伯爵、友達が欲しい
ガタンゴトンと馬車に揺られながらぼんやりと外を眺める。
秋の社交シーズンを無事に終え、俺は帰路についている途中だ。父上と兄上の協力で、糸やら布やらが作れるようになったときの販路が期待できる貴族たちと知り合いになれたし、シャーロットちゃんには素敵なお友達ができた。
同行したクラリッサ女史やレックスにも意義のある王都滞在となったし、いつの間にか王都に先乗りしていたラスキン博士や薬師の婆さんにも実りのある旅となったみたい。
俺個人としては、おっさん王子……第二王子のダドリー殿下と交流を持てたことだな。正直、良かったのか面倒が増えたのかわからんが……。
だって、あいつほぼ毎日のように手紙を寄越すんだぜ? 俺に密に手紙を寄越すのは兄上だけだったが、今回の王都滞在中に、文通相手がおっさん王子と父上が増えた。しかも、三人とも筆マメなのね? と引くぐらいの頻度で寄越しやがる。
しょうがないから、お友達と文通するシャーロットちゃん用と俺用に、オールポート家の紋章入りのレターセットを大量に作ったよ! 俺は素っ気ない白い便箋でいいけど、シャーロットちゃんは女の子だし、かわいいのがいいだろうと、透かし模様とか季節の花の押し花入りとかグラデーションとか注文してたら、全部が商業ギルド案件だった。
忙しいんですけど? 白豚伯爵が、意外と忙しいんですけど? 社畜の畜の字の意味が変わってきちゃうでしょ。あれは白豚を指す字じゃないのよっ。
シクシクと忙しさを嘆きつつも、ロイヤリティという小遣いには心躍るので。
問題は……夜会で接触してきたセシル君の昔のお友達だよな。
夜会から帰った俺は、ヴァスコに身辺調査書の正確さを褒め、セシル君の二人の友人について聞きたいことがあると、執務室へ連れ立った。
「あのさ、サイラスとヴィヴィアンってここを訪ねてきたことがある?」
執務室のソファーにだらしなく、ぐでぇと座る主人に冷たい視線を投げたあと、ヴァスコは昔を思い出すため目を静かにに閉じた。
「そうですね。お名前は聞きませんでしたが、十四、五年前にこちらの屋敷にセシル様を訪ねていらっしゃった方がおりました。まだ若い男性の二人組でしたね。かなり乱暴なご訪問で、制止する使用人の手をふり払って屋敷内を好き勝手に探し回っていきました」
ヴァスコは不快そうに眉を顰めて話す。十四、五年前ってセシル君が罠に嵌って結婚しちゃった後だね。サイラスたちはセシル君とオールポート伯爵令嬢との結婚を知って、まずはハーディング侯爵家へ確認しに行った。そして、その話が真実だとわかると、セシル君に事情を聞こうとオールポート家の王都屋敷に押し入った、と。
「ベンジャミン、領地の屋敷には俺を訪ねて誰か来たか?」
せっせっと白豚から、上着やらタイやらを脱がしていたベンジャミンは手を止めて、う~んと考え込む。
「……すみません。そのころはまだ父が仕切っていましたし、お嬢様が訪問客の対応をしていました。たぶん、いらしても門前払いだったのでは? 私が屋敷内を掌握してからは、誰もセシル様を訪ねてはいらっしゃってません。そのころには、ハーディング侯爵家からの手紙も届かなくなってました」
「そうか……」
セシル君が、毒親である自己愛強めの母親とストーカー気味のオールポート伯爵令嬢に嵌められ結婚したあと、諸々の事情に打ちのめされて部屋に引きこもっていたころ、父上と兄上はセシル君を助けようと必死に働きかけていた。
でも、本人であるセシル君が動かない。何度も手紙を送っても返信はない。オールポート家を訪ねても格上の侯爵家を閉め出す傍若無人ぶり。そのうち、シャーロットちゃんが生まれて、ハーディング侯爵家は静観することにした。
……バカだよなぁ、セシル君。
そりゃ、好きな人と婚約寸前でウキウキなときに、天国から地獄の出来事だったろうけど、ちゃんと君を助けようとしてくれる人たちはいたんだぜ?
素直に「助けて」って手を伸ばせばよかった。難しいことなんて考えずに「助けて」って叫べば、きっと父上が兄上が、友人たちが、恋人が、君を助けてくれたのに。
「ふうーっ。今さらか……」
俺は顔を天に向けて息を吐いた。
俺に十五年以上前の不誠実な行動を責めたあの二人。自分たちの友情が裏切られた気持ちもあっただろうけど、ギャーギャー言っていた内容のほとんどは、セシル君に裏切られたことになっている恋人ルーカスのことだった。それぞれの仕事があり領地も遠く、きっと秋の社交シーズンでしか会うことはできないのに、大切な友人のために、セシル君を責めていたんだ。
いい友達じゃないか。
「セシル様。いかがいたしますか? そのお二人が訪ねていらっしゃったら、お通ししますか?」
俺はゆっくりと首を横に振る。
「いいや。セシル・オールポートに学生時代の友人はいない。そう断ってくれ」
「よろしいのですか?」
ベンジャミンの心配そうな声に俺はクッと口端を上げた。
「しょうがないだろーっ。俺には記憶がないんだ。そいつらと友人だったときの記憶が。下町のデブのおっさんなら笑い話でも、貴族の俺には致命的な醜聞だ。隠し通すなら接触は絶つべきだ」
俺には、セシル君の記憶がある演技は無理だ。夜会での短い時間でさえ、心臓が破裂しそうにドキドキしたのだから。
「……ちょっと残念だけどな」
白豚だって、お友達はほしいのですよ……とほほ。




