第3話 荒野にて、怒りが剣を導く
焼け付くような日差しが、無限に続く荒野を照らしていた。
かつて王城の広間で「命ある限り御国に仕える」と誓った男、ライル・アーヴィングは、その広間から最も遠い場所に立っていた。
肩には砂塵、鎧は打ち捨てられ、ただ片手に握るのは愛用の剣だけ。
その瞳には怒りの炎が宿り、忠誠の誓いを踏みにじった者たちの影が、焼き付いて離れなかった。
(裏切り……絶対に許さない。王も、かつての仲間も。俺を切り捨てた全てを、この剣で斬り伏せる)
裏切りを言い渡されたときの冷たい視線。
王の薄ら笑い。
仲間の剣先。
あの瞬間から、ライルの忠誠は憎悪へと変わり果てた。
荒野を歩く足取りは重い。だが、剣を握る右手だけは揺るぎなく強い。
やがて、砂塵の向こうから複数の人影が現れる。
粗末な革鎧に、血の染み付いた刃物。野犬のような笑み。
荒野を縄張りにする盗賊団だった。
「おいおい、こんなところで一人歩きとは物好きだな」
「剣を持ってやがる。売れば多少は金になるか」
「殺すのは後でいい。まずは腕を折って、従順にさせろ!」
十数人の盗賊が、獲物を見つけた猛獣のように取り囲む。
普通の兵士であれば震え上がるだろう。だが、ライルは違った。
怒りに燃えるその瞳は、逆に盗賊たちを震え上がらせる。
「……腕を折る、だと?」
低く呟いた瞬間、ライルの体から殺気が迸った。
空気が震え、砂が揺れる。盗賊たちは一瞬だけ息を呑んだ。
次の瞬間、剣が閃く。
――ザシュッ!
最も近くにいた盗賊の首が、言葉を終えるより早く宙を舞った。
「なっ……!?」
「ひ、ひと振りで……!」
恐怖に足をすくませる盗賊たち。
しかし、ライルの剣は止まらない。
「裏切り者どもを許す前に……貴様らで試してやる」
怒りを力に変えた一閃は、盗賊たちを次々と斬り伏せていった。
剣が振るわれるたび、血飛沫が荒野に花を咲かせる。
抵抗など意味をなさない。ライルの動きは速すぎ、重すぎ、そして冷酷すぎた。
わずか数分。
盗賊団は全滅していた。
剣を振り終えたライルの周囲には、呻き声すら上げられない死体の山が残る。
「……弱い。こんな程度で道を塞ぐとはな」
ライルは一瞥すらせず、歩き出した。
荒野を抜け、山間地へ差し掛かると、空気が変わる。
湿った土の匂いと、獣の唸り声。
岩陰から現れたのは、牙を剥いた魔物の群れだった。
全身を鱗に覆われた大狼。
牙は鉄をも噛み砕き、群れで獲物を追い詰める恐怖の魔獣。
「グルルルル……!」
「ガァアアアアッ!」
五体、六体、いや十体近い群れ。
ライルを取り囲み、今にも飛びかからんと唸り声を上げる。
だが、ライルは剣を抜き放ち、逆に笑った。
「いい。少しは退屈を紛らわせてくれるか」
第一撃。
踏み込んだ瞬間、地面が砕け、狼の巨体が真っ二つに裂けた。
第二撃。
斜めに振り抜いた剣閃は、二体を同時に両断。
第三撃。
剣を回転させながら突き込むと、背後から襲いかかった魔物の頭蓋が粉砕された。
絶え間なく繰り出される一撃必殺。
怒りが彼を導き、敵の動きを先読みし、剣を最適解へと導いていく。
気づけば、魔物の群れもまた、血に沈んでいた。
最後に残った一体が恐怖で後ずさりする。
だが、逃がすという慈悲はない。
「裏切り者も、魔物も……等しく斬る」
冷たい声と共に、剣が振り下ろされ、群れは完全に沈黙した。
山間地をさらに進むと、今度は人の声が聞こえた。
「噂通りだな……城を追放された元騎士、ライル・アーヴィング」
「王からの命だ。お前を生かして帰すな」
現れたのは十数人の傭兵。
全員が百戦錬磨の強者で、統率も取れている。
王がライルを始末するために差し向けた刺客だった。
「忠誠を誓った相手に裏切られ、今度は命を狙われるか」
ライルは剣を構え、吐き捨てる。
「ならば、その王と同じように地獄へ送ってやる」
傭兵たちが一斉に襲いかかる。
剣、槍、斧、矢。四方八方から迫る連撃。
だが、ライルの剣はすべてを凌駕する。
一閃で三人。
二閃で五人。
剣が描く軌跡は、もはや人の目では追えなかった。
矢を放つ弓兵を見つけると、剣を投げつける。
空気を裂いた剣は一直線に飛び、弓兵の胸を貫き、背後の岩に突き刺さった。
残りは数人。恐怖に駆られ、逃げようと背を向ける。
だが、ライルは容赦なく追い詰める。
「裏切り者には……地獄を」
その言葉通り、逃げる傭兵の首が次々と落ちた。
気づけば、荒野も山間地も、盗賊も魔物も傭兵も、すべて血に沈んでいた。
ライルの足元に積み上がった死体は数え切れず、剣はなお光を放つ。
荒々しい息を吐きながらも、ライルの瞳には一片の迷いもない。
(これが……怒りの力。忠誠を踏みにじった王よ。次は貴様の番だ)
荒野の風が吹き抜け、血の匂いを運んでいく。
その中心に立つライルは、ただ一人、無双の影を纏っていた。




