第42話 王城終焉と夜明け
玉座の間に、沈黙が落ちた。
王であったアルトレウス三世――その巨体が、膝を折った瞬間。
空間そのものが呼吸を忘れたみたいに、しん……と静まり返った。
「……終わった、の?」
ぽつり、とルネが呟いた。
グロス
「……おい、誰か……勝ったって言ってくれ」
ゼイル
「……まだだ。空気が……変だ」
その瞬間だった。
バキィィィン!!
「――ッ!?」
轟音と同時に、
王の胸元だった場所から、黒い光――いや、闇の奔流が噴き出す。
セリア
「なっ……!? 黒い……魔力!?」
エリシア・アルヴェリアが振り返る。彼女の瞳が震えた。
「……父上の中に、まだ“何か”が……!」
黒い柱は、まるで王の魂を喰らうように伸び上がり、玉座を突き抜けて天井を貫いた。
崩れた石片が雨のように降り注ぎ、城壁に刻まれていた魔導陣が赤黒く光を失っていく。
「魔導陣が……崩れていく!? 浮上を支えていた術式が暴走してる……王の魔力を核にしてたのね!」
セリア・ヴェルディアが魔導杖を構え、額の汗を拭った。
「つまり、落ちるってことか」
カラム・ドレイクが低く唸る。
「落ちる……だと……?」
グロスが空を仰いだ瞬間、轟音が鳴った。
ドォォォン!!
城が、沈み始めた。
ルネ
「はぁ!? せっかく倒したのに置き土産とか聞いてないんだけど!?」
ゼイル
「ラスボスあるあるだな」
ルネ
「あるあるで済ませないでぇ!」
ライル・アーヴィングは一歩前へ出て、剣を握り直す。
「……まだ終わっちゃいない。黒い柱――あれが、王の残滓だ。放っておけば王都ごと呑まれる」
彼の言葉に、血盟の仲間たちが互いに視線を交わし――同時に頷いた。
エリシアは聖衣を翻し、杖を握り締める。
「――父の残した闇なら、娘である私が断ちます。どうか……皆さん、力を貸して」
ゼイルがニッと笑う。
「言われるまでもねぇよ、お姫様!」
ミレーヌ
「ふふ……退屈しない終わり方で安心したわ」
ゼスが静かに刀を抜いた。
「行くぞ。終わりにしよう」
ライルは剣を握り直し、頷いた。
そのころ外では――。
黒柱が空を裂き、王都全体に黒い波紋を放っていた。
その波に触れた民たちが、次々と悲鳴を上げた。 瞳が黒く染まり、皮膚に魔紋が浮かぶ。
「嫌だ……やめてくれぇぇぇ!」
「神の恩寵……これが恩寵なものかぁぁッ!?」
「やめてくれ、俺の目が――黒く……!」
「魔力汚染だ。避難経路を確保する!」
ゼイルが声を張り上げ、素早く地面に符を刻み黒い煙を遮断した。
ゼスは無言で頷き、崩れた通路を駆け抜ける。
「北側通路、閉塞。……俺が通す」
影のように跳び、短刀で瓦礫を切り裂いた。
「すげぇ……あいつ、ほんとに人間かよ……」
ルネが弓を構えながら呟く。
ミレーヌ
「今さら?」
ルネ
「だよね」
その口調に怯えはない。
「よーし、道を作るよっ! 《星弓・スピカライト!》」
光矢が放たれ、倒れた柱が粉砕される。
ミレーヌは冷ややかに笑い、瓦礫の隙間を縫って走る。
「救出なら任せなさい。――《黒鴉疾走》」
羽のような黒い魔力が背中から広がり、彼女の身体を風のように押し出した。
泣き叫ぶ子どもを抱えて跳躍し、瓦礫の隙間を滑るように飛ぶ。
「グロス! そっち塞がってるわ!」
「かかってこい、瓦礫ぃぃぃ!!」
重装の男が雄叫びを上げ、戦斧を振り下ろす。
ドゴォォン!!
避難路が一気に広がった。
セリアは高台に立ち、両手を掲げた。
「――《紅蓮結界・多層展開》! 瘴気、抑え込んだ! 今のうちに!」
炎の輪が何層も重なり、黒い波紋を押し返した。
民たちの悲鳴が遠のき、代わりに祈りの声が広がる。
その光景を見つめ、エリシアが小さく呟く。
「……お願い、ライル。あの闇を、断ち切って――」
崩壊した王城の中心部。
黒柱の根元は、生きた呪いの心臓のように脈動していた。
ライルとカラムがその根元に立った。
「……これが、王の怨念か」
ライルの声は低く、だが確固たる意思を帯びていた。
「英雄を名乗るなら、最後まで立ってろ、ライル!」
カラムは血のにじむ腕を振り払う。
「なら、お前も最後まで付き合え」
ライルは微笑を浮かべた。
「言われなくてもだ」
「我こそが神の意志……貴様ら、塵風にすぎん……」
黒柱の奥から声が響く。
それはもはや王ではなかった。怨念と邪神が混ざり合った咆哮。
ライルは剣を構え、前を睨む。
「……俺は、もう一度、あの空を見たいだけなんだ」
過去の記憶――王都の外で見た青空。
その記憶が、胸の奥に灯る。
(あなたなら、光を繋げると信じてる)
エリシアの声が心に響く。
((派手に終わらせろよ、リーダー)
ゼスの声が落ち着いて届く。
(お前が倒れたら、つまらねぇだろ)
カラムの苦笑。
ライルは剣を高く掲げた。
「――血盟、最後の誓いだ!」
「行けぇぇぇッ!!!」
カラムの咆哮が響いた。
彼は剣を構え、黒炎の奔流を受け止める。
身体が焼ける。それでも、退かない。
「まだだ……俺が……道を開ける!」
ミレーヌが背後から走る。
「死ぬなよ、ライル!」
彼女の短剣が闇を切り裂き、カラムの背を守る。
ゼイルとゼスが並走し、黒柱の周囲を囲む。
「封印陣、発動」
「影走、完了」
同時に、黒炎の動きが鈍る。
ルネの矢が空を裂き、黒い核へと突き刺さる。
「これでトドメだよっ!」
王の幻影が現れる。
「……貴様らが……王を殺すか……!」
「黙れ!」
エリシアの声が響いた。
聖光が杖から溢れ出す。
「闇に堕ちた王よ――今こそ、赦しと終焉を!」
ライルが跳ぶ。
二人の力が交わる。
白と黒、聖と焔が螺旋を描く。
「――光と闇の協奏ッ!」
閃光が爆ぜ、世界が白に染まった。
黒柱が裂け、崩壊する。
闇が消え、王都の空が、ゆっくりと光を取り戻す。
崩れゆく城の片隅。
瓦礫の山の中に、血まみれの人影が見えた。
――エルン・グラード。
王の忠臣であり、ライルの元師。
「……エルン!」
ライルが駆け寄る。
エルンの目は、もう焦点が定まっていなかった。
「俺は……この国を……守りたかった……」
「……間違っていたかもしれんが……俺なりに……信じたものが……あった……」
エルンの声は掠れていた。
ライルは彼の手を握った。
「なら、あんたの誇りは……俺が引き継ぐ」
ライルが静かに言う。
「……そうか……なら……俺も……報われる……」
エルンは薄く笑い、目を閉じた。
その胸から、黒い焔がふっと消えた。
まるで――罪が赦されたように。
「……安らかに。あなたの忠義は、もう終わりました」
夜明けの光が差し込み、光の粒子が舞う。
エリシアが祈りの杖を掲げる。
「……争いの終結。すべての魂よ、眠りに還れ」
その光が王都全体に広がり、暴走した民たちが正気を取り戻していく。
泣き声と安堵が混じる街。
ルネが空を見上げてつぶやいた。
「きれい……ほんとに、夜が明けたんだね」
ミレーヌは肩をすくめる。
「ま、これでまた退屈な世の中になるかもね」
グロスが豪快に笑った。
「退屈? 平和ってのはな、そういうもんだろ!」
ゼスとゼイルは黙って頷き合い、瓦礫の上に立つ。
「……生き残ったか」
「当然だ」
その中央で、ライルとエリシアが朝日を見上げていた。
「……終わったな」
「いいえ、ライル。ここから始まるのです」
エリシアが微笑む。
「――これが、私たちの夜明けね」
ライルは剣を地に突き、深く息を吐いた。
「血盟の名にかけて……この国を、二度と闇に沈ませない」
太陽が昇り、崩れ落ちた城を照らす。
瓦礫の間から花が咲き、風が吹き抜けた。
――そして、新たな時代が始まった。




