伯爵、ヴァスコの詰問?
俺ってば痩せたのね、と浸れる瞬間がいくつかあるが、馬車に乗るときもそうだ。あれだけ俺の顔を見てはこの世の終わりと絶望顔を見せていたお馬さんが、いまや早く乗れよとばかりにドヤ顔で片足を曲げて「ヒヒン」と嘶く。白豚を乗せるときの悲壮感など微塵も感じられない。生物的にもお馬さんが豚さんを乗せるってプライドが許さないものね。
俺以外の同乗者も認めてくれるので、ディーンは一緒の馬車で移動することが多くなった。もちろんリヒトも。今回はノーマンも同行するので、馬車に乗るよう誘ってみたが、顔を青くしてブルルと頭を高速で横に振り使用人が乗る馬車の御者席へと走っていった。
「なんじゃ、ありゃ」
「気にしなくていいですよ。ノーマンはセシル様じゃなくて俺と一緒なのが気まずいんです」
従者のくせに俺より先に馬車に乗り込むディーンに、小言のひとつでも言ってやろうかと思ったが、先日耳にしたディーンの生い立ちを思い出し、ギュッと口を噤んだ。
とにかく、王都へ出発だーっ!
……半日馬車に揺られて到着。
そんなに気合いを入れなくてもいい距離でした。王都の屋敷の門扉を潜りタッタカタッタカと馬車が進み屋敷の正面でストップ。下りたそこには王都屋敷の執事、ヴァスコがピシッとした姿勢でお出迎え。
「やあ、ヴァスコ。ご苦労様」
「お帰りなさい、セシル様」
ヴァスコの後ろからサァーッと王都屋敷の使用人たちが動き出し、馬車に積んだ荷物をテキパキと運びだす。シャーロットちゃんもヴァスコと挨拶を交わしたあとは、マリーとメイと一緒に部屋へ移動してもらった。彼女には、王都で開く予定のお茶会絡みの手紙が何通か届いており、その返事を書いたり、部屋を快適に整えるための指示など細かい仕事が待っている。シャーロットちゃんと落ち着いて会えるのは夕食のときかな?
「ノーマン」
「は、はいぃぃっ」
ノーマン、声が裏返ってるぞ? ディーンも義弟のやらかしに額に手を当てて「あちゃ~」の表情。ヴァスコはそんなノーマンにゆっくりと語りかける。
「ここでの采配を覚えるために、しっかり教えますので、泣き言を言わずについてきなさい。まずはセシル様の執務室を整えてきてください」
「は、はい。はいぃぃぃっ」
まだ、何も始まってないのに半泣きでバタバタと走り去っていったが……まず執事が走っちゃダメなのでは?
「セシル様にはサロンでお茶でも」
「……ああ、わかった」
こりゃ、何か話があるな? どれだろう? ヤバイ、怒られそうなネタがありすぎてどれだかわからん。ビクビクしながらヴァスコについて屋敷内を歩き、サロンのソファーに座ったときには、腹は決まっていた。うん、謝ろう。とにかく謝ろう。言い訳するとさらに怒られることは前世で学習済だ。
「よしっ」
パンッと両手で頬を軽く叩くと、お茶を淹れていたヴァスコが驚く。目がほんの少し見開いたから、驚いたんだろう。リアクションが薄い奴だ。
ヴァスコはそのまま立って話を始めようとしたので、対面のソファーに座ってもらった。一人だけ座って茶を飲みながら怒られるのって、さすがの俺の図太い神経でもビビるから。お願いだから座ってお話しよう?
「それでは……セシル様」
ゴクリ。
「ルーカス・ウェントブルック副団長様とはご結婚されるので?」
「ブッバーッ!」
やべっ、とんでもないところからきた攻撃に、思わず茶を噴いてしまった。テーブルの上がお茶まみれ……すまん。ディーンが素早くテーブルと俺の顔を拭いてくれるけど、順番が違くない? 俺の顔を拭いてからテーブルでしょ? しかも同じフキンで俺の顔まで拭いてない? おいこら、ディーン!
「そのご様子ではルーカス様との話は進んでないのですね?」
「……進むもなにも、俺とルーカスはそういう関係ではない」
何も疚しい気持ちはないのだが、もにょもにょとしてしまった。俺の意識が消え、セシル君が戻ってきたら結婚するかもしれないが、俺のときはやめてくれ。理人の顔面で慣れていたからイケメンには耐えられるが、ルーカスの色気マシマシ美貌でガンガン口説かれたら腰から落ちてしまう。
「いいでしょう。それでは、シャーロット様の婚約の話は進めてよろしいのですね?」
「……っ! ぐぅぅぅっ、いいぞ。嫌だが、本当に嫌だが……腸が煮えくり返るが……いいぞ」
「むしろ反対してますよね?」
俺が血を吐く思いでシャーロットちゃんの婚約ゴーサインを出したのに、ディーンの奴が俺の本心をバラしやがった。くっそう。
「ディーン。貴方もセシル様の従者なのですから……。ふむ、貴方もいい機会ですし、王都屋敷の采配を学んでみますか?」
「俺が? いえいえ、オールポート伯爵の次期執事長はノーマンです。俺は臨時の雇われですから、お気になさらずに」
ニッコリとわざとらしい笑顔でヴァスコの誘いを断ったディーンだが……本当に嫌なのか、義弟のノーマンに遠慮してるのか、パッと見じゃわからんなぁ。
「ディーンはいつまでオールポート伯爵家に仕えるつもりですか? シャーロット様が爵位を継いだ後はどうするのです?」
好々爺の微笑みを浮かべるヴァスコだが、その瞳はギラリと光っている。お、俺の話が終わったなら……部屋でゆっくりと休みたいなぁ……ってダメだよね?
「シャーロット様が伯爵位を継いだなら、執事長の職も父からノーマンへ……いや、今のノーマンだとまだ無理だから、数年の内にはってカンジですかね」
「そのとき、お前はどうするのだ? もっとハッキリ言えばセシル様の記憶が戻られたら、お前はそのまま仕えられるのか?」
「そ、それは」
ディーンがチラリと俺に視線を寄越すが、その問に俺が答えることはできない。なんせ、セシル君の意識が戻ってきたら、俺は消えてしまうのだから。




