ep.8 平和な試練
天候や火山、あるいは作物の実りや川の流れ。
魔王であっても思い通りにならないものは多い。
むしろ思い通りになるものの方が少ない。
魔力も権力もそれ以外の力も、一人で行えることはたかが知れている。
すべてを思うがままにするのではなく、起きてしまった被害を低減するのが「王」であるとも言える。
百人や千人の力を、あるいは一万や一億の民を纏めて効率的なものとする。
それにより未来を創造し、起きた最悪をリカバーする。だが――
「むぅ……」
「どうしたんですか」
「別に?」
ものっすごく不機嫌な勇者という難題にどう対処すべきかについて、魔王は何もわからない。
+ + +
あれから数日が経った。
リタは思ったよりも魔王城に馴染み、貪欲に知識を吸収した。
元より頭の出来は悪くない、少ない情報を組み立て演算することを当たり前のように行った。
情報が拡大した分だけ性能が増した。
もっとも、体の動かし方はあまり上達していない。
「こっほこっほ」
「咳みたいに聞こえる笑い声、気色悪いからやめろ」
「この魔王、横暴っす」
「ですね、少しは慎ましさを覚えて欲しいものです」
「妙なところで結託するな、部下ども」
それ以外の部分では、元気に過ごしている。
当然のことながらリタは村に姿を現せないが、あまり騒がれることはなかった。
モンスターが跋扈するこの時代、人がいなくなるのはよくあることだ。
何人かモンスター化したリタの姿を見た村人もいる。
うっすらと事情を察してくれたようだ。
肝心の勇者には、モンスター化の治療中であると伝えた。
「むぅ……」
だがそれ以降、勇者の機嫌はひどく悪くなった。
「それで――」
現在は昼間。
二人で酒場にいた。
面倒なクエストの最中であり、豆の品質の仕分け作業をしていた。
勇者と顔を突き合わせて、悪いものだけを弾いていく。
いくらか減ったとはいえ、クエストはまだ山のように残る。
「いい加減、不機嫌になっている理由を教えてください」
「別にぃ?」
「ただでさえ退屈な作業なんですから、不景気な顔をされるのはこちらも辛くなるんですよ」
「あたし一人でやるから、いいよ。ぼっち作業、得意だし」
「勇者の仕分け作業は効率も悪ければ正答率も悪いんですから、不可能です」
こちらをやけに気にして、普段よりも悪かった。
「うー」
「威嚇しないでください」
「えぅー」
「言葉というものがあるのですが知っていますか? 意思を伝えることができるとても便利なものなのですが」
クエストであるためなのか、悪い豆は判別がつきやすい。
外見が黒く変色した部分がある。
まだ開く前の酒場で、机の上にそれらをざらっと並べ、次々に弾いて取り分ける。
残りはあと五袋。この分ならすぐ終わる。
「早いね……」
「慣れればいけます」
筋力や速度より、注意力と器用さが求められるクエストだった。
「勇者の場合、空中にばらまいて悪いものだけ破壊したほうが早いんじゃないですか」
「だめ、全部砕ける」
「……加減してもですか?」
「爪楊枝でやっても一撃全破壊」
「……破壊力ありすぎません?」
「我が力、いとくち惜しくなげかるる」
「古典風に嘆かないでください」
指で一つずつ取り分ける作業は、きっとドラゴンがつま先でそうやっているのと同じレベルだ。
普通は机ごと潰れる。
「ねえ」
「なんですか」
「……あたしも、家、行っていい?」
やけに緊張した声だった。
きっと、これが不機嫌の原因だった。
仮にも長い付き合いだというのに、別の人間が先に家へとお呼ばれした。
それどころか、その家に住んでいる。
なるほど、勇者として、お付きがあまりに冷たいと感じたのかもしれない。
余所余所しすぎると。
「駄目です」
だが、笑顔で即座に拒否した。
万が一にも魔王城が発見されれば破滅となる。まして、今はリタをその魔王城内で預かっている。家屋部分にいない以上、別の空間があることを把握される。
「なんで!?」
「リタがモンスター化しています、勇者を近づけて無用に刺激したくありません。緊急クエストの影響だって、残ってないとは言えないですよね?」
我ながら上手い言い訳だ。
「……リタって、誰?」
失敗した。
原因も理由もわからないが、そう理解できた。
勇者の指の下にあった豆が、音もなく潰れた。
机がみしり、と軋みを上げ、立てかけてあった日傘が倒れた。
「あの子供の名前です」
「……そんな名前だった?」
私が名付けましたと言えば、不機嫌レベルが10から1000にまで上昇すると思えた。
「どうやらそのようです」
「ふぅん?」
冷や汗が止まらない。
疑いの眼差しが変わらない。
私はあからさまに遅くなった仕分け作業の効率を元に戻す。
あ、くそ、いま失敗した……
「いいけどさ、いいけどね?」
「なんですか」
「……なんか、仲間はずれみたいで、嫌」
勇者は唇を尖らせた。
指を高速で動かしている。
「良い豆も悪い豆も平等に潰さないでください」
「仲間はずれは、駄目だよ」
「全部をぶっ潰すことを平等とは言いません」
いつかは勇者を自宅に招待する必要がありそうだった。
そうしなければ、予告無しで突入しかねない。
ラストバトルの切っ掛けが「勇者を自宅に招待しなかったから」なのは、さすがにゴメンだ。
+ + +
豆の仕分け作業のクエストは、どうにかクリアした。
勇者のそれは正答率が著しく悪かったが、私の方でリカバーした。
成功率が一定以下で失敗だったから、助かった。
あの作業をもう一度やりたくはない。
そして、手元には大量の豆が残された。
「これ、ぜんぶ食べたら口の中パッサパサだよね」
「私の方で引き取りますか?」
「あ、助かる、ありがと」
豆の取り分けはクエストで提示されたが、誰か引き取り手がいるわけではなかった。
クエスト特有の放りっぱなしだ。
売ってもたいした金にはならず、そんなに美味いものでもない。
クエストとは実は、勇者に与える刑罰の一種なのではないかという仮説が私の中で急上昇中だった。
「……」
球体からの連絡が来たタイミングは、まるでその追い打ちをかけるかのようだった。
「……勇者」
「なに」
「外敵が来ているようです」
「……また?」
「ええ」
東陣迷宮に致命的な打撃を与えたことで、ロギウム村は良くも悪くも有名になった。
たかが村魔王と村勇者、倒して名を上げてやるぜと欲をかいたものが出た。
「んー、遠い内に対処するかなー」
「ひとつ、お願いがあります」
「なに、真剣な顔して」
考えていたことがあった。
あるいは、すべきことがあった。
「今回、私にまかせてくれませんか?」
どうすれば、この勇者を倒せるか。
ただの村娘のような姿の、その人を見る。
「どうして?」
「これが、あなたが望む冒険ではないことが一つ」
攻め入る集団の撃退だ。
戦争の一種ではあっても冒険ではない。
「まあ、そうだね」
「もうひとつは、私自身が力をつけるためです」
「ん?」
この勇者のお付きとして力をつける。
そのパワーアップは日々実感として分かる。
だが、強くなった分だけ、この勇者の力も上がる。
同じだけ強くなるのだから差は縮まらない。いつまで経っても追いつけない。
「実を言うとですね」
軽く、だが心から言う。
「私は強くなりたいんですよ」
勇者のお付きではなく、魔王として。




