伯爵、夜会へ向かう
信頼する使用人、愛する娘に見送られている俺……とうとう、今夜は王家主催の夜会です。
「お父様、これ……」
シャーロットちゃんが恐る恐る俺へと差し出したのは、刺繍を頼んでいたハンカチーフだ。
「ありがとう。きっと父上も喜ぶよ。俺の服にも刺繍をありがとう。夜会には行きたくないけど、この刺繡のおかげで頑張れそう」
俺の夜会服はイライアス様のデザインで、ライオネルの指導の元、サレルノの住民たちが作ってくれた。膨張色は避けて、瞳の色と同系統の紫色の夜会服。どこのホストの衣装だよと、布の色を聞いたときはうんざりとした気持ちだったが、実際は濃い紫でほとんど黒に近い。暗紫色とでもいうのか? 渋い色にボタンとかは白っぽい銀色。服の袖や裾には、白いキラキラした糸でささやかな刺繍が施してある。
この刺繡糸は、実はラスキン博士が試作で紡いだカイコの繭糸、つまりシルクだ! 染色する時間がなかったので、白いままだけど、ちょっとキラキラしてます。
白豚にしては、分不相応で豪華な衣装であり、領民と愛娘の気持ちが籠った素晴らしい衣装である。えっへん!
んで、シャーロットちゃんにお願いしていたのは、ハーディング前侯爵の父上へのプレゼント。今日は俺のエスコートをお願いしちゃったしね。孫が刺繡したハンカチーフです。これで、父上のオールポート家への荒ぶる気持ちが静まってくれればいいが……。
むしろ、愛娘の刺繡入りハンカチーフなんて、俺が欲しい
「あ、あの、お父様? ご、ご迷惑でなければ、こちらも。お、お父様へ……」
おずおずと白い小さい手で差し出すのは、もう一枚のハンカチーフ。もちろん、刺繡入り。
「え? これ、もしかして俺の分? 俺のハンカチーフ?」
自分を指差しシャーロットちゃんに確認すると、彼女は黙ってコクコクと何度も頷いた。
ひゃっほーい! 俺はハンカチーフを両手に持ち高く掲げて、浮かてれ踊る。クルクルと回り、うふふと笑ってハンカチーフに頬ずりする。
「ありがとう、ありがとう、シャーロットちゃん。実は父上が羨ましかったんだああぁぁぁっ」
夜会への憂鬱な気持ちも吹っ飛ぶほど嬉しいよぅ。いや、夜会は行きたくないけど。
俺は見送りに手を振り、上機嫌で馬車へと乗りこんだ。このままハーディング侯爵家へと行き、父上とハーディング家の馬車で王宮に向かう。今日はベンジャミンたちは留守番で俺に随行するのは護衛のハリソンのみ。そのハリソンは馬に騎乗している。
「セシル様。こちらを」
「なに、これ」
「ハーディング侯爵家までの間、復習してくださいね」
うわっ、セシル君のお友達リストと身辺調査報告書じやねぇか……。うぐっ、馬車の中でもお勉強かよーっ。ヴァスコの意地悪ーっ。
こうして、馬車は無事にオールポート家を出発した。
セシル君のお友達で特に親しい人は、元カレと合わせて三人。
元カレはルーカス・ウェントブルック。王国騎士団の副団長。めちゃくちゃ強い人で、実家は王家も口出しできないツヨツヨ辺境伯様だ。現当主はルーカスの兄。兄弟仲は悪くないとのこと。あと……こいつは独身。
一人目の友人はサイラス・ブラッドロー。ブラッドロー侯爵家嫡男で、現ブラッドロー侯爵様だ。オールポート家とは領地が遠く離れているので交流はなし。同性のパートナーと婚姻しており、一男一女あり。世間の評判はすこぶるよく真面目な男だが、身辺調査の報告では、やや享楽的なところがあり、小さな罠で人を嵌めて笑うのが好きって、悪趣味だなぁ。人当たりは柔らかいが本心は見えないって、もしかして腹黒?
二人目の友人はヴィヴィアン・オファレル。子爵でありオファレル商会会長の次男。今はオファレル商会チェゼーナ地方の責任者になっている。ついでに未婚。商人気質のせいかチャラい。老若男女にモテるハイレベルな対人スキルの持ち主。三年前、地方の村で発生した感染症対策に貢献したことで、彼自身が男爵になっている。
ヴァスコの字で小さく、「本当はシャイで奥手ではないか?」と書かれいて、もしそうなら面倒くせぇ奴だなって思った。
……セシル君のお友達ってクセ強くない?
うむ、まずは元カレ君は徹底的に避ける! 友人二人も避ける! こちらが避けなくても天使から白豚へと不本意なジョブチェンジしたかつての友人など、昔の面影がなさ過ぎて気がつかないだろう、たぶん。声をかけられても人違いですとワンチャン逃げられると思う。
そもそも、騎士団副団長と縁はないし、ブラッドロー侯爵家の領地は遠いし、オファレル商会は王都に本店があってヴァスコたちは付き合いがあるが、オールポート領には店はない。ヴィヴィアンとやらが受け持っているチェゼーナ地方はオールポート領とハーディング領があるラヴェンナ地方より南に位置している。自領より南になんて用がなければ行かないから、無視だ無視!
よしっ、昔の友人たちとは関わらなくても問題はないな。
バタンとヴァスコから貰った資料を閉じると、タイミングよくハーディング侯爵家に馬車が着いたようだ。
さあ、今日の夜会さえ無事に乗り切れば、秋の社交シーズンはほぼ終わり! 領地に戻って冬ごもりの準備に入れる。今夜さえ、乗り切ればいいんだ。頑張れ、俺! 白豚の野生根性見せたるでぇ!




