趣味のためヴァゼーレに行っている。
セシル君の記憶がない俺は知らなかったが、父上は侯爵家を継がなかったら魔道具職人になりたかったらしい。なので、侯爵を引退したいま、魔石鉱山と魔道具工房に夢中なのである。ハーディング侯爵家に帰ってきたと思ったら、俺がウェントブルック辺境伯領から魔道具職人を呼んできたと聞いて、またまたヴァゼーレに行ってしまったらしい。
父上……俺のエスコートは……。兄上も苦笑しながら、仕事ばかりだった父上のご褒美とばかりに許容しているから、俺もエスコート如きで文句は言えない。あ? ルーカス? あいつは今夜は護衛の任があるそうだ。頼んでもいないのに、エスコートができない詫び状が送られてきた。なんだ、あいつ。俺の話、理解できてなかったのか? セシル君の記憶が戻るまではいいお友達でいましょうね? って悪女ばりのセリフを吐いてやったのに。
だが、しかし! 今日の俺はチョーご機嫌なのさ。
「セシル様……本当に瘦せられましたね? 今夜のお衣装がダークネイビーのせいか、グッと体が引き締まって見えます」
「え~、そうかなぁ? ディーンもそう思う?」
ふふふ、ライオネルめ、いい仕事をしたな! オールポートに戻ったら褒めてやろう。濃い紺色の上下にサレルノのカイコ糸で刺繍をされた盛装は白金髪紫眼の俺にピッタリ。いや~ん、俺ってば麗しい……。アカン、ナルシストの気持ちが理解できてしまふ。
「ちょっと、セシル様。せっかくビシッと決まっているのに、不気味な顔で笑わないでくださいよ」
「なんだとぉ、失礼だな!」
プクッと頬を膨らませディーンからプイッと顔を背ける。
段々と藍色に染まる空を見つめながら、俺は気楽に参加した夜会でバケモノと会うなんて予想も想像もできなかったのだ。




