悪友、三人の再会
目当ての人物に逃げられ、気持ちが消化不良を起こしている二人は、憮然とした表情で自分たちの邪魔をした男を探した。
「いた。おーい、ルーカス」
サイラスの呼びかけにクルリと振り向いた美丈夫は、長年の友の顔を見て破顔した。
「サイラス、ヴィヴィ」
いつもは厳めしく引き結ばれている唇から優しい声が紡がれて、ルーカスと呼ばれた男の側にいた彼の部下はギョッとした顔で上司の姿を凝視する。
「ルーカス」
「久しぶり、ルーカス」
秋の社交シーズンごとに王都に来ている二人にとって、旧友との再会は一年ぶりになる。
「ひどいな。セシルとの逢瀬を邪魔したのは、お前のところの騎士だろう?」
目をギロリと鋭くして問い詰めるのはサイラスで、ルーカスの後ろに見慣れない騎士たちがいるのに恐縮しているのはヴィヴィアンだ。
「……セシルに絡むな」
「また、そんな甘いことを言う! いいか、あいつは私たちに何も告げずに卒業間近の学園を去り、あんなに嫌がっていた女と結婚して子どもまでもうけたんだぞ! しかも領地に籠って王都には来ないわ、私たちと会おうともしないわ。知っているか? セシルの奴、実家のハーディング侯爵家とも没交渉だったらしいぞ」
サイラスはイライラを隠そうともせずに右手の爪を噛みだした。
「例の後妻の件も片付いたみたいだ。どうもオールポート家はタチの悪い奴らが巣食っていて、使用人たちがハーディング侯爵家の協力を得て追い出したって」
ひょことサイラスの背中から顔だけ出してヴィヴィアンが報告する。
「……そうか。領地が落ち着くなら、よかったことだ」
昔の恋人、しかも婚約間近で他の女と結婚し、子どもまでもうけた裏切り者のことを、心底心配しているお人好しの友人に、思わずため息が漏れる二人だった。
「いいのか? お前、まだセシルのこと……」
サイラスは最後まで言えずに視線を足元へ落とす。ルーカスは小さく笑うだけで答えない。
「でも、本当にあいつがセシルなの? だって……ずいぶんと変わってしまっていたよ?」
ヴィヴィアンの困惑した声にサイラスはむっつりと黙ってしまう。
学園時代のセシルは美しかった。容貌が美しいのはもちろん、その存在が光輝いているようだった。入学してすぐに注目され、何人もの生徒に愛を囁かれた。そして、その恋心は砕かれる。ぐしゃぐしゃに、完膚なきまでに粉砕された。
セシルの外見に引き付けられた者たちは、彼が持つ毒に犯され精神が瀕死の状態となり果てる。
そのセシルが……ぶくぶくと太って、美しい顔が脂肪で埋まっていたのだ。別人と疑われても仕方ない。
「あの太りようでは、別人だと言われても納得してしまう。だが、髪の色と瞳の色は同じだし、なによりも夜会ではハーディング前侯爵様がエスコートしていたし」
「セシルは何も変わっていないよ」
ルーカスの言葉に、サイラスとヴィヴィアンの思考がピタリと止まる。
「「え?」」
ルーカスは微笑んでかつての恋人を語る。その後ろにいる騎士たちは、鉄仮面上司の微笑みに阿鼻叫喚である。
「サラサラの輝く髪も潤んだアメジストの瞳も。不満そうに尖らす唇も戸惑いがちに伸ばされる指も……何もどこも変わっていないよ」
そんなバカな……と思っても口に出せないまま、サイラスとヴィヴィアンはうっとりと目を閉じるルーカスの前から離れることはできなかった。
「何を見ている」
グスッと鼻を鳴らしているのに、キッとこちらを睨みつけてくる紫色の瞳に何も言えなくなった。
辺境伯の息子として厳しい訓練に明け暮れていた自分は、周りの同年代の男よりも強く優れていると自負していたのに、たった一人で月の光を浴びてこっそりと泣いている奴の瞳に射抜かれてしまった。
もしかして……人ではない? 月の精霊か、それとも人を惑わせる魔の者か……。
「えっ……と、このような場所で一人でいるのは……危ないのでは?」
親切心で言葉をかけると、その人ではないかもしれない奴は、ハッと鼻で笑った。
「まさか、貴族子女が通う学園の、警備の厳しい寮内の裏庭で、月の明るいこんな晩。いったい、何が危ないって?」
挑発するように見上げる奴の顔が月と星の光に照らされると……もう、何も考えられなくなる。カァーッと全身を巡る血が熱く鼓動はうるさいほどに速くなった。
「いや……でも……」
うまく言葉が出てこない俺の姿を値踏みするように見つめ、ふむと頷くと急に座っていたベンチから立ち上がった。
「君はずいぶんと親切な奴らしい。変なことは考えていないようだ。すまなかったな、心配してくれたのに失礼な態度だった」
「へ?」
人ならざるような儚く美しい存在が、血が通った人へと変貌を遂げたみたいに、印象がガラリと変わった。表情もツンとしたお澄まし顔から、ニヤリと悪戯っ子のような親しさが含まれたものに変わる。
「今年入ったセシル・ハーディングだ。よろしく」
サッと目の前に差し出された白い手を、無意識に握り返した自分の行動に驚く。ジッと握っている手を見ていると、呆れたため息が月の精霊、セシルの口から漏れた。
「おい、お前の名前は?」
「ああ……ルーカス。ルーカス・ウェントブルックだ」
「ウェントブルック……。ああ、辺境伯の次男って君のことか」
セシルから羨望の視線を浴びた俺は誇らしい気持ちと恥ずかしい気持ちが半々で、どう返していいのか狼狽える。でも握った手は離さなかった。
「……ルーカス。僕がここで泣いていたことは内緒だ。いいな?」
ズイッと下から見上げられて、俺はぎこちなく頷いた。
これが、最愛の人、セシルと俺の出会いだった。




