第40話 王殺しの連祈刃
崩れ落ちた聖堂に、突如“逆巻く光風”が吹き荒れた。
眩光が渦を巻き、アルトレウス三世の背に――
六枚の光翼が広がる。
それは花にも鳥にも見えない。
ただ――“神の怒り”だけを象った異形の輝き。
光は羽ばたくたび空間を裂き、破片となった神域の残骸が風塵のように舞い上がる。
アルトレウス三世。
かつては慈悲深い王であるはずだった男が、いまは狂気じみた神威の塊と化していた。
王の声は、もはや人ではなかった。
響きだけで魂を割られそうな“神の宣告”だった。
「選別の儀を続けよう。
生きる価値を持つ者だけが、我が前に立て」
軽く手を揺らしただけで、崩れた聖堂全体がきしみ、悲鳴をあげる。
ルネは足が震え、ゼスの背中にぴったり貼りついて叫んだ。
ルネ(震え声)
「な……なんかもう……光の怪物じゃん……!
ゼス! 離れないでよ! マジで死ぬやつだよこれ!!」
ゼスは返事をしない。
ただ静かに前へ進む。
庇うように、迷いなく。
ルネ「……ゼス?」
ゼス「黙ってろ。俺が前に立つ」
彼の背中がやけに大きく見えて、ルネの胸がぎゅっとなる。
その細い指は、恐怖で震えながらも、いつでも矢を放てるよう弦をなぞっていた。
「お嬢、震えながらも撃つ気なんだな。大した根性だよ」
ゼイルが小さく笑った。
「褒めてるの!? それとも煽ってるの!?」
「どっちも」
「どっちもなの!?!?」
そんな軽口を交わす間にも――王の光は増していく。
光風の渦の中、エリシアが一歩踏み出そうとした。
「……私が、行きます。父上を止めるのは……」
「待て、無茶すんな!」
グロスが腕を広げて制した。
その直後、ゼイルが苦笑いしながら横に並ぶ。
「王女様。こっちで先に死なれると困るんだよ。
止めるのは俺たち全員だ」
ミレーヌは鎌を回し、冷たい目で王を睨み続けていた。
「……それにしても、派手に光ってるわね。
ここまでチカチカなら……斬り応えは十分よ」
「物騒な感想ですねミレーヌさん」
ルネがツッコミを入れる。
ミレーヌは肩をすくめた。
「目が眩むほど光ってる相手って、斬るときスカッとするのよ?」
「知らないよそんなこと!」
だが――そんな漫才のような会話も束の間。
ルネが素早く前へ走り込み、弓を構えた。
ルネは必死に射線を確保しつつ、小さな声で呟いた。
「呼吸……落とす。標的、捕捉……撃つよ……!」
放たれた矢は美しい軌跡を描き――
だが王の放つ光壁に触れた途端、パリンと砕け散った。
その瞬間、王の視線が“ルネだけ”を射抜く。
「ほう……小娘。
……その眼。殺意の色……か」
「ひっ……!? なんで私だけガン見!?
ねぇやばい怖い! この人絶対“私から”殺す気だよ!!!!」
視線が刺さる恐怖に、ルネは弓を落としかける。
王の圧に足がすくむ。
ゼスが一歩前に出て、王の視線を強引に遮った。
「……見るな」
その声には、静かな怒りがあった。
その背に隠れながら、ルネは小さく呟いた。
「……ありがとう……」
エリシアが息を呑む。
「ゼス……あなた……」
「仲間を“殺す目”で見ていいのは、俺だけだ」
「よくないわよ!!?」
ルネの全力ツッコミが響く。
王の六枚の光翼が一斉に広がった。
「来るぞ!!」
ゼイルが叫ぶ。
アルトレウス三世が静かに手をかざす。
頭上に巨大な“聖輪”が出現した。
雷にも似た光が無数に――
雨のように降り注ぐ。
ゼス
「おいおい、洒落になんねぇぞあの数ッ!」
視界が完全に白く染まる。
細雷の一本ごとに魔力封印が付与され、触れた者から力が奪われていく。
それでも六人は踏み止まった。
だが――王が一歩動いた瞬間、空気が変わる。
アルトレウス三世
「六つの命……わずらわしい。ここで消す」
その一歩で地面が抉れる。
ゼスが膝を折りかける。
ゼス
「っ……チッ、化け物が……!」
ミレーヌ
「近づけない……! あの圧……“王の概念”が体に刺さってくるよ……!」
グロス
「これが……本気の王……か……!」
ルネ(心の声)
(こわい……こわい……
でも、引かない……絶対に引かない……!)
ゼイル
「道を切り開け! 今しかねぇ!」
エリシアがルネの矢に触れ、聖術を流し込む。
矢が眩い光を放ち始める。
「……行きましょう、ルネ!」
「うんっ……いくよ……!」
グロスが盾を大きく構え、王へ突っ込んだ。
「俺が道を開く!! 割れろッ!!」
盾が光壁に突き刺さり、その一点が、わずかにひび割れ――。
「今だ!! 撃てッ!!」
この声を合図に、ルネは震える腕で弦を引ききった。
「いきます……! 《天穿の三連射》――!!」
エルシア
「魔力織り――《星霊の導灯》!」
グロス
「合わせるぞ――《巨嵐轟砕》!!」
三つの光が収束し――
一本の巨大な星の矢となり、王を穿とうと走る。
アルトレウス三世
「光の矢か……悪くない。だが――遅い」
指先一つ。
星槍は霧のように砕けた。
ルネ
「う……そ……!」
ゼイル
「まだだッ、下がれ!!」
《無声斬撃》で突撃し、光壁が割れた。
その隙を、ミレーヌが逃さなかった。
「――アンタに踊りを見せるのは最初で最後だよ、“王”」
刹那。
黒い羽根が舞う。
ミレーヌが宙を踊る。
羽のように軽く、鎌は視界から消える速さで繰り出される死の輪舞。
黒い羽根が乱れ舞い、すべてが王の一歩手前へ収束し――
斬撃が花びらのように散り、
43の刃が光の王を刻みつくす。
最後の一歩、跳躍。
鎌が首へ食い込もうとした。
だが王はギリギリで後退し、首こそ守ったものの――左の光翼が斬り落とされた。
奥義《黒鴉葬鎌・終ノ舞》――
「堕ちた王に……舞う価値なんてないわ」
ミレーヌは背を向け、吐き捨てた。
しかし王の体は狂気じみた再生を始めた。
失われた翼が、黒い光で補われながら再構築される。
「よく踊った。だが――届かぬ」
ぱん、と乾いた音が響いた。
見えない光壁に弾かれ、ミレーヌの身体が弾き飛ぶ。
口から血が飛び散る。
「まだ……だよ……ッ!」
ルネ
「ミレーヌさん!!」
震える声。だけど――その目だけは折れていなかった。
ゼイル
「……行くぞ。六人で――叩き落とす!」
ルネ
「わ、わたしも!?
え、あの……う、うん! やりますっ!!」
土煙を切り裂くように、六人の魔力が一点へ昇り始める。
ルネは矢を番え、震える指をぎゅっと握りしめる。
「ぜ、絶対に外さない……ッ!
――《蒼弓・星落》ッ!!」
蒼い星光の尾が、三本、彼女の背に流れた。
エリシアがその背に手を添える。
「ルネさん……行きましょう!
みんなの命を、守るために――!」
光輪が開き、ルネの矢に聖なる浄光が降りてくる。
「《聖浄弓祈》……どうか……!」
ゼイルが影を伸ばし、矢に吸い付かせる。
「《影纏・夜迅》……速さ、上げるぞ」
空気の軋む音。矢が重力を捨てた。
ミレーヌがなお血を流しつつ、微笑んで呪印を刻む。
「《黒鴉ノ断禱》……堕ちなさい、王よ」
矢先が黒薔薇色へ変じ、滅葬の脈動が跳ねる。
グロスが斧を叩き砕くように地を蹴る。
「《地吼・剛撃》ッ!! 飛べぇッ!!」
地脈が巻き上がり、矢の後方に“押し出す壁”を作る。
ゼスが短く呟く。
「《影符・縫止》……動くな」
王の周囲の空間が、きしむ音を立てて固定される。
ルネが息をのみ、
指を――離した。
瞬間。
六種の魔術が、空気ごと再構築される。
蒼い光。
聖なる翼。
重力を捨てた影の軌跡。
黒鴉の呪滅。
地吼の爆進。
空間拘束の静寂。
それらが渦を巻き、ひとつの巨大な螺旋となった。
六人の声が――重なる。
「《王殺しの――連祈刃》!!!」
蒼い閃光が、世界の音を奪った。
聖堂の柱がまとめて吹き飛ぶ。
王の外套が焼け裂け、
黄金の肉体が光に貫かれ、
空間ごと削り取られていく。
爆裂。
光の雨。
崩れ落ちる天井。
六人の祈りの刃が――確かに、王へ届いた。
だが――
光が晴れた。
アルトレウス三世は、立っていた。
「……ほう。これは……確かに“王殺し”だ」
爆光が聖堂を飲み込む。
その光は圧倒的で――一瞬、勝利を確信させた。
「終わりだ。価値なき六命……祈りも残さず消し去ろう」
“死”の宣告に、空気が凍りつく。
六人
「……っ!」
エリシア
「……動けない……!」
ゼス
「クソ……仕留めきれなかった……!」
ゼイル
「まだだ……終われねぇ……!」
ミレーヌ
「この距離じゃ……回避は無理だね……」
ルネ
「いや……いやです……! みんな……!」
グロス
「ここまで、か……!」
王が真っ白な刀を構える。
《創世断滅の一閃》
六人へ振り下ろされ――
「黒焔剣技――奥義 断罪・崩滅ノ太刀」
“黒い刃”が空間を裂き、王の必殺を弾き飛ばした。
衝撃波で王の斬撃が霧散する。
ライルは歩みながら、低く怒気を込めて告げた。
「――その命令、取り消してもらおうか」
アルトレウスの瞳が揺れる。
驚愕――王が最も遠ざけてきた感情。
ゼス
「来やがったな……英雄様がよ……」
ミレーヌ
「……遅い。でも……最高のタイミング……」
ゼイル
「ここから……逆襲だ……!」
エリシア
「……来てくれて……ありがとう……!」
ルネ
「っ……うわぁぁん……ほんとに来てくれてよかったぁぁぁ!!」
セリア
「泣かないの、ルネ。ここから取り返すよ!」
カラム
「敵は一人。勝機はある!」
ライル
「全員、立て。王を落とすぞ」
その言葉に――
六人の瞳に、再び火が灯った。




