ep.7 子供の理解
子供はよく石を拾っていた。
珍しい石を見つけて一人密かに喜んだ。
その日に拾ったそれは、黒くぐねぐねと蠢いていた。
楕円状の硬い鉱物だというのに、模様が常に動く。
すごくとてもめずらしい石だ、きっと高く売れるに違いない、たぶん1000コインくらいで。
そう喜んで家へと持って帰った。
「失敗したっす……」
あの人形の呪いの残滓だった。
ものの見事に呪われた。
あるいは、それだけであれば解呪で済む話だった、だが、不幸なことにクエストの強制が重なった。
「おかげでこのザマっす」
持ち上げる手は、すでに人のものではなかった。
固く光沢を持つそれは陶器のそれに近い。
「果ては魔王城の住人というわけだ」
「戻れる当ては無いっすかね、やっぱり……」
「ただの呪い、あるいは変異であれば回復を約束できた。だが、神とやらのクエストが関わった。これには伺い知れない部分が大きい」
「そっすか……」
元子供は襤褸布をマントのように羽織っていた。
きちんとした衣服だったものの残骸だ。
衣服が少ない旅人のようだが、その下にあるのは裸ではなく陶器製の構造物だ。
顔貌こそ変わらないが、全体としては人形タイプのモンスターを思わせた。
「お前を元の家に戻すわけにはいかない」
「モンスターだからっすか?」
「それもある。だが、私のことを知ったからだ」
「……?」
「おい、どうしてそこで素の疑問を浮かべた」
勇者のお付きが実は魔王だったというのは、それなり以上のスキャンダルだ。
知った以上、ただで帰すわけにはいかない。
「魔王……あ……」
「そういえばそんなものが確かにいたなという納得は、本気で私が傷つくから止めろ」
たしかに勇者の横暴に比べて影が薄いことは認めるが、これでも魔たるものの王だ、本来であれば横暴な君主だ。農地拡大や溜め池工事を課してしまう暴君だ。
「魔王として、お前というモンスターが闊歩することを認めるわけにはいかないんだ」
「どうするんっすか?」
「部下とする」
子供はきょとんとした。
その体は華奢であり、動きは鈍い。
「……見ての通り弱いっすよ?」
「あの勇者と比べれば、誰でも」
「比較対象が間違ってるっす」
「気にするなという意味だ。私は部下に強さを求めてはいない」
それなりに頭が回る以上、他のモンスターよりも価値がある
「それとも、やはり受け入れ難いか?」
人間としての矜持があれば、本能的に反発するだろう。
あるいは、人として在ることにこだわり、拒否することも考えられる。
「あ、いっすよ、部下になるっす」
「軽いな」
意外なくらい、あっさりと受託された。
「提案しておいてなんだが、元の生活に未練はないのか、しばらくの間はこの魔王城暮らしとなるが」
「きっとサビーナさん、わたしのこともう忘れてるっす」
この子供の養父母だ。
「認知症か?」
「わたしを育てたのって道楽だったんで、家まるごと破壊とかの、もっと重要なことが起きたらポイッと投げ捨てっす」
夫妻の対応を思い出す。
たしかに勇者や私に対して破壊した家屋の補償を求められたが、それ以外のことは要求されなかった。
子供のことが話題にすら登らないことに、疑問はあったが……
「サビーナさんの中で、きっとわたしはもう「元からいなかった」って扱いっす」
「精神的な問題が?」
「二人して、ちょっと変わってるんすよ」
ちょっとなどというレベルではない。
飼っているペットがいなくなったとしても、もう少し騒ぐ。
「篤志家という話だったが」
「違うっすね、人間に興味がないタイプっす」
外面として「人間らしく」しているだけだという。
「……まあ、いい。今日、いまこの時から、おまえは私の部下となる」
「はい、受け入れるっす」
「今までの名は捨てろ」
「元から無いっす」
「……なあ、おい、お前本当にどういう扱いだったんだ?」
不思議そうに首をかしげられた。
「虐待とかはされてないっすよ?」
「言ったら悪いが、虐待であった方がまだ理解できた」
広義としては確かにそのようにはなるが、より理解不能なカテゴリーに入れるべきだと思えた。
今更だが、こいつが売っていた小石を買ってやるべきだった。
ちゃんとした生活ができていたかどうかも怪しい。
「……とりあえず、続けるぞ。おい、持ってきてくれ」
「はい、こちらを――」
ふよふよと浮かぶ球体が、1枚の紙を持ってきた。
魔素皮紙で作られたものであり、雇用契約を示すものだ。
「お前を、リタと名付ける」
「真珠?」
「その肌の様子から取った、気に食わなければ今ならば変えられる」
「リタです、よろしく魔王様」
「受け入れるの早いな……」
少し喜んでいる様子すらあった。
「後輩ができましたね」
球体もぐるぐると喜んでいた。
「よろしく、センパイ」
「こいつは球体だ、アイテムとしての扱いであり名はない」
「酷いですよね、この魔王様」
「魔王様の名前は?」
「私は名乗らない」
「お仲間っす?」
「違う。勝手に名無し仲間に組み入れるな。呪殺対策だ」
名というものは弱点だ。
有名になればなるほど標的となる。
武器や防具を準備し、兵隊に訓練を課し、行軍食料を用意し、魔術防護アイテムを量産――等などのコストをかけるより、必殺の呪いをかけた方が安上がりだ。
私を対象に呪詛をかける者がいるとも思えないが、名の秘匿は魔王としては常識の範疇に入る。
「先の例でいえば、私の名を知られた上であの人形の呪いが炸裂した場合、相当厄介だった」
村ひとつを簡単に滅ぼせる呪量が、私一人を対象に殺到した。
「これは勇者も同じだな。名前を名乗らずとも、村や町、あるいは国にそれぞれ一人しかいないのだから、問題となることも少ない」
「勇者が……?」
「言いたいことは分かるが、通例としてそうなっているんだ」
あの勇者にただの呪いが効くわけがない。
「しばらくの間はこの魔王城内でその体の使い方を覚えろ、本は多量にあるから好きに読めばいい、モンスターとしてのリタに、どのような特性があるかについては私も知らん」
「おー」
魔王城は狭い代わりに色々と詰め込んでいる。
謁見室兼リビングは殺風景なものだが、隣の部屋には本が詰め込まれ、逆の部屋には簡単に体を動かせる広間がある。
最近、球体の要望もあり集中治療室も作成した。
調理場や睡眠施設は地上薬局の二階だ。
それ以外に秘密の施設がいくつかある、後でリタに教える必要があるだろう。
また、今日は予備の布団を持ち込むことで対処するが、明日以降、拡張してリタ用の個室も造るべきだ。
「部屋……?」
「お前、まさか私室って概念を知らないわけじゃないよな」
「概念上の、仮定された空間のことっすよね」
「どうして現実には存在しない空想上のもの扱いなんだ、私室」
「知らないんすか」
「何をだ」
「人って寝るときは屋内じゃなくて屋外の方が健康にいいんすよ」
「初耳なんだが」
「え、でも、密閉された場所で寝たら体を壊す、って話っすよ? たしかに皆の姿は、あんまり見かけなかったっすけど」
「お前、そうしてたのか?」
「はいっす」
「……あまり認めたくはないが、この現状は、神とやらの温情だったのかもしれん」
「お?」
結果論ではある。
だが、モンスターとしての暮らしのほうが人間らしいのは、どう考えてもおかしい。
「いや、いい。とりあえず、騒動は終わりだ。これで一息つけるか」
もろもろあった問題がようやく終わった。
後は時間をかけてダンジョン作成に打ち込めばいい。
――わけではなかった。




